タグ:本田由紀 ( 7 ) タグの人気記事

本田由紀さんと書評

 気づくのがずいぶんと遅くなってしまったが、本田由紀さんがウェブ上での書評を再開されていた。

 再開一発目は『キャリアラダーとは何か』。出た時から気にはなっていたがまだ読んでいない本のひとつ。内容も気にかかっていたが、阿部真大さんや居郷至伸さんなど、『若者の労働と生活世界』でお見かけした方々が訳されているということでも気になっていた。なるほど、訳者の姿もずいぶんと前面に出ているようでさらに興味がわく。

 いわゆる実証研究といおうか、調査畑の社会学者で「売れる」のは今のところ本田由紀さんがダントツ。ガチガチの専門書であれ入門書であれ、こうした場でどんどん本田さんが実証研究・調査系統の社会学の書籍を紹介していってくださるとありがたい。同じ社会学でも理論系に比べて地味に見えてしまう分、そうした取り組みは大歓迎であるし、自分も店頭で何が出来るかを考えてみたい。

 さらなるご活躍を期待しています。
[PR]

by todoroki-tetsu | 2008-11-14 07:10 | 業界 | Comments(0)

考えたい異見その2

 今日はどうしても仕事の都合がつかず、「ロスジェネ」のイベントにいけなかった。きっと前のイベントの時よりも人数が少ない分、濃く話が聞けるのではと思っていたのだが……。「勤め人の辛いところよ」と寅さんを気取ってみる。

 行けたとしても、小心者の内弁慶なので質問なんてする気はさらさらないのだが、あらためて最近気にかかっていることがある。自己責任と仕事が出来る/出来ないという問題。

 中村うさぎさんが、読売新聞の書評サイトで、知人のニートの就職の世話をしたのに、遅刻やサボりで辞めてしまったことを書いておられる。「『自己責任』主義の私にとって、彼の無責任さは信じ難いものであった」と中村さんは記す。

 そりゃそうだろうな、と思う。事情を全く知らないで想像するのもおかしいことかもしれないけれども、何万歩かくらい譲って考えて、世話してもらった側は、例えば職場で仕事の内容とか人間関係とかがなかなか上手くいかなかったとか、例えばメンタルの面で大変だっただとか、そういったことがあったとしても、少なくとも世話をしてくれた人に対してはちゃんと事情を説明すべきだと思う。それすらも出来なかったのか、しなかったのか、ももちろん分からないけれども。
 
 関連して。6/22の「文化系トークラジオLife」で、編集者の柳瀬博一さんが、「左翼は仕事をできなくなってしまった人間の責任を取れるのか?」と問うておられる。
 
 一方、と言っていいのか分からないのだけれども、萱野稔人さんは、「なぜ私はサヨクなのか」(「ロスジェネ」所収)で、こんなことを記しておられる。

 (前略)左翼は人間の意識とか精神といったものから問題をたてない、ということだ。社会というのは人間の意識を中心とくみたてられているのではない。逆に、人間の意識のあり方もそれによって左右されてしまうような外的な要因によって社会は条件づけられている(p.61)


 (前略)あくまでも左翼は人びとの社会的生活を条件づけるものに介入するだけで、それぞれの人の生き方や実存の問題にはけっして介入しない(p.62)
 

 こうした主張と、中村さんや柳瀬さんの主張とはかみ合わせることが出来るだろうか?

 多分、一般論で語ることは、出来ない。ゆくゆくは出来るのかもしれないが、少なくとも今は。個別の職場なり何なりのケースを蓄積・分析していくしかない、と思う。

 僕の職場でも、色んな立場に色んな難しさ、個別の困難がある。ひょっとすると、自分もその困難を助長しているのかもしれない。

 補助線として。杉田俊介さんが『フリーター論争2.0』の中で、鬱病の人と一緒に働いていた経験を記しておられる。率直に、「へヴィだった」と。その上で、こんな風に続けている。

 
だからその人を不当解雇していい、という意味ではまったくありません。でも、過剰な労働で燃え尽きていく人のリアリティと、生きづらくて働くのも難しい人のリアリティが、すり合わせられない限りは、難しい感じがしますね。(p.102)


 「リアリティ」。批評の立場からはこうした言葉が出た。これに対応するものとしては、例えば湯浅誠さんの「五重の排除」(『若者の労働と生活世界』所収の論文や『反貧困』を参照されたい)、本田由紀さんの「若年労働市場における二重の排除」(『軋む社会』所収)であろうか。

 さらにないだろうか? と思って今、『ルポ“正社員”の若者たち』を読み進めている。



 
[PR]

by todoroki-tetsu | 2008-07-05 22:39 | 業界 | Comments(0)

この心意気はよいと思う

 結局仕事の関係でいけなかった、本田由紀さんと広田照幸さんのイベント

 どんな様子だったのかはおいおい聞いていくとして、学生さんを無料にしたのはすばらしいと思う。

 提案者は三省堂さんなのか、出演者なのか、出版社さんなのかはよく分からないけれども、こうした書店でのイベントでの学生無料というのは珍しいのではないだろうか。

 6/27のイベントではどのようにされるのかは分からない。学生さん無料なんてそうそうできることではないので、次回もと期待するのは無理というものであろう(もし誰にとっても無理のないような形であればもちろんそれに越したことはないけれど)。

 結果集客に寄与するものであったのかは分からないのだけれども、こうした心意気は大事だと思うし、また、業界にいる者のはしくれとして、こういうことを忘れてはいけないように思う。

 僕は単純なのだろうか? こうした取り組みを見ると、「(自分の店以外では)なるべく三省堂さんで本を買おう」とか、「本田さんと広田さんの本をしっかり売ろう」とか「双風舎さんの本を売りたい」などと思うのである。
[PR]

by todoroki-tetsu | 2008-06-15 11:04 | | Comments(0)

『軋む社会』、読了

 本田由紀さんの『軋む社会』、読了。本田さんは名文家だ、とつくづく思う。

 前半までの感想は少し記したが、後半も粒ぞろい。

 「Ⅲ 働くことの意味」と「Ⅳ 軋む社会に生きる」は、阿部真大さんの議論を適切に広げ、発展させていて、建設的な議論のお手本を見た気がした。

 読み始める前には異色に思えた鼎談「ハイパー“プロ文”時代がやって来た!」もいい。色んなことを本田さんは語っておられるのだが、印象深かったのは下記の発言。

 「いま、集団という言葉を使っていますが、組織とか党ではなくて、新しいかたちでの場の共有というか、かつての一九二〇年代のプロレタリアのころにはとてもむずかしかったかもしれないゆるいつながりというものが、現代においてはすこし可能性が出てきているのかもしれませんね。偶然であったり、不透明であったりする出会いが、弾力性と厚みのあるものとして続いていくのは、もしかすると現代のほうかもしれない」(p.213)

 『ロスジェネ』が今えらい勢いになっているが、あのカオスを目の当たりにすると本田さんの言わんとするところがなんとなくイメージできる気がする。

 6/27(金)の「ロスジェネ」のイベントに本田さんがいらっしゃったら面白かったかも……。残念なことに当日は三省堂での別のイベントかぁ。上野千鶴子さんとの対談って、すんごい面白そう。その前の6/14(土)の広田照幸さんとの対談も硬くてよさそうだし。ああもう体が二つ三つ欲しい……。

 
[PR]

by todoroki-tetsu | 2008-06-06 23:07 | 業界 | Comments(0)

本田由紀「他人のつらさを自分のつらさに」(『軋む社会』)に感動

 中ほどまで『軋む社会』を読み進めている。ああ、いいなあ。こういう研究者がいるということで、日本もまだまだ何とかなるかもしれない、という気にさせてくれる。

 とはいえ、実際に働いている身として、また部下や後輩をもつ身として、反省すべき点も多い。「〈やりがい〉の搾取――拡大する新たな『働きすぎ』」は、わが身にグサグサ突き刺さる。特に労働に関する部分については別の機会に譲るとして、グッとくる一文を急ぎ紹介しておきたい。「他人のつらさを自分のつらさに」というコラムである

 本田さんは、2007年に広告会社に入社した若者の発言を取り上げる。

 「まず、私の目を引いたのは、いわゆるワーキング・プアであったり、働けなかったりする若者たちに対して、彼が『見てみぬふり』『知らぬが仏』という気持ちをもっていると述べたことである。」(p.79)

 そうした彼が「正直な人間であることだけは確か」であり、「彼だけでなく、たくさん存在するのも確かだ」とした上で、こう記す。

 「しかし、それならばいっそう、他者の置かれている苦しい状況への想像力や共感力が欠ける若者を、大量に育てあげてしまっていることについて、私たち年長者は厳しい自戒を要する」(同)

 ふたつのことを思う。

 ひとつ、「想像力」「共感力」ということ。調査畑の方がこうした言葉を用いるのは、よりいっそう重いもの、と読み手は覚悟せねばならない。

 調査という営みは、他者を前提として成り立っているものであり、当然のことながら「想像力」「共感力」がないとやっていられるものでは、本来的には、ない。しかし、調査をすればするほど、本当に自分は他者を想像できているのか、共感しているのか、が分からなくなってくる。それでもなお、知りたい、分かりたい、と思うところに調査という営みの意味がある、と思う。

 本田さんはさらりと述べていらっしゃるが、その言葉は、ご自身の調査経験、あるいは葛藤に、裏打ちされたものであるだろう。その意味の重さに、思わず襟を正した。

 ふたつ、「私たち年長者」ということ。本田さんは自分自身の問題として、この若者の発言を捉えようとしておられる。教育社会学、というお立場からはある意味当然なのかもしれないが、これだけ様々な若者論が飛び交う中、年長者である自分自身の立場を自覚して問題に取り組もうとするのは並大抵のことではない。

 本田さんはたしかお子様がいらっしゃったと思う。もしかすると、年長者というか、「親」としての思いもお持ちなのかもしれない。勝間和代さんも「情熱大陸」で「自分の世代は何とか逃げ切れるかもしれないけれど、子どもたちにはよい未来を残したい」といったようなことをおっしゃっていた。本田さんと勝間さんを同列に考えてよいのか分からないが。

 そして、このコラムの締めくくりの一段落が、また素晴らしい。引用はしない。ぜひ、ご自身で読んで頂きたい。


[PR]

by todoroki-tetsu | 2008-06-02 11:44 | 業界 | Comments(0)

存在感抜群の『軋む社会』

 書き込みが遅くなってしまったが、一昨日に本田由紀さんの『軋む社会』は無事入荷した。

 双風舎さんのブログでも以前記しておられたけれども、表紙がすごく、いい。よくこの写真をセレクトしたな、と編集者のセンスに脱帽。棚で面にすると映える映える。

 まだ読み始めたばっかりだが、期待にたがわず、面白い。

 以前に『思想地図』に寄せられた芹沢一也さんの論文について記した折にも「社会統合」について少しだけ触れたけれども、本田さんが

 「高度経済成長期から一九九〇年代初頭にいたるまで、この三領域(家族―教育―仕事のこと。等々力注)のあいだには、たがいに資源を投入し合う(一見)スムーズな循環関係が成立していました」(P.4)

 と述べておられるのを見て、渡辺治さんや後藤道夫さんが強調されていたいわゆる「社会統合」「企業社会」といった言葉をまた連想した。

 多分ニュアンスはそれぞれに違うのだろうと思うし、それはひょっとすると決定的な違いも含んでいるのかもしれない。
 
 『軋む社会』から、どんな「ライン」が引けるのか、読み進めながら考えていきたい……こうしてまた『ディオニュソスの労働』が遠ざかっていく……。
[PR]

by todoroki-tetsu | 2008-05-28 23:26 | 業界 | Comments(0)

本田由紀『軋む社会』、もうじき入荷

 『フリーター論争2.0』、『無能力批評』、『ロスジェネ』……もう目白押しで大変な5月だが、強烈な一発がもう間もなく。本田由紀さんの『軋む社会』である。

 多分うちの店には、来週の26日か27日には用意できると思う。

 本田由紀さんの単著・編著はガチガチの研究書ばかりで、これはこれで僕は大好きなのだが、目次から想像する限り、今回の新刊はそうした研究の中でつむぎだされた、より直接的なメッセージの集積のようだ。

 以前に本田さんの講演を伺う機会があったのだが、「私は調査の人間です」と明言されていたのに僕はしびれた。今、人文・社会系の議論をひっぱっているのは間違いなく社会学畑の方々だと思うのだが、その中でも社会・生活調査をベースにされる方の活躍がまだまだ少ない気がする。もちろん、人がいないわけではない。けれど、調査という営みはやや地味でもあり、時間もかかるので、アウトプットが出にくいのだろうと想像する。

 本田さんは言うべきこと/言いたいことをズバッとおっしゃる方だ、という印象を講演では受けたけれども、同時に、人並み以上に言葉を吟味しながら話を進められているように思えた。自分の重ねてきた調査の重みを、常に背負っているような気がする。

 だからこそ、その本田さんがどのようなメッセージを発するのか、興味津々である。

 いわゆる若者論に属する本だろうと思うが、「ロスジェネ」って何だろう? と思うやや上の世代辺りがターゲットになるだろうか。

 いずれにせよ、楽しみである。
[PR]

by todoroki-tetsu | 2008-05-24 21:34 | 業界 | Comments(0)