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中島岳志「立憲主義と保守」(4/13「朝日」)

 よい意味でなんだかぞわぞわする。そういう経験は本厄を迎えてだいぶ減ってきた気がする。よくない。摩滅しているか惰性なのか鈍麻なのか。精神のはつらつさがどうもなくなっている。「自分の感受性くらい」、が頭の奥底で低く鳴る。

 そうしっかりと様々な言葉を追っているわけではないけれども、中島岳志さんの言葉に接するとき、「ぞわぞわ」した感触が自分の中に沸き起こってくるのがわかる。どういうことなのか、感想を書き連ねていけば何かわかるかもしれないとノープランでパソコンに向かってみる。

 記事前書きで「保守」と「リベラル」、「憲法を書き換えろ」と「絶対に変えるな」が対比される。「保守」と「革新」、「改憲」と「護憲」という対比なら僕はしっくりくるのだが、これはいささか古典的な理解だろうか。「リベラル」というのはもうちょっと別の視点から考えられはしないだろうかとも思うけれども、今回のテーマは「保守」なのでひとまず深入りしない。こんなことを記さなくてもよいだろうし、文句をつける意味ではなく、ただ、僕の持っている「構図」(良し悪しは問わない)を記しておかないと、どうにも誤解しているぞ、食い違っているぞということになりかねないなと思うのでひとまず。つまり、いささか図式主義的な理解しかない人間だということの断りである。

 さて、「立憲主義は保守的な考え方に立った思想」と中島さんは語り始める。何度かお話を講演会などで伺う機会のあった僕には、この点はある程度既知である。「設計主義批判」とでもいうべきお立場だろうと思う。人間自身にある種の謙虚さ・内省を促す考え方、という風に最初伺ったときに感じて、なるほどこれは大事な考え方だと感じた。本稿でもその感想は変わらない。

 「人間の理性には限界があり、必ず間違いを犯す、権力者も時に暴走してしまうという保守的な人間観」が立憲主義だ、と。ここに加えて重要なのは、「死者の立憲主義」という言葉だろう。「国民の中に『過去の国民』を含むのだ」と。「死者論」の地平は広大と再認識する。

 では、憲法を変えてはいけないか。そうではない、と中島さんは言う。それは「ある特定の時代の人間(憲法制定に関わった人たち)を特権化することにつなが」るからだ、と。「ただ、一気に変えようとしてはいけない。抜本的な書き直しをすると、革命のようなことになってしまう」。ここで「革命」がやや否定的にとらえられているが、渡辺一夫さんが加藤周一さんたち若者の前で軍歌のレコードをかけた精神と通ずるものと僕は思う。

 設計主義に立っている、という点では安倍首相も『護憲派』も同じだ、本来の保守は「憲法を保守するために『死者との対話を通じた微調整』を永遠に続けていくことだ」と中島さんは述べておられる。その微調整の対象として、9条が挙げられる。「国際秩序を維持する上で、一定の軍事力が必要であるなら、自衛隊を憲法で規定して、歯止めをかけるべき」と。僕は9条堅持派で異論はあるが、その点はあとで述べることにしよう。「戦後の日本は、9条と日米安保の微妙な綱引きを、絶妙のバランスでやってきました」「そのやり方には英知があった」という指摘には全面的に同意する。

 論稿後半は「寛容」に焦点があてられる。保守、リベラル、左派、いずれも寛容には見えないという記者(尾沢智史さんとある)の切り出しに対する中島さんの言葉は極めてしっくりくる。どちらも『アンチの論理』でやってきたためだ、と。お互いがお互いを少数派だと思っており、「どちらも自分たちの言葉が取り上げられないというルサンチマン(怨恨)があるから、攻撃し合う」。「重要なのは、護憲か改憲かではなく、平和を守っていくためには憲法をどう考えるべきかということですが、アンチの論理のためにまともな議論が成立しない」。

 中島さんの考える保守についての一文でこの論は締めくくられる。福田恆存さんへの無上の敬意を感じさせる。

 以上が感想のような要約のようなもの。ぞわぞわするのは、なるほどと大きくうなずく部分と、いや、ここはどうも自分は違うと思う、でもそれは自分の考えが浅はかだからかもしれないぞ、など、いろんな考えが頭をめぐるからであるようだ。

 共感する部分については記したから、そうでない部分を自分なりに整理してみたい。

 第一。「憲法を変えてはならないというのは、ある特定の時代の人間を特権化することにつながります」、という点。確かにその通りかもしれない。しかし、一方で「憲法を生かす」という表現がある。あまりに紋切り型過ぎて何の力も今は持ちえない言葉なのかもしれない。しかし、乾ききった言葉の奥底から、その精神を掘り起こしてみたとしたらどうだろう。日本国憲法の条文をフル活用しながら、日々起きる新たな課題に向き合ってきた試みは、今までになかったであろうか。そこにも「死者との対話」がありはしなかったか。日本国憲法を媒介として、もっと言うなら「依り代」としての、死者との不断の対話(上原專祿の「回向」)。変えないこと、むしろそこにとどまることで深まる対話というのもありはしないだろうか。もちろん、中島さんは「微調整」とおっしゃっておられるから、熟慮熟議を重ねての改憲という意味合いを込めておられるのだろうと思う。異論というほどの異論ではないような気がするのだが、変えないという前提でぎりぎりまで対話をしていく、そうしたことにより重点を置いてみたい、と考えている。

 第二、9条について。現実とのかい離がこの間で著しくなってしまった、ということはよくわかる。せめて「英知」のあったかつてのやり方に戻したい、というのが切なる願いである。ほんのわずかな海外生活経験から、「よその国には手を出しません」と宣言していることの安心感は多大なものがある、と実感しているから。しかし、ここまで事態がグダグダになってしまった以上、「歯止め」が必要というのも確かにその通りだと思う。政権のほうを何とかしたら何とかならんだろうか、というのは書生論だろうか。「9条」→「解釈改憲」→歯止めのための「憲法改正(もちろん、微調整)」と、「9条」→「解釈改憲」→「9条によせて解釈改憲を修正する」。しかし、いずれにせよ、「死者との対話」という謙虚さを持ち合わせていなければならないことには間違いない。

 第三、「アンチの論理」について。順序逆になるが、このひとまとまりの中島さんの語りの結論は「重要なのは、護憲か改憲かではなく、平和を守っていくためには憲法をどう考えるべきかということ」という点にある。これに対し、この間様々な取り組みが進んでいるといわれる市民主導の「共闘」を対置することは、政治演説としては容易である。情勢論としてもそう間違ってはいないだろうが、それでは行論とかみ合わない気がする。「アンチの論理」がなぜ根強いか、と考えてみたい。書店員としても切実なのだ。

 お互いを少数派だと思っている、というのは同時代人としても書店員としてもよくわかる。どのように「本」という商品になるか、ということで体感する。たぶん、編集者・営業担当であれば「読者」という市場を想定しているだろうから、また別の視点があるだろう。
 
 少し脱線する。ひとつの方法として、あるキーワードの含まれている本がどれくらい出ているか、その立場がどのようなものか、と調べてみるというのがある。古い話だが、例えば「規制緩和」。今はどうかわからんが、「規制緩和」と銘打った本の多くがその批判であった。もちろん、キーワードがストレートに本の中身を反映させているわけではないから注意は必要だが、書店員的な感覚としてはこれでひとまずはよい。

 これは「少数派だからしっかりと言上げせねば」という意図が感じられる例、といえる。少数派というのがしっくりこなければ、(ためにする意味ではない)「批判」といってもよい。また、そうした言葉が一定の市場を形成しえていた、ともいえる。

 また別の例。「韓国」や「中国」というキーワードでどんな本が出ているか、調べてみる。出版年月順にしてみようか。いつのころからか、潮目が変わったことがわかるだろう。「海外事情」の棚は、その国のことを知ろうという本、その国の人が書いた本が多くを占めたものだった。そうした並びで置くのにしっくりこないものは、様々な主張をまとめた棚(例:「オピニオン」などの棚名称)に置く。そうしたものが増えた。これはそうしたことを言うのが「少数派」だと思っているということもあるのかもしれないし、市場という観点から言えば、半年以上売れ続けるロングセラーはほぼないが、3か月に限ればある程度実売数が読める、ということもあるだろう。

 96年をピークとする出版業界において、右肩下がりを続けている市場の中、確実に数が読めるというのは重要である。どの程度数が読めるか、ということを僕自身版元さんには機会あれば言ってきた側の人間である。それはそれで間違ったことばかりとはいえないが、いつの間にやら数が読める本=シンパ・信者しか買わないであろう本が増えてきたような気がする。よかれと思ってやったことが結局自分の首を絞める。どうもそんな気もしてくる。目先の日銭を稼がなきゃいかん状況において、それはそれで商売としては大事な部分でもあるのだが、市場そのものをどう拡大するかというのは常に課題である。

 話を戻そう。「アンチの論理」でも社会がそれなりに成立していたのだとしたら、それはどういうことだろうか。みんながみんなどっちかに属して「アンチ」であったか、さもなくば、一定の中間層が存在していたからではないかと考えられる。「一般大衆」なる言葉もあったな、となると後者だろう。中間層が何らかで極小化し、「アンチの論理」が際立ってきた、というところだろうか。

 中間層、という言葉で僕が今イメージするのは、月に1冊か2冊くらいは本でも読んでみよう、と考える人。それくらいの時間とカネはある、ということ。景気良くなるか消費税下げるかすればそれに近い状況が創出されるだろう、とも思うが、それはそれですぐにいく話ではない。ならば、自分の考えを深めよう、そのためには異論も手に取ってみよう、と感じてもらえる工夫を、書店員の仕事を通じてやっていくほかはない。

 長々書いて結局のところ自分の仕事に行きついてしまったが、中島さんが熱心に語っておられることを自分なりに引き付けて考えるとするならば、このような方法以外僕には見当たらなかった。



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by todoroki-tetsu | 2016-04-14 12:36 | 批評系 | Comments(0)

走り書き

・時間は作るものだ、という。様々な環境変化と仕事その他の関係で何もかもが後手に回る。言い訳を探しているだけだろう。「そもそもがひよわな志にすぎなかった」とは誰の言葉だったか。

・文芸誌の目次だけは見る。目までは通せていない。買いそびれるものもある。しかし、同時代の批評家が確か格闘している。格闘し続けている。そのことだけでも勇気づけられる。何が「あがり」なのか、そんなことを全く考えずに突き詰めていく姿。自分自身がどこに向かっていくかもわかりはしない道。そんな道を意図して選んだか選ばざるを得なかったか、そんな問いは無意味に思えてくる。彼らの存在は僕にとってかけがえのないものだ。

・1/7付「朝日」、中島岳志さんの言葉を読む。運動における「罵声」について。その通りだと思う一方、そういわざるを得ない何ものか、について考える。少なくとも活動家振りして「運動を知らない云々」などと言う気はなければ言う資格もない僕は、そう何度も国会前含め各所に赴いているわけではない。少ない回数の中、一人でできないことを集団の力を借りてやってはいけない、と自己規制しようと努力しているが、集団でいるときにエスカレートする自分を感じる。切羽詰まって「罵声」とならざるを得ない、そういう人もいるだろう、と考えて、さて自分にはそうした必然があるのか、と問う。常にここから始めなければ、と思う。渡辺一夫が軍歌のレコードをかけたこと、その時の加藤周一の反応と彼自身後年の振り返りを想起する。「たしかに戦後二〇年を通じて、その歌(「勝ってくるぞと勇ましく……」)は私の耳の底にも鳴りつづけていた。しかしその歌が聞こえないほど大きな声で怒鳴ることの必要な時もあったのである」(「続羊の歌」)。ここまでいけば文学だ。少しでもここに近づけるような内省を自分でしなければ。

・こういうことを書くと積極的に参加されている方からおしかりを受けるかもしれない。あらかじめ断っておくが、これはすべて僕自身が自分自身に対して内省をしなければ、と言い聞かせているだけであって、他者に内省を促そうというものではない。他者にいらぬ不快感を与えてはいけないので念のため記しておく。

・今朝1/8の同じく「朝日」。中村文則さんが長文を寄稿されておられる。中村さんは僕より二つ若い。微妙な差はあるかもしれぬがおおよそ見てきた風景に似通った部分はある、といって失礼には当たるまい。中村さんがそう明記しておられるわけではしないが、「95年」(中島さん上記で言及)以降の風景である。僕は9条堅持すべきと実体験から考えているものだが、結論を同じくするから支持する、という意味で興味深く読んだのではない(「政治」にとってはそうした読み方も必要だと思うが、今の僕に必要なのはそういう読み方ではない)。もっとも振り返ることの難しい「近過去」を、短いながらも鮮やかに切り取ってくださった。そこに心が動かされる。動かされるのはなぜだろう、と考える。たやすく結論を出すのはやめよう。じっくりと考えていけばいいのだから。

・「『日本は間違っていた』と言われてきたのに『日本は正しかった』と言われたら気持ちがいいだろう。その気持ちよさに人は弱いのである」と中村さんは書く。「日本(人)論」が「日本(人)礼賛論」に変化したのはいつからか。書店員としてのもんだいにここで直面する。


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by todoroki-tetsu | 2016-01-08 10:00 | 批評系 | Comments(0)

伊丹万作「戦争責任者の問題」其の七

だまされるということも一つの罪だ、と述べたのち、万作は別の角度からこの問題を見据える。


(略)いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
この単純素朴な一文に込められた意味は重く、豊かだ。どっちがか悪いということではない、かといって開き直りとは無縁。脊椎反射のような、威勢はよいが品と意味のない言葉の応酬を見つめなおすには格好の文章だ。

そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に事故の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

ここで日本の封建制云々という話が少しつづられる。かかる感覚はこの時代の知識人のある程度の層には共有されていたものと思われる。そこにある種の、そして何度目かの見直しやゆりもどしが来ているのが現代であるだろう。「近代の超克」が何を準備したのか、あるいはしなかったのか。もうじき上梓されるという若松英輔さんと中島岳志さんの対談本の仮タイトルが『現代の超克』(ミシマ社)となっているというのは実に示唆に富む。結果このタイトルに決するかどうかはさしたる問題ではない。言葉の上っ面ではないところでどこかで何かがつながっている。いや、引き受けるという言葉のほうがしっくりくるか。


さて、問題はそうした感覚を有したその先にどこに向かうか、である。丸山眞男なら? 渡辺一夫なら? 高島善哉なら? そして上原專祿は? みなそれぞれであり、簡単に論ぜられるものではないけれども、万作の向かうところはやはり文学的な印象を与える。それは渡辺一夫や上原專祿に感ずるものに近い。


万作は先に挙げた文章を引き継ぎ、「(日本)国民の奴隷根性」という厳しい言葉を用いた上でこう述べる。

それは少なくとも個人の尊厳の冒瀆、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。

渡辺や上原の本を引っ張り出せば、おそらく比較の真似事はできよう。が、すでに若松英輔さんの連続講座で少しの訓練を経験したおかげで、それで何かを知った気になるのはまったく意味もないことだと判る。ここで何よりかみしめなければならないのは、個人の尊厳、自我と人間性が分かちがたく結びついているということ。人間性へのゆるぎない信頼と、それを裏切ってしまう不忠もまた存在するのだという冷徹なまなざし。しかしだからこそ信頼に依拠しようという決意。その信頼は、あくまで個としての人間ひとりひとりへのものであるが、それゆえに普遍的な人間性へも連なるものであるということ。人間性を「叡智」と置き換えてよい。



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by todoroki-tetsu | 2014-07-23 00:34 | 批評系 | Comments(0)

断片

 いろんなことが中途半端で、でもたぶん進行している。よい進行と悪い進行と、そのどちらであるかは判らない。


 本を読んでいるようであまり読めてもいない。若松英輔さんや大澤信亮さんの書いたものが載っているものはなるべくもれなく買ってはいる。読めてはいない。いつかきっと読むだろう。それでいい。


 いくつかのテレビドラマを見ていて、今は亡き人が語り部となるようなものが複数あった。その時、「死者論」をいつのまにか通俗的に解釈していることに気づき、愕然とした。これが今の時代なのだな、というような、そんな言葉がふと頭をよぎった。別に誰かに話そうとしたわけではない。ただそう思っただけだ。ちょっと間をおいて、待てよお前、と自分で自分に強烈に突っ込んだのだった。なぜそうスムーズに言葉が出るのだ、と。「魂」の震えがない言葉。


 気づいただけまだましか、と慰めつつ、いや、そういう問題ではない、これはおそらく「言葉」に関わる根本的な問題だ。

 
 ミシマ社さん仕切りの、若松英輔さんと中島岳志さんの対談。その場において中島さんは、自らの中から出てくる言葉、それに対するおそれ、といったようなことを語っておられた(厳密には少し意味合いが異なるのかもしれない。いつかきっと本になるはずだだから確認はその時にお願いしたい)。言葉は誰のものか。そして、自分とは何か。

 
 おそれ。畏敬と言い換えてもよいだろう。日々使う言葉にどこまで畏れ、どこまで敬うことが出来るか。そこから何が見えてくるか。


 「様々なる意匠」の書きだしが思い起こされる。この地平に身を置こうと試みると、あらゆる「論争」は違った様相を呈する。自らは絶対に傷つかない場所で、ああでもないこうでもないと言うことのくだらなさとつまらなさ。これを例にするとかえって通じないかもしれないが、選挙も似たようなものだ。一度でいい、自分がこの人を、この党を、自分たちの代弁者としてなんとか政治の場に食い込ませようとあがいてみた経験があれば、ほとんどありとあらゆる「論評」が色あせて見えるだろう。


 誰かと誰かが喧嘩した。それを遠目で見て評定する。勝手にしやがれ。問いを見出せないのなら口をつぐんでおればよろしい。魂の震えとしての沈黙が、ありうるはずだ。


 「沈黙も言語である」。最晩年の吉本隆明さんはそう言った。言葉への畏れを、まずは自分なりに積み重ねていくこと。

 
 
 


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by todoroki-tetsu | 2013-12-30 23:38 | 批評系 | Comments(0)

平成23年(う)第1051号

 「東京地裁 平成20年合(わ)第491号」から、「東京高裁 平成23年(う)第1051号」と変わったその事件の、判決の場に、立ち会うことは出来なかった。


 何となく、抽選に外れるだろうという気はしていた。前がそうだったのだから。妙に早く着いてしまったことといい、目が離せない批評文を手にしていたことといい、どうにも符丁があうのだった。寒い季節か暑い季節か、並んだのが左か右か、そんな程度の違いでしかない。1年半前に手にしていたのは大澤信亮さんの「復活の批評」であり、昨日手にしていたのは小林秀雄さんの『感想』であったが、これはあるいは大きな違いかもしれない。

 
 してみると、いかに忘れっぽい僕でも、多少なりとも身体感覚でこの事件を、裁判を、記憶にとどめていたということか。その時見ようとしていた何かというよりも、何かを見ようとしていた自分のことを、思い出すのかもしれない。

 
 高裁での公判は、一度だけ傍聴することが出来た。被告が出てこない、というのはあり得る話なのだろうか、というのが大きな疑問であった。いったい、何をしたいのだろう、と思った。

 
 「死刑が確定したとしても、執行まで時間はある。人間として成長してほしい」(2012.9.13「毎日」)と、重傷を負ってもなおそうしたことを語る方の思いが、届くのか届かないのか、僕には判らない。届いてほしいとも届くべきだと思う資格は僕にはない。ただ、考え続けるだけだ。


 これでおしまいということでは、おそらくない。さらに何かが続くのか、そう遠くないうちに刑が確定し、執行されたとしても、被害者にあわれて生きのびる方々の、あるいは亡くなられた方のご遺族の、あるいは加害者の身の回りの方々も、日々の生活はめぐってくる。

 
 そうした時代と社会に、僕自身もまた生きているわけなのだが、忘れっぽいが、たまに思い出したように何かを考えたふうになったりもして、時として偉そうに、時としてしおらしくもなる。こういう手合いが一番性質が悪いのだ、とこれももう何度か記したことのような気がする。


 忘れない、などと言うことは出来ない。努力する、ということは出来るが、どうにもおさまりが悪い。自分自身の問いとして据えられなければ駄目なのだ。回り回ってその手がかりがつかめるかもしれないという、そういう感触だけはようやくおぼろげながら立ち現われてきた。


 事件当初の2008年初夏以降、2年ほど僕は事件を忘却していたといっていい。ふとしたきっかけがあって、忘れていたことに気づかされたのだが、しばらくの間は、「では、いかに応答すべきか」と考えていたといっていい。「じゃあ、どうすればいいのだろう/どうすべきなのだろう、自分は」というわけだ。しかし、こうした考え方は、知らず知らずのうちに、他者を傷つけるものでもあった。自らの膿を切り裂くつもりの刃が、覚えず他者を傷つける。そうして傷つけてしまった他者は、だいたいにおいて、傷つけてはいけないような人々であったのだ。


 応答しようなどと考えるのが間違っていた。そのことに気づくまでにまた随分と時間を要した。「問い」それ自身にのたうちまわること。答えを出そうとあせるのは逃避以外の何物でもない。


 もっと早くにヴェイユを読み返すべきであった。僕にとっての「真空」は、おそらくここに存する。真空に、耐えなければならない。しかし、恩寵を期待してはならないと言い聞かせる。


 そこまで行き着いた時にはじめて僕は、「君が死ぬのを悔むような社会を僕はつくりたい」(中島岳志さん、2012.9.13「朝日」)という言葉とまっとうに対峙できるだろう。今はまだ、まだまだだ。
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by todoroki-tetsu | 2012-09-13 23:16 | 批評系 | Comments(0)

「言葉のパッケージ」を商いにするということ――書店員イデオロギー論へのメモ

 入荷して早々に、中島岳志さんの対談集『世界が決壊するまえに言葉を紡ぐ』を購入し、昨日には読了した。


 僕にとって大事な言葉、考えなければならないと思う言葉にあふれている。


 しかし、同時に思う。「言葉のパッケージ」である本という商品でメシを食うというのは、どういうことなのか。

 
 言葉を発する人、すなわち著者にとって、それはその人自身の血肉であるだろう。そうでない場合もあるかもしれないが、そのことはとりあえず措く。その血肉をパッケージ=形にしようとする編集者、装丁家、校正者……その他たくさんの人々も、言葉を形にすることに携わっている。


 出版社の営業担当の方々のことをここでどうとらえればよいのかよく判らないので、これもまた失礼してひとまず措かせてもらおう。さて、形になった本が出来あがってからが書店員の本格的な出番となる。


 カウンターでの接客などを除き、棚の管理だけに絞って言えば、書店員の仕事は「発注」「陳列」「返品」の三つしかない。その三つの仕事の際に、パッケージ化された言葉のことを思うこともあれば、思わないこともある。頑張って売ろうと思って並べた本を半年後(あるいはもっと早く)に返品してしまうこともあるし、何の思い入れもない本をガシガシ仕入れることもある。書店員にとってはたぶん、当たり前すぎるくらいの日常だ。ここで取次さんの配本が……などと言い出すとこれまたきりがないのでひとまず措く。

 
 いかにも即席で出したという体の本も、どれだけ時間をかけて書かれた本も、すべては「商品」として等価である。売れるか売れないか、ただ、それだけだ。

  
 だけれども、それだけだとは言い切れない何かを感じる本が、ある。中島さんがこの最新刊の中で吐露しておられるような、ある種の危機感。その危機感の一端に、自分自身も身を置いているように思える。


 ここに書かれている言葉に対峙しうるような、そのような構えで僕はこのパッケージ=本を扱い得ているか?


 そんな思いにさせられることは今までも幾度かあった。 それは例えば『ロスジェネ』であり、杉田俊介さんの『無能力批評』であり、大澤信亮さんの『神的批評』であり、「フリーターズ・フリー」であったり、した。その度ごとに何かを試みたこともあれば、何も出来ずにスルーしてしまったりも、した。


 そろそろ、書店員として自分のやっていることは何なのか、ちゃんと考えないといけない。いよいよもって宿題を片付けなくちゃならない、そんな感覚を覚えはじめている。


 「こちとらただの商売人だい!」と開き直ろうと思えば出来るし、今までもやってきた。これからもやっていくだろう。だって、商売人であることは事実なのだから。「これじゃあ売れない」「これは売れる」という判断は、常に必要なのだから。でも、その開き直りの一歩手前か、開き直った直後の一歩、そこいらのあたりで垣間見える何かを、もう少し自分なりに探っていきたいと思う。

 
 その過程を「書店員イデオロギー論」と仮称しておくが、それは書店員一般論には到底なり得ないし、そうなる必要もなかろう。あくまで僕自身の問いとして考えていきたい。
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by todoroki-tetsu | 2011-12-18 21:44 | Comments(0)

ブレーカー

 家を出る時にはブレーカーを落とすことにしている。

 
 歩いてほんの数分のコンビニに出かけたりする程度ならそのままにするけれど、出勤する時や休みのときで少し出かける時にはブレーカーを落とす。たぶん、3/12か13か、そのあたりからはじめた習慣。


 そもそもは、節電という発想だったと思う。「ヤシマ作戦」という言葉を目にしたな、と今思い出した。そして、東電の電気を使うのはいやだな、となんていうふうに考えたことも今、思い出した。


 でも、何がきっかけでそうするようになったのかといちいち考えるまでもなく、この8カ月程度の間は無意識のうちの習慣となっていた。日常のほんの些細なことでの変化が非常に重要な意味を持つ――そんな風に大澤信亮さんは語っておられたが(恵泉女学園学園祭シンポジウムでのご発言)、僕にとってのそうした些細な変化の一つは、ブレーカーを落とすことだった。

 
 過去形で記さなければならない。僕は今日、ブレーカーを落とし忘れて出勤したのだ。数時間前に帰って来て気がついた。何も変わったつもりはない。変えたつもりもない。この8カ月、「うっかり」忘れたことなんてなかったのに……。


 ブレーカーを一日落とそうが落とすまいが、世の中への影響なんてまずありゃしない。だから、これはあくまで僕一人だけの問題だ。おそろしく瑣末で、些細な問題。でも、僕にとって重要な何か、考えなければならない何かが、どうにもあるように思えてならない。だけど、どう考えればいいのか、まだよく判らないでいる。


 中島岳志さんの対談本、『世界が決壊するまえに言葉を紡ぐ』がまもなく出るという。聞いたところによれば、雑誌収録時におさめきれなかった対談内容を相当程度の分量収録しているとのこと。僕の些細な問題は僕自身が向き合うしかないのだけれど、その覚悟をより深めるためにも、自分の問題を深めていくための「手がかり」を得るためにも、入荷したらまず真っ先に読むつもりでいる。
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by todoroki-tetsu | 2011-12-06 22:36 | Comments(0)

中島岳志『秋葉原事件』を読んで(その二)

 続けざまに感想を書き散らす。


3.「代替可能なリアル、代替不可能なウェブ」
 p.149にある言葉だ。読んでいけば「そういうこともありうるかもしれない」と思えてくる。

 彼はリアルな世界でいろんなことから逃げてきた。しかし、新たな職場である程度は適応できる程度の能力はあった。確かに厄介でキレやすい存在ではあったろうけれど。

 すぐさまこう思う。リアルの世界で逃げて新たな場を見つける力を、なぜウェブの世界でも生かせなかったのだろう、と。迷惑行為ともとれることや自虐ネタを繰り出す以外の、何か別の方法を模索出来なかったのか、と。

 しかし、それは短絡にすぎる。中島さんは、「『ネタ』を繰り出す『ベタ』な自分への承認こそ、彼の生を支える重要な要素だった」(p.148)と記しておられる。

 そう思っている以上、もはや他者からは何も言えない。そんな思いと、でもやっぱり……という思いとが読みながら、また読み終えても、錯綜している。

 まず、リアルとウェブの区別をいったん自分の中で切り離してみる。どちらも優劣のつけがたい居場所であると考える。「物質的条件」は確かに職場にあるだろうが、それだけで生きているわけでは当然ないのだから。どちらも等価だ、といささか乱暴にいったんは決めつけてみよう。


4.「友達がいるのに孤独だった」
 その上で、「友達がいるのに孤独だった」(p.230)とはどういうことか、と想像してみる。

 事件から一週間後、僕はたまたまラジオで太田光さんの言葉を耳にした

 
 孤独なのは決して自分だけではない、そんなメッセージを、彼が、どこかからか受け取ることが出来ていれば、あそこまでのことはひょっとすると起きなかったかもしれない。それは何も聖書などという大層なものでなくてもよいだろう。彼が好きだったというアニメのほとんどを僕は知らない。そこにメッセージどんなメッセージがあったのか、あるいはなかったのか、も判らない。

 私事ではあるが、僕は『銀河鉄道の夜』に幾度となく救われた。それは、小学生の時の本当に偶然の出会いに端を発している。

(ああほんたうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだらうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろさうに談してゐるし僕はほんたうにつらいなあ)


 だからどうというわけではない。けれど、自分と同じような寂しさを感じる瞬間が他の人にもあるのだということ。それを知るだけで、「涙を拭くハンカチ」(鴻上尚史『リレイヤーⅢ』)にはなる。
 
 しかし、それでもやっぱり傷つけること/傷つけられることは、ある。それはつらいことだ。本当に自分にとって必要だと思われる言葉を発した時、他ならぬその言葉が、かけがえのない他者を傷つけてしまうことが、ある。その逆ももちろん、ある。
 
 僕自身、そうした傷つけあいの中から関係性を作りだしていくことができた経験が、ほとんどない。悔やんでも悔やみきれないと思いつつ、それならそれでしょうがないか、とあきらめてもいる。

 あきらめられるのは、ジョバンニの言葉を「ハンカチ」に出来るからだけでなく、「やり直し」がひょっとすると出来るかもしれない、とどこかで信じているからでもある。「やり直し」というイメージを抱いたのはそのせいかもしれない。該当する部分を再掲する。

 中島岳志さんの『秋葉原事件』(朝日新聞出版)、第3章「掲示板と旅」に入る。「加藤が望んだ環境は、特定少数の人間の中で、彼が彼として認識されることだった。ネット上のハンドルネームによって『特定された存在』であることが重要だった」(p.97)。ここはキーポイント。


 ふと第2章の終り近い部分を思い起こす。「家族のやり直し」を考えていた時のこと。時系列は前後するのだが、この「やり直し」と、特定少数間でのコミュニケーションにこだわった彼の姿がなんとなくダブってくるように思われる。何かをやり直し、あるいは取り戻そうとしていた?



5.「やり直し」と「明日なき我等」
 そしてこの「やり直し」をイメージする際、ある曲がずっと頭の中で鳴り響いていた。中島みゆきさんの「明日なき我等」である。アルバム収録版もよいが、「夜会VOL.10 海嘯」のものが素晴らしい。

 歌詞をご覧いただければ判るように、明日への希望を歌ったものでは決してない。むしろ、絶望だといってよい。それでもなお……そこに哀しみがある。だけど、その哀しみを突き放すことはしないし、出来ない。そんな風に聴こえる。

 そう、どこかで「自己と対峙」(『秋葉原事件』、p.228)しなければならないのだ。でも、それはいっぺんに、一気にでなくていい。少しずつでいいじゃないか。

 しかし、そんな思いは見事に、完膚なきまでに打ち砕かれる。twitterでも記したけれども、「バンプ・オブ・チキンの『ギルド』」(p.191-194)のセクションがこの核心をついている。ぜひとも多くの方に読んでいただきたいと改めて切望する。


6.補助線、そして再び……
 
 読めば読むほど、考えれば考えるほど、判らなくなってくる。そして僕のような素人が「判らない」などと記してみたところで失われた命、傷つけられた方の心と体が元に戻ることはない。それでもなお、わかりやすい言葉で言い切れない何かがあるという思いがぬぐえない。

 唐突な補助線を引いてみる。


 数えて「四万二千三百余りなんありける」京の死者の腐臭は、御所の中にも当然達していた筈である。しかし、如何なる意味においても、現実は芸術に反映することがなかった。長明のように生者の眼によって現実が直視されることがなかった。何故か? 現実を拒否し、伝統を憧憬することのみが芸術だったからである。
                          堀田善衛『方丈記私記』(ちくま文庫)、P.218


 もちろん彼はまったく現実から遊離したわけでなく、現実の延長線上で「ネタ」を繰り出していた。その意味ではこの補助線は的外れだろう。しかし、拒否することもまた現実に対する態度であると考えてみたらどうか? 「死者の腐臭」という生生しい現実を拒否する芸術のことを考えれば、彼の「文学」は十分ありうると思わせる。いや、中途半端だとすら思えてくる。

 そう、彼はもっと現実を拒否する「文学」を突き進むことも出来たかもしれない。誤解を恐れずに言えば、「妄想」の世界に生きることも出来たのではないか。しかし、そうするにはあまりに彼は自分の「生身の肉体」にこだわっていたように思う。リアルでもウェブでも「人格」は使い分けられるが、肉体はひとつしかない。ある種の「恐慌」を連想する。


 ここで問いは再び最初に立ち返る。

 彼は何を、どのように食っていたのか?

 食うための糧を得る「職場」は、彼にとってどのようなものであったのか?

 この二つを自分自身にたたき込みながら考えるしか、今のところ僕には道がなさそうである。
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by todoroki-tetsu | 2011-05-21 23:40 | Comments(0)

中島岳志『秋葉原事件』を読んで(その一)

 中島岳志さんの『秋葉原事件』(朝日新聞出版)を僕が入手したのは、3/19だった(改めて調べ直してみた)。比較的早い段階で通読したと思うのだが、どんな気持ちで読んでいたのか、もはや覚えていない。たかが2か月前のことなのだが。
 
 これではいかん、と思ったかどうかは自分でも判らないのだが、twitterにて再度の通読を試みた(ハッシュタグ #AK_jiken)。この本については既に批評の言葉も提示されており(「すばる」6月号における杉田俊介さんの書評、「週刊金曜日」4/1号における中島さんと大澤信亮さんとの対談など)、今更素人が感想を書き散らしてどうなるものでもない気がする。が、読んでみて自分なりに思うところもやはりある。順不同で記してみる。

1.彼は何を、どのように食っていたか?

 ……彼の部屋には大手ナショナルチェーン牛丼店の空き容器がいくつもあった。この牛丼店は、彼の自宅とJR裾野駅の間にあった。彼は、この店をよく訪れたが、店で食事を取らず、家に持って帰ることが多かった。
                                                (p.138)

 加藤は、秋葉原の裏路地まで熟知していた。また、慣れた様子でメイド喫茶に入っていき、「これだけは食べてほしいんだ」と言って、メイドがケチャップでイラストを描いてくれるオムライスを注文した。
                                                 (p.140)


 気にかかった、「食」に関わる部分をいくつか引いた。メイド喫茶のオムライスは食事を楽しむというよりは、ある種のイベントの楽しみだろうと思う。ここを除けば、あまり誰かと何かを楽しく美味く食ったという姿がイメージできないのだ。実際にそうであったのかどうかは判らないが。

 ここで『俺俺』の表紙に使われた石田徹也さんの絵を連想するのはさほど突飛ではあるまい。牛丼店というつながりということだけではなくて、重要な楽しみとなり得る日々の食事が「燃料補給」でしかなかったとすれば、それは肉体にも精神にも影響してくるだろう。

 そしてさらに。「食うこと」を突き詰めて考えていくことで、何か違った可能性を見出すことは出来ないだろうかと夢想する。例えば杉田さんの「自立と倫理」(『無能力批評』、大月書店)と、あるいは大澤信亮さんの「批評と殺生」(『神的批評』、新潮社)と重ね合わせて読む可能性。それらの言葉を懐手で眺めるのではなく、自分が日々やっている「食うこと」とつなげてみるということ。


2.「職場」という視座
 読み進める中で、何度か「彼と同じ職場にもし自分がいたら」と想像してみた。その一部を再掲する。

 職場を飛び出した彼のところには「ツナギがあった」というメールが届く。「やっぱり悪いのは俺だけなんだよね。……死ねば助かるのに」と彼は書き込む(p.194)。彼と職場を共にしていたらどうだろう。面倒くさい厄介者だと僕なら思う。アパートに先回りなんてしない。

 つまり、この部分に限って言えば、僕の目には「勝手に騒いで勝手に帰った厄介者」としか映らないのだ。職場の関係性から排除してしまえば、僕の目に入らなければ、それでいいや、と思う。ましてアパートにまで行ってやったのだったら後は知らん。「自己責任」がこれで出来上がる。

 所謂「自己責任」論は否定的なつもりではあるが、「彼と職場が一緒だったら」と具体的な状況を想像をしてみると、「自己責任」的な物言いが顕在化してくることが自覚され、何とも自分自身にもやりきれなさを感じている。


 昨夏、まだ傍聴に出かけたことのない時に事件について書き散らした時にも、職場について少しこだわってみたことがあった。この時の感覚は中島さんの本を読んでみてより一層強まっている。端的に言って、「自分を問うこと」(大澤信亮)というのは、今の僕にとっては「職場」に引きつけて考えてみることなのだと思うのだ。
 
 中島さんは「あとがき」でこう記しておられる。
 事件の動機を『ズバッ』と単一のものに限定しないことにフラストレーションがたまったかもしれない。
 しかし、加藤の切実さを理解するには、この長さが必要だった。彼の体をすり抜けた時間を共に体感する必要があった

                                                (p.238)


 書き手のこうした思いに共感するのであれば、読み手としても何らかの方法で「共に体感」するように努めたい。そう思う。僕にとっての「体感」の方法は、「職場」を媒介にして考えることだ。
 
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 少し「方法論」(?)みたいなことに、ひょっとするとなっているかもしれない。もう少し別の観点からの感想を、エントリを改めて記してみます。

 
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by todoroki-tetsu | 2011-05-21 20:42 | Comments(0)

中島岳志「日本右翼再考」(『思想地図』)

 ずいぶんと間が空いてしまったが、『思想地図』で気になっていた論文のひとつ、中島岳志さんの「日本右翼再考」について。

 20ページ程度の小論だが、「右翼」をきちんと考えようとする際の格好の手がかりとなっている。基本的には「右翼」の歴史・思想をコンパクトにまとめたという構成だが、

 「右翼思想の空洞化が深刻化する中で、社会の右傾化が進むという現象は、やはり危険な潮流なのではないだろうか。今こそ、政治的イデオロギーを超えて、『思想としての右翼』を批評する必要がある」(p.85)

 という一文で締めくくっておられるとおり、単なるレビューではなく、現在の「日本」への問題意識に裏打ちされたまとめ方になっている。知っている人には知っていることばかりなのかもしれないが、「右翼」思想の持つ奥行きに僕は教えられるところが多かった。

 例によって(?)橋川文三をよく引いておられるが――『ナショナリズム』への書評も素晴らしい――、面白いことに、間もなく発売予定の雑誌「ロスジェネ」に杉田俊介さんが寄せられた論考にも橋川への言及がある。また、同誌では、萱野稔人さんがご自身の考え方を振り返りながら「左翼」/「右翼」について論じておられる。

 どちらかというと何だかおどろおどろしいような印象を受ける「右翼」/「左翼」の話。今までの語られ方とは違ったやり方が出てきているのかもしれない。従来の議論を踏襲しつつ、新しい形に発展していけば面白い。積極的というか建設的な議論こそ、本屋としても商機。注意深くアンテナを張り巡らしておきたい。
 
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by todoroki-tetsu | 2008-05-14 15:25 | 業界 | Comments(0)