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杉田俊介『長渕剛論』・大澤信亮「温泉想」

 読後直後は一定の興奮状態であって、そのときなりの感想は記すことが出来る。しかし、勢いで記していいものだろうか、と迷っていて、そうこうしているうちに随分と時間が経った。杉田俊介さんの『長渕剛論』(毎日新聞出版)である。

  
 杉田さんと同世代(学年は一つ違いかもしれない)の僕も、長渕さんに一度ハマり、しばらくして離れ、そのまま戻ってくることなく今まで来ている。同世代でしか通用しないであろう昔話を、それとしてあれこれ書き連ねることはできるけれども、さて、そうしたところで何になるか、そんな風にも思ったのだった。

 
 『親子ジグザグ』の再放送を小6のときに友達が見ていたのが最初のきっかけで、「ろくなもんじゃねえ」にはまり、なぜか当時住んでいた香川ではほどなくして「家族ゲームⅡ」の再放送があり、「家族ゲーム」は見たかどうかいまいち覚えていない。中学の時が「とんぼ」でドはまり、上京して新宿西口をぶらついた時にあのラストシーンを思い出すくらいには影響は残っていた。高校になるくらいからはなんとなく離れていったが、「JEEP」のツアーは観た。アルバムで追ったのはこれくらいが最後。「STAY DREAM」からこのあたりがドンピシャだが、そんなおしゃべりをしたところで内省にはならない。しいて時代的?なことを記すとすれば、長渕さんが「昭和」を出したころ、光GENJIが出したのが『Hey! Say!』で、妙にイキがるだけの田舎男子中学生が、男を気取って女子の向こうをはろうとしていたことっくらいだろうか。いずれにせよ、つまらん話。
 

 そう、話そうと思えば、あれこを話すことはできる。しかし、この20年と少しを振り返ってみようとしたときに、とたんに失語することに気付く。べつに長渕さんファンであり続けていなかったから、というのが理由ではない。そんな間口の狭い批評ではこの本は決してない。長渕さんとがっちり向き合う杉田さんの言葉を読むというのはどういうことなのか、眼から胸を通じて肚にくる、そんなずしりとした感覚。「たんに『いい歌だね』『流行っているみたいだね』と聞き流し、消費することをゆるさないものが、長渕剛という人の中にあったし、今もある」(p.17)と杉田さんは記す。そう記す人の言葉をどうして「聞き流し」「消費」することが出来るだろう。


 だから、感想めいたものは書けない。ただ、言葉を手掛かりに、その奥底にある何ものかに手を伸ばそうとすることはできる。


 本を読み返せば、ああここにもこんなことが書かれている、と再発見する言葉はいくつもこの本の中にはある。が、初読からつかまれ、たとえ本を読み返さなくとも、仕事している最中や、通勤中や、何か新聞などを読んでいるときなどにふと、よみがえる箇所がある。第六章「明日を始めるために」。2015年8月22日、「長渕剛10万人オールナイト・ライヴin富士山麓2015」の批評である。ライヴについて、あれこれ「小さな一部分を叩いて全体を台なしにしたがる人々」について触れた後の箇所(前後関係は本文をあたっていただきたい)。少し長いが、引用する。p.228の記述。


 この世のすべてに対しほどよい距離を取って、冷静に醒めている程度のことが何なのだろう? 他人の情熱と本気を安全圏から愚弄しつづけねば日々の飯すらうまく食えない、にやけたあんたたちの顔は何なのだろう? 自らの汚れた手や腐臭にすら無感覚になり、ますます増長し、すべてを台なしにしていくあんたらの群れは、いったいどこへ行くんだろう?

 「フリーターに関する20のテーゼ」や「無能力批評」(「フリーターズフリーvol.1」)を想起させる力強さ。ぐっと握りしめたこぶしのような強さ。それを振り上げまいとするギリギリの理性。


 でも、これだけなら、まだ「消費」して済ませることが出来る。自分が戦っていると信じることできる自分の弱さに目をつぶるのは、とてもたやすいことだから。「敵」を勝手に仕立てあげることの毒に気付かずに済まそうとすることは心地のよいことだから。
 

 杉田さんはこう続ける。


 いや、本当はそんなことも、どうでもよかった。必要なのは、何かに本気で没入しつつ、その危うさもポテンシャルも丸ごと引き受けて、個体としての肉体を通して、さらにその「先」の明日を切り拓くことだと思った。どんなに小さくささやかであれ、他人の命がけの本気から恩恵としての果実を受け取り、それに感謝し、糧として、自分を人間として熟成させ、変え続けていくことだ、と。

 初読から半年、幾度となくこの二つの段落が頭をよぎる。引き受けて、切り拓く。ほかならぬ自らの肉体を通じて。はたして、そんなことが出来るだろうか。わからない。


 そんな思いもどこかにあった中で、大澤信亮さんの「温泉想」(「すばる」2016年7月号)を読んだのはまだ暑くなり始めるころだった。「この人は僕のために書いている」。そんな訳はないし、「罪人」という言葉に機械的に反応をしている訳でもない。どの言葉がどの一文がどうとか、そういことでもない。全編を通じてそう感じる。


 この思いは幾度読み返しても、頭を離れない。




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by todoroki-tetsu | 2016-11-03 11:05 | 批評系 | Comments(0)

感想、あるいは「戦争責任者の問題」読書異曲

 先日、ある講演を聞く機会に恵まれた。諸般の事情で参加することになったのだが、自分からはけっして出向くことはあるまいというものであっただけに、非常に興味深いものであった。

 
 「保守」なのか「右翼」なのか「タカ派」なのか、僕にはわからない。日本の「誇り」を取り戻す、というのがその講演の趣旨であった。例えば、従軍慰安婦問題はねつ造であるという。河野談話が諸悪の根源であるという。その是非や真偽を僕は云々したいわけではない。僕はただ、そこで話を聞いている僕自身が何を感じていたのか、何に触れていたのか、を探ってみたいだけである。


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 話は多岐にわたり、率直にってなかなか話術もあって興味深いものであった。首相の靖国参拝は他国から言われる筋合いのものではない、という話も出たが、その一方で「あのタイミングは適切ではなかった」という指摘もあわせてなされ、ははあ、なるほどと思わせるようなところも多分にあったのである。


 聴衆は、シンパ的な皆さんがほとんどであったろう。小中学生らしきお子さんを連れた親御さんもおられたし、年配の方も熱心にうなずいておられるなど、なかなかの熱気であった。アウェー感を十二分に僕は感じつつ、しかしこれはやはり貴重な体験であるなと思ったのだった。

 
――講演者のような意見に批判的な人々に対して、「こうした場に来たことがあるか」と問うてみたい自分を、僕は真っ先に発見する。それはアウェーでの居心地の悪さを自ら糊塗してのことであったろう。自分を正当化するには他者をこき下ろせばよい。こき下ろす他者は目の前ではなく遠くのどこかにいる誰かで十分だ。お前たちは遠くでハナから人の話も聞かないで批判していればよい。揶揄して何か言った気になってろよ。それを聞こうとする人間の気持ちがどこにあるのかまるで知ろうとせずに。そんな風に勝手に心の中で敵をこしらえていた。


 話は進む。歴史や外国や、近い隣国の話へとあちこちへ行く。博識な方らしい。メモはあまり取っていない。


――だいたいこういう時、僕はかなりのメモを取る人間だ。悪筆だがかなりの再現精度はあると自負している。睡眠防止もある。書きながら考えるというのもある。が、ある時期からメモは最小限にとどめ、言葉が仲介する時間と空間そのものに身をゆだねるようになってきた。これは明らかに若松英輔さんの講演会に連続して参加させて頂いた体験によるものだ。聞くということ、あるいは読むということ。その行為への認識が自分の中で変化していることがわかる。だからこそ、主義主張の是非や真偽ではなく、言葉を前にする自分自身を見つめたいと思ったのだ。


――そう思うと、さっき抱いた一方的な他者批判、そんなものはどうでもよくなってくる。それが問題なんじゃない。お前自身は今何をどう感じているのだ。お前の考えやものの見方とはまるっきり違う意見を今聞いているのだろう? それに向き合ってみろよ。


――さて、そうなってくると実に僕は浅い知識しか持ち合わせていないことに驚く。これじゃあ気分的なものじゃないか。その気分にあう人はいいが、合わなければそれでおしまいだ。しっかり勉強して「事実」を知る、知れば変わるだろう。そんな風にはもはや思えない。「事実」はいくらでも積み重ねてこられたはずだ。それは右であろうが左であろうが関係ない。「事実」を知れば変わる。違う。そんな生易しいもんじゃないはずだ。


――見たいものしか見ない。聞きたいことしか聞かない。そういって自分と違う意見の相手を批判するのは簡単だ。だが、そういう自分自身が、見たいものしか見ず、聞きたいことしか聞いてこなかったのではないのか。そんな地平でいくら「事実」合戦をしたところで何の意味があろう。


 壇上では「ストーリー」ということが話される。ひとつひとつのニュースをつなげてみる力が大事だという。なるほどその通りだ。昨今の従軍慰安婦像をめぐる流れ、隣国のこと、河野談話、それらが見事につなげられた「ストーリー」が展開された。


――「事実」では足りない。だとすれば、反論したいなら「ストーリー」で対峙せよ。うん、この考え方は悪くない。わかりやすく現状を解説してくれる「ストーリー」は魅力的だ。ならば、それに対抗するような魅力的な「ストーリー」を作り出せばよい。しかし、それは今までも多くの人がやってきたはずだ。それが今もろくも崩れ去ったかのように見える。いや、それは正しくない。それらの「ストーリー」の生命力は今なお失われてはいない。主題は変奏され、再びよみがえるだろう。


――だとするならば、結局は「時代のせい」か。今はこうした意見が優勢だが、いつかは変わるだろう。でも、何をきっかけに? どうやって? 「あらゆる身近な人々」がお互いに圧迫しあっていたのは数十年前のこの国で起きていたことではなかったか。「『だまされていた』といつて平気でいられる国民」(!)という伊丹万作の言葉が突き刺さる。
 

――でも、万作の言葉でもっと重要なのは、ここだ。「……まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。/こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であって、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである」(「戦争責任者の問題」)。


――「ストーリー」を求めているのは誰か? 言いたいことをいくら言おうが、自分たちがいくら満足していようが、時間やカネを支払おうとする他者の存在を抜きにして何を考えることができようか。書店員としては、いかに「ストーリー」を売れるようにしていくかが大事であるが、それは今は措こう。僕はいかなる「ストーリー」を求めているのか。それを求める自分への折り返しとともに見つめること。


――なんとかうまくみんなでやっていく方法はないか。お互いに傷つけたり傷つけられたりしてもなお、それでもみんなでどうにかこうにかいいところもダメなところも引き受けながらやっていく術は。それは例えば、中野重治さんの「五勺の酒」と大澤信亮さんの「左翼はなぜ間違っているのか」と井上ひさしさんの「ムサシ」から、引き出せたりはしないか。それは評論家の仕事であってもいいが、任せっぱなしにして安心していい話ではない。読者の責任、「ストーリー」を求める者の「自己反省」である。
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by todoroki-tetsu | 2014-03-05 17:20 | 批評系 | Comments(0)

大澤信亮『新世紀神曲』単行本刊行にあたって

 昨晩ちらと触れたことについて、ちゃんと記しておこう。

 
 大澤信亮さんの第二弾目となる単行本、『新世紀神曲』が5月末に出る。嬉しいことである。一読者として嬉しいというだけでなく、こうした「これを読むとここで紹介されているこの本が読みたくなってくる」と思われるような作品が出れば、それだけ他の本も売れるというものだ。それが何よりド定番というか、王道に向かうところがいい。枝葉の「知識」などはどうでもいいのだ。


 宮沢賢治しかり、柳田國男しかり。食うこと、暴力、「その人」……どれをとっても個別的かつ普遍的な主題である。最新の知見と古典の言葉が入り乱れる。旧い物のなかに新しいものを、新しいもののなかに旧いものを、見る。見えるもののなかに見えないものを、見えないもののなかに見えるものを。

 
 要するに、古くて新しい問いに常に全身全霊で立ち向かう批評家と、僕たちは同時代にめぐりあっているということだ。耳触りのよい言葉などありはしない。だが、そこには僕たちの生きる足元を照らす光がある。


 この光のイメージは、どうしても僕のなかから拭い去ることは出来ない。無意識的に「朝日のような夕日をつれて」を参考としているだろうが、それはどうでもいい。以前に記した文章を再録させて頂こう。「出日本記」に触れてのことである。


 今まで、大澤さんの文章を拝見していて、ひとつのイメージが出来上がりつつあった。というよりも、読みながらどうしても僕の中でイメージされていく映像。それは、教会と思しき建物の中で、ひとりステンドグラスから差し込む光に照らされている男の姿。


 彼はしっかりと立つ。何かをつかもうと手を上方に伸ばす。目はしっかりと光の先にある何かを見ている。光の先にあるのは具体的な誰かであるのか何か、判らない。その人自身にも判らないのかもしれない。けれど確かに、光のほうを見上げて目を逸らそうとはしない、決して。


 『神的批評』に収録された文章、ならびに「復活の批評」は、すべからくこうした映像を僕に喚起させるものであった。では、その姿を見ている自分はどこに立っているのか。それが僕の読み手としての問いであった。けれど、「出日本記」から喚起される映像は、こうしたものとは少し違う。


 同じく光は、ある。が、差し込む光のイメージが違うのだ。ステンドグラス越しに上方から差し込むのではなくて、それこそより直接的に太陽から降り注ぐような光の輪。その輪に差しかからんとする場所に、彼は立っている。いや、もうすでに光の輪の中に足を踏み入れているのかもしれない。


 気がつけば僕の足元すぐ近くにも、光の輪はぼんやりとは届いていて。さあ、お前はどうするのだ、といよいよもって迫ってくる。


 「柄谷行人論」や「批評と殺生」などに特徴的に見られる、エンディング直前におけるたたみかけるような否定語の連続が「出日本記」にはない。それのみが光のイメージの違いの理由なのかは判らない。「新世紀神曲」のエンディングも目立った否定語の連続は見られぬけれども、「光の輪」が僕自身の足元にも届いてきているというイメージを抱くことには変わりなく、それは関係あるのかどうか。ついでに言っておくと、「新世紀神曲」のラストは大江健三郎さんの『洪水はわが魂に及び』を僕に連想させるものであった。


 さらに言おう。「小林秀雄序論」(「新潮」2013年4月号)において、大澤さんは小林の「私信」「再び文芸時評に就いて」――批評と創造・創作についての言葉――から引用をしたあとこう続ける。

 ここには何か根本的な態度の変更がある。社会通念としての評論を書いていた者が、社会通念としての創作を試みる、そんなことではない。数々の論争を行った人間が達した境地である。この言葉を文字通りに受けるには、受け取る側にも準備がいるのだ。


 こう記された言葉を、僕たちが読むにも準備がいるだろう。さらに、「数々の論争を行った人間が達した境地」とあるところに注意しておきたい。

 
 大澤さんは為にするような批判はしていない。論争がどの程度あったのかなかったのか知らないけれども、無駄な喧嘩を吹っ掛けたような印象は持たない。何か大物とされるものに対して虚勢を張り、闘った気になっているような言葉など、どこにもありはしない。それを見抜けぬ読者は、見抜きたくない自分に気づくことから始めなければならない。そこに気付いて虚心に読めば、ただ問いを生きていこうとする生身の批評家の姿が浮かび上がるだろう。

 
 ここまで記してようやく、本題に入ることができる。


 新刊案内といってもいろいろあるのだが、大手取次が週次で出すものがわりあいに書店の世界では一般的だ。そこで『新世紀神曲』がどのように紹介をされているか。ネットでも確認できるからそこを参照しよう。e-honではこうある。

 言語ゲームはもう終わりだ。闘って問え。問うて闘え。『神的批評』で劇的なデビューを遂げた新鋭、待望の第二作。「超批評」三篇。

 
 正直に言って、初見時に大変違和感を覚えた。これは駆け出しの新人を売り込むような文句ではないのか。ことさらに「闘い」などと言う必要がもはやあるか? いささかあざとくはないか。言葉数少ないところで目立てせなきゃいかんのは確かに判るが……。前述の「境地」を思わせるのは難しかろうが、これでは真逆ではないか。


 新潮社のサイトでの告知はさすがなものだ。これを目にして安心すると同時に、キャッチフレーズ的な文句をひねり出さざるを得なかった、おそらくは担当の編集さんか営業さんだろう、その苦労も改めて偲ぶのだ。

 名探偵・犬神修羅。彼と共に密室に閉じ込められたのは、実在する現代小説の主人公たち。謎めく空間から抜け出すため、彼らの「愛」を巡る言葉の饗宴が始まる!――これは批評なのか。これが批評なのだ。前代未聞の表題作他二篇を収録、『神的批評』に続く評論集。

 
 とはいえ、文句を言うだけなら誰でもできる。肝心の今更こんなことをしてもしょうがないが、60字以内のしばりのなかで、例えばこんなフレーズならどうだろう? 

 『神的批評』から二年半。待望の第二作は現代小説の主人公が織りなす「神曲」! 批評を超える「超批評」。表題作含む三篇。

 
 「超批評」というのがよく判らないが、何となく判る。それを活かして、「神」のつながりを意識させたいと考えるとこんな風になる。


 が、こんなことはどうでもいい。既に単行本を出し、この二年半のあいだに不定期ながらも王道の文芸誌各紙に評論を掲載してきた批評家を売り込もうとする時、このような惹句でしか書店員が気付けない、あるいは気付けないと思われている情況こそが、書店員である僕の直面するもんだいである。

 
 読者としては、単行本になって改めてじっくりと読みたいと思う。書店員としては、いかに多くの読者に買ってもらうか、そのための準備をいかにすべきかと思い悩む。楽しさと苦労の入り混じる、何とも落ち着かない日々が続きそうである。
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by todoroki-tetsu | 2013-05-04 10:04 | 批評系 | Comments(0)

大澤信亮「復活の批評」再読その二――失語について

 「新潮」2013年4月号。山城むつみさんの「蘇州の空白から」と大澤信亮さんの「小林秀雄序論」を数度読み返している。山城さんの論考は、ジュンク池袋本店さんでお話されていたことを思い起こしながら読んでいる。

 
 事前/事後という表現を山城さんはその時に使われた、と記憶している。その意味の細かいことはいまだに理解できているとは思わない。が、この時に得たイメージは僕の仕事においても生活においても奥深いところに潜み続けている。

 
 この講演の時にとったメモを紛失しており、残念なことをしたものだ、山城さんはあまりこういう場でお話をされない方らしい、と後で聞いて残念さが更に増したのだが、部屋を片付けていたらひょっこりとメモが見つかった。走り書きを読み返しながら、記憶を掘り起こす。1946年11月3日という日付の意味(「五勺の酒」の世界との重層性!)については今回の「蘇州の空白から」でも述べられているが、このお話を最初に伺った時の身震いが蘇って来る。

 
 「復活の批評」を読む。「蘇州の空白から」を読む。「小林秀雄序論」を読む。そして「ドストエフスキイの生活」を読む。電車に乗ってる時間だったり、余裕があれば昼休みや早く帰った夜などに。そんななかでも仕事と生活は変わらない。朝起きてメシを食って10時間から14時間の仕事をして時に一杯ひっかけたりひっかけたりしなかったり、風呂にゆっくり入ったりさっとすませたりしながら、いよいよもって立ちゆかなくなってきた遠方の両親の生活のことなどを考えたり忘れたりしながら、結局どうにかなるさと思って寝る。
 

 こんな仕事と生活のなかで批評文を読むことは僕にとって不可欠のことのように思われる。何の必要があるかと問われても答えられやしない。生き延びるため。そうかもしれない。ただ、別に大上段なこっちゃない。ゲラゲラワッハッハな文章ではないが、そこには何か大切なことが書かれているという感覚が、ある。いや、これらの批評文はいま僕が心底読みたいと思うような、そういうものであるのだ。「……伝えるからには面白くありたい。娯楽に満足できない気持ちを表現するなら、その試み自体が娯楽以上に面白くなければならない」(『神的批評』あとがき)。この言葉に読者として、「娯楽以上に面白い」と言い切りたい。


 しかし。しばしばふと思う。仕事や生活からの逃げ場所を批評文に求めているだけではないのか。読んでいる最中は、たとえわずかであっても文字通り時間を忘れる。じっさい今回の「新潮」初読時には電車をふたつかみっつ乗り過ごしている。本屋としてはそう問題のある行動ではない。本を買って読むという行為が無ければメシが食えぬ生業なのだから。


 問題はそこではない。大澤さんを読む。山城さんを読む。小林さんを読む。その時僕は、自分を問うことを忘れてはいないか。他人の文章を読み、感心する時の僕はいったん作品に入り込む。が、頁を閉じた時にはすぐさま仕事の段取りや生活について考える。どこかで余韻は残っているけれど、頭は基本的にパッと切り替わる。

 
 これは当たり前のことなのだ。今までそう思ってきたし、今でもそう思っている。批評文にほんとうにぐうの音も出ないほど突き付けられた時、「失語」という言葉でその体験を表現することは出来る。そう言ってみせることなど、難しいことじゃない。もんだいは、「失語」の意味を問い続けることだ。しかし、このドーナツの穴のような体験を言葉にしようとすることはたやすいことじゃない。


 「復活の批評」再読中に僕を見舞った「失語」――それは他者からもたらされたものでもあり自己の奥から生じたものでもある――のさなかにも、日常生活は何の滞りもなく過ごした。テキストをあえてうっちゃっておいた時期においても、問いは僕のなかで生き延びていた。


 「自分を問う」ことの大切さを説く批評に感心している自分が、その言葉を額面通りには決して受け取れていないという感覚。「自分を問う」という言葉ですら「消費」出来る自分への、戸惑い。そこから始めるほかないのだという嘆息と、少し清々している自分の奇妙な同居。


 書くことで狂うことがあるのなら、読むことで狂うことだってあるだろう。狂気の善悪など誰にも判断できやしない。


 「筆と爆裂弾とは紙一重」の意味に、ほんの少し近づけてきたのだろうか。
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by todoroki-tetsu | 2013-03-24 20:53 | 批評系 | Comments(0)

大澤信亮「復活の批評」再読

 大澤信亮さんの「復活の批評」を、発売からそう遠くないうちに僕は読んでいる。そのことは当時に記したとおりだ。いつかはちゃんと形に残るような再読をしておこうと思っていたのだが、TWITTERでの着手は昨年末。タグはまんまの #復活の批評 。

 
 「見る者が見られる」「読む者が読まれる」……たしかにそういう感覚は初読当時にあった。それは「読むために書く」という実践と認識に引き継がれつつ今も僕のなかにある。だが、着実に何かが進行した。それが、昨年12月24日から今日まで、何度となく中断を強いられつつの「復活の批評」再読であったのだ。その意味するところがさっぱり判らないでいるし、そもそも書くことでそれが表現出来るのか見当もつかない。取りこぼす何かがきっとあることを前提に、記す。

 
 内省への、内省にまつわる思考をたどる時、読み手あるいは読むために書こうとしている僕に突き付けられたのは、「この言葉を理解したと言えるのはどういうことか」という問いであった。「たとえば、書くとはどういうことかと考えるとき、それを書いている『この私』自身が分析の対象に含まれざるを得ない」という言葉に同意するのなら、「それを読んでいる『この私』自身も分析の対象に含まれざるを得ない」。

 
 そうした問いは、具体的には以下のように僕にあらわれた。再読初期の12月26日のツィートを以下に録する。

 「たとえば、書くとはどういうことかと考えるとき、それを書いている『この私』自身が分析の対象に含まれざるを得ない。(略)/これは、書くことのなかに絶えず自分を織り込むタイプの記述がもたらす感覚だが、べつに方法的なトリックによるものではない。目の前の現実を問おうとすれば、その現実を見つめつつ、それを疑う「この私」が要請されるだけだ(だから、『私』と書けば疑っていることになるわけではないし、必ずしも『私』と書かれる必要もない)」。この()内の指摘がこの上もなく僕にとっては重要になる。どういうことか。


 「自分を問う」あるいは他者に対して「お前は自分自身を問うているのか」と問う言葉。ある世代に或る程度共通する感覚かも知れぬがそれはさておき、そうした言葉を読み耳にし時には口にする僕自身が、形骸化させてはいないか、という問題。


 自分を問うているように見せかけて実は他者に何ものかを突き付ける。会社員を10年強やって来てそんなテクニックはいつの間にか身につけた。いや、90年代半ばの学生運動で既に僕はそうした振舞いを身につけていたのではなかったか。何の為でもない、ただ自分が逃げるために。


 本気で自分を問おうとしていて、しかしいつの間にかそれはただのフリになっていて、そこに気づかぬままにさも自分は自分を問うているのだと思いこんじゃいなかったか。今こう記しているこの文章すら、フリではないのか。


 内省がその拒絶に転化するのが必然であったとしたら、その必然を意識するならまだましなほうだということになる。無意識に、さも内省しているかのように見えてその実まったく内省に至っていない思考。それこそがもっとも深い病理ではないのか。じゃあ、これを読んでいる俺はなんなのだ。


 「対象自体に自分が含まれる記述を続けていると、やがて能動と受動、主体と客体が入り乱れる瞬間がやって来る。自分が言葉を書いているのか、言葉が自分に書かせているのか」。読み手である僕にも同様のことが今起きている。



 内省の困難と大切さと可能性を論じる言葉に「なるほど」と思い、「もっともだ」と読み手である僕自身が感じる時。「資本制の商品交換を破壊する、そのような言語使用」を目指して苦闘するその言葉を、「知的消費や感動消費」としてしか受け止められていないのではないのか。かといって、社会運動的な何かにちょっとばかり参加してみて何かをやった気になるような問題でもこれはない。

 
 繰り返し読んでいけば何か判るかもしれない。そう思って幾度も頁をめくり戻りつするうちに、内省を拒絶しようとして大澤さんの言葉を読んでいる自分を発見するようになる。内省は確かに大事ですね、その理由を突き詰められたら、結局「大澤さんが言っているから」というくらいにしか答えられない自分を発見する。


 なんだその矛盾は、と思われるだろう。その通りだ。何せ他ならぬ僕自身がそう思ったのだから。

 
 以前の僕なら、ここで開き直るか、とってつけたような自戒めいた言葉でお茶を濁すかしただろう。今回は、いっぺんじっくり立ち止まろうと決めた。こういう態度で臨むことが出来たのは明らかに若松英輔さんのお話をこの間何度か伺ってきた影響であるだろう。
 
 
 立ち止まっているさなかにも折に触れ読みなおし、あるいはしばらく放っておこうと机の片隅に追いやってみたりもした。そうしたなかでも普通に会社で働きメシを食い、多少酒を飲んだりしながら寝る、その日常生活にとくだんの変化は表面上はない。

 
 何かが深化しているのか、それとも何かが蝕んでいるのか。そして、「受肉」とは何か……そのことについては別に記そう。
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by todoroki-tetsu | 2013-03-15 21:38 | 批評系 | Comments(0)

寺めぐりなど

 京都に行く時にはほぼ必ずといっていいほど龍安寺の石庭に立ち寄っていた。見るたんびに違ったような、しかし同じような心持がして何とも言えない。が、最近はサボることがしばしば。喫茶店めぐりに時間を取るようになったということもある。今回もまたサボった。

  
 何の下調べもしちゃあいないし、紅葉には早すぎるのだとも行ってから気づいたような次第だが、まあ、特別拝観シーズンでもあるようだからと久々にお寺さんなどをまわってみる。

 
 久々に天龍寺に行ってみようと最寄り駅からとぼとぼ歩く。途中こじゃれた古本屋さんなどを見かけるとつい覗きこんでしまう。職業なんだか趣味なんだか判らない。紅葉前とはいえ休日のせいかえらい人手。天龍寺には入る気が急に失せ、塔頭であるところの弘源寺と宝厳院にのみ立ち寄ることにする。

 
 維新の折の刀傷。それそのものはどうでもいいが、寺というのはそういう場所であったのだということはどことなく面白い。何らかの決起、その際に集う場所。単に京都に寺が多いということでは説明できなさそうな気がする。場、ということ。

 
 基本的には枯山水を無性に好む。しかし、そもそも久々に天龍寺へと思い立ったのは池を見るのもよいだろうな、という気分になったからであった。宝厳院・獅子吼の庭はじゅうぶんその気分を満たしてくれる。排された巨岩、おもしろくつくられた水流、一面の苔を見つつ、何を思ってこのような配置をしたのかと考えてみるが、結論はない。


 市中に入ってからひと息をつく。必ず行く喫茶店のいくつかをはしごしたのち、これまた必ず足を運ぶ一乗寺は恵文社さんへ。なぜか単行本で買い漏らしていた、茨木のり子さんの『寸志』を求める。「この失敗にもかかわらず」は、やはり詩集らしい質感で読みたいと思ったのだった。

 
 とっぷりと夜は更けている。ちょっと調べてみると曼殊院はそうそうに夜間拝観をやっているそうな。歩いて歩けぬ距離でもなかろう。カロリー消費のためだと思ってあるきはじめたはいいが、坂を登っていく段になって急に後悔してしまう。汗みずくになってひっそりとたたずむ門跡にようようたどり着く。

 
 随分前に一度だけ来たような心持もする、よく覚えていない。さすがに門跡、天皇と縁もゆかりも深いゆえか、色んなところに由緒を感ずる。ライトアップされた枯山水を眺めるというのはいかにも現代的であって、さて、往時の人がそのような楽しみ方をしたのかは知らない。楽しんで見たのか、何らかの修業的な意味合いもあって表されたのであろう世界観をありがたいと思って見たのか。いずれにせよ、美しい。芯に沁み入ってくるような冷たさは、さっきかいた汗が冷えたからだけでもあるまい。開け放された板張りの廊下にたたずみ、山からひたひたと迫ってくる冷気。無音だが、音が聞こえてくるような冷たさ。


 我に返って立ちあがる。日々の手入れがあって今があるわけで、そっくり昔日のままというわけではあるまい。が、何かが伝わっている、遺されている、生き延びている。そう感じる。生きながらえさせたのは何であっただろう、とふと思う。天皇家か時の権力か。生き延びている何ものかは確かにある。しかし、それは何ものかをして生かさんと思わしめる、そういうものではなかったか。同じことを逆から言えば、それを生かそうと思う人がいたからこそではないか。美しさを感じるというのは、そういうことなのではあるまいか。ただ、眺める。触れる。そこからつかみ、つかまれる何ものか。

 
 さすがに帰りはタクシーに頼ることにした。出町柳まで走ってもらう。一番最初、意識して学生時代に京都に来た時には、故あって深夜この界隈から清水寺あたりまで歩き、戻ってきたことがある。もう20年近く前の話だ。その時の記憶のせいかどうか、とにかくこの鴨川沿いというのは好きな場所なのだ。


 一夜明けてさあ、どうしようと考える。高田渡信者としてはベタであれ何であれ、イノダの本店は欠かせない。一日のプランをどうしよう、とまずは早くからあいていそうな六波羅蜜寺へと向かってみる。ここもはじめてのところ。


 地下鉄に乗っている道中、昨日いずれかのお寺でもらってきた「正しい坐禅の組み方」なるパンフを読む。「坐禅をする時、目は開いています」とあるのが面白い。「菩薩の半眼」というのだそうだ。「目を閉じると消極的になり、余計な妄想がわいてきますので、閉じないで下さい」。なるほどそういうものかと妙に納得してしまう。


 六波羅蜜寺に向かったのは、早くからあいているというだけでなく、辰年にしか見られないというご本尊が拝めるとガイドブックに書いてあったから。あまり仏像には興味があるほうじゃない。物珍しさのほうが勝る。しかし、いざお参りをしてみると、何とも言えぬ表情がある。作った人は何を思ってこのような表情を形にしたのだろう。思ってやれることなのか、何かに突き動かされたか。それはそれでたいへんに興味深いけれども、それをまた拝んだ無数の人々が今までにあった。単にありがたいからか。たまにしか見られぬからか。そういうこともあるだろう。しかし、そうでないこともありはしないか。いかなる動機からであれ、その前にたたずむことで、ほんの一瞬であったとしても、何か背筋が伸びるような、心の底から自然に頭を下げ手をあわせる、そういう出会い。作り手の出会いであるだけでなく、今までにこの場で手をあわせてきた無数の人々との、出会い。


 続いて向かったのは泉涌寺。東福寺だけにしようかどうしようか駅を降りて迷うものの、ええい、ここまで来たんだとやや遠い方の泉涌寺から先にする。二度目だが、以前の記憶というのはすっかり忘れているもので、昨晩に続きふうふうと山道を登っていく。まあ、覚えていたら止めていたかも知れないので結果よしだ。


 まったく意識していないかった。ここもまた天皇家にゆかりある寺であった。仏教と天皇。宗教と権力。まあ、そういうものだろう。由緒正しいと誰が決めるのか知らぬが、そうして遺されてきた貴重なものは確かにある。しかし、と思う。やはり、偉い人だけがそれをあがめたてまつった、それだけのことであれば、何百年、下手すりゃ千年の単位で遺りはしない。そこに価値を、惹かれるものを、大切だと思わせるものを、感じ取ることのできる生身の人間が居続けたのだ。


 「千年に一度の出来ごとには、千年を超える思想だ」。そう大澤信亮さんの声が聞こえてくる(「出日本記」。「群像」2012年5月号)。ならば、千年を超える思想――それは庭や仏像や書や画や言葉によってあらわされる――、そうしたものがたかだか数十年、よくもって百年程度の生身の人間に宿るということ、これは不思議という他はない。なるほど宿るのは千年に一人の人間かもしれない。けれど、その思想を、数十年の寿命しか持ち合わせていない人間たちが、何世代にもわたって紡いできたのだ。その力は何か。また、その力を認知できるというのはどういうことか。


 たとえその認知が誤解であったとしても、それによって生き延びる/生き延びさせることが出来たなら、それは少なくとも偽物ではない。若松英輔さんがしばしば強調する「誤読」とはそうしたものだと、勝手に感じて納得している。


 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-16 22:04 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十四)

 「僕らはだまされている。そして共産主義者たちがだまさせている。これが僕個人のいつわらぬ感じです」と記した校長は、「なぜ」という問いを具体例をいくつもあげて問うていく。共産党、あるいは共産主義者に対する疑問。怒りもあるかもしれない。どれひとつとってもまっとうなことだ。だが、この執拗さは何によって生ずるのだろうか。


 新人会に拒絶され、さびしい思いを抱き、しかしながら子どもたちの前青春期を守ろうと軍人教官とやりあい、妻の坐りだこを慈しみ、わずか五勺の酒にクダをまきつつ、子どもの、あるいは未来への、未練を認める。手紙を誰にあてたかは知らない。共産党員か、それに近しい人なのだろう。

 
 運動あるいは何らかの問題に具体的に関わっている人に対し、それに比較的近しいと自覚している人が、その自覚の故に厳しいことをぶつけるということは、ありふれた光景だ。ある時は突き付け、ある時は突き付けられ、そんなことに心底疲れてしまった僕には、それをありふれた光景だということだけしかもはや残されていない。


 突き付ける側に立つ時、それが悪しき「評論家」でないならば、一定の自負のもとに何かを突き付けているわけだ。自分ならこうやる、自分はこうやっている、お前のやり方はダメだ、お前は判っていない、オレハオマエノシンパナノダゾ……。もんだいはふたつある。


 ひとつは、善意であれ悪意であれ、こうした批判の中には、もちろんのことながら相当程度の正しさが含まれているということ。


 なぜ共産主義者が、むかしその運動が思想運動といわれたことがあったのを忘れたかのように、国民の思想的啓蒙の仕事を原論の稀釈にこんなにまだまかしているだろう。


 共産主義者に対して、これほどまでに手痛い、まっとうすぎるほどまっとうな批判があるか。政治か文学か、という問いのたて方がどれほど有効か知らない。けれどおそらくこうした批判に、政治では答えられぬだろうと予想はできる。政治的な正しさでは解決しない何ものかが執拗さとなって現れる、そのように思えてならぬ。何を思って中野重治はこれをえぐり出したか。批評家に任せる。ただ僕は驚嘆するだけだ。


 もうひとつのもんだいは、果たして突き付ける側は、共産党や共産主義者が存在していなかったあるいは何かを言ったりやったりしていなかった場合には、自分自身の意見を自覚していたのか。誰かが何かを言ったりやったりした時はじめて、自分の中の何かが駆動する、そんなことがありはしないか。


 僕はいつか『アカハタ』でメカケのことを読んだ。事がらは忘れたが、メカケにたいする軽蔑の気味がその文にあった。メカケを軽蔑せよ。それは軽蔑されるべきだ。しかし共産主義者よ、メカケが一人のこらず女だったこと、弱い性だったことを思い出してくれ。女でも金持ちはメカケにならなかったことを思い出してくれ。美しい、たのしい肉体、彼女らはそれ一つをつかうほか生きる手段がなかったのだ。メカケをメカケ所有者から切りはなさぬで考えてくれ。しかしメカケ持ちについてさえ考えてくれ。家とその法とが、そんなことでやっと恋を恋として変則に成り立たしたこともあったろうことを考えてくれ。


 メカケにたいして、メカケ持ちにたいして、このような見識を予め校長が持っていたか。こうも具体的になったのは『アカハタ』の一文を見てからであろうことは想像に難くない。だから共産主義者の存在は有意義だとか、そんなことを言いたいんじゃない。おそらくもっと普遍的なことだ。どっちが偉くてどっちが正しいとか、そういう次元じゃないことをイメージしている。以前にも引いたが、今一度。


 たとえば僕にとって、文章を書くことで生きると覚悟した人は、たとえ主義主張が敵対していても、その人がいなければ空間が成立しないという意味では否応なく味方でもあるわけです。そのように敵対性を回転させるものが資本のなかにある。


 大澤信亮さんの言葉だ。この言葉は「資本」あるいは「市場」を巡ってのもの。天皇制、家、あるいは民族道徳がもんだいとなる「五勺の酒」に、そのまま引き寄せるのは強引に過ぎる。けれど、何かが通じている。メカケを軽蔑した『アカハタ』と、いやそうじゃない、じっさいのところをもっとよく見てくれと切々と訴えかける校長との関係。野合でも慣れ合いでもつぶし合いでも相互無視でもない関係。物騒なことを言えば、生かしながら殺しあい、殺し合いながら生かす、そんな関係。

 
 そんな関係がもし成り立つとするならば、両者を紡ぐものは何であるか。資本なり天皇制なりはハードとしてある。しかし、執拗さはそれらによって解決することはないだろう。永遠のたたかいが繰り広げられる。それに終止符を打つプログラム――それは死者であり、それに通ずる言葉である。



 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-09 23:11 | 批評系 | Comments(0)

「『30年代原発ゼロ』決定」(毎日)から

 寝ぼけ眼の休日の朝、新聞を引っこ抜くと「『30年代原発ゼロ』決定」との見出しが一面にある(2012.9.15)。普段なら近所のコンビニに出かけて各紙をかっさらってくるとことなんだが、起き上がってから半時間ほどしても、どうにもその気力がない。

 
 まあ、休日だからのんびりいこうや、という思いがある。体もどうも疲れが取れていない。でも、ほんとうの理由はそうではない。この見出しに、「大丈夫かな?」と思った、そこに、多分原因がある。

 
 はて、原発に対して批判的・否定的である僕は、この決定を否定する理由はあまり持ち合わせていないはずだ。なのに、何かこう、一抹の不安を覚えるのはなぜであろうか。何が「大丈夫かな?」なんだろうか。

 
 こうした決定に対して取り得る態度は様々にあり得るが、まっ先に思い浮かんだ態度は、「これでは生ぬるい」というものだ。「即廃炉」という観点から、「30年代では遅すぎる。もっと早くせよ」という考え方。核燃料サイクルの継続をもって、欺瞞の匂いをかぎ取るのは十二分に妥当だと思うが、そうした態度もこのタイプに含まれるかもしれない。

 
 そこには鋭い視点があるだろう。その鋭さが、傷つける必要のない人を傷つけることのないよう、祈る。

 
 第二に想像出来る態度は、この決定を評価するもの。これを運動なり世論の結果(成果)だと考えるのは比較的多数だと思われるが、この決定以降もさらに運動を継続させるか否か、そこが分岐点になろう。時の厚生労働大臣が謝罪した後、薬害エイズを巡る運動に対して誰が何を言い、その結果どうなったのか。その総括がされたというのは僕は寡聞にして知らないが、傍目で見ていた僕には、ある一定の人々には相当な傷を残したように思われる。それは若い時期のひとつの挫折として思い起こされるようなもので果たしてあり得たのか。

 
 これで終わった、と思う人もそうでない人も、お互いが敵ではないのだと信じる。そこに敵はいない。


 ここまで考えてみて、どうやら自分の不安の正体がおぼろげながらに見えてくるのだが、もう少し先に進もう。


 第三に取り得る態度は、「野田内閣はブレているだけなんじゃないのか」というもの。声の大きな方に従っているだけで、実のところ節操はあまりないのではないか。何らかの意見を持って意思表示をしてきた人にとって見ればそれは「成果」であることは疑いようがない。けれど、何かこう、今の野田政権を見ているとのらりくらいというか場当たりというか、そういう感触がどうにも付きまとってしまう。また更に大きな声があがったら、方向が変わっていくんじゃないのか、と。そうさせないために引き続き運動を、という理屈は正しいのだが、そこはさておいて、それよりも不安なのは、「ブレることがよくない」という考え方だけが抜き出されてひとり歩きすることだ。ファシズムなんて言うのは簡単だが、無投票で政権を取ったファシストがいるか。


 そういいたくば「市民」と言っていい。「庶民」でも「大衆」でも「有象無象」でもよろしい。とにかく、そういうものとしての「自分」が、何をどこまで考えられるのか。


 第四の態度は、原発を推進するものである。安全性は大事だが、エネルギーの確保なくして産業も社会も成り立たない、とするもの。吉本隆明さんの原発に対する態度もここに含めてしまおう。これは強固なものだ。これを洗脳というのはたやすい。意固地だと切り捨てることも。でも、ほんとうに批判しきることが出来るのかどうか、僕は考えれば考えるほど自信がなくなってくる。


 原発は少なくとも「安全な実用段階」とは言えないし、未完成のまま突っ走って来てしまった、それを見直さなければならない。だから、カネがつきまとう体制や仕組みも含めて、いったんチャラにしましょう。ここまでは僕は言えそうだ。けれど、まっとうな「研究」が継続されるのは決して悪いことではないし、そう考えるとおそらく敗戦後の困難の中で――それは日常生活に付きまとう停電といったことももちろん含まれよう――「エネルギー」を渇望した、その時代の精神を批判しきれるかどうか、と自分に折り返されてくるのである。


 たとえ原子力や資本制を放棄しても言語という一神教が残るのだ。キューブリックの『2001年宇宙の旅』の「モノリス」のように、それに触れることで知性や暴力性が過剰に発達してしまうもの。言葉。人間は言葉を通して現実を変えて来た。その長い時間をかけた交配こそが資本制や原子力を生み出したのだ。
 
 つまり、資本制と原子力が厄介なのは、それが人間の本性に根ざしているからだ。ならば必要なのは、言葉の交換それ自体の中に、暴力を超える原理を見ることだ。


 大澤信亮さんの「出日本記」(「群像」2012年5月号)からの引用であるが、今ここに新たな参照項として、浅尾大輔さんの最新評論「詩人・高村光太郎の放射能」(「クラルテ」第4号)を付け加えることができる。読みながら考える僕の作業は、まだ始まったばかりだが。


 話を最初に戻そう。僕の漠然とした不安の正体がなんであるか、「大丈夫かな?」とは何に対してかということだ。

 
 ひとつには、この決定を巡って、敵ではないものどうしが争うことのないように、傷つく/傷つけられる必要のない人が傷をおうことのないように、外に向かう暴力も自分自身に向けられる暴力もないように、心の底から祈るということだ。不穏なことがおきませんように。


 「当事者」じゃないからそんなことが外から言えるのだと言われれば否定はしない。だが、それは誰もが傷つかないように祈ることと矛盾はしまい。運動と言説の場は、かえって露骨にカネが介在しない分余計に泥沼になりがちなことだけは判っている。だからこそなのだ。


 もうひとつには、これは結局回り回って自分に跳ね返って来てしまうのだけれども、「ブレる政治/ブレない政治」を巡って、あるいは原発の対する根源的な態度を巡って、自分自身にさて、どこまで確固たる視座が準備出来ているか、その不安。


 「大丈夫かな?」というのは、他ならぬ自分自身に向けての、さあこの時代と状況をどう生き延びていくつもりなのだおまえは、という問いかけであったのだ。
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by todoroki-tetsu | 2012-09-15 09:18 | 批評系 | Comments(0)

2012・8・23の各紙朝刊、別名「『運動』もしくは『問題』について」(その五)

 2012年8月23日付け「東京」も、原発に反対する人々と首相との会談を大きく扱う。


 2面「世論配慮も自説曲げず」との署名記事(関口克己さん)。「大きな音」発言から会談に到るまで、反原発連合側がいわば押してきたような、そういう印象を受ける。しかし、やはり実態としては再稼働を推進する姿勢には変わりがない、と。


 情勢認識として、おおむね妥当と思われる。ここから先は、この記事を読む者ひとりひとりが考えていかなくちゃいけない。どうすれば、姿勢を変えられるのか。


 社説は明快に説く。
 

 市民団体の側にとっては、首相との面会はゴールではなく、通過点の一つにすぎない。

 原子力規制委員会の委員長と委員と人事案の撤回を求められた首相は「最終的には国会に判断いただく」と述べた。同意人事の可否を判断するのはもちろん、首相を選ぶのも、原発政策に関する法律をつくるのも国会だ。

 脱原発を揺るぎないものにするには官邸前のエネルギーを実際の投票行動につなげる必要がある。


 要するに、「選挙に行こう」ということだ。


 さて、僕は選挙を棄権するという意味がまったく持って理解できない人間である。わずか二年の海外生活でも、まっとうな手続きをして選挙権を行使した。本年2月5日京都大学で行われたシンポジウム、「日本から見た68年5月」でも、いわゆる左翼と思われる研究者が投票行動への懐疑と、選挙に行ったことがないと発言したことには極めて違和感を覚えたくらいである。

 
 投票して何になる、という思いはある。それは判る。しかし、それと選挙に行かないのは別の問題だろう。考えなければならないとしたら、例えば以下のような言葉でしかないように思われる。2008年6月27日のシンポジウムにおける大澤信亮さんの発言(「ロスジェネ 別冊2008」、P.37)。


 編集委員を一緒にやっていて申し訳ないのですが、僕は共産党員ではないので言いますけれども、議会制のなかで共産党が議席を増やして、それが革命だというような議論には到底納得できない。そのようなレベルの「連帯」が革命に到らず自己矛盾や現実乖離で崩壊していくとすれば、それは現実の多重性や多層性を国民国家や市民社会の水準に切り詰めたことに根があると思う。逆に言えば、べつに共産党員じゃなくても、資本制のなかで普通に暮らしているだけでも、ある種の革命というか変革というか、そういうものに携わることができると思っています。


 ところで、この投票ということ、その結果における国会の議席ならびに内閣という一連の流れの強調は、同日「読売」の各所における論調の裏返しのようにも思われる。かたや投票で変えよう、と呼びかけ、かたやかつての投票の結果であるところの現在の国会・内閣の現状をもって反原発の動きを批判する。


 どちらも議会制民主主義を疑っていない、と皮肉ることは出来よう。しかし、僕はそうは思わない。直接行動も大事だし、投票も大事。あらゆる機会を活用すればよい。但し、直接行動にせよ投票・選挙にせよ、それとして独自の動きや課題があるのであって、それらに過度に呑み込まれないように気をつけよう。ただそれだけのことだ。

 
 「東京」29面では、さらに詳しく当日の状況を追う。加藤文さんの署名記事。小田マサノリさんの言葉が中心となる。

 
 「政府が子どもたちにも分かるように原発をやめると言わない限り、この抗議は決してやめない」と、最後は涙ぐんだ。東京電力福島第一原発事故で失われたものの大きさを顧みず再稼働を決めた首相を前に、悔しさがこみ上げたという。


 こうした行動を行った人々を、揶揄するような週刊誌報道には心底苛立ちを覚える。しかし同時に、書店員である僕はよく分かっている、週刊誌の見出しというものがいかに「ニーズ」に即したものであるかを。「敵」が外に在ると思っちゃあいけない、と自分に言い聞かせる。


 記事はさらに続く。

  
 「今日は直接民主主義の場所だった。今のように間接民主主義が機能していない場合は、名もなき民が主人公だということを思い出させる上で、一定の意味があったのではないか」と考えている。


 岸信介氏の「声なき声」論に対する反論の、これはひとつでありうる。この点は、批評家を中心とする文学者の皆さんの活躍を心から期待している部分である。「声なき声」は誰が発するのか、「声なき」と判断するのは誰か……。言葉のプロたちがどのように反論していくかと期待しつつ、その間読者である僕は如何なる言葉であれば納得するのか、と自問していこう。


 この記事の最後では、水曜日に行われている反貧困行動に参加する人の声が拾われている。

 「反原発の人たちのように、首相が会ってみようと思えるほど、反貧困の運動を大きく広げていかなくては」

 
 読む者に自問と課題の広がりを感じさせる、みごとな記事であった。
 
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by todoroki-tetsu | 2012-09-03 10:31 | 批評系 | Comments(0)

誰をも貫く「言葉」のありようについてのイメージ

 先週22日(金)の官邸前以来、やや強く考えていることのひとつに、誰をも貫く言葉、敵も味方も他者も自分を、全てを貫くような、そうした言葉のことがある。例えば、先週のエントリでこう記したようなもの。


 賛成か反対か、という次元を超えて、どういう気持ちか判らないけれどもおそらくは真面目な気もちでわざわざ「再稼働賛成」を言いに来た人たちも、「反対」の気持ちで集まった人たちをも、そしてもちろん自分も含めて、みんなに等しくいきわたる「言葉」



 そうした言葉が上から降り注ぐのか(垂直)、それとも同じ地平にいる者どうしの中から紡ぎだされるのか(水平)は判らない。かつて「相対的な存在が持ちうる絶対性」について考えたこともある。結論など容易に出やしないんだが、どうにもここいらあたりには僕なりに感ずるものがあるようだ。
 

 さて、そんなことと若松英輔さんのこととがあいまって、『ロスジェネ 第4号』を、ひさびさにちゃんと引っ張り出してきたりしていた。

 
 杉田俊介さんと対談している中で、ここでもやはり大澤さんの言葉を参照項として引いてみる(P.187)。


 それはまさにこの瞬間に互いが他者に成り得るかという話でもある。僕は一緒にやっていくというのは、友が敵であることを肯定できることだと思うんだよね。敵をどう友に変えるかだけではなく、自分が本当に親しいと思っていた存在が異物と化していったとしても、その光景自体を肯定し、共有できる関係があるはずです。もしかしたらそれは個人の意志の強さではなく、それを可能にさせる社会的な流通、生産、消費、そこから生じる新しい信頼なのか信仰なのか、そういうものによって可能になるのかもしれない。

 市場システムの強いところは敵を味方にするところですね。心理的に、生理的に考えたら、あるいは社会的なアングルから見たら一見敵であるはずなのに、それがいないと自分が生きていけないという意味での味方。たとえば僕にとって、文章を書くことで生きると覚悟した人は、たとえ主義主張が敵対していても、その人がいなければ空間が成立しないという意味では否応なく味方でもあるわけです。そのように敵対性を回転させるものが資本のなかにある。その強さを見ないところでオルタナティブな空間や市場を作ろうとすると、結局は、仲間内で組み合ったり、敵を排除するという発想になる。だから、この資本性の厄介さに根差したところで、その先を開くことが大事だと思うんです。それ自体もまた資本制とはべつの信仰や宗教なんだろうか。



 これに対し杉田さんは、「ああ、そうか。うん。友と出会う条件はそのまま敵と出会う条件であるのかもしれない」と応じておられる。詳しくは『ロスジェネ』そのものに譲ろう。ここにはたいせつな何かがある。

 
 賛成や反対は切実だ。でも、割り切れないもの様々にある。無限のグラデーション。そのグラデーションはそのままに、なにかこう、「みんな幸福」(ベルク店長井野さんの言葉)になることは出来ないものだろうか。そう思っている。


 ……どうも僕は「三人の世界」(前回エントリ参照)にすぐ引き寄せられるようだ。決して悪いとは思わないが、それが「一人の世界」や「二人の世界」の固有性を塗りつぶしたり無視したりしていないか、自己点検が必要だ。
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by todoroki-tetsu | 2012-06-28 07:20 | Comments(0)