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「読み方」の問題――若松英輔・大澤信亮の言葉から考える

 若松英輔さんが、先日の講演の中で、小林秀雄や井筒俊彦の様々な文章を紹介しながらおっしゃっていたことの意味を考えている。


 それは、「小林や井筒の言葉を比喩として読んではならない。その通りに読めばよい」ということだ。「まず感じ取ること。文学や宗教はその後にある」とも言われていたように思う。多少表現を変えながらも、繰り返し繰り返し言われたことであった。

 
 言葉を正確には再現できていないかもしれない。自分のとっていたメモは走り書きに過ぎて自分でもよく判読できない。ゆくゆくは書籍になるそうだから、正確さはその時にゆだねよう。生身で同じ場所にいながら、そうしたことがどうにも僕自身に引っかかった、その確かさだけがさしあたっては重要だ。


 思いつくままに、参照項をあげていってみる。結論など早々出せるもんかと開き直る。ただ、考えていくうちに思い当たる言葉をひっぱりだし、そしてまた考える。その繰り返しだ。


 中島岳志さんとの対談の中で、大澤信亮さんが述べた言葉(『世界が決壊するまえに言葉を紡ぐ』、P.126-7)。

 たとえば、目の前の現実をじっと見つめる時、ここにあるもの(コーヒーカップを指して)が言葉なのか、物質なのか僕にはわからないんです。
 
 単純にカップという物質がぽつんとあるわけではなくて、言葉を使ったさまざまな交渉の果てにカップが今ここにあるわけじゃないですか。

 さまざまな言語的関係が練り上げられていく中で、ここにある現実ができあがっているとしたら、この目の前の現実も簡単に物質とは言えない。


 「言葉の二重構造」と名付けられたセクションにおいて、小林秀雄の「感想」の話題を中島さんがふったのに対し、「言葉と実践を分けないで生きた人間」としてのキリストを提示し、応答するところの言葉。このある種の踏み越え加減がスリリングで印象深い。たいせつなことが言われているという気はする。しかし、理解は出来ていない。そりゃあれこれ何かを引っ張り出して言葉をつぎはぎすることくらいなら出来る。けれど、それをしたところで何の意味があろう。

 
 そうなると、やはりここは言葉どおりに読むしかない。繰り返し読むしかない。言葉にふれる時に、確かにこういうことは、ある。


 ちなみに、この対談は、大澤さんが「月の爆撃機」(ザ・ブルーハーツ)にふれて締めくくられる(P.144)。

 で、月明かりは何だろうと思った時に、僕は言葉だと思うんです。友だちも、恋人も、誰の声も入れない自分のなかにも、つねにすでに、言葉という他者だけは入っている。

 この他者を通していかに自己を開けるか。ここに自由や平等を考える鍵があると思います。




 言葉と実践(あるいは現実)、自己と他者と言葉との関係。

 
 ここでいう「他者」は何なのか。一対一で対峙する他者、吉本さん流に言えば「個体と他の個体との関係する世界」=「二人の世界というモデル」(講演「宗教と自立」)の話なのか、それとも「集団性のなかにおける個体の世界」=「三人の世界」(同)の話なのかは判らない。いや、ひょっとすると「個体としての個体の世界」=「ひとりの世界というモデル」(同)なのかもしれない。けれど、閉じられた中での話でないことだけは言えると思う。これらみっつの世界を貫く、あるいは横断する、そんなイメージは得ることが出来る。さらに言えば、やや「三人の世界」に近いように思える。

 
 お前がそう思うからそうなんだろう、と言われればそれまでだ。「自由」「平等」といった社会的な文脈で使われる述語に引っ張られているだけではないのか、と言われればそれまでだ。しかし、「ひとりの世界」でも「ふたりの世界」でもいいし、それらを往復してもいいのだけれども、とにもかくにも突き詰めて突き詰めていった末に差しこんでくる月明かりがあるとして。その月明かりに照らされた自分はどこへ行こうというのか。誰に対して何を為そうというのか。自己を開くとは、再び他者との関係性を結び直すことに他ならないのではないか。だとしたら、個別具体的な「二人の世界」で自己を開いたとしても、それはもはや「二人の世界」だけの話ではありえず、「三人の世界」へも波及していくものではないのか。


 言葉に出会うことと、出会ってからのこと。確かにこの二つは異なる次元にあるのかもしれない。しかし、そうした「時系列」だけの問題だろうか。


 ついこの間、上原專祿の『死者・正者』の山場のひとつ、「誓願論」をTWITTERで読み直していたのだが、その際僕はこんなことをメモしている。


 しかし、「目の前にいる他者」が歴史上の人物であれ現世の者であれ彼岸の者であれ、そうした存在と自分自身との関係はどうだろう。そこには何か共通して目指すべきものや、両者をとりまくものがありはしないか。二人の閉じられた関係ではなく、三者の開かれた関係。 #shisha_seija



 上原と妻はおそらく釈尊―日蓮を媒介とし、その関係は「共闘」である。ともに第三者に向けて対峙する。「死者と生きるとは、死者の思い出に閉じこもることではない。今を、生きることだ。今を生き抜いて、新しい歴史を刻むことだ」(若松英輔『魂にふれる』P.20)。 #shisha_seija


 
 まだまだ考えなければならない。
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by todoroki-tetsu | 2012-06-26 00:52 | Comments(0)

感想以前のこと――大澤信亮「出日本記」(「群像」2012年5月号)

 手は頁をめくる。目は文字を追う。そうだよなと思うところもある。思わず詰まってしまうところもある。行ったり来たりを繰り返しながら。一文一文を。「これはどういうことだろう」と考えながら進める。目が先走っていくのを手がおさえる。手が頁をめくろうとするのを目が押しとどめる。文字は確かに目に入っては、いる。

 
 文章の中に入り込んでしまうと、ある種の恍惚感すら覚える。しかし、入り込んだというのは勝手な自分の思い込みで、ただ単に印刷された文字を、都合のいい触媒として利用しているだけなのかもしれないのだ。それではダメなのかもしれない。それでいいのかもしれない。


 字面を追った、という意味では、読んだ。一度ならず二度三度、と。しかし、読む、あるいは読んだと言えるのはどういうことかと考えてみると、何も言えなくなるようにも思う。


 「言葉が出てこない。問いが定められない。何を考えても嘘になる。そういう状態が九ヵ月間続いた」。そう冒頭にある。では、書き手が考え、それを言葉にしようとしてきたのと同じ期間、読み手である自分は何をして、あるいは何をせずに過ごしてきたか。この自省を抜きにして何かを考えることは出来ない。これが同時代の批評の言葉を読む、読者にとっての意味であるだろう。


 そうした言葉に触れることが出来るのは、幸福だと言ってよい。けれどその幸福は、仮に、このような言葉がなかったとしたら、この世はどうしようもなく不幸だ、という意味での幸福であって、目先の「楽」とかひとまずの「安心」といったたぐいのものとはかけ離れたものである。


 書くために読む、という感覚はありうるだろう、とは思っていた。それは拙いながらも自分の実体験として、ある。インプットがなければアウトプットはない。当たり前のことだ。けれど、去年の秋口くらいからだろうか、読むために書く、という感覚がどうにも芽生えてきたように思う。単に本を読みながらノートをとるとか、メモしたり整理したりということではなくて。読んでいる自分自身を問うために、書く。書かないと、読めない。書き手に対峙出来ていない。そう感じる。

 
 こうした感想以前の感覚をどうにかこうにか記すまでに、幾度となく書き直している。「復活の批評」を読んだ時にいきおいこんで感想にもならない感想を書いたことを思うと、隔世の感すらある。たいへんに俗な話だけれど、自分の拙い文章に触れてくださっていることに、必要以上に心が乱れたのかもしれない。気恥かしさとも申し訳なさとも有り難さともつかない、何ものか。


 今朝の「毎日」にあった、中島岳志さんによる評――「『出日本記』は、簡単に着地しない。しかし、読む者の世界が揺れる。言葉が突き刺さる」という言葉には心底共感する。が、その共感に安心してはいけないとも思う。共感するからこそ、警戒しなければならない。


 いや、「対峙」をイメージして読もうとしていたのがそもそも間違いだったのかもしれない。もちろん、真剣な態度は最低限の条件だが、その上で、サシで勝負しようとするのではなく(もしくはサシで勝負しようとする「だけ」ではなく)、書き手が繰り出した言葉を「正しく食べる」(デリダ)ことは出来ないか。


 ……自分でも何を書いているのか、よく判らなくなってきた。判らなくなってきたついでにもう少しだけ。


 今まで、大澤さんの文章を拝見していて、ひとつのイメージが出来上がりつつあった。というよりも、読みながらどうしても僕の中でイメージされていく映像。それは、教会と思しき建物の中で、ひとりステンドグラスから差し込む光に照らされている男の姿。


 彼はしっかりと立つ。何かをつかもうと手を上方に伸ばす。目はしっかりと光の先にある何かを見ている。光の先にあるのは具体的な誰かであるのか何か、判らない。その人自身にも判らないのかもしれない。けれど確かに、光のほうを見上げて目を逸らそうとはしない、決して。


 『神的批評』に収録された文章、ならびに「復活の批評」は、すべからくこうした映像を僕に喚起させるものであった。では、その姿を見ている自分はどこに立っているのか。それが僕の読み手としての問いであった。けれど、「出日本記」から喚起される映像は、こうしたものとは少し違う。


 同じく光は、ある。が、差し込む光のイメージが違うのだ。ステンドグラス越しに上方から差し込むのではなくて、それこそより直接的に太陽から降り注ぐような光の輪。その輪に差しかからんとする場所に、彼は立っている。いや、もうすでに光の輪の中に足を踏み入れているのかもしれない。


 気がつけば僕の足元すぐ近くにも、光の輪はぼんやりとは届いていて。さあ、お前はどうするのだ、といよいよもって迫ってくる。

 
 
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by todoroki-tetsu | 2012-04-30 19:56 | 批評系 | Comments(0)

他者の問いを生きることは出来ない

 論理も何もあるもんか、という気持ちになっている。自棄ではないが、自棄かもしれない。ただ、文章なり考えなりを巧いことまとめようというよりは、破綻していようが何だろうが、自分にとって大切だと思うことを記しておかねばという、そういう気持ちである。


 だったら何もブログなんぞに書かずとも手前一人でノートかなんかに書き殴っとけばそれでよさそうなもんだが、そう思うといつまでたっても筆が進まない。どうにも妙なものだ。この期に及んで助平根性がまだあるようだ。なら、それはそれで致し方ない。

 
 大澤信亮さんの『神的批評』が出て間もない頃に記したエントリの、大して進歩していない続きである。


1.共生と問い

 古い話からはじめる。学生時代の終わりごろだ。ある教育社会学者の記した一文を目にする機会があった。それはゼミ生の卒論の梗概をまとめたような冊子で、先生はその冒頭に少しばかりのエッセイのようなものを寄せておられた。確か98年頃のことだと思う。


 当時、いや厳密にはその少し前からであろう、「共生」という言葉がしばしば用いられた。それは目指すべきもの、望ましいものとして語られていたように記憶している。先生は、その風潮に異を唱えられていた。共生、とは一体何を意味するのか、それを十分に吟味しているか、と。そして言う、「共に生きるとは、問いを共有することでなければならない」と。


 僕は事あるごとにこの言葉を思い出そうとし、また実行しようと努めてきた。しかし、学校を出てからもうじき15年、途はますます遠のいていくばかりのように思える。



2.忘却し、すれ違う

 秋葉原の事件についても、また身近な職場の事柄ひとつも、僕は忘却し、身体感覚を重ねあわせられていない。その度に自分に絶望しながら、しかしそこから何かが得られはしないかともがいてきた。

 
 だが、考えているうちに、ふと不穏な考えが頭をかすめるようになってきた。そしてそれはいつのまにやら僕の頭の片隅にしっかりと居すわり、どうやら、日に日に活気づいているようなのだ。


 ――他者の問いを生きることは出来ない。



3.虚無には陥らず、しかし

 どうせ自分以外は赤の他人なのだから判りあえることなどない、というほど虚無的にはならない。そこまで行きつけるほど自分は強くない。せいぜいのところ控えめな虚無主義、いや、日和見的虚無主義? 今日大千秋楽を迎えた第三舞台の「深呼吸する惑星」に倣って言えば、絶望はするけれどあきらめはしない、というところだろうか。


 人と人とはどこかできっと判りあえる瞬間がある。何か大切なことに向かって思いを重ねあわせることが出来る、そんな瞬間はきっとあるはずだ。それを信じる程度の気持ちはある。けれど、それはほんとうに、ほんとうに難しいことだ。


 その難しさを考えるにつけ、「問いを共にすることは出来る筈だ」と前提するよりもむしろ、「問いを共にすることは出来ない」と前提したほうが、どうやらしっくりくるような気がしてきたのだった。



4.無数の問い、そして敗走

 昨日、ほんのわずかな時間だけ、脱原発世界会議の会場に足を運んだ。実に様々な問題があり、その人なりのアピールがあり、それは固有の問題でもあり、構造の問題でもあるような――そういう何かがひしめいていた。

 
 一筆の署名すらせず、逃げるように会場を去った。昔なら勢いで署名くらい(!)ならとバンバンやったものだけれど。


 多分、僕は気圧されたのだ。この場に集まった方々の、それぞれの現場でやってこられた地道で切実な運動の積み重ねに。例えば古びたライティングボードにはさまれた用紙に署名をすることで、例えばいささか無造作に積み重ねられたチラシを受け取ることで、例えば催しの呼びかけにうなずくことで、そんなことで何かをやった気になってしまいそうな自分を、無意識のうちに想像したのである。


 それは、一般に運動に携わっていない人間が携わっている人に対して感じるコンプレックスであるだけではない。それなら、言葉は悪いがどこでもよい、どこか特定の運動なり集まりなりを自分の居場所と定め、そこで頑張ればよい。僕が感じている手触りはそういうものではない。

 
 何枚もの用紙に署名することは出来る。だが、署名している自分は何なのか。原発に関する問題でもこれだけ数多くある。それは即時廃止か順次廃止かといった方針の違いも含むだろう。何かに具体的に携わった瞬間、何かを取りこぼしてはいないか。いや、取りこぼすだけならまだいい。その問いを、本当に自分のものとして生きていけるのか。

 
 つまるところ、行き着くところはここになる。

 
 ――僕は、何を問うて生きているのか?



5.出会い直す場はどこか

 原発に関するだけでも無数の地域、無数の人々の問いがある。そして、原発以外にも、様々な問題に世の中は溢れている。それらはひょっとすると、一生かかっても解決や追求しきれないことなのかもしれない。


 だからみんなで手を取り合って、というのは悪くない考えだ。連帯という言葉はいかに泥臭く、古めかしく聞こえたとしても、気高い。でも、人と人は意見が食い違うこともあるし、仲間割れもするし、くじけるし、疲れもする。それはいわば当然の成り行きというものだろう。「朝日のような夕日をつれて」冒頭の群唱がすぐさま思い浮かんでくるようだ。


 他者の問いを生きることは出来ない。原理的に無理だというだけでなく、それは倫理であるかもしれない。自分に出来ることは、自分の問いを見定め、生きていくことにしかないのではないか。


 それは利己主義を意味しない。自分が他者との関わりの中で生きていくしかない以上、他者の問いにはむしろ日常的に触れているというべきだ。僕は昨日ものの見事に敗走したわけだが、そこには極めて判りやすい形で数多くの他者が、問いが、あった。しかし、「困難は目の前にいる他者との出会い直しにこそある」(大澤信亮)とするならば、僕が普段日常と感じ、問いのことなど意識していない瞬間にこそ、敗走せんばかりの問いを見出さなければならないはずだ。


 その出会い直しを、僕は自分の職場で試みたいと思う。何をどう問えるかはまだ判らない。けれど、自分が時間の大半を過ごし、食う手立てでもあり、人間関係のほとんどを負っている職場を抜きにしては、あらゆる問題は考えられない。


 少なくとも今の自分の、フィールドだけは定められた。
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by todoroki-tetsu | 2012-01-15 20:42 | Comments(0)

書店員イデオロギー論(6)「内容」か「背」か

 「著者という他者の言葉を、顧客という他者に売る、それが書店員の仕事である」と以前のエントリで記したけれども、書店員が扱うのは言葉であってなおかつ、商品でもあるものだ。

 
 前回『言語にとって美とはなにか』を引いた。今回は別のところを前置きとして参照しておきたい。概念図も掲出されているが、ここでは本文のみを引く。


 ……言語表現を『経哲手稿』のマルクスのように「人間の本質力の対象化された富」といってみれば、この対象化された表現をbの経路(等々力注:自己表出から指示表出へ)でかんがえるとき言語表現の価値を問うているのであり、aの経路(同注:指示表出から自己表出へ)でかんがえるときその意味を問うているのだ。そして、そのうえでさまざまの効果のさくそうした状態を具体的にもんだいにすべきだということになる。

                           『言語にとって美とはなにか Ⅰ』、P.103



1.書店員の二つのタイプ

 極論する。書店員には二つのタイプがある、と言ってしまおう。内容派と背派と仮にここでは名付けておく。なお、背派という言葉は小倉金榮堂のご主人、柴田良平さんの言葉による。興味ある方は、『吉本隆明 五十度の講演』の「【11】〈アジア的〉ということ」の冒頭をお聞き頂きたい。些か高くつくけれども、損はない買い物である。
 

 さて、内容派は、自分で読んでみてよいと思ったものを力を入れて売っていきたい、と考えるタイプ。背派は、自分では本を読まないが、今何が売れているかをベースに、装丁の雰囲気やタイトル、書評などから売れそうなものを売っていく、というタイプ。そのように分けて考える。


 実際に書店員がやっているのはこのタイプを適度に混合したものである。内容派といっても全てが全てゲラなり自分で購入したりした本を読んでからでないと売れないわけではないし、背派といっても目次などからおおよそ何が書かれているかというのはチェックするものである。考察においてはある種極端なタイプを想定してからはじめたほうが都合がよいのでそうしておく。


 タイプという用語を用いたが、これは実はその書店員がどういう世界観を持っているかという問題である、と大げさに言おうと思えば言える。書店員は内容を知った上で売るべきだと考えているか。それとも、この本はどんな顧客に向けたら売れるだろうとさえ考えればよいと思うか。

 
 繰り返すが、この両者は実際には複合する。どちらか一方だけ、というのは考えにくい。しかし、その書店員がこのいずれを理想と考えているか、突き詰めて考えていくとこのどちらかの問題になる。内容=「意味」か、背=「価値」か。言葉に寄り添うか、商品として突き放すか。良し悪しの問題ではこれはない。どちらが正しいということではない。



2.内容派と背派の実際――個人的経験から

 僕自身はどちらかというと内容派である。いや、あった、という方が近いかもしれない。具体的に記そう。


 例えば家電では、新しい機種について、そのメリットやメーカーごとの違いなどを説明してくれる店員さんがいるだろう。それと同じように本来は書店員も、扱っている本についてちゃんと知っているべきだ。しかし、高度の専門書(例:医学書)については難しいだろうし、担当する分野が広いと全てが全て読むというわけにはいかない。だから、全部読むというのは到底無理だが、少しでも読んでおくのが書店員としての理想である。なかなか難しいかもしれないが、努力しよう――いつ頃からは覚えていないが、だいたい、書店員として勤め始めて1~2年程度の段階(約10年前)ではこうした考え方をしていたように思う。


 この考え方は今でも否定すべきものだとは思っていない。が、突き詰めて考えるとあくまで努力目標にとどまるものでしかない。それはそれで大事なことだけれど。

 
 最初にこうした内容派的な考え方をするようになったのは、個人的な性向にもよるだろうが、振り返ってみると地方店にいたことが大きかったのかもしれない、と思う。地方店には地方店なりの忙しさがあるが、例えて言えば、全国紙の書評が出たからといってその日曜や月曜のうちに何十冊も売れるような、そういうような反応はなかった。その意味では相対的に内容について考える余裕があったし、また焦りもあったのかもしれないと思う。


 その後いくつかの場所を経たが、現在勤務しているのは比較的顧客の反応の早いところである。新刊の物量も多いし、版元営業さんもよくお見えになる。情報量は格段に多い。落ち着く時間がなくなっていく。それでも新刊は入ってくる。粘るものと見切りをつけるものを見分けよ。判断のスピードを上げよ。読んでいる暇はない。タイトルと著者でだいたいの見当をつける。困ったら目次だけざっと眺め、置くべき場所を決め、部数の過不足を予測する。装丁から受ける印象で、これはいけそうだ、と思うこともある。そこそこに当てた勘もある。外した勘は無数にある。
 
 
 かくして、内容派はいつの間にか背派にシフトする。大量の本を触ることで、あるいは顧客動向をよく観察したり、新聞やテレビをよく読んだり見たりすることで「この本はここに置いた方が売れそうだ」「こういう本が出ると売れるのではないか」という感覚を磨いていく。そうなると、本を読むのはあまり重要ではなくなってくる。顧客の関心がどこにあるのか、その関心にマッチングさせるためにはこの本をどこに置けばよいのか、徹底的に考えていく。誤解を恐れず言えば、本を読んでいる暇などなくなってくるのだ。


 しかし。顧客は確かに誰かが紹介していたから買うのかもしれない。が、その紹介に何か自分が思うところがあったから買おうと思うのであって、それはやはり内容とはまったく無関係であるとは言い切れない。となると、やはり内容も……。


 たぶん、勤務する店なり部署が変わればまた考え方は変化していくだろう。書店員は顧客によって応じて変化するものだから。なので良し悪しではないし、正しいとか正しくないという問題でもないのだ。


 以上、長々と自分の経験を振り返ってみた。書店員一人ひとりの経験は個別具体的であるが、そこには何かしら共通項として原理的に抽出しうる要素が含まれているだろう。自分の経験を一般化するつもりはないが、部分部分では他の書店員にも多少は共通する要素があるだろう、と記すにここではとどめておく。



3.本という商品の「無理」

 どんな商品でも――食品であれ家電であれ車であれ――、作り手が渾身の思い入れを以て作り上げたものがある。もちろん、それなりにそこそこに、というものもある。それはそれでよい。すべては顧客ニーズとのマッチングで決まる。作り手は思い入れがあるけれども、やっぱり売れなかったというものもあるだろうし、逆に、思い入れが通じたかのごとく売れていく商品もある。どちらもありふれた光景だ。


 本という商品でも、それは同じことだと思う。商品として流通させる/する以上、売れるか売れないか、しかないはずだけれども、それだけでは割り切れないものがある。でも、本、すなわち言葉をパッケージ化したこの商品は、割り切れないものの比重が相対的に高いのではないかという気がどうにもしてくる。実際、今回取り上げた事例で言えば、背派とはいえやはり内容を無視するわけにはいかない。


 僕が当事者でもあるからだろうか、どうやら本という商品、言葉をパッケージ化した商品は、時として過剰な思い入れがつきまとうように思われる。言葉を広くあまねく流通させるには、本という形で商品化するのが有効な手段の一つであることは間違いない。商品としての流通を突き抜けて何らかの生命力をもつような、そんな言葉もあるかもしれない。しかし、商品化するにそぐわない言葉も、ひょっとしたらあるのではないか。


 鳴り物入りで創刊される「言論誌」や、自信満々に売り込んでくる自費出版物を見るたびに「そんなにあなたが思っているほど売れはしませんぜ」と思う。内輪で地道にやれば如何、と思う。同時に、ごく普通に流通していて、地味な本ではあるけれども、読者としての僕には実に大切で手放せないと思うような本も、少なからずある。


 そもそも、言葉を商品化することは可能なのだろうか。ふと思い起こすのが、下記。

 
 人間の労働力が自然に働きかけて物を生産し、その物によって労働力を再生産するといういわゆる自然と人間との間の物質代謝の過程が――それはあらゆる社会において行われている過程であるが――資本主義社会では商品形態を通して資本の生産過程として行われているのであって、そこに資本主義に特有な形態的な無理がある。資本は、その形態として当然に要請せられる無限の蓄積を続けようとしても、この点で続け得なくなる

                             宇野弘蔵、『恐慌論』、岩波文庫、P.125


 
 商品化した/された言葉とは何か。他者が商品化した言葉を売ってメシを食う自分は、何なのか。
 

 他者の言葉を、何らかの理由から売りたいと考える。POPのひとつでも書いてみようと思う。1枚や2枚は書ける。しかし、枚数を重ねていくごとに、同じような言い回しを何度も使っていたことに、気づく(例:「気鋭」)。あるいは、無意識のうちに作り上げたパターンをなぞっているだけのことに、気づく。内容派であれ背派であれ、そんな経験をしたことはないか。他者の言葉を自分の言葉で表現する矛盾を、他者の言葉の一部をクローズアップして伝えようとすることの空虚さを、無意識のうちに感じ取ってはいないか。

 
 ……割り切ってしまうのは大切なことだ。深く考えない方が精神衛生上よろしい。「無理」は、資本主義社会における様々な問題と同様、無視しようと思えば案外簡単にできる。あるいは、「無理」をなんとか乗り越えようと試みてみることも出来る。店や会社の枠を超えて書店員同士で集まろうとすることも出来るし、著者と接点を持とうとあがいてみることも出来るし、版元さんと関係を密にしていくことも出来る。きっとどれもそれなりに根拠があって、それなりに重要なことなのだ。


 その先にあるのははたして何だろう。それを考えるために、僕は「自分を問う」(大澤信亮)という作業をしなければならない。そのためにこの書店員イデオロギー論を書き散らしているのだが、どうもやはり、より個人的な問題を見つめなおす作業が必要になってくるようだ。それは、他者の問いを共有することは可能か、というテーマとして、漠然と、しかし確実に、僕の身の上に覆いかぶさっている。


 
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by todoroki-tetsu | 2012-01-08 21:19 | Comments(0)

「言葉のパッケージ」を商いにするということ――書店員イデオロギー論へのメモ

 入荷して早々に、中島岳志さんの対談集『世界が決壊するまえに言葉を紡ぐ』を購入し、昨日には読了した。


 僕にとって大事な言葉、考えなければならないと思う言葉にあふれている。


 しかし、同時に思う。「言葉のパッケージ」である本という商品でメシを食うというのは、どういうことなのか。

 
 言葉を発する人、すなわち著者にとって、それはその人自身の血肉であるだろう。そうでない場合もあるかもしれないが、そのことはとりあえず措く。その血肉をパッケージ=形にしようとする編集者、装丁家、校正者……その他たくさんの人々も、言葉を形にすることに携わっている。


 出版社の営業担当の方々のことをここでどうとらえればよいのかよく判らないので、これもまた失礼してひとまず措かせてもらおう。さて、形になった本が出来あがってからが書店員の本格的な出番となる。


 カウンターでの接客などを除き、棚の管理だけに絞って言えば、書店員の仕事は「発注」「陳列」「返品」の三つしかない。その三つの仕事の際に、パッケージ化された言葉のことを思うこともあれば、思わないこともある。頑張って売ろうと思って並べた本を半年後(あるいはもっと早く)に返品してしまうこともあるし、何の思い入れもない本をガシガシ仕入れることもある。書店員にとってはたぶん、当たり前すぎるくらいの日常だ。ここで取次さんの配本が……などと言い出すとこれまたきりがないのでひとまず措く。

 
 いかにも即席で出したという体の本も、どれだけ時間をかけて書かれた本も、すべては「商品」として等価である。売れるか売れないか、ただ、それだけだ。

  
 だけれども、それだけだとは言い切れない何かを感じる本が、ある。中島さんがこの最新刊の中で吐露しておられるような、ある種の危機感。その危機感の一端に、自分自身も身を置いているように思える。


 ここに書かれている言葉に対峙しうるような、そのような構えで僕はこのパッケージ=本を扱い得ているか?


 そんな思いにさせられることは今までも幾度かあった。 それは例えば『ロスジェネ』であり、杉田俊介さんの『無能力批評』であり、大澤信亮さんの『神的批評』であり、「フリーターズ・フリー」であったり、した。その度ごとに何かを試みたこともあれば、何も出来ずにスルーしてしまったりも、した。


 そろそろ、書店員として自分のやっていることは何なのか、ちゃんと考えないといけない。いよいよもって宿題を片付けなくちゃならない、そんな感覚を覚えはじめている。


 「こちとらただの商売人だい!」と開き直ろうと思えば出来るし、今までもやってきた。これからもやっていくだろう。だって、商売人であることは事実なのだから。「これじゃあ売れない」「これは売れる」という判断は、常に必要なのだから。でも、その開き直りの一歩手前か、開き直った直後の一歩、そこいらのあたりで垣間見える何かを、もう少し自分なりに探っていきたいと思う。

 
 その過程を「書店員イデオロギー論」と仮称しておくが、それは書店員一般論には到底なり得ないし、そうなる必要もなかろう。あくまで僕自身の問いとして考えていきたい。
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by todoroki-tetsu | 2011-12-18 21:44 | Comments(0)

ブレーカー

 家を出る時にはブレーカーを落とすことにしている。

 
 歩いてほんの数分のコンビニに出かけたりする程度ならそのままにするけれど、出勤する時や休みのときで少し出かける時にはブレーカーを落とす。たぶん、3/12か13か、そのあたりからはじめた習慣。


 そもそもは、節電という発想だったと思う。「ヤシマ作戦」という言葉を目にしたな、と今思い出した。そして、東電の電気を使うのはいやだな、となんていうふうに考えたことも今、思い出した。


 でも、何がきっかけでそうするようになったのかといちいち考えるまでもなく、この8カ月程度の間は無意識のうちの習慣となっていた。日常のほんの些細なことでの変化が非常に重要な意味を持つ――そんな風に大澤信亮さんは語っておられたが(恵泉女学園学園祭シンポジウムでのご発言)、僕にとってのそうした些細な変化の一つは、ブレーカーを落とすことだった。

 
 過去形で記さなければならない。僕は今日、ブレーカーを落とし忘れて出勤したのだ。数時間前に帰って来て気がついた。何も変わったつもりはない。変えたつもりもない。この8カ月、「うっかり」忘れたことなんてなかったのに……。


 ブレーカーを一日落とそうが落とすまいが、世の中への影響なんてまずありゃしない。だから、これはあくまで僕一人だけの問題だ。おそろしく瑣末で、些細な問題。でも、僕にとって重要な何か、考えなければならない何かが、どうにもあるように思えてならない。だけど、どう考えればいいのか、まだよく判らないでいる。


 中島岳志さんの対談本、『世界が決壊するまえに言葉を紡ぐ』がまもなく出るという。聞いたところによれば、雑誌収録時におさめきれなかった対談内容を相当程度の分量収録しているとのこと。僕の些細な問題は僕自身が向き合うしかないのだけれど、その覚悟をより深めるためにも、自分の問題を深めていくための「手がかり」を得るためにも、入荷したらまず真っ先に読むつもりでいる。
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by todoroki-tetsu | 2011-12-06 22:36 | Comments(0)

グスコーブドリ私論(6)

6.ブドリの死は本当に他者を救い得たか?

 ブドリは、本当に他者を救い得たか?

 これは愚問に等しい。ブドリが冷夏を食い止め、不作とそれに伴って生ずるであろう飢饉を防ぎ、多くの人の命と生活を救ったのは疑いようがないからだ。

 結論を先に述べてしまおう。

 ブドリは他者を救いうる可能性(当面の生存)をつくることは出来た。しかし、その可能性の生殺与奪は、ひとえに生き延びた人間にのみかかっている。

 ブドリが自分自身を救い得たのは間違いない。そのことはまずもって確認しておこう。「あの年のブドリの家族」を見過ごすことはブドリには出来なかった。それを救わんとカルボナード島に一人残った、そのブドリ自身を救うことは出来たと思われる。そして、少なくともその死は他者の当面の生存の条件となった。

 僕が考えたいのはその先だ。ブドリの死=犠牲によって生き延びた側の人々のことだ。
 
 誰かの、何かの、犠牲によって生き延びる……そのことは何も大層なことではなく、日常的な光景だ。そのことを気づかせてくれる批評――大澤信亮「批評と殺生」(『神的批評』所収)――を、すでに僕たちは手にしている。

 生きることは食べることであり、食べることが殺すことであるならば、私たちにどんな希いが許されているだろうか。何も許されていない。この結論は絶対に思えた。そこから目を逸らしたすべての試みが空疎に思えた。今も思っている。


 このような衝撃的な問いかけで始まるこの批評に、今ここで立ち入ることは出来ない。だが、毎日のように経験する食事において何かを殺していること=犠牲にしていることを常に意識し続けることは難しい。いただきます、と手を合わせるとった次元の話ではない(それはそれで大切なことだが)。だからこそこの批評が重い意味を持つのだということだけを記しておくことしか今は出来ない。

 そう、自分が生きている日常において、誰かを、何かを犠牲にしているという感覚を持ち続けることには、根本的な無理がある。だから問わなくてもいいのではない。問わせないようにする力がおのずと働いてしまうと言いたい。

 そのような力が、完全にブドリの犠牲を忘却してしまうように働く場合もあるかもしれない。しかし、もっとも現実的に考えられるのは、ブドリを単に英雄化してしまうことによって、その犠牲の意味から目を逸らしてしまうことだ。

 ブドリは、間違いなく誰からも感謝される。ブドリの行為と、ブドリへの感謝の表明はともに称賛される。それは当然のことだ。その感謝の気持ちを基にした英雄譚も出来上がるだろう。ブドリの命日は、記念日として制定されるかもしれない。ブドリの生まれ育った森には、記念碑がたてられるかもしれない。書店員として言わせてもらえれば、仮に出版が発達していたら、何冊も何冊も新刊が出るだろう。

 そして例えばブドリの妹ネリの息子は、ブドリの素晴らしさを教えられながら育っていくだろう。ブドリおじさんのように立派になりなさい、と。

 自分たちを救ってくれたブドリに感謝の気持ちを形にすること。また、ブドリをある種の理想・目標とすること。それは実に極めて自然な感情の流れだ。誰も反対はすまい。

 だが、この自然な感情の流れに、目を凝らしてみたい。

 ブドリは失政とそれを許容した社会によって死に追いやられたのではないか、と僕は記した。こうした視点なくしてブドリを単に英雄化することは、政治と社会の問題を「ないもの」にしてしまうことになる。ブドリを死に追いやったのはあくまで自然のせいだ、というわけだ。自然なら、どうしようもない。人知を超えているから。

 ここに、罠がある。

 ブドリの単なる英雄化は、第二の、第三のブドリを生みだすだろう。森の中で楽しく暮していた幼少のブドリは無数にいていい。だが、自ら命を投げ出して他者を救わざるを得ないようなブドリは、そう再生産されてよいものだろうか。それでもなお、ブドリの甥っ子は「ブドリのようになりなさい」と育てられているだろう。そのような甥っ子は、何人もいるだろう。

 再び冷害は起きるだろう。その時にもまた食糧の備えを欠いていたならば? その時にも、技師の命を失うことを前提としてしまう火山局の組織と技術しかなかったならば? 

 第二、第三のブドリの準備は、飢饉にそなえる政治の実現よりも技師の死を守ろうとする火山局の姿よりも、容易に想像出来てしまう。ブドリの死を、単に覚悟を決めて自然と対峙した英雄とだけ考えていれば、おのずとそうなる。

 それは、ブドリの望んだことだろうか? ブドリはそんなことを希望して命を投げ出したのだろうか? 

 これを考えるために、まったく別の参照項を導入したい。
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by todoroki-tetsu | 2011-10-19 21:12 | 批評系 | Comments(0)

初めて触れる時のこと――大澤信亮「復活の批評」

 支離滅裂になるのは分かっている。しかし、今記さなければならない。勢いに駆られている。他人様に読んでもらえるようなシロモノにはならないだろう。申し訳ない。


 今日2/9は、「殺人等 平成20年合(わ)第491号」という記号が割り当てられた事件の、ほとんど大詰めといえる日である。抽選券が配布される1時間ほど前から並んだ。昨日買い求めた「文學界」の頁を開いたのはこの時だ。

 
 今までにも数回、この事件の傍聴をしたことがある。極めて具体的な他者に問いを突き付けられてからのことであるから、主体的といえるのかどうかは分からない。以来、「なぜ自分はここに並んでいるのだろう?」「なぜ傍聴席に坐っているのだろう?」「何を自分はメモしているのだろう?」「何が自分は知りたいのだろう?」……「見る者が見られる」「読む者が読まれる」、そんな感覚が常に付きまとっていた。


 大澤信亮さんの「復活の批評」には、そんな感覚について触れている部分がある。「自己を問うこと」が大澤さんの批評の根幹――小林秀雄の根幹、と言い換えてよいのかどうかは僕にはまだ分からない――と思われる以上、そうした「折り返し」は当然不可欠のことではあるだろう。しかし、「なぜ自分はここに来たんだろう?」「なぜ自分は抽選券を待って並んでいるんだろう?」、そう思いながら頁をめくることは自分にとって何か格別の重みがあるように思われた。


 しかし、そのような「読み方」など構いやしない、というほどに筆は進んでいく。決して短くはないが、かといって大長編というほどでもないこの批評文を、僕は1時間では読み終えることが出来なかった。文章の濃密さ、その突き刺さる鋭さに、思わず頁から目をそらし、嘆息し、息を整え再度頁を開く……そんなことを幾度となく繰り返したからだ。


 終盤にさしかかるところで、抽選結果が出た。初めて、外れた(「確率の手触り」!)。残念だ、と少し思ったのが自分でもよくわからない。結局のところ野次馬根性に過ぎなかっただけかもしれない。そんな自分が見透かされるのが嫌だから、なるべく顔を見上げないようにしていたのだが。


 帰りの地下鉄では再度頁を開く気になれず、結局行きつけの珈琲豆屋さんで焙煎されるのをまっている間に読了した。


 今法廷で何かが継続しているのか、もうすでに何かが終わったのか、僕は今、知らないでいる。この夕方から明朝にかけ、何かが色々と報じられるだろう。この事件の「報道」、あるいは文学者や研究者が記すであろうこの事件への言葉。それらに触れる度、僕は寒空の中突き抜けたような光が時折差し込む東京地裁前の生け垣の脇で、濃密さのあまり時々頁から目をそらしながら嘆息し、時として絶叫せんとする自分の口を押さえながら初読したこの「復活の批評」を、思いだすことだろう。

 
 その時、「明日の必要」とは自分にとっては一体何であるか、何度でも問い直すことになるであろうことを、予感する。
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by todoroki-tetsu | 2011-02-09 15:12 | 批評系 | Comments(0)

「自分だけはけっして疑わない自己絶対化」

 大澤信亮さんの『神的批評』を読み進めている。


 そのうち、「柄谷行人論」において、初出時との異同に気がついた。もちろん、単行本の差異の加筆修正はよくあることだろうし、元来そうしたところに気付く性格では僕はない。


 しかし、「おっ」と思ったのだった、ここだけは。具体的に挙げてみる。「新潮」2008年11月号のP.264と、『神的批評』のp.72である。柄谷さんが「強い視差」を強調していることについてのべた一連のパラグラフ。


 だがさらに踏み込もう。かりに「強い視差」が生じても、それが自己を含めた関係全体への問いに至らず、単に一過的な不快としてやり過ごされる場合もある。(中略)対象化した自己の記述に夢中になり、それを行う「私」への問いが消える光景もありふれている。戦後の吉本隆明がそうであったように、単に「すべてを疑う」という決意――と言いつつ疑っている自分だけはけっして疑わない自己絶対化――に行き着くこともある。ならば(以下略)
                                    「新潮」2008年11月号P.264



 だがさらに踏み込もう。かりに「強い視差」が生じても、それが自己を含めた関係全体への問いに至らず、単に一過的な不快としてやり過ごされる場合もある。(中略)対象化した自己の記述に夢中になり、それを行う「私」への問いが消える光景もありふれている。単に「すべてを疑う」という決意――と言いつつ疑っている自分だけはけっして疑わない自己絶対化――に行き着くこともある。ならば(以下略)
                                             『神的批評』p.72



 異同はただひとつ、「戦後の吉本隆明がそうであったように」という一文の有無である。

  
 単行本でこの部分が削除されたのはどういうことだろうか? この挑戦的な単行本において、何らかの「遠慮」が働いているとは思われない。ここには著者の認識の変化があるのではないかと思う。


 この一文にこだわるのは、僕が吉本さんを理解する上での大いに手がかりにしからだ。つまり、吉本隆明という人を「単に『すべてを疑う』という決意――と言いつつ疑っている自分だけはけっして疑わない自己絶対化に行き着」いた人として見ることで、一見難解な言葉を理解することが出来るように思われたからだ。あ、この人は思想家というよりは徹頭徹尾詩人なのだな、とは『詩とは何か』を読んで抱いた感想だったが、詩人であることが彼の思想をどのように規定しているのかは分からなかった。「関係の絶対性」を鋭く突いた「マチウ書試論」は好きな著作のひとつだが、「では、自分はどうすればいいんだろう」と思った時、「あんたほどには強くはなれねぇよ」という気持ちもあったのだった。


 「自分だけはけっして疑わない自己絶対化」という表現を、そうしたもやもや感を一挙に吹き飛ばしてくれるものとして僕は受け止めた。この言葉によって吉本さんの言葉も相対化出来る気がした。もちろん、その相対化というのはけなすような意味でもなく軽んじるということでもなく、変に有り難がるんではなくまっとうに受け止めてみるために必要な過程というほどのことである。事実、吉本さんを好きか嫌いかと言われれば何とも言えないが、「すげぇな」とは思う。何か大それたことをやろうというんじゃなしに、普通に働いてメシを食って寝て遊んで、それでいて世の中のことを偉い人に騙されない程度に理解して生きていく、という意味では必要にして十分だと思う。これはすごいことだ。「立って半畳寝て一畳」の思想である。


 さて、ではなぜこの一文が単行本では削られたのか、ということだ。全体の行論には大きな影響はないとも思われるので、さしてこだわる必要はないのかもしれない。が、突っ込んでもみたい。「戦後の吉本隆明」は「自分だけはけっして疑わない自己絶対化」をしていなかったと認識が変化したのか、あるいは、「自分だけはけっして疑わない自己絶対化」は何も吉本さんに限った話ではない、と考えられたのか、そのいずれかではないかと愚考するのだが、どうだろう?


 細かいところにこだわる性格ではないのに、こうやってどうにも疑問が沸き起こる。異議、という意味での疑問ではなく、自分の中に折り返していくような、そういう意味での。町田康さんが指摘するごとく、まさに「困ったことである」。
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by todoroki-tetsu | 2010-11-08 00:04 | 批評系 | Comments(0)

「問いを生きることはできるか」

 「問いを生きることはできるか」……大澤信亮さんの『神的批評』の帯にある惹句。担当編集さんが記したもの、とブログで知ったのだが、秀逸だと思う。


 問いに応じるというのはどういうことか、というところから始める。


 そもそも問いとは何か、を考えなければならないのだろうが、ここでは「その人にとって大切な問題」というほどの意味にとらえておこう。この「大切」の度合いはその人自身によって、また状況次第で変わるものとして考える。考え抜いている大切さもあれば、なんとなくの大切さもある。言い換えれば、深刻な大切さとそうでない大切さ。どちらも含めたものとしておく。

 
 問いを他者に対して発する時の意図は何か。具体的な「答え」を求めている場合もあれば、ただ聞いてほしいというだけのこともある。発した時に相手はどう反応するか。これは一種の賭けである。望む反応が返ってくるか来ないか、それは発してみなければ分からない。そもそも何を望んでいたのか、それすら分からない時がある。


 その時、問いを受け取る側はどうするか。自分にもなじみのある問いであったりすれば、自分なりの見解をもってある種の「答え」を用意することが出来るかもしれない。ただ耳を傾けるだけでよければ、それも出来ないことではない(どちらも難しいことだが)。無視も選択のひとつだ。「怒り」もありうる。ここでいう怒りは、問いを発した側とともに自分ではない第三者なり媒介(社会、政治、会社……)への怒りを共有することではなく、他ならぬ問いを発した他者その人自身に対する怒りである。「そんなこと言われたって分からねぇよ」が「なんでそんなことを俺に言うんだ」になり、「俺に向かってそんなことを言うお前が悪い」へ帰着する。「わたしを怒らせたのはキサマだッ! キサマが悪いんだ!」(ヴァニラ・アイスの言葉より。『ジョジョの奇妙な冒険』文庫版16巻、P.155)というわけだ。


 しかし、いずれにせよ、他者の問いに触れた時にはもはや受動的ではありえない。どのような行動も言動も、やはり賭けである。目の前の他者が望むような反応が出来ないことを僕は怖れる。相手がいけすかない奴ならまだしも、少なくとも敵ではないと思っている人から発せられた問いを前にすると、混乱する。どんな態度が正解かと焦るあまり、うまく応答できない自分にハラをたてる。結果として傷つけてはいけない人を傷つけてしまう。だから僕に問いを発するな、と言いたくなる。ヴァニラ・アイスのごとくキレるしかなくなりそうで怖いから。悪循環。


 その人にとって大切な問いで世の中は満ち溢れている。出来あいの言葉で言うなら、貧困であったり住居であったりジェンダーであったり障害であったりメンヘルであったり労働であったり戦争であったり原発であったり環境であったり基地であったり教育であったり……。「政治を変えれば」「社会を変えれば」という言葉に打ち込んで賭けてみることは決して無駄ではない、全てを一挙に解決することなどあり得ないという冷徹な認識さえ忘れていなければ。


 しかし。「政治」や「社会」といった言葉で、他者の問いを自分に分かりよいように置き換えているだけだったとしたら、それは問いへの応答とはいえぬ。他者の問いをそのものとして共有する、というイメージはありうる。けれど、じゃあいったい何人の人と問いを共有すればよいのだろう? と思うと呆然とする。


 結局のところ、自分は自分の問いを生きることしか出来ないのではないか。他者の問いを生きることは出来ない、と観念するところから始めるしかないのではないか。開き直りでも傲慢でもなく、自らの問いを「生きる」中で他者との関係を見つめ直し、結び直そうとすること。



 自らを問わせるものだけが「他者」なのだ。
 困難は目の前にいる他者との出会い直しにこそある。
 私たちの自己意識は、つねに、すでに、あまりに洗練されすぎており、その瞬間に訪れる心の慄きを、怖れとしてしか受け取ることができない。にもかかわらず、私たちの生が開かれ、生き直されるのも、そのような他者との出会いにおいてしかあり得ない

       大澤信亮「批評と殺生」、『神的批評』P.198。下線は本文では傍点




 この言葉を、身体感覚として理解したといえる日が、いつか来ることを目指す。


 
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by todoroki-tetsu | 2010-10-29 11:32 | 批評系 | Comments(0)