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伊丹万作「戦争責任者の問題」其の九

進める前に、さかのぼる。どうしても読み返してみたくなった箇所。

いったい誰がだまして、誰がだまされたのか。「日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う」と述べたあと、ややあってこんな文章がある。


少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐに蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。

そんな状態に国民が追い込まれてしまったからだ、と万作は言う。しかし、と続けるのだが、そのあたりは「其の四」「其の五」にゆずる。追い込まれた末のだましあい。そんな状況であっても、だましもせず、だまされもせぬように生き延びていくことは出来ないか。万作が記した「自己反省」という言葉を読むとき、政治か文学かという根源的な問いに直面していることを忘れてはなるまい。


「滅びるね」ーー広田先生の言葉が残響する。




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by todoroki-tetsu | 2015-02-03 00:39 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」其の八

著名な言葉があらわれる。


「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。

だますこと(人)とだまされること(人)の区別はそうはっきりしたもんじゃない、そもそもだまされたといったからと主張したからと言って責任から逃れることはできないじゃないか。だまされることそのものが悪である。万作はこう指摘してきた。ここから万作自身のこと、具体的にはこの一文を記すきっかけとなった映画に関する記述に進むのであるが、その直前にあたるのがこのあたりとなる。


一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。

「戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが」(!)。当時この言葉がどう読まれたのか、僕は知らない。どのような考えからであれ、責任「追及」に執着していた人からはずいぶんと反発を招いたのではあるまいか。繰り返すが、この文章は1946年8月発売雑誌に公表されたものである。

脱線するが、思いつく人の生年を記してみる。


・上原專祿:1899年

・渡辺一夫:1901年

・伊丹万作:1900年

・小林秀雄:1902年

・中野重治:1902年

・高島善哉:1904年

・宮本顕治:1908年

・丸山眞男:1914年

・加藤周一:1919年

・吉本隆明:1924年


僕の中では高島善哉より上と下で受ける印象が随分と変わってくる。たまたま何かしらのきっかけで知るようになり、何かにつけ参考とする/したいと思う人を少し並べてみただけなのだけれども、「国民」のとらえ方についてしっくりくるのは高島より上の世代である。


こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であって、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。

この次に政治問題についての興味深い記述がつづくが、その前に、万作のこの言葉の意味をよく考えてみたい。だました側の責任を追求する仕事を否定しているわけではない、しかし、その前にもっと考えなければと訴えているというのがひとつ。

しかし、こういうことを言えば「声を上げなきゃ」「何かやらなきゃ」「沈黙は認めたことといっしょ」など、もろもろの言葉が返ってくるだろう。それはそれで正しい。では、どっちが正しいかという問題か? 違う。


万作はもっと別の次元を見ている。責任を追求した、その結果何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。本当に変わるということは、私たち自身が変わることではないのか。自己反省がなければ何も変わりはしないのではないのか。


万作との対話がもし可能であれば、おそらく以下の言葉とそう遠くない地平が見えてくると思われる。戦後加藤周一さんたちの前で軍歌のレコードを流した渡辺一夫の姿とも、水俣病をめぐって紡がれてきた多くの言葉とも、僕にとっては重なってくる。今朝2015年1月29日付の「朝日」の「論壇時評」から、武藤類子さんの言葉。「世界」2月号よりとあるが、孫引きで申し訳ない。


原発事故は、東電だけに責任があるわけではなく私たちにもある。でも、一億総懺悔のようにみんなが自分のせいだと思って終わりではだめなのです。自分を問いつつ、そしてやっぱり一義的に責任がある人にきちんと責任をとらせなければ、また同じことが繰り返される


万作のいう自己反省と、武藤さんがここで言っている「一億総懺悔」が、まったく異なるものであることは言うまでもない。自己の反省がそのまま国民としての反省につながるような、そういうスケールで考え抜かなくてはならない。





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by todoroki-tetsu | 2015-01-29 20:00 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」其の七

だまされるということも一つの罪だ、と述べたのち、万作は別の角度からこの問題を見据える。


(略)いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
この単純素朴な一文に込められた意味は重く、豊かだ。どっちがか悪いということではない、かといって開き直りとは無縁。脊椎反射のような、威勢はよいが品と意味のない言葉の応酬を見つめなおすには格好の文章だ。

そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に事故の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

ここで日本の封建制云々という話が少しつづられる。かかる感覚はこの時代の知識人のある程度の層には共有されていたものと思われる。そこにある種の、そして何度目かの見直しやゆりもどしが来ているのが現代であるだろう。「近代の超克」が何を準備したのか、あるいはしなかったのか。もうじき上梓されるという若松英輔さんと中島岳志さんの対談本の仮タイトルが『現代の超克』(ミシマ社)となっているというのは実に示唆に富む。結果このタイトルに決するかどうかはさしたる問題ではない。言葉の上っ面ではないところでどこかで何かがつながっている。いや、引き受けるという言葉のほうがしっくりくるか。


さて、問題はそうした感覚を有したその先にどこに向かうか、である。丸山眞男なら? 渡辺一夫なら? 高島善哉なら? そして上原專祿は? みなそれぞれであり、簡単に論ぜられるものではないけれども、万作の向かうところはやはり文学的な印象を与える。それは渡辺一夫や上原專祿に感ずるものに近い。


万作は先に挙げた文章を引き継ぎ、「(日本)国民の奴隷根性」という厳しい言葉を用いた上でこう述べる。

それは少なくとも個人の尊厳の冒瀆、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

渡辺や上原の本を引っ張り出せば、おそらく比較の真似事はできよう。が、すでに若松英輔さんの連続講座で少しの訓練を経験したおかげで、それで何かを知った気になるのはまったく意味もないことだと判る。ここで何よりかみしめなければならないのは、個人の尊厳、自我と人間性が分かちがたく結びついているということ。人間性へのゆるぎない信頼と、それを裏切ってしまう不忠もまた存在するのだという冷徹なまなざし。しかしだからこそ信頼に依拠しようという決意。その信頼は、あくまで個としての人間ひとりひとりへのものであるが、それゆえに普遍的な人間性へも連なるものであるということ。人間性を「叡智」と置き換えてよい。



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by todoroki-tetsu | 2014-07-23 00:34 | 批評系 | Comments(0)

感想、あるいは「戦争責任者の問題」読書異曲

 先日、ある講演を聞く機会に恵まれた。諸般の事情で参加することになったのだが、自分からはけっして出向くことはあるまいというものであっただけに、非常に興味深いものであった。

 
 「保守」なのか「右翼」なのか「タカ派」なのか、僕にはわからない。日本の「誇り」を取り戻す、というのがその講演の趣旨であった。例えば、従軍慰安婦問題はねつ造であるという。河野談話が諸悪の根源であるという。その是非や真偽を僕は云々したいわけではない。僕はただ、そこで話を聞いている僕自身が何を感じていたのか、何に触れていたのか、を探ってみたいだけである。


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 話は多岐にわたり、率直にってなかなか話術もあって興味深いものであった。首相の靖国参拝は他国から言われる筋合いのものではない、という話も出たが、その一方で「あのタイミングは適切ではなかった」という指摘もあわせてなされ、ははあ、なるほどと思わせるようなところも多分にあったのである。


 聴衆は、シンパ的な皆さんがほとんどであったろう。小中学生らしきお子さんを連れた親御さんもおられたし、年配の方も熱心にうなずいておられるなど、なかなかの熱気であった。アウェー感を十二分に僕は感じつつ、しかしこれはやはり貴重な体験であるなと思ったのだった。

 
――講演者のような意見に批判的な人々に対して、「こうした場に来たことがあるか」と問うてみたい自分を、僕は真っ先に発見する。それはアウェーでの居心地の悪さを自ら糊塗してのことであったろう。自分を正当化するには他者をこき下ろせばよい。こき下ろす他者は目の前ではなく遠くのどこかにいる誰かで十分だ。お前たちは遠くでハナから人の話も聞かないで批判していればよい。揶揄して何か言った気になってろよ。それを聞こうとする人間の気持ちがどこにあるのかまるで知ろうとせずに。そんな風に勝手に心の中で敵をこしらえていた。


 話は進む。歴史や外国や、近い隣国の話へとあちこちへ行く。博識な方らしい。メモはあまり取っていない。


――だいたいこういう時、僕はかなりのメモを取る人間だ。悪筆だがかなりの再現精度はあると自負している。睡眠防止もある。書きながら考えるというのもある。が、ある時期からメモは最小限にとどめ、言葉が仲介する時間と空間そのものに身をゆだねるようになってきた。これは明らかに若松英輔さんの講演会に連続して参加させて頂いた体験によるものだ。聞くということ、あるいは読むということ。その行為への認識が自分の中で変化していることがわかる。だからこそ、主義主張の是非や真偽ではなく、言葉を前にする自分自身を見つめたいと思ったのだ。


――そう思うと、さっき抱いた一方的な他者批判、そんなものはどうでもよくなってくる。それが問題なんじゃない。お前自身は今何をどう感じているのだ。お前の考えやものの見方とはまるっきり違う意見を今聞いているのだろう? それに向き合ってみろよ。


――さて、そうなってくると実に僕は浅い知識しか持ち合わせていないことに驚く。これじゃあ気分的なものじゃないか。その気分にあう人はいいが、合わなければそれでおしまいだ。しっかり勉強して「事実」を知る、知れば変わるだろう。そんな風にはもはや思えない。「事実」はいくらでも積み重ねてこられたはずだ。それは右であろうが左であろうが関係ない。「事実」を知れば変わる。違う。そんな生易しいもんじゃないはずだ。


――見たいものしか見ない。聞きたいことしか聞かない。そういって自分と違う意見の相手を批判するのは簡単だ。だが、そういう自分自身が、見たいものしか見ず、聞きたいことしか聞いてこなかったのではないのか。そんな地平でいくら「事実」合戦をしたところで何の意味があろう。


 壇上では「ストーリー」ということが話される。ひとつひとつのニュースをつなげてみる力が大事だという。なるほどその通りだ。昨今の従軍慰安婦像をめぐる流れ、隣国のこと、河野談話、それらが見事につなげられた「ストーリー」が展開された。


――「事実」では足りない。だとすれば、反論したいなら「ストーリー」で対峙せよ。うん、この考え方は悪くない。わかりやすく現状を解説してくれる「ストーリー」は魅力的だ。ならば、それに対抗するような魅力的な「ストーリー」を作り出せばよい。しかし、それは今までも多くの人がやってきたはずだ。それが今もろくも崩れ去ったかのように見える。いや、それは正しくない。それらの「ストーリー」の生命力は今なお失われてはいない。主題は変奏され、再びよみがえるだろう。


――だとするならば、結局は「時代のせい」か。今はこうした意見が優勢だが、いつかは変わるだろう。でも、何をきっかけに? どうやって? 「あらゆる身近な人々」がお互いに圧迫しあっていたのは数十年前のこの国で起きていたことではなかったか。「『だまされていた』といつて平気でいられる国民」(!)という伊丹万作の言葉が突き刺さる。
 

――でも、万作の言葉でもっと重要なのは、ここだ。「……まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。/こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であって、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである」(「戦争責任者の問題」)。


――「ストーリー」を求めているのは誰か? 言いたいことをいくら言おうが、自分たちがいくら満足していようが、時間やカネを支払おうとする他者の存在を抜きにして何を考えることができようか。書店員としては、いかに「ストーリー」を売れるようにしていくかが大事であるが、それは今は措こう。僕はいかなる「ストーリー」を求めているのか。それを求める自分への折り返しとともに見つめること。


――なんとかうまくみんなでやっていく方法はないか。お互いに傷つけたり傷つけられたりしてもなお、それでもみんなでどうにかこうにかいいところもダメなところも引き受けながらやっていく術は。それは例えば、中野重治さんの「五勺の酒」と大澤信亮さんの「左翼はなぜ間違っているのか」と井上ひさしさんの「ムサシ」から、引き出せたりはしないか。それは評論家の仕事であってもいいが、任せっぱなしにして安心していい話ではない。読者の責任、「ストーリー」を求める者の「自己反省」である。
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by todoroki-tetsu | 2014-03-05 17:20 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」其の六

 「だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人」を批判したあと、さらにこう記される。


 私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
 だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からもくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持っている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまたひとつの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。

 ここでもまた、伊丹万作は言葉の人だと痛感する。「不明を謝す」という言葉を知っているか知らないかという次元ではなく、その言葉に込められた何ものかをつかんでいる。言葉を正しく用いる、いや、用いられるということ。言葉は他者から、いや死者から、やってくる。死者なくして私たちの生はない。ならば、言葉に正しく向き合うことそのものに、私たちの死と生のすべてがあるとは言えないか。

 伊丹万作が「知識の不足」ではなく「意志の薄弱」に、力点を置いていることは明白である。これは後にさらにはっきり記されるのだが、「知識の不足」には言い訳の余地がありそうだが、「意志の薄弱」には逃げ道がない。要するに、手前の了見しだいじゃねぇかってことだ。

 謙虚さ、あるいは内省。静かな怒りとでもいうべきものが、感ぜられるようだ。
 



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by todoroki-tetsu | 2014-02-05 21:58 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」其の五

 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。
 
 この一節を引いてからしばらく経つ。すべては進行する。伊丹万作は揺るがない。現在を語ろうとする凡百の論評は色あせる。楔を打ち込むような言葉を発することなど僕にはできやしない。しかし、楔を打ち込むかのように「読む」ことは出来ないか。むしろそのほうが難しいかもしれない。けれど。

 
 そんなことを思いながら再び頁をめくる。万作が次に導入する視点は、子どもである。

 そこで私は、試みに諸君に聞いてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。
(中略)いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。
 もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。 

 万作が子どもたちに示した限りない愛情。例えば、伊丹十三記念館では、軍国少年むけのカルタを万作がすべて芭蕉の俳句に置き換え、丁寧に絵まで描き添えたものを見ることができる。我が子への思いと次世代の担い手への思いがストレートに繋がっていたに違いない。「良心」「厳粛」ともに、言葉が正しく使われていると感じる。

 
 これでは責任の範囲を広げ過ぎてやしないか。そういう疑問が起きるだろうことをじゅうぶんに想定して筆を進める。数の多寡は実は問題ではないのだ。

 
 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。

 
 この言葉が、自身の内省から出てきていることは読み進めるとさらに判って来る。伊丹万作をしてこの言葉をいわしめたなにものか。そこにどうやったらたどりつけるのか。
 
 

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by todoroki-tetsu | 2014-01-16 23:31 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」其の四

 戦争のあいだ、だれが我々を圧迫し続けたか、と伊丹は問う。それは「我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつた」。つづけてさらに言う、「これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである」。


 中野重治「五勺の酒」が蘇ってくる。しかし、書きつけておきたいのは次の一節だ。
 

 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。

 2013年12月6日の夜に、ここまでは記しておく。
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by todoroki-tetsu | 2013-12-06 23:56 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」其の三

だましたりだまされたりする日本人全体。その様相を掘り下げていく過程で、服装について触れられる個所がある。万作自身は病身でもあり、あまり出歩くことはなかったようだが、戦闘帽なるものをかぶらずに外出すると「国賊」かのように見られた、という。


 その本意は「我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々」が「我々を圧迫しつづけた」、その事実と意味を剔出するにある。そこはのちにふれよう。いま興味深いのは服装について万作自身の考えが述べられる個所。戦闘帽の例を出したそのあと。

 
 もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもついて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、かれらは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をしてみせることによつて、自分の立場の保鞏(ほきょう)につとめていたのであろう。
 
 服装の、これほど明確な定義を僕は知らない。しかし、定義があらかじめ伊丹の中にあったというような感じはしない。むしろ、眉を逆立てる様子から遡ってこの定義にたどり着いた、と思える。十三さん幼少の日記へ万作がしるしたコメントが記念館にはある。そこでは注意深く観察することの大事さを簡潔に説いていた。その注意深さが、どうやらここでも発揮されているようなのだ。

 アラン、あるいはヴェイユに通ずるような眼差しがここにありはしないだろうか。アランには、ヴェイユには、万作にはなれなくとも、しかし注意深さは、日々の自省によって鍛えることが出来る。




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by todoroki-tetsu | 2013-11-15 00:36 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」其の二

 伊丹万作の思考は、身近なところから少しずつ、しかし着実に深化していく。だまされたとは言うが、だましたと言う人はいない。誰にだまされたかと聞けば、民は軍や官からといい、軍や官はさらに上からだという。しかし、だ。

 
 すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。

 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互いにだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
 
 ここで僕は上原專祿を想起する衝動に迫られる。『世界史における現代のアジア』に収録された「世界史的自覚に生きる」、その中のセクション「日本人の思想の二重性について」。「著作集」13巻、P.243による。

  
 そして日本人は、この社会、あの社会というように幾重にも区別してものを考える。だから非常に合理的で理知的なような発言をある社会でしている人が、家庭に入ると甚だ非合理的、非理知的な考え方をする。

(略)しかし、自己と日本の全体と世界の全体とを統一的に認識する方法、それを一緒にして生きる生き方というものが身につけば、思想の二重性や、内側の倫理と外側の倫理との使い分けや、酔っぱらって、やっと鬱憤を晴らすような変に弱い心情が克服されるのではないかと思う。
 
 これを上原は世界史的見方あるいは世界史的自覚という。1960年の講演であるが、萌芽はもっと以前にある。宗像誠也との対話『日本人の創造』の時点ではどんなに遅くともあったはずだと思うが、そこは学者に譲る。

  
 かたやだました/だまされた、かたや二重性。一見違うように見えるかもしれないが、「主体性」あるいは「自覚」、もしくは「内省」や「省察」といった言葉を用いてみればどうだろう。伊丹と上原は同じものを見てやしないか。


 年譜的に一年違いの伊丹と上原は旧制松山中学校でほぼ同じ時期を過ごしていたが、ことさらにそれが何かの影響を両者に及ぼしたのかどうかも知らぬ。ただ尽きせぬ興味をそこに一方的に見出すだけだ。生誕110年をこす人物が遺した言葉に尽きせぬ興味を見出すということは、その言葉が生々しく語りかけてくるということである。


 言葉の光はますます僕を照らし出す。幻惑させるためでなく、その内奥をあぶり出すために。





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by todoroki-tetsu | 2013-11-08 23:28 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」

 再び伊丹十三記念館での展示を見、「戦争責任者の問題」全文を再読する。おそろしく断片的断続的になるだろうが、繰り返し読む作業を試みたい。こうした作業はあまり離れているとよくない。鍛錬しなければならない。


 いわゆる3・11以降、どの時期かは記憶が定かではないが、この文章に注目した人は少なからずいたように思われる。何かの大事(おおごと)に際し、あるいは「その後」に際し、この短い一文は確かに何度でも読み返すに値する輝きを有しているように思われる。その光はとりもなおさず読む者自身を鮮明にあぶり出す。手元にある「全集」第一巻で読んでいく。


 戦後、戦争責任を問う運動に名を連ねられてしまった伊丹が、その事情をつまびらかにするために記した一文である。多少の前置きをしての、本論冒頭。

 さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。

 何の気ない文章のようにも見える。初出は1946年8月である。その当時の言説がどうであったか知らぬから、安易な比較は慎もう。しかし、この素朴すぎるくらい素朴な「私の知つている範囲」から出発することじたいが、すべての光源のように思える。


 「だましたものとだまされたものとの区別」になぜまなざしをむけることが出来たのか。読み進めるうちに明らかになるのか、その前に読む者がその光に焼かれるのか。

 
 じっくりやろう。


 

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by todoroki-tetsu | 2013-11-07 23:16 | 批評系 | Comments(0)