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走り書き

・時間は作るものだ、という。様々な環境変化と仕事その他の関係で何もかもが後手に回る。言い訳を探しているだけだろう。「そもそもがひよわな志にすぎなかった」とは誰の言葉だったか。

・文芸誌の目次だけは見る。目までは通せていない。買いそびれるものもある。しかし、同時代の批評家が確か格闘している。格闘し続けている。そのことだけでも勇気づけられる。何が「あがり」なのか、そんなことを全く考えずに突き詰めていく姿。自分自身がどこに向かっていくかもわかりはしない道。そんな道を意図して選んだか選ばざるを得なかったか、そんな問いは無意味に思えてくる。彼らの存在は僕にとってかけがえのないものだ。

・1/7付「朝日」、中島岳志さんの言葉を読む。運動における「罵声」について。その通りだと思う一方、そういわざるを得ない何ものか、について考える。少なくとも活動家振りして「運動を知らない云々」などと言う気はなければ言う資格もない僕は、そう何度も国会前含め各所に赴いているわけではない。少ない回数の中、一人でできないことを集団の力を借りてやってはいけない、と自己規制しようと努力しているが、集団でいるときにエスカレートする自分を感じる。切羽詰まって「罵声」とならざるを得ない、そういう人もいるだろう、と考えて、さて自分にはそうした必然があるのか、と問う。常にここから始めなければ、と思う。渡辺一夫が軍歌のレコードをかけたこと、その時の加藤周一の反応と彼自身後年の振り返りを想起する。「たしかに戦後二〇年を通じて、その歌(「勝ってくるぞと勇ましく……」)は私の耳の底にも鳴りつづけていた。しかしその歌が聞こえないほど大きな声で怒鳴ることの必要な時もあったのである」(「続羊の歌」)。ここまでいけば文学だ。少しでもここに近づけるような内省を自分でしなければ。

・こういうことを書くと積極的に参加されている方からおしかりを受けるかもしれない。あらかじめ断っておくが、これはすべて僕自身が自分自身に対して内省をしなければ、と言い聞かせているだけであって、他者に内省を促そうというものではない。他者にいらぬ不快感を与えてはいけないので念のため記しておく。

・今朝1/8の同じく「朝日」。中村文則さんが長文を寄稿されておられる。中村さんは僕より二つ若い。微妙な差はあるかもしれぬがおおよそ見てきた風景に似通った部分はある、といって失礼には当たるまい。中村さんがそう明記しておられるわけではしないが、「95年」(中島さん上記で言及)以降の風景である。僕は9条堅持すべきと実体験から考えているものだが、結論を同じくするから支持する、という意味で興味深く読んだのではない(「政治」にとってはそうした読み方も必要だと思うが、今の僕に必要なのはそういう読み方ではない)。もっとも振り返ることの難しい「近過去」を、短いながらも鮮やかに切り取ってくださった。そこに心が動かされる。動かされるのはなぜだろう、と考える。たやすく結論を出すのはやめよう。じっくりと考えていけばいいのだから。

・「『日本は間違っていた』と言われてきたのに『日本は正しかった』と言われたら気持ちがいいだろう。その気持ちよさに人は弱いのである」と中村さんは書く。「日本(人)論」が「日本(人)礼賛論」に変化したのはいつからか。書店員としてのもんだいにここで直面する。


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by todoroki-tetsu | 2016-01-08 10:00 | 批評系 | Comments(0)

『はだしのゲン』について(其の四)

 一段落した気でいたんだが、どうもくすぶっている。生きていくというのはそういうことなのだから別にいいんだし、ケリをつけられることなどそうあるわけではない。


 もう一度、渡辺一夫を引く。

 
 初めから結論が決まっていたのである。現実には不寛容が厳然として存在する。しかし、我々はそれを激化せしめぬように努力しなければならない。争うべからざることのために争ったということを後になって悟っても、その間に倒れた犠牲は生きかえってはこない。歴史の与える教訓は数々あろうが、我々人間が常に危険な獣であるが故に、それを反省し、我々の作ったものの奴隷や機械にならぬように務めることにより、はじめて、人間の進展も幸福も、より少い犠牲によって勝ち取られるだろうということも考えられてよいはずである。


 
 この一文にたどりついたのは、僕にとって最悪の事態と思われる、『はだしのゲン』の流通・販売に何らかの制限がかけられること、それを防ぐために地道に何が出来るだろうかと考えてのことであった。


 しかし、渡辺のこの一文は、その最悪の事態を避けるためにとるべき「態度」をも示している。「歴史の与える教訓は数々あろうが、我々人間が常に危険な獣であるが故に、それを反省し、我々の作ったものの奴隷や機械にならぬように務めることにより、はじめて、人間の進展も幸福も、より少い犠牲によって勝ち取られるだろうということも考えられてよいはずである」が、それだ。これはどちらか一方の立場に対してだけあてはまるような言葉ではないのだ。


 閲覧制限けしからん、ナンセンスだ、ありえない、見識を疑う……どういう言葉でもいいのだが、「攻撃」してよい事態なのだろうか。逆に閲覧制限を求める人にとっても、『はだしのゲン』という作品じたいを、またその扱い方そのものに対して、攻撃的なものいいは何も生み出さぬだろう。


 圧力、という言葉が可愛いと思えるくらい品のない罵倒の言葉を、僕たちはすぐさま検索することが出来る。読んだら言えない筈だ、とは思わない。読んだ後どのような感想を抱くかは自由だからだ。ただ、脊椎反射のような言葉の応酬はうんざりする。


 閲覧制限を求める人も反対する人も同様に、自戒と自省が必要だというほかはない。それは当然僕自身を含むものである。ついつい激情的な言葉を発することもありがちだからこそ、それもひっくるめて、落ち着いて、読んで、話して、じっくり考えたい。

 
 みんながみんなで幸せになるには、それしかない。
 
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by todoroki-tetsu | 2013-08-22 16:05 | 批評系 | Comments(0)

『はだしのゲン』について(其の三)

 さて、書き継いできてもっとも生々しい現実であるところの、書店員としての自分を見つめながら『はだしのゲン』について考えてみる。


 商売、という観点からすればこれ以上の「売りどき」はない。話題になれば売れる。まっとうな議論が起きれば、関連書も売れる。

 
 まっとうでなければならない。反対者もなるほどと思わせる言い方や論法、お互いを切り結んでともに生きて行こうとする精神に貫かれた議論でなければならない。そんな体験を僕たちは近年、『「僕のお父さんは東電の社員です」』(現代書館)でしたはずではなかったか。活かせるものをすべて活かせ!

 
――余談だが、ある問題について話をしていた時、反論者には反論の場を与えない、という意見を年配の編集者から実際に聞いたことがある。その反論は「非科学的」であるから、ということなのかもしれない。だから取り上げるに値しないのだ、ということなのかもしれない。社会学的には別の観点があり得るだろうが、書店員として言っておくと、もう既にある意見に賛成の人は賛成の意見の本しか買わぬし、反対の人は反対の意見の本しか買わない。問題はそこではないのだ。目先の顧客にとらわれるな。そうした動向を遠巻きに見て、「なんだかよく判らないことで争っている人たち」と見ている莫大な潜在的読者こそが重要なのだ。僕が『「僕のお父さんは東電の社員です」』を所謂原発本の中での至高の一冊と考えるのは、そうした広がりを潜在的に今なお、秘めているからなのだ――

 
 と威勢よく言ってはみたものの、それはあくまで商売上何ら問題のないものであるから言えることだ。訴訟中であったり、出版差し止めまで行かずとも係争中のものであったり、そうしたグレーゾーンのものとなると書店員としての僕はとたんに弱気になる。


 最下級ではないにせよ、相対的に低位の下士官である僕にとって大事なことのひとつは、部下を守ることである。部下を守る武器が与えられていなければ、会社から引き出させなくてはならない。「なんでこんな本を売るのか」あるいは「なんでこの本を売らないのか」。そうしたことに会社としての「答え」を準備させなくてはならない。最も困るのはグレーゾーンであり、後だしで持ち出される「原則論」である。何も柘植行人を気取るわけではないが、組織人であれば多かれ少なかれ劇場版「機動警察パトレイバーⅡ」の冒頭には共感する部分があろう。


 その時問題になるのは武器の有無であって、その中身は問題ではなくなる。売ってよいかどうかの判断を会社が下すこと、現場任せにさせないことが最優先される。


 そんなことが重なると、「いかにも」な本を嬉々として上梓する出版社に対してはよい心持がしなくなってくる。確かに時として取次の過剰反応ともいうべきものはある。そこは問題視してよい。だが……。正直、「こっちを巻き込むなよ」「表現の自由を叫びたかったら勝手にやってくれ」という気持ちが強くなってくる。理屈をこねる出版社よりも、僕にとってはお客様と直接接する部下が大事だ。

  
 原則的には、僕が間違っているだろう。開き直るが正当化はしない。これが僕にとっての生々しい現実である。

 
 だから、今のところはああ、話題になってるな、よし今のうちに『ゲン』を売ろう、とのうのうとしていられるけれども、これがさあ販売規制云々などという話になってくるとうかうかしてはいられなくなってくる。万が一これで『ゲン』がグレーゾーンになったとしたらどうなるか。僕はやはり、「何はともあれ武器を」と求めざるを得なくなる。


 そうであってはならない、と自分の中から声が響く。そんなことで手間をかけられない、という実に小経営者的な発想と。これを機にまっとうにいろんな本を売りたい、という書店員的な発想と。市民として、読者としての発想もまた併在していよう。

 
 ささやかに、まっとうに生きたい。たぶん、今はまず『ゲン』を売ることだ。まずは知ってもらうことだ。仮にシビアな決断をせざるを得ない状況になるとしても、そこに至るまでに努力はあきらめてはならない。そう自分に言い聞かせながら、渡辺一夫の言葉を噛みしめる。「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」から。

 
 初めから結論が決まっていたのである。現実には不寛容が厳然として存在する。しかし、我々はそれを激化せしめぬように努力しなければならない。争うべからざることのために争ったということを後になって悟っても、その間に倒れた犠牲は生きかえってはこない。歴史の与える教訓は数々あろうが、我々人間が常に危険な獣であるが故に、それを反省し、我々の作ったものの奴隷や機械にならぬように務めることにより、はじめて、人間の進展も幸福も、より少い犠牲によって勝ち取られるだろうということも考えられてよいはずである。

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by todoroki-tetsu | 2013-08-22 10:57 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十一)

 頽廃、とは何だろうか。そういえば最近あまり耳目に触れなくなったような気もするが。校長が触れる『アカハタ』の記事からの引用をお許し願いたい。そうしないと意味が通らなくなるからだ。


 「九月一日のアサヒによれば日本の民主化にともない皇族の『臣籍降下』が問題となり、七月の皇族会議で天皇もはいって熱論したとつたえている。新皇室典範は十一月に開かれる臨時会議に出るが、その際にも問題になるだろうというのだ。ところがいんちきな新憲法にさえうたわれているごとく、すべての国民は法のもとに平等であって、社会的身分または門地により政治的、経済的、または社会的関係において差別されないのがあたりまえ。今さら『君』だの『臣』だの、はしごだんではあるまいに『降下』などとこんなバカげた話はない。こういう手数のかかる『天孫降臨種族』は日本人民からとりあげた金と米をおいて、高天原にかえってもらうほかはない。」

 「日本の民主化にともない皇族の『臣籍降下』が問題となり」――そうなのだ。そういうこれは民主化なのだ。どこを押せばそんな音が出るか。どこに「臣」籍があるか。それをなぜ『アカハタ』が問題にせぬだろう。天孫降臨種族なら高天原へかえれ。どこに天孫降臨種族があるだろう。高天原行きの切符をくださいといってきたらどうするのだろう。そう僕は話した。すると反『アカハタ』派までがそろって喰ってかかってきたのだ。(僕らは生徒・教師いっしょ、『アカハタ』派・反『アカハタ』派いっしょの『アカハタ』読会をやっている。出るのに面倒くさいがやり方としてはおもしろいと思っている。)しかしすぐわかってきた。要するに彼らは、天孫だの高天原だのをやっつけるのが楽しいのだ。そして実地にはそれの現実の力を忘れることで満足しているのだ。筆者がまたそこへ導いているのだ。あんな馬鹿なことがどこにあるか。皇族の臣籍降下断じて許さずだ。どこに臣があるか。(略)仮りに天皇、皇族が心からあやまってきた場合、報復観念から苛酷に扱おうとするものが仮りに出ても、つまりもし天皇を臣としようとするようなものがあれば――国民の臣であれ――それとたたかうことこそ正しいのだ。皇族だろうが何だろうが、そもそも国に臣なるものがあってはならぬ。彼らを、一人前の国民にまで引きあげること、それが実行せねばならぬこの問題についての道徳樹立だろうではないか。天孫人種は高天原へ行ってしまえ。それは頽廃だ。天皇制廃止の逆転だと思うがどうだろうか。


 最初の括弧が『アカハタ』の記事である。おそらく原記事に僕が、そう、例えば学生時代にあたっていたとしたら、「うまいこと言うもんだな」とか思ったに違いない。「天孫だの高天原だのをやっつけるのが楽しい」からだ。溜飲を下げる楽しさ。


 そうした楽しさに疲れ、病みかけ、離れ、例えば今では中島みゆきさんの「Nobody is Right」をしみじみと聴いたりすることもできる。しかし、そうした楽しさから今なお逃れきっているとは思えない。向き合い方が不足している、そう感じる。


 おそらく僕は人を殺すことができる。見捨てることができる。裏切ることができる。自分を守るためにならいかなる卑怯もいとわず、そしてそれを正当化して生き延びていく姿がありありと想像できる。俺をそうさせたおまえが悪い、と。だからそんな風に僕を追い詰めるような世の中であってほしくない。内なるアイヒマンを発動させずに済むように。これが少なくともこの10年近く抱いてきた自分の基本原理であった。「社会」の問題を意識する時、こうした回路をなるべく経るように考えてきたつもりでもあった。


 だが、今考え直してみると、明らかに迂回である。いささかの未練はありつつも、問いを正しく設定できていない、と感じる。なぜこの部分に惹かれたのだろう、と考えるとそうした自分の問いに行き着く。そういう思いで校長の独白を読んでみると、「皇族だろうが何だろうが、そもそも国に臣なるものがあってはならぬ」という言葉の重さが、以前よりは身にしみて感じられてくる。渡辺一夫を切なる思いで読み返した体験――例えば「ある教祖の話(a)――ジャン・カルヴァンの場合」――が、じわじわと効いてきているかもしれない。

  
 「社会」を媒介させるのはよい。社会なしに生きていける人間はいないのだから。しかし、自分自身を括弧に入れるな。他者と己を同時に、いや直接に貫け。「皇族だろうが何だろうが、そもそも国に臣なるものがあってはならぬ」は、ユマニスムであると考えてよい。これほど「民主」的な考え方があろうか。しかしこの言葉が、「要するに彼らは、天孫だの高天原だのをやっつけるのが楽しいのだ。そして実地にはそれの現実の力を忘れることで満足しているのだ」と記した人と同じ人から出た言葉であることを忘れるな。自分から離れたところにあるユマニスムを校長は口にしたのではない。「それの現実の力」を骨の髄まで味わってしまった人間がそういうのだ。夢想家でもなく、皮肉な意味での現実家でもなく、徹底して現実を見つめる先にある何ものかを、校長はつかむ。ならば、その言葉を読む僕にも、何ものかをつかめるのではあるまいか。その時、頽廃から、「逆転」から、自らを救いだすことができるはずだ。

 
 日々の修練。眼を鍛えること。
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by todoroki-tetsu | 2012-10-28 08:54 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その三)

 グライダー教練をめぐる葛藤や、おそらく戦死したであろう夫を待つ妹(三人の子供がいる)のこと、それらを綴りながら、「未練から解放されたい」「決心をする決心をした」と校長は書く。ここでようやく彼が、普段はたしなむことのない酒を飲んでいることがあかされる。


 今夜は憲法特配の残りを五勺飲んだ。そして酔った。もともと僕は酒好きではなかった。学生時代君らと飲んでも格別うまいとも思わず、酒が飲みたいともさほど思わなかった。いまは飲みたい。じつに酒が飲みたい。(略)酒を飲むとも飲まれるなというのの反対、飲まれたいという欲望だ。教師生活、戦争生活、最初の妻の死、再婚、大きくなる子供たち、玉木の死と、よし子の、出もどりでなく、何というか、肩も腰も石をみたようになり、そして一ぱいの酒が飲みたい。訴えようのない、年齢からもくる全く日常的散文的いぶせさ、とかく一ぱい飲んで、とかく寝てしまいたい。


 哀しさ、と言っていいのだろう。一合の半分のわずかな酒。たぶんあおるようにではなく、ちびちびと飲んだであろう。その後姿が目に浮かぶようだ。哀しさはもとから自覚されていたのか、それともその自覚を引き起こすものがあったからなのか。

 
 僕はこのごろ子供ころの在郷歌(ざいごうた)を思い出した。童謡だ。「雀すずめ、なしてそこにとまてだ。腹コすぎで(腹がすいてだ)とまてだ。腹コすぎだら田つくれ。田つくればよごれる。よごれだら洗え。洗えば流れる。流れだら葦の葉にとまれ。とまれば手きれる。手きれだら麦の粉をふりかげれ。振りかげれば蠅とまる。蠅とまったらあうげ。あうげばさびよ(寒いよだ)。さびがらあだれ。あだればあづいよ(火にあたれば熱いだ)。あづがらひっこめ。ひっこめばとぜね(とぜね、さびしいだ)。……ひっこめばとぜね。とぜねがら(さびしけれや)酒飲め。酒飲めば酔う。酔ったら寝れ。寝れば鼠にひかれる。起きればお鷹にさらわれる。」だ。だれがこの文句をつくっただろう。とぜねがら酒飲め。さびしければ酒飲め。酔ったら寝れ。つまりこれは、日本の「家」を歌ったものだろうか。


 今自分の抱えるさびしさ、いや、そもそもさびしさとすら名付けられない何ものかを感じる。そんな時にふと、口をついて出たのが、子供のころに聞き歌ったであろうこの在郷歌であった。それがいたく自分の心境とあう。そういうことは、僕たちの普段の仕事や暮らしのなかでもしばしば起きる。そういうことは確かにあるのだ、と思わせる。限りない共感。言葉を媒介に書き手と読み手が重なり合う瞬間がここにはある。

 
 さて、「ひっこめばとぜね(とぜね、さびしいだ)。……ひっこめばとぜね。」とある。この「……」は何だろう。節回し上必要なブランクなのか、何かを略したのか。本職の研究者には調べがついているのかもしれない。いずれにせよ僕には、これは校長にとってどうしても繰り返さなければならなかったフレーズだと思われる。「引っ込めば、さびしい」。単なるあそび歌の場面展開のためのフレーズが、自分の境涯におどろくほど合致する。未練と重ねて校長は書いてきたのだし、「決心をする決心」とも記した。何かを振り切ろうとしているように思える彼が、「ひっこめばとぜね」と一瞬の沈黙の後に繰り返し、少し酒に酔った顔で書きとめる、その姿。この繰り返しがあってこそ、この後何度か重ねられる「とぜねがら酒飲め」という言葉がより活き活きと、切実に迫ってくるように思える。


 この童謡を、校長は「家」と結びつけた。それはそのまま、自分の抱えているもんだいが「家」に起因するものではないかと疑っていることを意味する。先行するテキストを頼りに自分を語る術を得ること。批評。この批評を僕たちもまた、糧にすることができる。中野重治にとっての「家」は「村の家」で描かれるものと切り離すことは出来ないだろうし、この後に記される天皇制に対する考え方とも密接だ。好むと好まざるとにかかわらず、誰もが関与せざるを得ない「家」。ここから出発しないでどうするのだ、という思い。簡単に否定しようたってそうはいかんのだ、という圧倒的で重苦しい確信。戦後、若い加藤周一さんらを前にして、「たまにはこういうものを聞くのもよいのではないですか。思い出のよすがに」と軍歌のレコードをかけた渡辺一夫の姿が、重なってくる。中野重治に見えていたもの、渡辺一夫に見えていたもの。いや、彼らだからこそ見えたという眼そのものを、僕は得たいと思う。

 
 しかし、本文に戻ろう。とにかく味わいたい。いちいちの描写が素晴らしい。こういうのを「抒情」というのだろうか。末の子を溺愛できること、それを妻と語り合えることの喜び。しかし、子供の行く末を考えるとそう浮かれててもいられそうにない様子。繰り返される「とぜねがら酒飲め」。


 僕はこのごろ、日本の女という女がつけている、足の甲の、くるぶしのすぐ下の坐りだこ、あのあざのような皮膚の部分が眼をはなれぬ。年ごろになるまであんなものはない。嫁入り支度、そこでそろそろ出来、結婚、母親、それで完成する。最初の妻にもあった。いまの妻にもある。娘たちにはまだない。僕は娘たちにだけはあんなものを出かせたくない。それだけ妻の足の坐りだこを撫でてやりたいよ。すべて日本の女の坐りだこを撫でてやりたいよ。日本の女の取りあつめたあわれさ、たこ。そして女という女の足に坐りだこをつくるものの男への反射が酒を求めさせる。ただ、末の子のことで語り合ったため僕らは新しい境地へ来られたようだ。これは大したことだった。これ以上生まれるはずもないが、仮りに今後男が生まれるとしても僕はらくに愛せそうに思う。とぜねがら酒飲め。酔ったら寝れ。その年にきて、僕らは、坐りだこの出来た妻を新しく愛せねばならないのだ。


 幾重にも味わうことの出来るこの一連の文章。素朴な美しさとでもいおうか。この美しさをなりたたせるのは何よりもまず、坐りだこを見つめる眼である。フェミニズムの文脈からどのようなことが言えるのか、僕は知らない。男の立場の自省が足りないと言われればその通りかもしれないと思う。これで十分かどうかは判らない。しかし、坐りだこをただそれとして眺めるような眼差しではないことは明らかだ。女性の日々の苦しさや、翻って自分自身にもかえってくるような、そういうものとして見る。見えるからこその苦しさもまた感じさせる。


 これは妻と夫の、時として子供も交えての関係の話だが、他者とのかかわりということで言えば、似たようなことはいくらもある。僕にとって切実なのは、職場での、特に契約スタッフとの関係である。末の子について語り合ったことで「新しい境地」に来たと感じられたこの校長の経験は、坐りだこを見つめるまなざしと共に、僕にとっての手がかりになりそうだ。
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by todoroki-tetsu | 2012-10-08 09:26 | 批評系 | Comments(0)

2012・8・23の各紙朝刊、別名「『運動』もしくは『問題』について」

 原発に反対する側の人々と首相が会見をした、その翌日に様々な新聞を買い求めた。普段購読しているものとあわせ、8/23付の「毎日」「産経」「読売」「日経」「朝日」「東京」朝刊を手元にそろえる。


 前日に久々にアルコールを入れたせいか、えらく体調が悪い。とにもかくにも新聞は買ったものの、仕事も仕事でそれなりにあるものだから、ようやく新聞を少し落ち着いて眺められたのは夕方、遅い時間の一服とも取り損ねた休憩ともいえないような時であった。


 どの新聞がどれだけ報道しているか、どんな論調で記しているかをもって何かを言おうとする気はない。色んな人や立場の、その一端を知る。自分とあっているかどうかが問題ではない。記された言葉や写真に、自分は何を思うのか。それが問題である。


 順不同に新聞をひろげる。「日経」3面では、パブリックコメントの報道と重ねあわせ、「意識調査出そろう」と見出しをつける。材料はそろった、ということなのだろう。35面社会面では、「団体側」が不信の声を募らせた、とする。


 「産経」3面では、比較的大きな、横長の写真を見る。前首相が現首相と並んでいるように見える。この配置が何を意味するのかは判らない。斜め後ろから「反原発連合」の面々の後頭部が映る。名前が判るのは学者さんだけだ。この方も含め、官邸前では何度かお見かけしたことがある。何かが繋がったという感覚がある。外と内が、ほんの一瞬かもしれないが、繋がったという感覚。


 同紙の「主張」は明快、「ブレずに再稼働を進めよ」とある。「首相が安易な脱原発に与する姿勢を見せなかったのは当然」であり、「『原発ゼロ』を選んだ人たちは現実を直視しているのだろうか」と問う。もちろん、「不安や不信を払拭する安全対策を強めていく必要がある」との文言は忘れられていない。

 
 僕はこの意見に与するものではない。けれど、原発にさして反対とは思っていないならば、そう違和感なく受け取ることが出来るだろうと思われる。反対する意見からは様々なことが言えるだろう。その逆もまた然り。


 さて、ではなぜ僕は「この意見に与するものではない」と思っているのか。そこをもう少し考えてみる。


 僕は恥ずかしい話だが、シーベルトもベクレルも判らない。線量をはかったことはないし、はかろうとも積極的には思わない。食べ物も、自分が食べる分には気にしない。自分なりの節電はやっているが、それがどれほど影響のあることなのかも判らない。要するに、知識はないと言っていい。


 原爆―核実験からくる、様々なイメージは多少持ち合わせている。それと同じようなものが日本の各地にあるではないか、と言い放ったアーティストは、僕が心から尊敬する人のひとりである。その影響は、僕にとっては馬鹿にならないほどの大きさがある。


 しかし、現実に即そう。多くの人が口にする、原子力発電所が爆発したという映像を、僕は目にしていない。自分が具体的に逃げるか逃げないかという問題はさておき、比較的早くから――記憶ほど信用できないものはないが、しかしそれが確かならば、遅くとも2011年3月21日までにはそうしたことを僕は職場でしゃべっている――「原発さえなけりゃあここまでのおおごとにはならなかったろうに……」とは思っていた。


 これは裏を返せば、もし万が一原子力発電所が、あの地震と津波でも持ちこたえていたならば、漠然とした「ヤバいな」「出来ることならなくしたほうがよいのだが……」という程度の感想であったということだ。これを弱さというなら認めるし、継続している弱さである。


 しかし、一方で、「事故ったらこんなに取り返しのつかないことになるんだ」という怖さは、確実に刻まれている。それは、子どもの姿の見えない町の様子であり、閉じられて久しいと思しきスーパーであり、錆びついたレールの映像として僕の中にある。とんでもないことが起きたのだし、それは継続しているのだということ。


 怖さと同時に、疑問がある。なぜ再稼働をしなければならないのか。上述したような弱さを持つ僕は、百歩譲って、あの原子力発電所の事故を、せいぜい数日で完全に収束しえた組織や人がいたのであれば、再稼働を言い、実行する資格があるとも思う。賛成するかは別として、資格はあるだろう。


 そんな資格を有する人が、誰かいるだろうか。いないだろう。いないなら、やっちゃいけない。根本的な不信が、ここにある。どうにも信用ならんぞ、と思う。たためもせん風呂敷を拡げるな、と思う。うさんくさいと思う。


 そうした不信に近い疑問と同時に、僕のところにまで着実に忍び寄ってくる問題がある。放射性物質だけではない。労働の問題である。原発労働について、既に為されていた仕事が掘り起こされ、更新されていることから僕が知り得たことのひとつは、何重もの下請け構造があるということ。もうひとつは、原子力発電所が、生身の人間の被ばく労働で成り立っているということ。


 同じ労働者として連帯を……などときれいごとは言わないし、言えない。けれど、何かがおかしいと感じる。そのおかしさを、つかめそうでいてつかめない。だから、「原発でメシを食っている労働者や町の旅館はどうなる」と言われてしまうと言葉に詰まる。それがあたかも当事者を代弁するかのようにいう奴なら何とでも言い返してやるが、当事者自身に言われたら、何も言えやしない。そうした人にとっては、官邸前に行く僕のような人間は、遠いところで勝手に騒いで食いぶちを奪おうとしている奴だと思われるかもしれない。

 
 そうではないのだ、といいたい。けれど、それを言うだけの根拠も自信もない。低級な「嘘」はいくらでも吐くことが出来るだろう。そうしたくなければ、黙るしかない。「でも……」と言おうとしても、あとが続かない。


 そんなことを考えていくと、ある思いにぶち当たる。あなたと僕は、そもそも争わなければならないものどうしであるだろうか。あなたは僕の敵ではないし、あなたの敵は僕であってほしくない。敵の敵は味方、などといいたいのではない。あなたと僕に越え難い溝があるのなら、その溝について考えよう。その溝はいつ、どのように、誰がつくったのか。あなたも僕も、その溝をつくるのに少しばかり加担しているのかもしれない。それならそれも受け入れた上で考えよう。

 
 もしあなたと僕が、争う必要もないことで争っているのなら、そんな馬鹿らしいことはないじゃないか。


 「人間なら判るはずだ」なんていうような言い方はしない。人間でないような真似をするもの、それこそが人間であるからだ。ほんとうに偶然に、震災直後に手に取り、祈るようにして読んだ渡辺一夫の言葉は、今もなお僕にとって大きな指針であるのだった。

 
 そこから、さらに思考は進む。あなたと僕のあいだには、ただ何らかによって出来あがった溝があるだけだとしたら。あなたと僕を隔てるものは、強固に見えて、実はひょっとすると取っ払えるものかもしれないとしたら。

 
 あなたの問題と僕の問題は、固有でありつつも共通していると言える、そういう瞬間が訪れるのではないか。いや、実は既にそのようなものとしてあるものが、ただ僕たちの目にはそう映っていないというだけではないのか。この手触りを確かめることが、改めて「運動」なり「問題」なりを再考する目的となる。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-26 02:19 | 運動系 | Comments(0)

渡辺一夫「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」

 仕事の関係もある。漫画版「ナウシカ」に着手していることもある。どうせ感想を記すなら順繰りにやっていこうとも思った。しかし、多分、今記さなければならないだろうとも思う。


 報復は命の「等価交換」であろうか……。そんなことを思いながら、「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」を読みなおす。ちくま日本文学全集版の「渡辺一夫」、ならびに岩波文庫『狂気について』に収録されているが、この間読んできた前者にそってメモしていく。タイトルの「寛容」には「トレランス」、「不寛容」には「アントレランス」とルビがふられている。

 
 ちょっとした前置きからすぐに、渡辺はこう記す(P.302-3)。


 ……僕の結論は、極めて簡単である。寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容たるべきでない、と。繰り返して言うが、この場合も、先に記した通り、悲しいまた呪わしい人間的事実として、寛容が不寛容に対して不寛容になった例が幾多あることを、また今後もあるであろうことをも、覚悟はしている。しかし、それは確かにいけないことであり、我々が皆で、こうした悲しく呪わしい人間的事実の発生を阻止するように全力を尽くさねばならぬし、こうした事実を論理的にでも否定する人々の数を、一人でも増加せしめねばならぬと思う心には変わりがない。



 当たり前のこと、通り一遍のこと、お題目を唱えているようにはまったく思われない。それは渡辺の他の文章を読んできたからでもある。しかし、この短い数文の中だけでも、人間がどうしようもなく「悲しく呪わしい」ことをやってしまうものだ、という渡辺の痛切な認識を感じさせる。温和な言葉の奥底にある凄み。


 行論中、必ずしも本題ではないのだろうが、興味の惹かれる個所がある(P.305)。


 ……普通人と狂人との差は、甚だ微妙であるが、普通人というのは、自らがいつ何時狂人になるかも判らないと反省できる人々のことにする。寛容と不寛容との問題も、こうした意味における普通人間のにおいて、まず考えられねばならない。



 「反省」が出来なければ、普通人ではない! これだけでも十二分に内省を迫られるのであるが、先を急ごう。続いては秩序の話(P.306)。


 ……これは忘れられ易い重大なことだと思うが、既成秩序の維持に当る人々、現存秩序から安寧と福祉とを与えられている人々は、その秩序を紊(みだ)す人々に制裁を加える権利を持つとともに、自らが恩恵を受けている秩序が果して永劫に正しいものか、動脈硬化に陥ることはないものかどうかということを深く考え、秩序を紊す人々のなかには、既成秩序の欠陥を人一倍深く感じたり、その欠陥の犠牲になって苦しんでいる人々がいることを、十分に弁える義務を持つべきだろう。



 では、寛容と不寛容がぶつかってしまった時、どのような様相を呈するか(P.307)。


 寛容と不寛容が相対峙した時、寛容は最悪の場合に、涙をふるって最低の暴力を用いることがあるかもしれぬのに対して、不寛容は、初めから終りまで、何の躊躇もなしに、暴力を用いるように思われる。今最悪の場合にと記したが、それ以外の時は、寛容の武器としては、ただ説得と自己反省しかないのである。従って、寛容は不寛容に対する時、常に無力であり、敗れ去るものである(以下略)



 「最低の暴力」とは何だろう? なぜだか『寄生獣』における新一と後藤の最後のたたかいを連想してしまったのだが。また、ここで渡辺が「寛容の武器」として説得だけではなく、自己反省を挙げていることを注意しておきたい。先にあげた「普通人」の話もここでは絡んでくるだろう。


 ここで渡辺らしく、話はより古典的になっていく。ローマ社会と初期キリスト教を例にとり、寛容と不寛容について掘り下げていく。本来寛容であったローマ社会がキリスト教に対して不寛容な態度をとったことが重大である、と(P.311)。


 ……本来峻厳で、若さのために気負いに立ったキリスト教を更に峻厳ならしめ、更にいきり立たせたものは、ローマ社会が、自らの寛容を守ろうとして、一時的で微温的なものであったとしても、不寛容な政策を取った結果であるように思えてならない。終始一貫ローマ社会は、キリスト教に対して寛容たるべきであった。相手に、自ら殉教者と名乗る口実を与えることは、極めて危険な、そして強力な武器を与える結果になるものである。



 今改めてこの警句は認識されてよいものだろう。続いて渡辺は繰り返し繰り返し寛容の重要さを説く。楽観的だ、とも言う。それに続く一文(P.320-321)。


 ただ一つ心配なことは、手っとり早く、容易であり、壮烈であり、男らしいように見える不寛容のほうが、忍苦を要し、困難で、卑怯にも見え、女々しく思われる寛容よりも、はるかに魅力があり、「詩的」でもあり、生甲斐をも感じさせる場合も多いということである。あたかも戦争のほうが、平和よりも楽であると同じように。



 加川良さんの「教訓Ⅰ」は、ここで想起しておいてよいと思う。 
 

 そして渡辺は、このエッセイの終盤にこう記している(P.321‐2)。


 初めから結論が決まっていたのである。現実には不寛容が厳然として存在する。しかし、我々はそれを激化せしめぬように努力しなければならない。争うべからざることのために争ったということを後になって悟っても、その間に倒れた犠牲は生きかえってはこない。歴史の与える教訓は数々あろうが、我々人間が常に危険な獣であるが故に、それを反省し、我々の作ったものの奴隷や機械にならぬように務めることにより、はじめて、人間の進展も幸福も、より少い犠牲によって勝ち取られるだろうということも考えられてよいはずである。



 ほとんどもう、すべての大切なことが凝縮されているように思える。


 この文章は、1951年に記されている。ということは60年前。「朝鮮特需」の頃、と附記にもある。その時代がどんなであったのか、今の僕には判らない。しかし、今読み直しても逐一唸ってしまう。渡辺が普遍的なところで問いを立てていたからでもあろうが、それは同時に、人間(と人間が作る「社会」)は60年程度ではそうそう変るもんではないよ、ということでもあるのだろう。


 しかし、だからこそ、読み返さなければならないし、考え続けなければならない。そう思う。
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by todoroki-tetsu | 2011-05-06 11:27 | 文学系 | Comments(0)

渡辺一夫「ある教祖の話(a)――ジャン・カルヴァンの場合」

 ひきつづき、ちくま日本文学全集の『渡辺一夫』。この小論は単行本『フランス・ルネッサンスの人々』に収録されていたもの。宗教改革期の様々な人物を評伝風に描きながら、ユマニスムのありようにふれた名文集である。

 
 「カトリシスムでも最も因習的」なモンタギュ学寮で学んだことを、Quid haec ad Christum?(それはキリストと何の関係があるのか?)とカルヴァンは自問し得たのではないか、そんな風に渡辺は考えている(p.140-142)。それこそが渡辺がユマニスムと呼ぶものである。


 しかし、狂信と迫害が荒れ狂う中で「寛容」を求めようとしていたカルヴァンは、その志のゆえに「不寛容」を変化させていってしまう。渡辺はいう(p.159-160)。


 私としては、この変化は、カルヴァンの悲劇であるのみか、人間そのものの悲劇だと思っています。(中略) 人間悪・社会悪の是正は、打ち棄てられてよいはずはありませんが、その是正は、見聞きする悲惨さや憎悪に対して、一時的なものであるにせよ手を打ちつつ、こうした悲惨や憎悪を生ぜしめたものに対して、一人でも多くの人間が反省を抱き疑問を感ずるようにするために、欺かれても、笑われても、怒られても、繰り返し繰り返し、語り続け通すことによって行われるよりほかにいたし方ないような気がします。カルヴァンの善意は疑うべくもありませんし、彼のように純粋で、信念の堅い人もまれでしょう。しかし、人間を救い、人間悪・社会悪を是正して人間を救うためには、こうした美質を持っただけですむものかどうか疑問です。もっと深い忍苦と、もっと痛ましいほどの反省と、もっと強い懐疑とが必要なのではないかと思います。



 他にも印象的な記述はいくつもあるが、先を急ぐ。カルヴァンの生涯を概括したのち、締めくくりに近いところで述べられている部分(P.202-3)。


 ユマニスムは、思想ではないようです。人間が人間の作った一切のもののために、ゆがめられていることを指摘し批判し通す心にほかなりません。従って、あらゆる思想のかたわらには、ユマニスムは、後見者として常についていなければならぬはずです。なぜならば、あらゆる人間世界のものとおなじく、人間のためにあるべき思想が、思想のためにあるの人間という畸型児を産むことがあるからです。(中略)後見者は、行動できませんから無力に見えます。しかし、人間の思想が好ましい実を結び、人間の制度が立派に機能を発揮して人々に恩沢を与え、しかも己れの不備を改めてゆくようにするためには、この後見者は常に控えていなければなりますまい。



 「にんげんをかえせ」を重ねあわせるのは不当だろうか?


 
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by todoroki-tetsu | 2011-04-17 21:41 | 文学系 | Comments(0)

渡辺一夫「エラスムスに関する架空書簡」

 やや間があいたが、少しずつ、少しずつ、読み進めているちくま日本文学全集の『渡辺一夫』。「エラスムスに関する架空書簡」を読む。


 真実をいくら伝えようとしても、相手は受け附けず、判り切った不幸へ向って進むような場合、その真実を相手に納得させ、不幸を回避するために、あるいは嘘はつかれるかもしまれません。(中略)しかし、これが僕にとって大切なことなのですが、嘘をつかねばならぬ羽目に、自分も陥り他人をも陥れるような結果にならぬように、各人がおのおの努力すること、その方法を事ごとに考えていることに、人間として守るべき倫理の一つがあるということです。



 P.97-98の記述。これは例えば、法華経方便品などと関連付けて考えることが出来ることなのかどうか。次の節を読む限り、どうも地平が違うようには思える。同じP.98。


 このように、真実を知らしめ、それによって人のため世のためをはかろうとしても、その方策がない。相手が納得してくれない。そういう場合に、やむを得ぬ虚偽は用いられるかもしれませんが、この情なさは、本当に、慟哭に値するはずなのです。



 「慟哭に値する」! あくまで生身の人間としてとどまろう、悩みぬこう、そう言い聞かせているように思える。


 僕は、信念があると言っている人々を咎めているのではないのです。信念のある人ならば、自己の信念が何の上に成立しているか、また他人の信念の構成も、同じようにして行われるのではないか、ということを反省できるような、ゆとりと理性とを持ってほしいと言っているのです。



 P.101の記述。もはやぐうの音も出ない。
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by todoroki-tetsu | 2011-04-04 21:47 | 文学系 | Comments(0)

渡辺一夫「エラスミスムについて」その二


 また一体チェリー・モーニエがルッターによって守られたと言う「精神の真の特権」とは何であろうか? 動脈硬化に陥った当時のカトリック教会とその神学者とに対する批判と粛正要求とは、旧教側の攻勢にもかかわらず、ルッターによってなされ続けたのであり、チェリー・モーニエは、一九三五年頃擡頭するナチスムやファッシスムの攻勢に対しての批判と人間性合理性の擁護とに、ルッターを結びつけて考えいたのであろう。しかし、「精神の真の特権」とは、ルッターの専売ではない。それのみか、同じ神の名によって殺戮し合い、同じ正義の名の下で果たし合いをする人間に対して、この殺戮もこの果たし合いも愚劣であり非人間的であり、それの解決は他に求めねばならぬと説くこと、またそうした考えを抱き通すことこそ、正に「精神の真の特権」とは言えないだろうか?




 引き続きちくま日本文学全集版「渡辺一夫」より。P.83-4から抜いた。「それのみか」以降の一文は、静かだが、みなぎる思いを感じさせる。


 エラスムスの全てが肯定しきれるわけではない。その例として昔の弟子、フッテンを見捨てたことを挙げる。だが……


  フッテンを拒否した日は、正にエラスムスの生涯中最も暗い日だったのだ。彼の行為は明らかに「福音」の慈悲の教えに背くものと言える。これには、何とも抗弁のしようがない。救いを求める重病の、不幸な、昔の弟子を見殺しにしたのである。たとえフッテンがいかに軽挙妄動する人間であるとしても、エラスムスは、「福音」を守ろうとして「福音」に背いてしまい、人間的たらんとして非人間になるのである。エラスムスも脆弱な人間である。追いつめられて犯したこの種の非人間的行為は、重大なウォルムスやアウグスブルクの会議への欠席と同様に咎められてもいたし方ない。しかし、人間エラスムスが、利己的な平安しか求めないと批判されるのを覚悟の上で、追いつめられて肉体になおも宿し続けたものはあったのである。我々は、それをも咎めるわけにはゆくまい。我々は、エラスムスを咎めることで物足りなかったら、エラスムスにこの醜態を強いた現実をも咎めなければならないのである。



 P.87-8より。今、何を咎めるべきであるのか、見極めなければならない。そう恣意的に読む。


 エラスミスムが黙々として持続した勝利を収められなくなった時に、エラスミスムは無力となり、これを肉体に宿した人々は追いつめられるのであり、その結果、狂信と暴力とが荒れ狂うのである。エラスミスムは、一人でも多くの人々によって護り続けられねばならぬものであり、しかも、争闘の武器ではない。ユマニスムの徒が追いつめられて銃を取ることは、ユマニストの王者エラスムスが非人情的な醜態を犯すこととは異質の悲劇である。こういう悲劇を回避するために努力するのも、ユマニスムの使命であり、エラスミスムの目的であろう。一九三五年に、チェリー・モーニエが、エラスムスのユマニスムを非難した時、既に大きな悲劇は始まっていたのである。


 
 P.89。「既に大きな悲劇は始まっていた」……この言葉を同時代的に恣意的に読んでみる。その言葉を、自分の中に打ち込んでみようとする。


 この随筆のしめくくりに近い部分で、渡辺はモンテーニュの言葉を引いている。孫引きだが、最後に引く。いずれも『エセー』の「三ノ一〇」とある(P.91)。


 「現在この国の混乱渦中にあって、いくら私に利害関係があるからと言っても、私の敵に具っている美質を認めないわけにはゆかなかったし、私の与する人々のうちに咎むべき欠点を認めないわけにもゆかなかった」



 「我々の信念や判断が真理に仕えずに、我々の欲望の企図するところに仕えるようにせよと人々は望む。むしろ自分の欲望とは全く反対な逆な極端に走って間違いを犯すかもしれない。それほどに私は、自分の欲望に駆使されるのが恐ろしい。更にまた、自分が願い求めることを、私はやや敏感に警戒するのだ」



 1948年に記されたこの文章が切実さを増すことを、今は哀しまないでおこう。とにかく、これだけの到達が60年前にはあったのだということ、少なくともここから始めることは出来そうだ、ということに希望をもつことにしよう。


 問題は、この希望を自分の「肉体」に果たして宿せるか、になってくる。大澤信亮さんの言葉が手掛かりになるに違いない。これは別の機会に記す。
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by todoroki-tetsu | 2011-03-24 06:32 | 文学系 | Comments(0)