帰ってからのこと

 郡山を出てから、家にたどり着くまでに3時間弱。近いものだな、と改めて思う。


 とにかく洗濯をしなきゃいけない。明日からはまた仕事だ。洗濯機を回しながら珈琲を淹れ、一息ついてから本棚あさりにとりかかる。普段の未整理がこういう時に響く。掘り起こそうとしてまたぐちゃぐちゃになり、次に何かを探す時にまた一苦労。しかも、そうしたことが嫌いではないのだから性質が悪い。


 何冊もある都留さんの本を、あたりをつけながら引っ張り出す。目指す記述は『21世紀 日本への期待』(岩波書店)の中にあった。武藤さんが触れておられた、電通の「10カ条」に関するそれである。都留さんはここ以外でも言及されていたかもしれないが、差し当たってはこの1冊で十分だ。


 「成長それ自体が目的ではない」ことを明らかにするというのがここでの大枠の文脈である。そして特に、成長をはかると思われるGDPという数値が、決して私たちの生活実態のゆたかさを表すものではないということが説得的に語られるのであった。これが単行本となったのは2001年のことだが、この10年余りで、この指摘を残念ながら身をもって知ってしまったように思う。


 この電通の「10カ条」――ここでは都留さんに従って「戦略十訓」とし、引用しておこう(同書P.166に記載された注より)。

 第一、もっと使わせろ。第二、捨てさせろ。第三、ムダ使いさせろ。第四、季節を忘れさせろ。第五、贈り物に使わせろ。第六、コンビナートで使わせろ。第七、きっかけを投じろ。第八、流行おくれにさせろ。第九、気やすく買わせろ。第十、混乱をつくりだせ。


 
 書店という小売業でメシを食っている人間が、これを全否定するのは難しい。第二とか第三、第八はいささか行き過ぎの感はある。第六や第十の意味はよく判らない。けれど、第一はもちろん、第五や第七はもっと本を買ってもらうためにはどうすればいいのかと考える身としては、ヒントになりそうだし、実際日々実行していることのいくらかはこうした言葉で表現出来るようなものでもある。


 かといって、これらを全肯定も出来ない。それは本という言葉のパッケージであるところの商品の特性にも関わるだろうし、経済学でいうならばいくらかなりとも制度派的な考え方にシンパシーを覚える――というよりも、市場だけで世の中動いちゃいねぇよ、と思う者として、少なくとも「戦略十訓」が適用しうるのは極めて限定された条件においてのみだ、というところまでは、言える。


 何より、これに対して「屈辱」を感じた武藤さんと敵対しようとは思わないし、思えない。武藤さんにもし叱られてしまったらどうしようもないのだけれど、市場というものはおそらくなくなるものではない。けれど、それに人間が過度に振り回される必要はないし、またそうあってはならないと思う。市場を社会に埋め戻す――そんな風に表現をした人がいたと記憶する(それを確認するにはまた本棚をひっくりかえさにゃあならんのだが)。イメージはこれに近い。それを可能にする言葉として、再びスピーチを思い起こす(『福島からあなたへ』、P.26)。


 私たちは、なにげなく差し込むコンセントのむこう側の世界を想像しなければなりません。 

 便利さや発展が、差別と犠牲の上に成り立っていることに思いをはせなければなりません。

 原発はそのむこうにあるのです。



 武藤さんを絶対的存在として称揚してはならない。同時に、貶めてもならない。当たり前のことだが、どちらも失礼だ。確かにすごい人だと思うけれど、そのすごさは自分も生活し、働いている同じ社会・同じ時間と地続きであるというべきだ。自分とは無関係の地平にある存在なのではない。このことは何度でも思い出す価値がある。そして、そうした人が発した言葉が突き付ける絶対性が、確かにあるということを記憶にとどめよう、出来る限り。

 
 だとするならば、僕が今働き、暮しているフィールドにも、そのような他者がいると考えなくてはならない。自分が逃げも隠れも出来ない場所で、他者との出会い直しをしなければならない。それは時としてお互いの傷つけ合いをも伴う。きれいごとでは済まされない地平。その先に何があるのかは、まだ判らない。


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 福島から帰って来てちょうど一週間。ようやくせいぜい二日分の日記を書き終える。相変わらず日々は慌ただしく、とりたてて何かが変わったわけではない。そんな殊勝な人間ではもとよりない。だけれども、何かこう、「見え方」が少し変わったような、そんな手触りは、ほんとうにわずかだけれども、ある。それが何なのか、大切に見極めていこうと思う。自分の欲望の暴力性を問い直す「デフォルト」への道のりは、まだ遠い。
 
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by todoroki-tetsu | 2012-02-20 21:44 | Comments(0)

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