書店員イデオロギー論(1)考察の前提

 あくまで個人的な問いを考えるための作業なのだが、実際に僕が大半の物理的時間を過ごし、またメシを食う過程でもある書店員という職業なり書店という職場について、考えないわけにはいかない。


 書店員という言葉で想像されるものは何だろうか。その表象について逐一取り上げるのは面倒なので他人に任せよう。僕個人の経験で言わせてもらえば、出版業界以外の人と何かお話しをする際、だいたいが「よく本を読んでおられるのですね」というような言葉。さらに言えば、そこで言われる本とはほぼ小説であることが多い。小説をほとんど読まない自分にとっては非常にやりづらい局面である。まあ、それなりにお茶を濁すのではあるが。


 書店で扱っている本の種類は、何も小説に限ってはいない。もちろん本屋によって異なるけれども、文庫・雑誌・実用書・コミックの四分野で相当程度を占めるだろう。文芸の単行本新刊なんて、よほどの作品でない限り大きな比重を占めることはなかろう。にも関わらず、書店員であることと結び付けられる本の分野の多くは小説であるというのは――あたりさわりのない会話の糸口に過ぎないとはいえ――、興味深い個人的体験である。

 
 ここでは、自分が好きな分野、実際に担当している分野のことにどうしても比重が大きくなりがちであることを断ったうえで、なるべくどの分野でも共通するような事柄を念頭に置いて考えていきたいと思う。「本といえば文芸書」みたいなことを業界外の人がイメージするのは別段よいのだけれども、業界内での「本といえば文芸書(とかいわゆる「専門書」)」という物言いにはいささか、うんざりしているので。


 以上が分野の話。「よく本を読んでおられるのですね」というような言葉から引き出されることのもう一つは、書店員は本が好き、あるいはよく読んでいるというイメージ。

 
 本は確かに数多く触っている。店の規模や部署にもよるけれども、僕がかつて経験した職場では一日最低でも5,000冊は触っていた。ただ、触るだけだが。そうした量を扱っていることと、実際にそれを読むこととはまったく別である。また、何を以てよく読んでいるとみなすかの基準もあいまいと言わざるを得ない。30分あれば読める文庫もある。1頁に5分くらいかかりそうな本もある。

 
 そもそも、書店員は本が好きなのだろうか。分野や作者によって嗜好が異なるのがほとんどだが、中には活字中毒的なタイプや「本」という体裁そのものが好きというタイプもある。一方で、ただ単に「仕事」として淡々とこなしていく人も少なからずいる。

 
 それらをひっくるめて、書店員として働いている人全部を対象とし得るような考察を構想したい。もちろん、各人各様の書店員像はあってよいし、それらはそれらとして戦わせればそれでよかろう。その前提となる部分というか、土台の部分、そんなあたりを問題にしていきたいと思うのだ。


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 こうして書いてみると、なんだ、個人的なことを考えると言いながらお前は何か普遍的なるものを目指そうとしているのではないかと思われるのかもしれない。が、決してそうではない。僕が書店員としての僕自身を考えようとする際にどうしても考慮しなければならないことなのだ。

 
 本をよく読んでいるかと言われれば、僕などより上を行く人は顧客をはじめいっぱいいるし、書店員の仲間内でも別段そんなに読んでいる方ではない。ましてや単行本の小説などは年に購入するのは一ケタ程度。本が好きか嫌いかと言われればもちろん好きな方ではあるし、何かフェアやキャンペーンなどの特別な仕込みは楽しんで持ち帰り仕事も休日出勤もやるが、それは別段好きでやっているのであって、決してホメられたことではない。イレギュラーなことと自覚している。そんなことを当たり前だと思っていたら、ますますこの業界でメシを食えなくなっていってしまうのではないかという危機感もある(それを述べるのは別の機会になるだろう)。


 要するに、個人的な問いを考えるために、極力前提をフラットなものにしておきたいのだ。書店員が扱っている本の分野は文芸や専門書に限らず多様であり、書店員とは何も本好きだったり沢山本を読んでいる人ばっかりではない。この二つを前提として、少しずつ考えを進めていくことにしよう。
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by todoroki-tetsu | 2011-12-19 22:08 | Comments(0)

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