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学費と教育の自由

 これも、学生時代のある冬の話。10数年前のこと。


 私学の学生自治会の、ビラまきのお手伝いに行ったことがある。学費値上げ反対の署名を集めるためだったと思う。休み時間にホールだの広場的なところにいる学生に声をかけて署名を集めるのチームと、同じく休み時間に各教室にビラをまくのチームとに分かれた記憶がある。個別に声をかけるのが苦手な僕はビラまきチームに回った。


 ビラをまいて、まだ教官が来るまでに時間がありそうな時は少しばかり教室の前で演説(?)めいたことをして、「次の休み時間、△△で署名を集めていますのでぜひ」みたいなことをやった。

 
 40~50人くらいの教室、学生は半分くらいといったところだろうか。ビラをまき終えてから教壇の横で話を始めた。私学も国公立も年々学費が上がっている、というようなことを説明した後、「せめてアルバイトしながら通えるくらいの学費にしましょう。そのためには私学助成金を含め、もっと国が予算を出すべきです。そのためにぜひ署名を」みたいな言葉で締めた。


 聞いているという感じもしないが、かといって強烈な拒否反応をされたわけでもない。まあ、こんなもんだろう、と思って教室を出ようとすると教官が入口に立っていた。チャイムがもうなっていたらしい。


 「失礼しました!」と足早に去ろうとすると、「ちょっと待った」と教官に呼び止められた。当時で50代くらいだろうか、男性である。


 「国が私学に予算を出すってことはだな、国家による教育の統制ってことにつながるんだぞ。自治会だか何だか知らんが、教育の自由ってのをお前はどう考えてるんだ」

 
 怒鳴るというわけではない。どちらかというと、教え諭すような口調でさらにこう続いた。


 「自由は規制されちゃならんのだよ。規制緩和っていうのはそのためにあるんだ」


 まずい、と思った。このペースで「スコラ」をやっても噛み合わないと思った。とっさに、


 「僕は学生自治会なんで学生の生活の立場で考えてます。とにかく今の学費じゃ学生も親もやっていけないので、それを何とかしたい、その一点です」

 
 と言った。この言葉に嘘はなかった。


 「そうか。生活ということか……」

 
 とちょっと先方が落ち着いたと思われるころ合いで再度


 「失礼しました!」


 と教室を逃げるようにして去った。


 学生自治会の人間としては間違っていなかったろう。だが、明らかに噛み合ってはいない。噛み合わせる必要があったのかも、今となっては分からない。


 新自由主義という言葉が、今ほど定着していなかった頃の、昔話。いつの間にか「悪者」になってしまった新自由主義や自己責任論を、僕はそうたやすく批判しきれるものだろうか、とたまに思うのはこの時の経験のせいかもしれない。


 

by todoroki-tetsu | 2010-11-03 20:50

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