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杉田俊介『長渕剛論』・大澤信亮「温泉想」

 読後直後は一定の興奮状態であって、そのときなりの感想は記すことが出来る。しかし、勢いで記していいものだろうか、と迷っていて、そうこうしているうちに随分と時間が経った。杉田俊介さんの『長渕剛論』(毎日新聞出版)である。

  
 杉田さんと同世代(学年は一つ違いかもしれない)の僕も、長渕さんに一度ハマり、しばらくして離れ、そのまま戻ってくることなく今まで来ている。同世代でしか通用しないであろう昔話を、それとしてあれこれ書き連ねることはできるけれども、さて、そうしたところで何になるか、そんな風にも思ったのだった。

 
 『親子ジグザグ』の再放送を小6のときに友達が見ていたのが最初のきっかけで、「ろくなもんじゃねえ」にはまり、なぜか当時住んでいた香川ではほどなくして「家族ゲームⅡ」の再放送があり、「家族ゲーム」は見たかどうかいまいち覚えていない。中学の時が「とんぼ」でドはまり、上京して新宿西口をぶらついた時にあのラストシーンを思い出すくらいには影響は残っていた。高校になるくらいからはなんとなく離れていったが、「JEEP」のツアーは観た。アルバムで追ったのはこれくらいが最後。「STAY DREAM」からこのあたりがドンピシャだが、そんなおしゃべりをしたところで内省にはならない。しいて時代的?なことを記すとすれば、長渕さんが「昭和」を出したころ、光GENJIが出したのが『Hey! Say!』で、妙にイキがるだけの田舎男子中学生が、男を気取って女子の向こうをはろうとしていたことっくらいだろうか。いずれにせよ、つまらん話。
 

 そう、話そうと思えば、あれこを話すことはできる。しかし、この20年と少しを振り返ってみようとしたときに、とたんに失語することに気付く。べつに長渕さんファンであり続けていなかったから、というのが理由ではない。そんな間口の狭い批評ではこの本は決してない。長渕さんとがっちり向き合う杉田さんの言葉を読むというのはどういうことなのか、眼から胸を通じて肚にくる、そんなずしりとした感覚。「たんに『いい歌だね』『流行っているみたいだね』と聞き流し、消費することをゆるさないものが、長渕剛という人の中にあったし、今もある」(p.17)と杉田さんは記す。そう記す人の言葉をどうして「聞き流し」「消費」することが出来るだろう。


 だから、感想めいたものは書けない。ただ、言葉を手掛かりに、その奥底にある何ものかに手を伸ばそうとすることはできる。


 本を読み返せば、ああここにもこんなことが書かれている、と再発見する言葉はいくつもこの本の中にはある。が、初読からつかまれ、たとえ本を読み返さなくとも、仕事している最中や、通勤中や、何か新聞などを読んでいるときなどにふと、よみがえる箇所がある。第六章「明日を始めるために」。2015年8月22日、「長渕剛10万人オールナイト・ライヴin富士山麓2015」の批評である。ライヴについて、あれこれ「小さな一部分を叩いて全体を台なしにしたがる人々」について触れた後の箇所(前後関係は本文をあたっていただきたい)。少し長いが、引用する。p.228の記述。


 この世のすべてに対しほどよい距離を取って、冷静に醒めている程度のことが何なのだろう? 他人の情熱と本気を安全圏から愚弄しつづけねば日々の飯すらうまく食えない、にやけたあんたたちの顔は何なのだろう? 自らの汚れた手や腐臭にすら無感覚になり、ますます増長し、すべてを台なしにしていくあんたらの群れは、いったいどこへ行くんだろう?

 「フリーターに関する20のテーゼ」や「無能力批評」(「フリーターズフリーvol.1」)を想起させる力強さ。ぐっと握りしめたこぶしのような強さ。それを振り上げまいとするギリギリの理性。


 でも、これだけなら、まだ「消費」して済ませることが出来る。自分が戦っていると信じることできる自分の弱さに目をつぶるのは、とてもたやすいことだから。「敵」を勝手に仕立てあげることの毒に気付かずに済まそうとすることは心地のよいことだから。
 

 杉田さんはこう続ける。


 いや、本当はそんなことも、どうでもよかった。必要なのは、何かに本気で没入しつつ、その危うさもポテンシャルも丸ごと引き受けて、個体としての肉体を通して、さらにその「先」の明日を切り拓くことだと思った。どんなに小さくささやかであれ、他人の命がけの本気から恩恵としての果実を受け取り、それに感謝し、糧として、自分を人間として熟成させ、変え続けていくことだ、と。

 初読から半年、幾度となくこの二つの段落が頭をよぎる。引き受けて、切り拓く。ほかならぬ自らの肉体を通じて。はたして、そんなことが出来るだろうか。わからない。


 そんな思いもどこかにあった中で、大澤信亮さんの「温泉想」(「すばる」2016年7月号)を読んだのはまだ暑くなり始めるころだった。「この人は僕のために書いている」。そんな訳はないし、「罪人」という言葉に機械的に反応をしている訳でもない。どの言葉がどの一文がどうとか、そういことでもない。全編を通じてそう感じる。


 この思いは幾度読み返しても、頭を離れない。




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by todoroki-tetsu | 2016-11-03 11:05 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十七)

 共産党が偉いともなんとも思わない。偉い部分は確かにある。そのうちのひとつは、意固地なまでに名前を変えないことであるが、そのことは今の本題ではない。


 誰が偉いとか指導と非指導とか前衛と大衆とかマヌーバだのフラクションだの中央だの末端だの、そんなことはすべて取っ払う。どうだっていいそんなことは。ただ、ある問題に対して気づく。意見を述べる。働きかける。運動をする。理論を知っていた、蓄積があった。そんなこともどうだっていい。みんなに関わる問題がそうやって発見されたなら、別に誰がどうしたとか関係ない。権威なぞ知ったこっちゃない。


 極めて乱暴に、そんな風にいろんなものをぶち壊した上で、考える。校長が、共産党に訴えるという気持ちで思いを吐露するということを。そして、それを受け取るであろう共産党員か、それに近しい旧友のことを。


 校長のいわんとすることは、ぐうの音も出ないほど正しい。それはもとから校長自身の考えていたところもあったろうが、しかし、共産党のものいいに対して「それはおかしい」と思う、そうした思いから固まっていたものも少なからずあるだろう。共産党がこう言った、そのことで初めて自分の中で明確に形になるもの。文章を読むむころ、絵を見ること、それら全部ひっくるめて、やはり他者との出会いによってしかそのような明確化はあり得ない。

 
 ところで、そのようにして形になったものは、往々にしてそのきっかけとなったものへと向かう。「共産党が先きへ先きへと指導せぬのが悪い」。しかも、だ。校長はただ議論を弄んだのではない。学生時代の来歴から今の中学生と接しながら3人の子供を抱え、さらに3人の子供を抱える妹のことを考え、顔をいたく傷つけて帰って来た部下であり理解者である若い教師のことを思い、そして坐りだこのついた妻のことを考え、そしてわずか五勺の酒に酔うのである。校長の言葉はそのまま「訴え」であり「叫び」に他ならない。

 
 では、それに対してこの手紙を受け取った旧友は、何と答え=応えられただろうと考える。おおよそ、こうした場合に考えられる態度はいくつかの型を想定できる。第一に、政治的に論破すること。いや、そうじゃない。君の言っていることはまちがっている。実際にはこういうことだ。だからこちらが正しい。この正しさを判ってほしい。だから僕にしたがうべきだ。第二に、相手の言うことを受け入れること。君の言うとおりだ。まったくそのとおりだ。そうなるように、いっしょに頑張ろう。だから君も僕と同じ陣営に入らないか。


 しかし、第三の型がある。ただ、相手の言うことに耳を傾けることだ。うなずくことは出来るかもしれない。しかし、応答すべき何ものも持ち合わせていない、というそのことを、深くかみしめること。応答なんて出来やしないことを、ほんとうに心の底から理解すること。杉田俊介さんのいう「失語」とは、こうしたものであるまいか。


 第一や第二の型では、けっして「五勺の酒」という作品は出来やしない。失語した/させられた経験を、深く自らに刻み込まない限り、こんな作品は生まれやしない。ならば、失語なくこの作品を読むことは、ありえぬのではないか。失語の先にあるものをつかまえることが果たして出来るか。何度でも何度でも、ここに立ち返ろう。


 ……尽きせぬことばかりだが、ひとまずここで区切りとする。
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by todoroki-tetsu | 2012-11-14 22:21 | 批評系 | Comments(0)

誰をも貫く「言葉」のありようについてのイメージ

 先週22日(金)の官邸前以来、やや強く考えていることのひとつに、誰をも貫く言葉、敵も味方も他者も自分を、全てを貫くような、そうした言葉のことがある。例えば、先週のエントリでこう記したようなもの。


 賛成か反対か、という次元を超えて、どういう気持ちか判らないけれどもおそらくは真面目な気もちでわざわざ「再稼働賛成」を言いに来た人たちも、「反対」の気持ちで集まった人たちをも、そしてもちろん自分も含めて、みんなに等しくいきわたる「言葉」



 そうした言葉が上から降り注ぐのか(垂直)、それとも同じ地平にいる者どうしの中から紡ぎだされるのか(水平)は判らない。かつて「相対的な存在が持ちうる絶対性」について考えたこともある。結論など容易に出やしないんだが、どうにもここいらあたりには僕なりに感ずるものがあるようだ。
 

 さて、そんなことと若松英輔さんのこととがあいまって、『ロスジェネ 第4号』を、ひさびさにちゃんと引っ張り出してきたりしていた。

 
 杉田俊介さんと対談している中で、ここでもやはり大澤さんの言葉を参照項として引いてみる(P.187)。


 それはまさにこの瞬間に互いが他者に成り得るかという話でもある。僕は一緒にやっていくというのは、友が敵であることを肯定できることだと思うんだよね。敵をどう友に変えるかだけではなく、自分が本当に親しいと思っていた存在が異物と化していったとしても、その光景自体を肯定し、共有できる関係があるはずです。もしかしたらそれは個人の意志の強さではなく、それを可能にさせる社会的な流通、生産、消費、そこから生じる新しい信頼なのか信仰なのか、そういうものによって可能になるのかもしれない。

 市場システムの強いところは敵を味方にするところですね。心理的に、生理的に考えたら、あるいは社会的なアングルから見たら一見敵であるはずなのに、それがいないと自分が生きていけないという意味での味方。たとえば僕にとって、文章を書くことで生きると覚悟した人は、たとえ主義主張が敵対していても、その人がいなければ空間が成立しないという意味では否応なく味方でもあるわけです。そのように敵対性を回転させるものが資本のなかにある。その強さを見ないところでオルタナティブな空間や市場を作ろうとすると、結局は、仲間内で組み合ったり、敵を排除するという発想になる。だから、この資本性の厄介さに根差したところで、その先を開くことが大事だと思うんです。それ自体もまた資本制とはべつの信仰や宗教なんだろうか。



 これに対し杉田さんは、「ああ、そうか。うん。友と出会う条件はそのまま敵と出会う条件であるのかもしれない」と応じておられる。詳しくは『ロスジェネ』そのものに譲ろう。ここにはたいせつな何かがある。

 
 賛成や反対は切実だ。でも、割り切れないもの様々にある。無限のグラデーション。そのグラデーションはそのままに、なにかこう、「みんな幸福」(ベルク店長井野さんの言葉)になることは出来ないものだろうか。そう思っている。


 ……どうも僕は「三人の世界」(前回エントリ参照)にすぐ引き寄せられるようだ。決して悪いとは思わないが、それが「一人の世界」や「二人の世界」の固有性を塗りつぶしたり無視したりしていないか、自己点検が必要だ。
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by todoroki-tetsu | 2012-06-28 07:20 | Comments(0)

郡山の朝

 郡山は以前一度だけ降りたことがあったが、それは夏の昼間の話。風の強い冬の夜、ただただ宿へと一直線に進む。風呂で身体を温め、早々に寝床に就く。

 
 翌朝、のんびり起きてテレビなんぞを見る。普段テレビを見ないので「カーネーション」の流れが全く判らない。有働さんはいい笑顔だ。

 
 あとは東京に帰るだけなのだ。新幹線を使えば大宮まで1時間、つごう2時間少々で家には帰ることが出来る。近いものだと思う。だからどうした、と自分の中のもうひとりがすぐさまつっかかってくる。面倒なのでそのままやり過ごす。

 
 調べてみると駅にほど近いところに、自分が会員証を持っているネットカフェがあった。少しばかり仕事もあるので、珈琲を飲みながらメールでもうつことにしよう。ゴミの散らばるエレベータで受け付けフロアまで上がる。ごく普通のリクライニング席をお願いする。ブースが比較的広いのがありがたい。


 案件をふたつみっつばかり片付け、ちょっと時間が余ったので何の気なしにネットをガチャガチャいじる。杉田俊介さんがtwitter(@sssugita)で、ご覧になられた映画のことを中心に久々に連投されているのを拝見する。そういえば、夏に南相馬に行った時にも、その前後で杉田さんのtwitterを拝見したなと思いだす。偶然だなあと勝手に思い込む。その連投の中で、特に考えさせられたのは2/12、23:02の時刻が付された下記。


 「9・11」は映画的想像力を逆用した。私たちはテレビ・ネット動画・映画その他で「3・11」をほどほどに消費し、楽しみ、道徳感情を自慰的に満足させた。ほどほどに。これは当たり前の欲望だ。私もそうだ。ならばせめて、その暴力性を「映画として」問い直す。勿論これはデフォルトに過ぎない。



 「道徳感情を自慰的に満足」させている、まさにその行程の途中の郡山でこの言葉を読んでいる自分は何なのか。杉田さんはかかる欲望を「暴力性」という言葉でも表現しておられる。そしてそのような欲望の自己認識と問いなおしは、「デフォルトに過ぎない」のだ。語っておられる題材は映画であるけれども、この問いはおそらく映画にとどまるようなものではない。


 ……「デフォルト」にすら到らないところで、僕はうろうろしているだけなのかもしれない。だがしかし、僕は自分の職場で、自分の生活で、僕の問いを生きるしかない。称揚も卑下も無意味。ただ、手前で考え抜くしかないのだ。


 ところで、『福島からあなたへ』において、武藤さんは「私たちとつながってください」(P.22)と述べた。「どうか福島を忘れないでください」ともおっしゃった(P.24)。僕はこの言葉を前にし、躊躇する。


 「つながってください」という呼びかけには、いつかきっと自分のことしか考えずに振り払うであろう自分が容易に想像できてしまう。「忘れないでください」という呼びかけには、ありとあらゆるたいせつなことを忘れてきた自分が対置される。


 確かに武藤さんの言葉は大切だし、やはり自分も出来る限り応じたいと思う。けれど、それに応じるというのはほんとうにはどういうことなのか。自分に「出来ること」だけでいいのか――課題の大きさ・深刻さを基準にするのか、自分自身の状況を基準にするのか、というある種の普遍的な問題。「意義と任務」の問題と言いたくばそれもよかろう――。「忘れない」とはどういうことか。時折思い出すようなことでも「忘れない」と言いうるのか。

 
 もちろん、これらは武藤さんに対して問いかけるべき問題ではなく、その言葉に触れている僕が、他ならぬ僕自身に向けて投げかける問いである。


 呼びかける側/呼びかけられる側との分断は、悪意からも善意からも、意図してでも無意識であっても、容易に出来る。都市部で住む人が、自然の中でなるべく電気やガスを使わず暮そうとしている人に対して「違い」を見出すことはたやすい。あなたとわたしを切り離してしまえば、心理的にはずいぶんと楽になる。


 「あれは他人に問題であって自分には関係がない」というように使うことも出来るし、ある程度関わろうと思っている場合でも、「他人の問題に関わっている他人であるところの自分」、という立ち位置を確保してしまえば気が楽だ。「自由な意思は撰択するからだ」(吉本隆明、『マチウ書試論』)と皮肉気に言葉を吐いてしまえ。さすれば呼びかけに応ずるも応じないもすべては自分次第となるだろう。自分の立ち位置は常に安全圏だ。

 
 そのような安全圏から武藤さんの言葉を読みむことは、それこそ「暴力性」のある「欲望」でしかあるまい。タイトルが示す「あなた」が、他ならぬ自分自身であるとして読むならば、どうあっても自分自身の問いの中に武藤さんの言葉を埋め込んでいかなくてはなるまい。
 

 そこまで考えてみてふと時計を見ると、10:00に近くなっている。そろそろ腰を上げよう。郡山のジュンクさんが開く時間だ。
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by todoroki-tetsu | 2012-02-17 13:52 | Comments(0)

8・27脱原発デモ@渋谷・原宿

 少し疲れが残っていたので迷ったが、結局渋谷に出かけることにした。

 
 渋谷に着いたのが13:20頃。13:00出発予定とあったけれど、このあいだの日比谷公園発のデモはずいぶんと遅れたものだから、今回もそんなもんだろう、とタカをくくっていた。にぎやかな打楽器の音が聞こえてくる。もう出発かな、と思ったら、すでに始まっていた。あわてて高架下をくぐりぬけ、西武百貨店のあたりから合流する。

 
 後方についたつもりが、前半分の後というだけだったようで、振り返るとまたずらっと人がいた。前に渋谷でやった時とコースは多分ほぼ一緒なんだろう。が、あの時に比べると随分と人が多い気がする。


 「一緒に歩きましょう」「何もしないと変わりません!」といった、デモの外の人への呼びかけがずいぶんと多かった。ビラを配っている人もいたし、あえて歩道で「飛び入り歓迎」みたいな小さなプラカードを持って歩いている人もいた。運営の皆さんには毎度のことながら頭が下がる。

 
 デモの歩き始めの自分の思考は、この間でだいたい決まってきている。映像としては映画「モダン・タイムス」のデモシーンが思い浮かび、BGMはRCサクセションの「明日なき世界」。あとは歩きながら思い浮かんだことで脳内BGMが変わってくる。それは例えば中島みゆきさんの「吹雪」だったりする。不思議と「ファイト!」ではない。


 さて、今日は、泉谷しげるさんの「なぜこんな時代に」が再生された。一人フォークゲリラバージョンのもの。たぶん、何か考えていることとどっかでかかわっているのだろう。


 デモでの僕は相変わらず特に何を口にするでもなくプラカードを持つでもなく、ただ、歩いているだけだ。何かがこれで変わるだろうか? ただ歩いただけで「結果責任」を逃れようとしているだけではないのか?


 「何もしなければ賛成しているのと同じこと。だから声をあげましょう」といった呼びかけもあった。まったくもって正しい。恥ずかしながら僕自身、かつてそういうことを口にしたこともある。でも、本当にそうだろうか。


 運営している方々や地道に活動をされている皆さんを決して軽んずる意図はない、とお断りした上で。「何もしなければ」とか「声をあげなければ」と言う時、果たしてどのレベルの行動が想定されているのだろう、と考える。「デモに参加すること」「署名をすること」といったレベルは当然あるだろうけれど、もっと進んで「デモを運営すること」「署名を集めること」といったレベル、さらに進んで「何としてもやめさせる」といったレベルまでが想定される場合もあるかもしれない。


 だからどうなんだよ、と言われればそれまでだが、最近こうしたことが気にかかり始めている。「あんたはどないしますねん」(小田実)と問われたら、相も変わらず「一人でもそれはやれることなのか? と問うてみて、是と答えられることをまずはやろう」と答えるほかはないのだけれど。ふと、杉田俊介さんがどこかで書いていらした言葉のことが思い浮かぶ。帰ったら本棚をひっくりかえそう。


 歩いている最中、「10メーターでもいいので一緒に歩きましょう」といった呼びかけがあった。これはいい呼びかけだと思った。もちろん、10メーター歩くことだけで事が済むわけではない。その歩いた10メーターを、自分自身の日常にどう落とし込むのか、そここそが重要なんだろう。そうしたきっかけとして「10メーター」というのは実にいいな、と思ったのだった。


 実際、もとから予定していたのかどうかわからないけれど、途中から列に入ってくる人はちらほら見られた。車道と歩道の境界があいまいになるのは面白い。

 
 ゴール地点まで来て、打楽器の大演奏で一応のフィナーレとなる。その一方で、宣伝だかアピールだかも続いている。そこには合流せず、休憩がてらぼんやりと少し離れた歩道わきで集合してくる皆さんを眺める。主催者の方だろうか、「次は9/24に何かを予定しています」とアナウンスすると、僕の隣り合わせにいた数人のおじさんたちが一斉にメモをとって頭をつきあわせる。その筋の皆さんなんだろう。

 
 帰り際にはもう、ちょっとした身の回りの買い物と晩ご飯のことを考えていた。結局降らなかった雨のことを思い、やっぱり洗濯しておくんだったかな、と少し後悔した。で、あれこれ済ませた後にふと、そうだ、杉田さんの言葉を探すんだった、と思いだした。何事もなかったかのように日常に戻ってしまったので忘れるところだった。


 そうそう。どういったレベルの行動が想定されているのか、を考えようとした時になんとなく連想した個所を探すのだった。「国文学 解釈と鑑賞」2010年4月号に掲載された杉田俊介さんの「将来の労働/生存/文化運動を削る試金石――舫いとしての浅尾大輔『ブルーシート』」より。


 浅尾が多喜二やイエスの自己犠牲に自らを重ねる時、彼はむしろ、他者からかつてもらった贈与を返済しているだけのつもりかもしれない。だからそれに終りはないのかもしれない。だがやはり何かが違う。他人の苦しみに同調し、あの人たち以上に苦しまねば真の「左」ではない、という態度は、彼が闘う資本制の悪循環(苦痛のインフレ→死)をなぞるからだ。無節操なゆるしは他者を甘やかし増長させる、と言いたいのではない。他者を生かしながら殺す、と言いたい。しかもしれは無意識に周囲の人間へも贈与の感染を強いるのだ。この贈与の悪循環を断ち切らない限り、多喜二の亡霊を永久に祓えない。



 読み返すと必ずしも直接的な関係はないのだけれど、ヒントが隠れているような気だけはしている。悪循環をなぞる、というイメージ。ここに何かがありそうな気がする。
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by todoroki-tetsu | 2011-08-27 21:06 | Comments(0)

〈加害者意識化した被害者意識〉

 杉田俊介さんの「ロスジェネ芸術論(3)」を読む。二読したものの、安易に感想を記すのは気が引ける。そりゃそうだ、「君の暴力を前に本稿は長い中断に陥った、と前回述べた。その先で何が書けるのか、わからなかった」と杉田さんが記す、その「長い中断」の間、僕は事件のことを直接には思い起こしていなかったのだから。その時間の意味は、読者としてもやはり考えなくてはという気がする。


――「ここで考えたいのは、僕のように、事件当時は少しは考えた気もするが、時が経てば忘れているような、そういう人間のことだ」と以前記した。そう記した僕も、一方では事件から受けた印象を自分なりの問いに「変換」して断続的に考えてきたと言えなくはない、とは思う。このへんのことについては別の機会に記してみたい――


 浅尾大輔さんの評論「かつて、ぶどう園で起きたこと」とのシンクロを感じたのは一読の後。気のせいか、たまたま比較的最近読んだからというだけなのか。


 二読の後、スッとは頭に入ってこず、どういうことなのだろうと考えさせられる言葉にあらためて、気づく。〈加害者意識化した被害者意識〉という言葉である。まだまだ読み返さなければならないのだが、一方的な「読者特権」(?)を利用し、連想した自分の経験を述べてみる。


 学生時代、フェミニズムをかじろうとしたことがある。その経緯はここでは記さないが、様々な局面で、いや全局面でというべきなのか、女性(とここではあえてひとくくりにする)が遭遇している困難があるということ、そのとば口に少しだけ、触れた。


 じゃあ、男性(とここでもあえてひとくくりしておこう)であるお前=自分はどうなんだ、という問いはすぐに跳ね返ってくる。間接的に、いや、無意識のうちに直接的に加害者になっているだろう自分はなんなんだ。答えを見つけられぬまま、ジェンダー概念なら少し展望が見いだせるかと思った時もあったけれど、結局何も出来ずに挫折した。


 挫折の過程をたどっていく際、不穏な考えが頭をよぎった。「自分も何かの被害者であったなら、力強い言葉と立ち位置を確保できるかもしれない」。差別を、被害を、語り、えぐる言葉は、「加害者」の立場性を問い切れぬまま「被害者」のことを考えようとしていた僕にはとても強く、圧倒的に正しいもの映った。不遜を承知で言うが、「あこがれ」(!)すら、感じていたのだ。


 それは、恐ろしい考えだと思った。あいまいな卒論を書いて、僕は逃げ出した。


 今となっては、「被害者」が言葉を獲得していくまでの困難への想像が決定的に欠けていたし、だからこそまたそこに見出しうるであろう展望をつかみ損ねたのだろうなとも思う。あの時逃げ出していなければ、別の展望を持ったかもしれない。しかし、逃げ出さずに落ち切るところまで挫折していたら? 強い言葉を、明確な自分の言葉を求めて、さりとて「被害者」という「立場」も獲得できずに悶々としていたら? あとはもうより直接的な「加害者」になるしかなくなるのではないか……。


 後知恵を交えながら過去のことを思い出したりもしたのだが、記憶が呼び覚まされたのはしばらく前に読んだ対談集『フェミニズムは誰のもの?』による。ここでの森岡正博さんの言葉(杉田さんとの対談)に、共感するなどとは失礼かもしれないが、しかし、何か突き刺さるものを感じたのは事実。

 たとえば最近の二十代三十代の若い男性で、ジェンダーに関心を持っている人たちに話を聞くと、「本当は男より女のほうが得してるんじゃないか」という発想が結構あると思います。そういう感覚は我々にはあまりない。我々は「なんだかんだ言っても男が得してきた」に違いない、と反射的に思ってしまう。そこには世代間断絶がある。だからこそ、期待している部分があるんです。
                        『フェミニズムは誰のもの』、人文書院、p.148-9



 こんなことを想起しながら、もう一度読み返してみることにする。
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by todoroki-tetsu | 2010-08-09 22:20 | Comments(0)

「殺される」ことについて――その二

 「自分が殺されるのはいやな癖に、他人を殺す側になることは想像できる、というのはどういうことだろう?」と昨日記した。今日はここからはじめてみる。

________________


1.
 すんでのところを生きのびた苦しい体験を有するのであれば、その痛みから殺されることを想像することは出来るかもしれない。が、僕は今までのところ幸運にも実際にそんな大変な目にあったことはない。自分で自分を殺そうと思った、その体験だけしかない。が、これは主体的な選択であって突然他者からもたらされるようなものではなかった。もちろん、そこに至るまでには様々な他者が介在してはいるが、何かひどいめにあったとかいうのではなく、こうありたい・あるべきと思い描く自分がそうでない自分を肯定できなかった、という側面が強い。


2.
 ならばもう少し他人にやさしい人間になっていてもよさそうなものだが、そうはなっていないのが何とも情けない。ここは最近真面目に考えなければならないと思っている。


3.
 さて、殺される、というのは明らかに受動的な行為である。何らかの決意や思想でもって何かのために身をささげるということはある。どこまでがはたして自己決定といえるのかという問題はここでは問わず、何かしらの自らの意図や覚悟があったものは主体的行為として考えることとしよう。


4.
 もし他者に身をささげようと考えていた人がいたとしても、それは「誰でもよかった」というような殺され方で満足が出来るだろうか? 身をささげようとなんて考えもしない僕だが、仮にそういう決意をしたとしても、せめて世の中の誰か一人くらいを助けられるような殺され方ならば少しはお役に立てるのか? などとと思う。「誰でもよかった」なんてたまったもんじゃない。

 やっぱり殺されるのはいやだ。


5.
 しかし、もう一度立ち返る。「自分が殺されるのはいやな癖に、他人を殺す側になることは想像できる、というのはどういうことだろう?」

 殺されるのはいやだ、というのは、自分の殺されない状態が肯定出来ているからである、というように考えてみる(A)。もうひとつには、殺すことを想像するのなら、自分が殺されることも想像しなければならない、というように考えてみる(B)。


6. 
(A)殺されるのがいやなのは、自分の殺されない状態が肯定出来ているからである 

 「別段日々の生活が満ち足りて仕事にも満足していて友達もたくさんいてあるいはパートナーがいて……なんてことは一切ありゃしないのだが、それなりになんとかやっている(と思いこんでいる)生活が、無意味に奪われるのはいやだ。いや、意味があってもいやだ。」と昨日記した。思い込んでいるんだかなんだか知らんけれども、とにかくそれなりに生きている日々を、僕は肯定出来ている。そこは、間違いない。だから、「殺される」のはいやなのだ。

 では、それなりに生きている日々を肯定出来なかったとしたらどうか? 運よく正社員であること、そこそこに職場に居場所があること、非社交性の塊だけれどもそれでも多少の他者とのつながりがあること(こう考えてみると本当に有難いことだ)……。もちろん、自分なりに考えたりしてきた/いることの積み重ねもないとはいわないけれども、制度的なことや他者の存在、そんなことが重なって、そこそこに肯定が出来る条件が、今の僕にはある。でも、ひとつひとつが崩れていったらどうだろう? 

 確かに今は正社員だ。手取りで年収は300万を少し切る。貯金はわずかしかないが、借金はない。恵まれているといえばいえる。が、斜陽産業のこの業界、いつ会社から何を言われるか、また会社そのものがどうなるか分からない。そうなったら職は見つかるだろうか。『ブルーカラー・ブルース』の転職の描写が思い浮かぶ……。うまくいかなかったら、きっと「自己責任」なのだろう。「自己責任」と「自己中心」との境目はどこにある?

 自分が生きていることを肯定出来ないからといって他者を殺していいとは思わない。当たり前だ。ただ、生きていることを肯定出来なければ、他者が生きていることを肯定的にとらえる、その想像力は貧弱になっていくような気が、僕はする。


7.
(B)殺すことを想像するのなら、自分が殺されることも想像しなければならない

 これは論理的に考えればそうなる、というだけのことなのかもしれない。自分だけに他者を殺す特権があるわけではない。冷静に考えると、そうなるような気がする。少なくとも、自分の想像力をそのようなものとして鍛えることは、困難だが不可能ではない気がする。井上ひさしさんの『ムサシ』めいてくる。それもよかろう。あるいは、大澤信亮さんの次の言葉を頭の片隅においておくのもよいかもしれない。

 たとえば、イエスは、姦淫を犯した女を石で打とうとする民衆に対し、「石を投げるな」とは言わなかった。「投げる資格がある者は投げよ」と言ったのだ。個体の内部に攻撃性を折り返し、自らへの問いを喚起させるこの力こそが、普遍宗教の本質である。
                      (「柄谷行人論」、「新潮」2008年11月号、P.276)



________________


 まだまだ不十分だが、読者としてひとまずここまでの準備をした上で、杉田俊介さんの「『ロスジェネ芸術論』(3)――加藤智大の暴力(その二)」(『すばる』、2010年9月号)を読み始めることにしよう。
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by todoroki-tetsu | 2010-08-06 23:44 | Comments(0)

「殺される」ことについて


「誰かを殺さなくてもいい。殺されることもない。普通に生きられる。そんな人々が『なぜ人を殺してはいけないのか』というオシャベリに興じる。耐えがたい光景です。むしろ、問いは逆です。無力な者は論理的にも倫理的にも他者を殺してよい、にもかかわらず、かれらのほとんどは誰も殺さない。……ぼくらにかろうじてできるのは、かれらが『殺してもいい、にもかかわらず殺さない』でいる日々の実践の謎から無限に何かを学ぶくらいではないか
(『無能力批評』、P.53-54、下線部は実際には傍点)



 杉田俊介さんが赤木智弘さんへの手紙の形式をとって記した、「誰に赤木智弘氏をひっぱたけるのか?」の中の一文である。


 古い話で恐縮だが、秋葉原の事件のほぼ直後、言っていることに一番「なるほど」と感じたのは赤木智弘さんの言葉だった。その時の赤木さんのブログ記事はこちら。その後意見が変わっているのかどうかは存じ上げぬけれど、事件とご自身との接点というか立ち位置を明確にされたのがしっくりきたんだろうと思う。


 杉田さんの言葉と赤木さんの主張を並列することが妥当なのかどうか分からないけれど、「読者」として勝手な読み方が許されるとするならば、どちらも「人を殺してはいけない」という一言でだけ語ろうとはしていない、という点で共通していると言える。杉田さんは「人を殺してはいけない」という言葉を見事に逆転させた。赤木さんは、事件加害者よりも年長の言論人であることをもって、自分が殺されうる可能性も含めて「責任」がある、と明言した。いずれも、人は人を殺し/殺されうることを直視した上で記された、重い言葉だと思う。

 
 では、「読者」としてはこうした言葉をどう読むべきだろうか? 好き勝手に読んでよい。「消費」してよい。そう思う。正しい読み方なんてありゃしない。でも、殺すこと/殺されることを心底見据えた上で出た言葉であるならば、そしてそこに何かしら感ずるところがあるのであれば、書き手の思いを少しでも想像してみようとするのは悪いことではないだろう。


 そこで、こう考えてみる。自分は人を殺し、あるいは人に殺されるということを、どうイメージしているのか、と。自分のイメージを拡げることで書き手が記した言葉の意味を自分なりに引きつけてみたい。人を殺す側に立ったときのイメージについては記してみたことがあるので、殺される側になった時のことを想像してみる。
 
 
 色んな場合があるだろうけれども、仮に、何にも悪くはないのにいきなり路上でナイフで刺されたことを想像してみる。驚きが先か痛みが先か。痛いのは御免だ。なぜ自分が? 命乞いで助かるならなんでもするだろう。たぶん、泣く。大声で叫ぶかもしれない。恨みと未練と疑問が駆け巡るだろう。やり返そうとする気持ちも失われていくかもしれない。いや、考える場合じゃなくてただ痛みにもがき苦しんでいるだけかもしれない。即死ならいいなんて訳がない、そもそもなぜいきなり人生が奪われなきゃいかんのだ……。

 
 ダメだ、やっぱり僕は殺されるのは御免だ。どうしてもいやだ。別段日々の生活が満ち足りて仕事にも満足していて友達もたくさんいてあるいはパートナーがいて……なんてことは一切ありゃしないのだが、それなりになんとかやっている(と思いこんでいる)生活が、無意味に奪われるのはいやだ。いや、意味があってもいやだ。


 自分が殺されるのはいやな癖に、他人を殺す側になることは想像できる、というのはどういうことだろう? たぶん、ここのあたりを考えないことには「批評」の言葉の理解には近づけない気がどうもしてきた。


 「泥沼」にまた入り込みそうだ。
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by todoroki-tetsu | 2010-08-05 22:37 | Comments(0)

twitterで杉田俊介『無能力批評』を再読する

 twitter読書第6弾は杉田俊介さんの『無能力批評』。ハッシュタグは #munouryoku。部分的な再読は何度かやっているが、通しての再読は初めて。2年前の初読時には圧倒されるばかりであったのだが、今回は少し冷静に、杉田さんの言う「無能力」とは具体的にどういうことか、と考えながら読んでいた。『ロスジェネ』4号における大澤さんとの対談を読んでいたから、それで少し自分なりの相対化が出来始めていたのかもしれない。

 「他者」という問いの延長線上、あるいはその問いを押し上げるものとしての「無能力」。そんなイメージを抱いたのだが、さて、これが正しいかどうかは分からない。

 新たなステージを切り拓く言葉への模索、という印象も同時にある。フリーターズフリーの最新対談集ではどんな言葉が繰り広げられているのか。これから着手しよう。
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by todoroki-tetsu | 2010-05-15 08:17 | 批評系 | Comments(0)

中西新太郎「1995年から始まる」(『1995年』)

 『1995年』の序論、中西新太郎さんの「1995年から始まる」について。

 中西さんの論考はいろんな要素をぎっちりと圧縮したような印象を受けるのだが、この序論も解凍するととてつもなく大きく――通時的にも共時的にも――なりそうなものである。

 もちろん年長であることも大いに影響はしているのかもしれないが、「1995年」に至る流れを簡潔に整理した上で、では、何が問題なのか? を指し示す。この序論がその後に続くどの対談にも基調となっており、個別具体的な話題ともシンクロして絶妙な読後感を生み出す。

 
「95年を捉える各論者の視角は、それぞれの違いが当然あるとはいえ、文化的個体化作用を、ともすれば、単純に解放的契機とみなしてきた前時代のエートスとはいずれも無縁のように思える。『ロスト・ジェネレーション』の旗手と言ってよい語り手たちのそうした姿勢には、新自由主義政治と消費社会の抑圧作用とが結びついたポスト95年の歴史状況が正確に映されている。『ロスト・ジェネレーション』が効果的就労対策を怠った政策による一過性の犠牲者ではないように、ポスト95年の歴史状況もそれ以前の歴史軌道からの一時的逸脱ではない。『自分さがし』の時代から『生きづらさ』の時代への転換こそが本質的であり、転換への着目ぬきに両者を無自覚につないだまま『生きづらさ』をあげつらうと誤読に陥る。ロスト・ジェネレーションが尖端に位置してぶつかっている困難と問題群とは、歴史の隘路に迷い込んだ結果遭遇するそれではなく、新たな歴史ステージの『正面』に立ち塞がる問題である」(P.29)


 「ロスト・ジェネレーション」といってもいろいろいるわけで、そうひとくくりにすることは出来ないのは当然なのだが――しかし、それは例えば杉田俊介さんの「自立と倫理」(『無能力批評』)、大澤信亮さんの「柄谷行人論」(「新潮」2008年11月号)といった試み、すなわち、「他者」と向き合うことについての極めて根源的な思考を通じて、ひょっとすると乗り越えられるかもしれない(もちろん、道は恐ろしく険しいに違いない)、と思わせるものでもある。この点は別の機会に少し触れてみたい――、問題設定を明確に示している点で捨てがたい記述である。雨宮処凛さんと萱野稔人さんの『「生きづらさ」について』の第四章「『超不安定』時代を生き抜く」にも通じるものであろう。

 中西さんらしく様々な作品への言及があるのだけれども、それらを評しつつ、「ただ現実を写すことも夢見ることも許さない身動きのとれなさ」(P.35)を描き出した上で、こう締めくくる。

 「過去と同じように夢は見ないが、そのようにして夢見る新たな試みをやめないこと、そうした仕方で『95年から始まる』現実に向き合うこと、つまり、『95年から始める』こと――それが、構造改革時代を生きる普通人ordinary personに課せられた歴史的責任ではないだろうか」(P.36)


 「夢」という言葉を、正面から受け止めつつ、続く対談についても思うところを触れていければ、と思う。
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by todoroki-tetsu | 2008-10-16 00:41 | 業界 | Comments(0)