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感想、あるいは「戦争責任者の問題」読書異曲

 先日、ある講演を聞く機会に恵まれた。諸般の事情で参加することになったのだが、自分からはけっして出向くことはあるまいというものであっただけに、非常に興味深いものであった。

 
 「保守」なのか「右翼」なのか「タカ派」なのか、僕にはわからない。日本の「誇り」を取り戻す、というのがその講演の趣旨であった。例えば、従軍慰安婦問題はねつ造であるという。河野談話が諸悪の根源であるという。その是非や真偽を僕は云々したいわけではない。僕はただ、そこで話を聞いている僕自身が何を感じていたのか、何に触れていたのか、を探ってみたいだけである。


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 話は多岐にわたり、率直にってなかなか話術もあって興味深いものであった。首相の靖国参拝は他国から言われる筋合いのものではない、という話も出たが、その一方で「あのタイミングは適切ではなかった」という指摘もあわせてなされ、ははあ、なるほどと思わせるようなところも多分にあったのである。


 聴衆は、シンパ的な皆さんがほとんどであったろう。小中学生らしきお子さんを連れた親御さんもおられたし、年配の方も熱心にうなずいておられるなど、なかなかの熱気であった。アウェー感を十二分に僕は感じつつ、しかしこれはやはり貴重な体験であるなと思ったのだった。

 
――講演者のような意見に批判的な人々に対して、「こうした場に来たことがあるか」と問うてみたい自分を、僕は真っ先に発見する。それはアウェーでの居心地の悪さを自ら糊塗してのことであったろう。自分を正当化するには他者をこき下ろせばよい。こき下ろす他者は目の前ではなく遠くのどこかにいる誰かで十分だ。お前たちは遠くでハナから人の話も聞かないで批判していればよい。揶揄して何か言った気になってろよ。それを聞こうとする人間の気持ちがどこにあるのかまるで知ろうとせずに。そんな風に勝手に心の中で敵をこしらえていた。


 話は進む。歴史や外国や、近い隣国の話へとあちこちへ行く。博識な方らしい。メモはあまり取っていない。


――だいたいこういう時、僕はかなりのメモを取る人間だ。悪筆だがかなりの再現精度はあると自負している。睡眠防止もある。書きながら考えるというのもある。が、ある時期からメモは最小限にとどめ、言葉が仲介する時間と空間そのものに身をゆだねるようになってきた。これは明らかに若松英輔さんの講演会に連続して参加させて頂いた体験によるものだ。聞くということ、あるいは読むということ。その行為への認識が自分の中で変化していることがわかる。だからこそ、主義主張の是非や真偽ではなく、言葉を前にする自分自身を見つめたいと思ったのだ。


――そう思うと、さっき抱いた一方的な他者批判、そんなものはどうでもよくなってくる。それが問題なんじゃない。お前自身は今何をどう感じているのだ。お前の考えやものの見方とはまるっきり違う意見を今聞いているのだろう? それに向き合ってみろよ。


――さて、そうなってくると実に僕は浅い知識しか持ち合わせていないことに驚く。これじゃあ気分的なものじゃないか。その気分にあう人はいいが、合わなければそれでおしまいだ。しっかり勉強して「事実」を知る、知れば変わるだろう。そんな風にはもはや思えない。「事実」はいくらでも積み重ねてこられたはずだ。それは右であろうが左であろうが関係ない。「事実」を知れば変わる。違う。そんな生易しいもんじゃないはずだ。


――見たいものしか見ない。聞きたいことしか聞かない。そういって自分と違う意見の相手を批判するのは簡単だ。だが、そういう自分自身が、見たいものしか見ず、聞きたいことしか聞いてこなかったのではないのか。そんな地平でいくら「事実」合戦をしたところで何の意味があろう。


 壇上では「ストーリー」ということが話される。ひとつひとつのニュースをつなげてみる力が大事だという。なるほどその通りだ。昨今の従軍慰安婦像をめぐる流れ、隣国のこと、河野談話、それらが見事につなげられた「ストーリー」が展開された。


――「事実」では足りない。だとすれば、反論したいなら「ストーリー」で対峙せよ。うん、この考え方は悪くない。わかりやすく現状を解説してくれる「ストーリー」は魅力的だ。ならば、それに対抗するような魅力的な「ストーリー」を作り出せばよい。しかし、それは今までも多くの人がやってきたはずだ。それが今もろくも崩れ去ったかのように見える。いや、それは正しくない。それらの「ストーリー」の生命力は今なお失われてはいない。主題は変奏され、再びよみがえるだろう。


――だとするならば、結局は「時代のせい」か。今はこうした意見が優勢だが、いつかは変わるだろう。でも、何をきっかけに? どうやって? 「あらゆる身近な人々」がお互いに圧迫しあっていたのは数十年前のこの国で起きていたことではなかったか。「『だまされていた』といつて平気でいられる国民」(!)という伊丹万作の言葉が突き刺さる。
 

――でも、万作の言葉でもっと重要なのは、ここだ。「……まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。/こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であって、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである」(「戦争責任者の問題」)。


――「ストーリー」を求めているのは誰か? 言いたいことをいくら言おうが、自分たちがいくら満足していようが、時間やカネを支払おうとする他者の存在を抜きにして何を考えることができようか。書店員としては、いかに「ストーリー」を売れるようにしていくかが大事であるが、それは今は措こう。僕はいかなる「ストーリー」を求めているのか。それを求める自分への折り返しとともに見つめること。


――なんとかうまくみんなでやっていく方法はないか。お互いに傷つけたり傷つけられたりしてもなお、それでもみんなでどうにかこうにかいいところもダメなところも引き受けながらやっていく術は。それは例えば、中野重治さんの「五勺の酒」と大澤信亮さんの「左翼はなぜ間違っているのか」と井上ひさしさんの「ムサシ」から、引き出せたりはしないか。それは評論家の仕事であってもいいが、任せっぱなしにして安心していい話ではない。読者の責任、「ストーリー」を求める者の「自己反省」である。
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by todoroki-tetsu | 2014-03-05 17:20 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」其の四

 戦争のあいだ、だれが我々を圧迫し続けたか、と伊丹は問う。それは「我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつた」。つづけてさらに言う、「これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである」。


 中野重治「五勺の酒」が蘇ってくる。しかし、書きつけておきたいのは次の一節だ。
 

 しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。

 2013年12月6日の夜に、ここまでは記しておく。
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by todoroki-tetsu | 2013-12-06 23:56 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十七)

 共産党が偉いともなんとも思わない。偉い部分は確かにある。そのうちのひとつは、意固地なまでに名前を変えないことであるが、そのことは今の本題ではない。


 誰が偉いとか指導と非指導とか前衛と大衆とかマヌーバだのフラクションだの中央だの末端だの、そんなことはすべて取っ払う。どうだっていいそんなことは。ただ、ある問題に対して気づく。意見を述べる。働きかける。運動をする。理論を知っていた、蓄積があった。そんなこともどうだっていい。みんなに関わる問題がそうやって発見されたなら、別に誰がどうしたとか関係ない。権威なぞ知ったこっちゃない。


 極めて乱暴に、そんな風にいろんなものをぶち壊した上で、考える。校長が、共産党に訴えるという気持ちで思いを吐露するということを。そして、それを受け取るであろう共産党員か、それに近しい旧友のことを。


 校長のいわんとすることは、ぐうの音も出ないほど正しい。それはもとから校長自身の考えていたところもあったろうが、しかし、共産党のものいいに対して「それはおかしい」と思う、そうした思いから固まっていたものも少なからずあるだろう。共産党がこう言った、そのことで初めて自分の中で明確に形になるもの。文章を読むむころ、絵を見ること、それら全部ひっくるめて、やはり他者との出会いによってしかそのような明確化はあり得ない。

 
 ところで、そのようにして形になったものは、往々にしてそのきっかけとなったものへと向かう。「共産党が先きへ先きへと指導せぬのが悪い」。しかも、だ。校長はただ議論を弄んだのではない。学生時代の来歴から今の中学生と接しながら3人の子供を抱え、さらに3人の子供を抱える妹のことを考え、顔をいたく傷つけて帰って来た部下であり理解者である若い教師のことを思い、そして坐りだこのついた妻のことを考え、そしてわずか五勺の酒に酔うのである。校長の言葉はそのまま「訴え」であり「叫び」に他ならない。

 
 では、それに対してこの手紙を受け取った旧友は、何と答え=応えられただろうと考える。おおよそ、こうした場合に考えられる態度はいくつかの型を想定できる。第一に、政治的に論破すること。いや、そうじゃない。君の言っていることはまちがっている。実際にはこういうことだ。だからこちらが正しい。この正しさを判ってほしい。だから僕にしたがうべきだ。第二に、相手の言うことを受け入れること。君の言うとおりだ。まったくそのとおりだ。そうなるように、いっしょに頑張ろう。だから君も僕と同じ陣営に入らないか。


 しかし、第三の型がある。ただ、相手の言うことに耳を傾けることだ。うなずくことは出来るかもしれない。しかし、応答すべき何ものも持ち合わせていない、というそのことを、深くかみしめること。応答なんて出来やしないことを、ほんとうに心の底から理解すること。杉田俊介さんのいう「失語」とは、こうしたものであるまいか。


 第一や第二の型では、けっして「五勺の酒」という作品は出来やしない。失語した/させられた経験を、深く自らに刻み込まない限り、こんな作品は生まれやしない。ならば、失語なくこの作品を読むことは、ありえぬのではないか。失語の先にあるものをつかまえることが果たして出来るか。何度でも何度でも、ここに立ち返ろう。


 ……尽きせぬことばかりだが、ひとまずここで区切りとする。
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by todoroki-tetsu | 2012-11-14 22:21 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十六)

 もうほとんど終りに近づいてきた。ここで少しばかり振り返っておきたい。


 当初は運動を意識しながら読み始めたことは記しておいた。今こうした作品を生み出さなければならんのではないかということも。それについて、思い起こされる光景がある。いずれもこの間の反原発にかかわる場面だ。


 あれはたしか経産省前だった。記憶が混同されていなければ、今年の2月20日だ。夕方から夜にかけての抗議行動。色んな人がマイクを持ってアピールをされる。この時は非常にテンションが高いというか、ぶっちゃけて言えばかなり粗く強い言葉が続いていた。役人は人殺しだくらいの言葉は平気で飛び交っていた。

 
 そうした怒りは、まっとうなものだと思う。そこまで言わせるものは何なのかという思いで聞きつつ、しかし、やっぱり厳しいなと感じていた。いきおい中心に行くというよりは、少し離れて眺めるということになる。僕はテントの前あたりに立っていて、そこいらに掲示されているいろんなものを見るとはなしに見るなど、していた。


 気づくと、なんだか尋常ではない雰囲気の女性が近くに立っている。声をあげて泣きださんがばかりの様子。この方も色んな思いがあるのだろう。切ないものだ、と勝手に思っていたらいきなり声をかけられる。「あれはどういう人たちなんですか」。答えるべき何ものも持ち合わせていない僕は言葉に詰まった。


 テントでよくお見かけする方が様子を察したのか、すぐにやってきた(お名前は知らないが、よくお見かけする中年の男性の方だ。別の時には抗議行動に難癖をつけてきたよっぱらいを丁寧に対応しておられた。敬服するほかはない)。女性とのお話を始めたので、それを横で聞くのも失礼かとその場を離れた。

 
 何分くらいたったかは知らない。またテント近くに戻ってくると件の女性はいない。カンパついでに先ほどの男性にそれとなく伺ってみると、どうやらこういうことだったらしい。

 
 その女性は福島だか仙台だかのご出身で、立場や具体的なことは判らないが、霞が関で勤めておられる方なのだそうだ。やはり色んな思いがあって、意を決して仕事の後にやってきたが、かなり厳しい言葉で当局を非難している言葉を耳にし、当惑した、と。

 
 普段テントにおられるその方から見ても、やはりその日はいつになく言葉のテンションは激しい日だったようで、「僕らはとにかく言葉でお願いしていくほかはない」ということを基調にしつつ、お話を受け止め、応じられたようだった。


 こうして再現してみて、この微妙なニュアンスとでもいうべきものを記しきっている自信はない。そう間もない時にtwitterでメモしておいた以下のような言葉の方が適切だろうか。


 言葉が「敵」ではなく、味方かは判らないが少なくとも中間地帯にある人を「誤爆」する光景を目撃する。誤爆させた人をどうこういう資格はない。他ならぬ僕自身が、今まで何度となくそうしたことをしてきたのだから。しかし、切ない。 

 
 そもそもかかる言葉を発せしめたのは何であったのか。個人と個人の関係に落とし込むだけでは足りない。そうした表現をとらざるを得ない必然があったのだから。しかし、その必然が共有されない他者はどうすればいいのか。関係を一過性にしないように、と考えるのはひとつのヒントになるかもしれない


 もうひとつの光景。これはもはや具体的にどこでどう見たかは定かではない。ひょっとすると、ネットや何かでの書き込みとごっちゃになっていて、自分の中で区別がつかなくなっているかもしれない。

 
 それは、原発を推進しようという人々、再稼働に賛成しようという人々の中にたたずむ、子どもを抱いた女性の光景だ。子どもをベビーカーにのせていたのか、抱きかかえていたのか、あるはそのそれぞれであったのか、もはや判らない。しかし、その女性の表情は切実だ。ダルな感じで「サーヨークー、デーテーケー」というのとは訳が違う。


 反原発を表す言葉の中で、こうした光景は再現できなければならないと思う。そしてそう思う僕自身が、たとえ僕の力では及ぶべくもないことであっても、努力しなければならない。意図して挑発する意味での「誰かがやってくれよ」が、言葉のうわっつらとしてのみしか許容されないものとして。自分が出来ないのは判っている、ならばせめて可能性だけでも探りたい。


 ――いずれの光景も女性に関係しているというのは、おそらく僕のジェンダー観と無関係ではあるまい。坐りだこへのまなざしに共鳴するものとも連なるだろう。が、それが何だかは判らない。開き直るつもりもない。ジェンダーに関わる領域とそうでない領域が混在しているのを自認することまでしか今のところは出来ない。他者の力が必要だ――


 「五勺の酒」から、では何を引き出し得るか。「批判的な意見も柔軟に取り入れてすごいですね中野さんは」、ということではもちろんない。そんな程度であれば、僕の心は惹かれはしない。「共産党に近しいながら批判する人の思いを内在化している」。少し近づいてきた気がするが、足りない。「共産党だろうがなかろうが、まっとうな庶民感覚を描いた」。これも悪くはないが、やはり不十分だ。


  「死者をおそったそのものに君自身どう対したかしらべずには決して死者を誇るな」。この言葉を念頭に置いて、以下を読む。「出征」の「征」を「ゆく」と読ませてくれといった国語教師、すなわち校長のもっともよき理解者であるところのこの教師・梅本が戦地から帰ってくる。出征前の美男ではない。「耳は耳たぶ二つともなし、鼻は突出部がなくなってじかに孔だけあり、くちびるは歯ぐきすれすれの線まで取れたという形で帰ってきた」。


 梅本と話すのは、彼の家族以外は天下に僕ひとりだ。僕が困るのは、相手の目だけ見てでなければ話ができぬことだ。耳や口はまだいい、鼻の部分へ目をやるまいとするのは僕としてひととおりならぬ努力が要る。美男美女でないからよくはわからぬが、僕は美男美女としての彼ら二人のこと、特に細君のほうを考えてその言いようのない惨酷に目の前が暗くなる思いをする。とにかくにも惨酷だ。よし子のことを考え、考えることをよし子に気の毒と思いつつ、玉木がこんなで帰らなかったのをいいことだったとさえ思うことがよくある。そうして、死んだほうがよかったと考えるような人が日本でどれだけあるかと考えて心が落ちこみそうになることがある。それは、梅本の細君が梅本をいやになることがありはしまいかと懸念するというようなことではない。不穏当な言葉をいとわねば、梅本夫人における梅本の美しい肉体の破壊が、よし子の出版のことで玉木を悲しむなんどより、どれだけ深刻かはかり知れぬ気がすることがあるということだ。どうか共産党よ。このことを知っていてくれと叫びたくなることがあるということだ。実際ただ、天皇と天皇制とまで行かねばすべてを取りあつかう条件が出来ぬのだ。


 死者をおそったそのものが、梅本に、妹のよし子に、そして自分自身に、ひたひたと迫ってくる。その何ものかに真っ向から立ち向かうべき共産党が、ちゃんと向き合っていない。気づいているのは自分だけか。とぜねがら酒飲め。「このことを知っていてくれと叫びたくなる」。

 
 その叫びが直接天皇にではなく共産党に向かうのは、なぜか。そのような認識を校長にもたらすきっかけが共産党にあったからに他ならぬ。敵か味方か、批判か反批判かという外面の下にあるもの。上っ面ではない、共闘への欲求。傷つけながら惹かれあう何ものか。

 
 ここから、「予め自分の中にあるもの」と「他者と出会うことによって内部からうまれくるもの」との関係を引き出すことができる。これは、「運動」あるいは「問題」を考えるにあたって外せない関係だ。


 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-12 11:45 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十五)

 前回、敵対し合う関係に終止符を打つのが死者であり、それに通ずる言葉である、と記した。終止符というのは正しくないかもしれない。その関係性はうわべはたしかに終るだろうが、内実としては、ともに手を携えて別の次元に行くというのでなくてはなるまい。どうあっても他者の力は必要なのだが、生きているものどうしの一対一すなわち「二人の次元」のみならず、実はすでにそこに三人目の他者=死者の存在が、ありはしないか。

 
 一般的に言って、人の死なない日は一日たりとてない。同時に、人の生まれない日も。毎日どこかで誰かが死に、誰かが生まれる。そんなものだと斜に構える前にやはり感じなくてはならないのは、あの時あっという間に、あるいはあの時から苦しい時間を経て、命を落とした方がおられるということ。あの時から継続している苦しさになお、さらされている人が少なからずおられるということ。そして生き延びることが出来た方々も、間近で失われた命を見てこられたのだということ。そういうことを前に、何かが僕に言えるなんていうのは驕り以外の何ものでもない。「五勺の酒」いうところを聞こう。

 
 何よりもあれを止めてくれ。圧迫されたとか。拷問されたとか。虐殺されたとか。それはほんとうだ。僕でさえ見聞きした。しかし君自身は生きているのだことを忘れないでくれ。生きている人よ、虐殺された人をかつぐな。生きていること、生きのびられたことをよろこべよ。そうして、国民が国民的に殺され拷問されたことを忘れぬでくれ。このことを考えてみてくれ。たくさんのわる気のない青年が、こちらから拷問し、暴行し、虐殺しさえしたのだということを。彼らのあるものは、この辺でもあった、国内ででさえ、工場近くの村むすめたちに集団的に暴行したのだ。暴行される域を越えて、自分から暴行するところまで追われ暴行されたのだ。いま生きて、君らの話を演壇の下から聞いている青年ら、彼らは、殺されなかったということそれ一つでいま生きてるのだ。たくさんの人が殺されるのを見てきた。たくさんの仲間の死骸を捨ててきた。場合いかんでは殺しさえして生きのびてきたのだ。そのことを知り、しかも彼らには、彼らを正しく支える精神の柱が与えられていなかったのだことをよく知ってくれ。死者をおそったそのものに君自身どう対したかをしらべずには決して死者を誇るな。


 戦争、それにともなう圧迫や弾圧。それらからの解放。そうした文脈と2011年3月から顕在化したもろもろのもんだいを、安易に結びつけることは無意味だ。けれど、死者にたいする態度は、十二分に学ぶことができる。

 
 命を失った人は、身近な人には何かしら語りかけるような、そんなことがあるかもしれない。そうした臨在はあるだろう。僕は直接よく見知った人を失ってはいない。そんな時に、どういう態度をとるべきか。


 「死者をおそったそのものに君自身どう対したかしらべずには決して死者を誇るな」。


 地震や津波に、どう対したかと言われると答えに窮する。けれど、万が一そうしたことが起きた時のために、予めの準備をしていたか。個人としての備えを言うのではない。社会としての備え。地震や津波だけが死者を襲ったのでは、おそらくはない。そして起きた後にどのような対応が社会として、政治として為し得たか、あるいは為し得なかったか。そして、原発事故とその対応……。

 
 そうしたことを、自分なりに引き付ける努力をまったくしなかったわけじゃない。しかし、根本的に欠けていたのは、それらを「死者をおそったそのもの」として捉えること、そして自分自身が「どう対したか」をしらべる姿勢だ。ここを棚あげしてしまってただの懺悔に終ってしまったら、何の意味もない。若松英輔さんの言われること(「死者がひらく、生者の生き方」、『死者との対話』)が、じわじわと効いてくる。

 
 が、ここは「五勺の酒」に話を戻そう。
 

 そもそもこの作品を書きながら読み始めた当初は、「運動」のド真ん中にあった中野重治が何故こうした作品を書き得たのか、こうした作品が今においてなお生み出されなければならないのではないか、そういう思いがあった。それは今も変わらない。けれど繰り返し繰り返し読むうちに、そういう気負いは自分の中で鳴りを潜めていくのが判る。自分がこの作品から何を得られるか。どこに沈黙を強いられるか。


 「死者をおそったそのものに君自身どう対したかしらべずには決して死者を誇るな」。


 この一文が自分に突き付けられる。なぜ突き付けられると感じるかを考えていくことが、中野が造形した校長の心情へ連なっていく道ではあるまいか。その道の先には中野その人がいる。中野その人の向こうには、その時代に生きていた人と死者とが、同時にいたに違いない。


 そこに触れたい。その触れた手で、いま現在をつかみなおしたいのだ。



 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-11 21:29 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十四)

 「僕らはだまされている。そして共産主義者たちがだまさせている。これが僕個人のいつわらぬ感じです」と記した校長は、「なぜ」という問いを具体例をいくつもあげて問うていく。共産党、あるいは共産主義者に対する疑問。怒りもあるかもしれない。どれひとつとってもまっとうなことだ。だが、この執拗さは何によって生ずるのだろうか。


 新人会に拒絶され、さびしい思いを抱き、しかしながら子どもたちの前青春期を守ろうと軍人教官とやりあい、妻の坐りだこを慈しみ、わずか五勺の酒にクダをまきつつ、子どもの、あるいは未来への、未練を認める。手紙を誰にあてたかは知らない。共産党員か、それに近しい人なのだろう。

 
 運動あるいは何らかの問題に具体的に関わっている人に対し、それに比較的近しいと自覚している人が、その自覚の故に厳しいことをぶつけるということは、ありふれた光景だ。ある時は突き付け、ある時は突き付けられ、そんなことに心底疲れてしまった僕には、それをありふれた光景だということだけしかもはや残されていない。


 突き付ける側に立つ時、それが悪しき「評論家」でないならば、一定の自負のもとに何かを突き付けているわけだ。自分ならこうやる、自分はこうやっている、お前のやり方はダメだ、お前は判っていない、オレハオマエノシンパナノダゾ……。もんだいはふたつある。


 ひとつは、善意であれ悪意であれ、こうした批判の中には、もちろんのことながら相当程度の正しさが含まれているということ。


 なぜ共産主義者が、むかしその運動が思想運動といわれたことがあったのを忘れたかのように、国民の思想的啓蒙の仕事を原論の稀釈にこんなにまだまかしているだろう。


 共産主義者に対して、これほどまでに手痛い、まっとうすぎるほどまっとうな批判があるか。政治か文学か、という問いのたて方がどれほど有効か知らない。けれどおそらくこうした批判に、政治では答えられぬだろうと予想はできる。政治的な正しさでは解決しない何ものかが執拗さとなって現れる、そのように思えてならぬ。何を思って中野重治はこれをえぐり出したか。批評家に任せる。ただ僕は驚嘆するだけだ。


 もうひとつのもんだいは、果たして突き付ける側は、共産党や共産主義者が存在していなかったあるいは何かを言ったりやったりしていなかった場合には、自分自身の意見を自覚していたのか。誰かが何かを言ったりやったりした時はじめて、自分の中の何かが駆動する、そんなことがありはしないか。


 僕はいつか『アカハタ』でメカケのことを読んだ。事がらは忘れたが、メカケにたいする軽蔑の気味がその文にあった。メカケを軽蔑せよ。それは軽蔑されるべきだ。しかし共産主義者よ、メカケが一人のこらず女だったこと、弱い性だったことを思い出してくれ。女でも金持ちはメカケにならなかったことを思い出してくれ。美しい、たのしい肉体、彼女らはそれ一つをつかうほか生きる手段がなかったのだ。メカケをメカケ所有者から切りはなさぬで考えてくれ。しかしメカケ持ちについてさえ考えてくれ。家とその法とが、そんなことでやっと恋を恋として変則に成り立たしたこともあったろうことを考えてくれ。


 メカケにたいして、メカケ持ちにたいして、このような見識を予め校長が持っていたか。こうも具体的になったのは『アカハタ』の一文を見てからであろうことは想像に難くない。だから共産主義者の存在は有意義だとか、そんなことを言いたいんじゃない。おそらくもっと普遍的なことだ。どっちが偉くてどっちが正しいとか、そういう次元じゃないことをイメージしている。以前にも引いたが、今一度。


 たとえば僕にとって、文章を書くことで生きると覚悟した人は、たとえ主義主張が敵対していても、その人がいなければ空間が成立しないという意味では否応なく味方でもあるわけです。そのように敵対性を回転させるものが資本のなかにある。


 大澤信亮さんの言葉だ。この言葉は「資本」あるいは「市場」を巡ってのもの。天皇制、家、あるいは民族道徳がもんだいとなる「五勺の酒」に、そのまま引き寄せるのは強引に過ぎる。けれど、何かが通じている。メカケを軽蔑した『アカハタ』と、いやそうじゃない、じっさいのところをもっとよく見てくれと切々と訴えかける校長との関係。野合でも慣れ合いでもつぶし合いでも相互無視でもない関係。物騒なことを言えば、生かしながら殺しあい、殺し合いながら生かす、そんな関係。

 
 そんな関係がもし成り立つとするならば、両者を紡ぐものは何であるか。資本なり天皇制なりはハードとしてある。しかし、執拗さはそれらによって解決することはないだろう。永遠のたたかいが繰り広げられる。それに終止符を打つプログラム――それは死者であり、それに通ずる言葉である。



 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-09 23:11 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十三)

 校長の「問題は共産党だ」という物言いの裏には、共産党をとっぱらっても残るものがある。そこをつかみたい。逆を言えば、残るものがなきゃその物言いはダメだということにもなる。だが。


 去年の八月十五日僕はぼんぼんといって泣いた。あのとき泣いたもののうちいちばん泣いた一人が僕だろう。僕はかずかずの犯した罪が洗われて行く気がして泣けたのだ。あのとき僕は決してだまされたとは思わなかった。しかしあれからあと、毎日のようにだまされているという感じで生きてきた。元旦詔勅はわけても惨酷だった。僕らはだまされている。そして共産主義者たちがだまさせている。これが僕個人のいつわらぬ感じです。


 さすがにこれは言い過ぎ/言われ過ぎの感がする。もちろん、当時の様々な言説を調べているわけではない。そこは専門家に任せる。しかし、単純に考えて、共産主義者に非はないとはいわないが、総体として力を有していたのは誰だったのか、そこを問わずして何故共産主義者が非難されねばならないか。


 ここでもまた、共産主義者を現在活発に活動している特定個人や運動体に置き換えてみようか。政治なり社会なりに何らかの問題がある。それに対して「否」と声をあげる。上げ方にもやり方にもいろいろとあるだろう。けれど、問題の主たる責任は現行の体制を推進してきた側にあるのであって、「否」と声をあげた側ではない。にも関わらず非難の声は、しばしば「否」と声をあげた者に向かう。それは例えば「寝た子をおこすな」という変化にたいする忌避であり、「そんなやり方ではだめだ」という評論もしくは否定によって自己の存在を知らしめるような精神構造として顕在化する。

 
 ――中島みゆきさんの「世情」が流れ出す。

 
 さらに難しいのは、「否」と声をあげた者には主たる責任はもちろんないわけだが、問題と状況によっては、やはり何らかの責任を背負っているという自覚にたどり着くことがしばしばである(例:「チッソは私であった」)。これは自らの主体性を突き詰め、また失われた何ものか――多くの場合には死者であろう――と向き合う時に出てくる自覚といえよう。濃淡はあれ、こうした自分自身への問いがなければ、やはり言葉は浮いてしまうだろう。「否」と声をあげた者への非難には、時としてまっとうな批判=批評が含まれるのである。


 おそらくどこまでいっても、こうした構図は変わらない。危険だが、吉本さんの講演「喩としての聖書」を手がかりに、参照項として下記をあげておかねばなるまい。
 

 そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって言った、「ああ、神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ、十字架からおりてきて自分を救え」。祭司長たちも同じように、律法学者たちと一緒になって、かわるがわる嘲弄して言った、「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。イスラエルの王キリスト、いま十字架からおりてみるがよい。それを見たら信じよう」。また、一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。


 「マルコによる福音書」15章。「正しい者、聖なる者は迫害される。よって迫害される者は正しい」という構図をここから引っ張り出したいのではない。イエスの中に自分を見たければどうぞご勝手に。僕は「他人を救ったように自分を救え」と嘲弄する、通りかかった者たちの中に自分を見る。いいことを言っている奴に、「じゃあお前これはどうなんだ」と突き付けてやりたくなる気持ち。それはどうしようもなくあるものなのだ。


 そうだ。どうしようもなくあるものだからこそ、共産主義者を現在ある何ものかに置換してもすぐさま通用するのだ。共産党だ運動だという話に限ったこっちゃないのだ。そうしたことが作品として遺されていることにより、読む者は自分の気持ちを再発見し、孤独から逃れることが出来るのと同時に、問い直す契機を得る。

 
 ここからの数頁が、「五勺の酒」のヤマ場となってくる。
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by todoroki-tetsu | 2012-11-03 06:20 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十二)

 校長の頽廃に対する怒りとでもいうべきものは続いて行く。「アカハタ」の記事へのコメントがもうひとつあるけれども、飛ばして先に進む。

 
 天皇、臣問題、教育勅語、人間性、すべてこういう問題のこんな扱い方に僕は腹が立ってくる。せっかくの少年らが、古い権威を鼻であしらうことだけ覚え、彼ら自身権威となるとこへは絶対に出てこぬというのが彼らの癖になろうとしている危険、そしてこれほど永く教師をやってきたものにとってやりきれぬ失望はないのだ。このことでかさねがさね失望をなめながら、それでも新しい希望が目の前に出てくること一つでわれひとともに教師がつとまるのだ。わるいあの癖こそが頽廃なのだ。


 「彼ら自身権威となるとこへは絶対に出てこぬ」というくだりが僕にはちょっと判りにくい。が、ニュース映画について述べた部分で生徒に対して「それなら千葉の女学生に手紙を書け。先生・生徒両方へ書いて討論しろ。僕の生徒らはどうしてもそれはやらぬのだ」とある。おおよそこうした意味だと解釈しておきたい。


 さて、ここで考えたいのは共産党にたいする校長の考え方、より正確には校長が何をもっともたいせつにしようとしているか、である。もう少し読み進めてみようか。


 問題は共産党だ。共産党が問題を先きへ先きへとやってくれれば僕のようなものが助かるのだ。僕は我利我利ではない。ただ僕は教育者だ。天皇制廃止は実践道徳の問題だ。天皇を鼻であしらうような人間がふえればふえるほど、天皇制が長生きするだろうことを考えてもらいたいものだ。そんなものがもし若いもののあいだでふえたらどんなことになるだろうか。


 おそらく、2012年現在の感覚からして、当時の共産党の存在感を想像することは容易なことではないように思われる。ある程度の期待もされていたのだろうが、その一方で否定的な意見も根強くあったろう。しかし、いずれにせよ一定の存在感はあったのは確からしい。


 例えば60年前後、70年あたりまでの様々な運動や言論の中で、共産党――ある時期からはおそらく正式には日本共産党と言った方がよかろう――は、シンパであれアンチであれ、念頭にはおかれる存在ではあったようだというところまでは、感覚として何とかさかのぼることができる。単純に、親の世代で多少は親しみがあるからというだけの心もとない感覚だけれども。しかし、このあたりの年代からの漠然とした感覚と、「五勺の酒」の同時代である1946年の感覚とはまた異なる部分がだいぶんにありそうな気がする。そのあたりがごっちゃになっているかもしれないという懸念を記した上で、考えてみたい。


 共産党というのはある世代なり立場なりからすれば、非常に大きな存在として観念されるように思われる。その例を、吉本隆明さんと浅尾大輔さんの対談に見出すことが出来るだろう(「論座」2008年9月号)。僕から見れば、なんでそんな強大な存在に映ったのか、正直よく判らないでいる。そうした時期もあったのだろうが……。

 
 確かに、局面局面では様々な摩擦や軋轢はあり得る。が、そんなに声高に反対を叫ばにゃあいかんほど目障りか。そうかもしれない。けれど、そんな大した力もありゃしないじゃないか(但し、個人レベルですごい人は結構いると思う)。一致すれば一緒にやればいいし、ダメならそれまでのこと。お互いの利害が一致するかどうか。お互いに利点が見いだせたらそれでいいんじゃないのか。

 
 何かこう、反・共産党のスタンスや批判には、確かにうなずける部分もあると思うのだけれども、肝腎の共産党のほうの内実が良くも悪くも変わって来てるんじゃないのか、という気がする。「強大なパルタイ」みたいなのは幻影なんじゃないか。しかし、幻影だから滅びてよいとは思わない。共産主義を口に出来ない社会は、自由からも民主主義からも遠く離れたものだから。


 期待と裏腹の批判、というのはもちろんある。いきなり話を戻すと、校長は少し先のところでこうも述べている。


 ……共産主義者よりももっと共産党を心配している男というふうにすら自分を考え、思いこんでおかしくなることがある。そこで気づいたことが今夜その一部を書いたようなことだ。十六か十五ぐらいの少年たちが、山林何町歩、資本いくらというような面でだけ天皇を論じてそれ以上進まぬのが僕にはいちばん気にかかるのだ。今うんと伸ばさねば政府が網をうってさらって行くように見えてならぬのだ。


 
 「共産主義者よりももっと共産党を心配している男というふうにすら自分を考え、思いこんでおかしくなることがある」。なるほどそうした思いからの言葉というのは確かに、ある。それはたいせつなことだし、よく意図をお互いに理解し合わなきゃいけない。けれどもそれは実に困難なことだ。それを実にうまく描いていると思う。

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 何べん読み返しても、こうした共産党への意見を述べた部分は、「共産党にそんなにこだわらんでもよろしいじゃないですか」という気持ちが抜けなかった。現在はいわゆる既成政党や各種団体に頼らずに――もちろん必要以上に敵視する必要もあるまいが――個人がどんどん自分たちでやっていく時代ですよ。1946年とは様変わりです。だからといって作品の価値が低くなることはありません。中野重治が共産党を外から見ている人の気持ちを敏感に感じ取り、作品にした、その感覚は素晴らしい。

 
 ……だが、そんな程度の感想でよいのだろうか。何かを見落としている気がする。


 思考を進めるための試みとして、共産党という言葉を、何らかの運動体や個人に置き換えながら読んでみる。そうすると、「何らかの主義主張を持って運動し発言する何ものか」に対する個人としての態度そのものが、抽出できるように思われてくる。そのように考えた上で、上記の引用を読む。


 「問題は共産党だ」。「問題を先きへ先きへとやってくれれば僕のようなものが助かるのだ」。「共産主義者よりももっと共産党を心配している男というふうにすら自分を考え、思いこんでおかしくなることがある」。共産党を現在活発に動いている運動体や個人に置き換えればよいだけのことだ。とたんに現在に引き付けられるだろう。

 
 そうした読み換えからは、「批判の裏に隠された期待を読み解くことは大事」とか、「誰かに過度に期待せずに自分でやればいいじゃないか」とか、そうしたことがすぐさま言えるだろう。それはそれで悪くない。だが、どうもそれだけではないように思うのだ。

 
 ――「問題は共産党だ」。たしかにその通りだろう。しかし、この部分だけを読みとってどうするというのか。何にとって問題だと思っているのかを読め。

 
 何べんめかの読み返しの時にそれは突然やってきた。そのようにもういっぺん読み返してみる。そうすると、共産党に対して微妙な感情――新人会の体験、さびしさ、そして「とぜねがら酒飲め」――をもちつつも「五勺のクダ」をまく校長の中に、「今うんと伸ばさねば」ならない「十六か十五ぐらいの少年たち」を「新しい希望」として何よりもたいせつに思う姿が浮かび上がってくる。


 そうだ。ここが原点だ。共産党は二の次だ。共産党以外のなにものかが「新しい希望」を邪魔するようであれば、校長はやはり精一杯の努力をしていくだろう。ここを踏まえずして「問題は共産党だ」といった言葉を読んではいけない。

 
 さらに言えば、校長にとっての「新しい希望」にあたるような、そういうものをお前は持っているのかどうか、持っているとして、そのために何をしているのか。そう問われているということになってくる。
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by todoroki-tetsu | 2012-11-02 10:16 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十一)

 頽廃、とは何だろうか。そういえば最近あまり耳目に触れなくなったような気もするが。校長が触れる『アカハタ』の記事からの引用をお許し願いたい。そうしないと意味が通らなくなるからだ。


 「九月一日のアサヒによれば日本の民主化にともない皇族の『臣籍降下』が問題となり、七月の皇族会議で天皇もはいって熱論したとつたえている。新皇室典範は十一月に開かれる臨時会議に出るが、その際にも問題になるだろうというのだ。ところがいんちきな新憲法にさえうたわれているごとく、すべての国民は法のもとに平等であって、社会的身分または門地により政治的、経済的、または社会的関係において差別されないのがあたりまえ。今さら『君』だの『臣』だの、はしごだんではあるまいに『降下』などとこんなバカげた話はない。こういう手数のかかる『天孫降臨種族』は日本人民からとりあげた金と米をおいて、高天原にかえってもらうほかはない。」

 「日本の民主化にともない皇族の『臣籍降下』が問題となり」――そうなのだ。そういうこれは民主化なのだ。どこを押せばそんな音が出るか。どこに「臣」籍があるか。それをなぜ『アカハタ』が問題にせぬだろう。天孫降臨種族なら高天原へかえれ。どこに天孫降臨種族があるだろう。高天原行きの切符をくださいといってきたらどうするのだろう。そう僕は話した。すると反『アカハタ』派までがそろって喰ってかかってきたのだ。(僕らは生徒・教師いっしょ、『アカハタ』派・反『アカハタ』派いっしょの『アカハタ』読会をやっている。出るのに面倒くさいがやり方としてはおもしろいと思っている。)しかしすぐわかってきた。要するに彼らは、天孫だの高天原だのをやっつけるのが楽しいのだ。そして実地にはそれの現実の力を忘れることで満足しているのだ。筆者がまたそこへ導いているのだ。あんな馬鹿なことがどこにあるか。皇族の臣籍降下断じて許さずだ。どこに臣があるか。(略)仮りに天皇、皇族が心からあやまってきた場合、報復観念から苛酷に扱おうとするものが仮りに出ても、つまりもし天皇を臣としようとするようなものがあれば――国民の臣であれ――それとたたかうことこそ正しいのだ。皇族だろうが何だろうが、そもそも国に臣なるものがあってはならぬ。彼らを、一人前の国民にまで引きあげること、それが実行せねばならぬこの問題についての道徳樹立だろうではないか。天孫人種は高天原へ行ってしまえ。それは頽廃だ。天皇制廃止の逆転だと思うがどうだろうか。


 最初の括弧が『アカハタ』の記事である。おそらく原記事に僕が、そう、例えば学生時代にあたっていたとしたら、「うまいこと言うもんだな」とか思ったに違いない。「天孫だの高天原だのをやっつけるのが楽しい」からだ。溜飲を下げる楽しさ。


 そうした楽しさに疲れ、病みかけ、離れ、例えば今では中島みゆきさんの「Nobody is Right」をしみじみと聴いたりすることもできる。しかし、そうした楽しさから今なお逃れきっているとは思えない。向き合い方が不足している、そう感じる。


 おそらく僕は人を殺すことができる。見捨てることができる。裏切ることができる。自分を守るためにならいかなる卑怯もいとわず、そしてそれを正当化して生き延びていく姿がありありと想像できる。俺をそうさせたおまえが悪い、と。だからそんな風に僕を追い詰めるような世の中であってほしくない。内なるアイヒマンを発動させずに済むように。これが少なくともこの10年近く抱いてきた自分の基本原理であった。「社会」の問題を意識する時、こうした回路をなるべく経るように考えてきたつもりでもあった。


 だが、今考え直してみると、明らかに迂回である。いささかの未練はありつつも、問いを正しく設定できていない、と感じる。なぜこの部分に惹かれたのだろう、と考えるとそうした自分の問いに行き着く。そういう思いで校長の独白を読んでみると、「皇族だろうが何だろうが、そもそも国に臣なるものがあってはならぬ」という言葉の重さが、以前よりは身にしみて感じられてくる。渡辺一夫を切なる思いで読み返した体験――例えば「ある教祖の話(a)――ジャン・カルヴァンの場合」――が、じわじわと効いてきているかもしれない。

  
 「社会」を媒介させるのはよい。社会なしに生きていける人間はいないのだから。しかし、自分自身を括弧に入れるな。他者と己を同時に、いや直接に貫け。「皇族だろうが何だろうが、そもそも国に臣なるものがあってはならぬ」は、ユマニスムであると考えてよい。これほど「民主」的な考え方があろうか。しかしこの言葉が、「要するに彼らは、天孫だの高天原だのをやっつけるのが楽しいのだ。そして実地にはそれの現実の力を忘れることで満足しているのだ」と記した人と同じ人から出た言葉であることを忘れるな。自分から離れたところにあるユマニスムを校長は口にしたのではない。「それの現実の力」を骨の髄まで味わってしまった人間がそういうのだ。夢想家でもなく、皮肉な意味での現実家でもなく、徹底して現実を見つめる先にある何ものかを、校長はつかむ。ならば、その言葉を読む僕にも、何ものかをつかめるのではあるまいか。その時、頽廃から、「逆転」から、自らを救いだすことができるはずだ。

 
 日々の修練。眼を鍛えること。
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by todoroki-tetsu | 2012-10-28 08:54 | 批評系 | Comments(0)

若松英輔さんの講演

 昨日は久々に若松英輔さんのお話を拝聴した。僕が若松さんの書かれたものやお話に強い関心を抱いているのは、自分自身のもんだいを重ねあわせつつ、それを前向きに転化したいという個人的な理由が根底にある。単に面白い、何かあるという手ごたえを感じるというからでもある。それはそれとしてどこかで記すつもりだけれども、印象的なお話のいくつかのうち、ひとつだけ。

 
 若松さんは井筒俊彦だったり小林秀雄だったり柳宗悦であったりといった方々の言葉を資料として配布し、それを声に出して読みながら聞き手とともに味わいつつ、話を進めていく、そういうスタイルをとる。そこで昨日おっしゃていたのは、「文学者や哲学者が引用するとき、その引用した部分というのは自分が沈黙を迫られた部分である。そこに付け加えることは何もない、そう感じたところを引用する。皆さんもそのように読んでほしい」、と。


 小林秀雄さんも似たようなことを言っていたような気もするが、若松さんが小林さんの口真似をしているとは思わないし、思えない。これは小林秀雄をつかんだ確信であり、その確信は若松さんのみならず、例えば山城むつみさんにも、大澤信亮さんにも、杉田俊介さんにも、あるだろう。そのことについては少し違った観点から以前触れてみたことがある。

 複数の人をつかんだ確信、それを何と名づけるかはその人次第だ。真理でも実在でもなんでもいい。僕自身はそれをひとまずは「真理」とよんでおこうと思うが、あまり名称にはこだわらない。

 
 ここで昨日の講演の内容にさらに立ちかえると、「誰かと誰かが言っていることは同じだ、というのは二次的なこと。そうした人々が何を見たのか、そこに触れることが大切なのだ」ということになる。これは若松さんが繰り返し強調されることだ。今例えば名前を挙げたような方々の文章に、通ずるものを感じたとして、それを読み手である自分が感じるというのはどういうことなのか。そのとき自分は何かに触れ得ているのではないか、という思い。傲慢ではなく、素直に感じ取ること。

 
 まずその体験を、自分自身に掘り下げていくこと。自分が体験したようになぜ他者は体験しないのか、という問う前に。ここが僕にとっての個人的で、しかしたいせつな問いである。


 中野重治さんの「五勺の酒」を引用しながら読んでいるが、自分が沈黙を強いられたところを忠実に引用しているか、何か「言いたいこと」先にありきでテキストを「利用」してはいないか。ついでながら、若松さんは「○○について」語ることと「○○を」語ることの違いを強調される。大事なのは後者だ、と。


 してみると、「『五勺の酒』について」と題してしまった一連のエントリは、なるほど周縁をうろうろしている、ただのおしゃべりかもしれない。小林さんの「他人をダシにして自分を語る」という言葉を、手前に都合いいように解釈しているだけではないのか。


 なぜだかここ最近、同時代の文学者がしばしば用い、かつ自分にとっては長らく実感がつかみきれていなかった言葉が、じわじわと沁み込んでくるように感じられてくる。孫引きで申し訳ない。


 君自身の人格ならびに他のすべての人の人格に例外なく存するところの人間性を、いつでもまたいかなる場合にも同時に目的として使用し決して単なる手段として使用してはならない。
                                  カント『道徳形而上学原論』


 しかし、とにかくもう少しは続けてみよう。
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by todoroki-tetsu | 2012-10-26 08:03 | 批評系 | Comments(0)