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伊丹万作「戦争責任者の問題」其の二

 伊丹万作の思考は、身近なところから少しずつ、しかし着実に深化していく。だまされたとは言うが、だましたと言う人はいない。誰にだまされたかと聞けば、民は軍や官からといい、軍や官はさらに上からだという。しかし、だ。

 
 すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。

 すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互いにだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
 
 ここで僕は上原專祿を想起する衝動に迫られる。『世界史における現代のアジア』に収録された「世界史的自覚に生きる」、その中のセクション「日本人の思想の二重性について」。「著作集」13巻、P.243による。

  
 そして日本人は、この社会、あの社会というように幾重にも区別してものを考える。だから非常に合理的で理知的なような発言をある社会でしている人が、家庭に入ると甚だ非合理的、非理知的な考え方をする。

(略)しかし、自己と日本の全体と世界の全体とを統一的に認識する方法、それを一緒にして生きる生き方というものが身につけば、思想の二重性や、内側の倫理と外側の倫理との使い分けや、酔っぱらって、やっと鬱憤を晴らすような変に弱い心情が克服されるのではないかと思う。
 
 これを上原は世界史的見方あるいは世界史的自覚という。1960年の講演であるが、萌芽はもっと以前にある。宗像誠也との対話『日本人の創造』の時点ではどんなに遅くともあったはずだと思うが、そこは学者に譲る。

  
 かたやだました/だまされた、かたや二重性。一見違うように見えるかもしれないが、「主体性」あるいは「自覚」、もしくは「内省」や「省察」といった言葉を用いてみればどうだろう。伊丹と上原は同じものを見てやしないか。


 年譜的に一年違いの伊丹と上原は旧制松山中学校でほぼ同じ時期を過ごしていたが、ことさらにそれが何かの影響を両者に及ぼしたのかどうかも知らぬ。ただ尽きせぬ興味をそこに一方的に見出すだけだ。生誕110年をこす人物が遺した言葉に尽きせぬ興味を見出すということは、その言葉が生々しく語りかけてくるということである。


 言葉の光はますます僕を照らし出す。幻惑させるためでなく、その内奥をあぶり出すために。





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by todoroki-tetsu | 2013-11-08 23:28 | 批評系 | Comments(0)

『はだしのゲン』について(其の二)

 読者としての個人的な体験からすれば、閲覧制限に意味があるとは思われない。


 閲覧制限を求める人、それに応じた人、そのそれぞれの思いは聞いてみたい。これをもって直ちに言論統制だの、実態がよく判らない言葉の一つであるところの「右傾化」などに結びつくとも思われない。その背景にそれぞれあるであろう思いに立ち返らなければ、何もうまくいかないような気がするのだ。


 制限を求める人には、おそらく何通りかがあるだろう。本当に心の底からの善意で、『はだしのゲン』は子どもの教育上よろしくない、と考えている人。『はだしのゲン』あるいはそれに象徴されるなにものかを嫌悪する人。子どもに限らず、こんなものはけしからんと思っているかもしれない。そのけしからん対象は、おどろおどろしい描写だけであろうか。

 
 ほかにも理由があるのかもしれない。僕がここでまず言えるのはふたつのことだ。

 
 第一。教育の「自治」について僕は保留しておいた。ことはすぐれて教育の問題である。教育の問題だから僕には関係ない、とは言わぬ。それは教育基本法の理念に反する。「旧」とは記したくないんだが、誤解を避けるために「旧」教育基本法の条文を引こう。


 第十条(教育行政) ① 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。


 「直接に責任を負」われる国民の一人として、僕はある。そんな解釈があっているかどうかなんざどうでもいい。教育の問題は僕のような独り者であったって抜き差しならぬ問題として観念しなければ嘘なのだと言いたい。
 
 
 かといって専門的なことがいえるわけじゃない。ただ、無関係ではないということだけを強調したい。謙虚な責任を負いたい。ここでも立ち返るべきは上原專祿になるのだが、今は略す。ひとつ言えるのは、閲覧制限を主張する人も、それに応じる人も、不真面目だとは思わない。ただ、ほんとうに子どものためと思うのであれば、子どもを巻き込んで、あるいは真剣に検討し合う自分たちの姿を、少なくとも子どもに見せたほうがよかった。そのほうがいくらも教育効果はあるだろう。子どもを信じようではないか。まだ、間に合う。

 
 これは第二の点とかかわる。子どもを信じようじゃないか。たとえどんな惨酷な描写(為にするものはともかく)であっても、子どもは大丈夫だと僕は思う。ただ一つの条件だけが必要だ。それは、クラスや友人や近所や身近な人やらと、一緒に読書体験を受け止める場を担保すること。僕はゲンについて友だちと話してきた。親とも話してきた。そうした体験といっしょに子どもの読書を考えなければならない。


 ゲンではないが、これも小学生時代のこと。これまた図書館にひめゆり部隊を描いたマンガがあった。僕にとってそうした過去の歴史があったことははじめて知ることであり、なんとひどいことだろうと思った。家に帰ってから夕食の支度をしている母親に「ひめゆりって知ってる?」と聞いてみた。もちろん母親は知っている、と答えた。「なんてバカげたことだろう」といったことを僕が口にしたら、母親が眼の色を変えて怒りだした。僕がひめゆり部隊をバカにしたと勘違いしたらしい。すぐに誤解は解けたのだが、その時の母親の変わり様は鮮烈に記憶している。読書とは、こうしたことと併せて考えられなきゃだめだ。


 だから思うのだ。たまたま自分が恵まれていたのだろうし、自分がもし仮にこれから子育てをすることになったとしてどこまで出来るだろうかと不安にもなるのだが、何を読むべきか/べきでないかよりも、読んだ体験をどう共有し深めることが出来るか、のほうがよっぽど重要なのではないか、と。だから、例えばタバコの描写だったりなんだりとったところに目くじらを立てる意見にはどうにも違和感がある。学校がどうこうだけじゃなく、「国民全体」なのだから。


 以上がいわば「市民」としての見解といえようか。覚えず迂回をしてしまったが、なるほど書店員である前に市民であるのだから当然か。書いてみると気づくことがたしかにある。

  
 稿を改めよう。
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by todoroki-tetsu | 2013-08-22 10:10 | 批評系 | Comments(0)

若松英輔連続講演(7/28追記)

 昨春から代官山蔦屋さんで開かれていた若松英輔さんの連続講演が、ひとまず終了した。8/5にはextraとして『想像ラジオ』を読む機会があるようだが、ひとまずは昨日7/25の講演で区切りということのようだ。


 いままでにもしばしばここに、あるいはtwitterで書いたりもしたのだが、矛盾するかもしれないし重複するかもしれない。構うもんかと思う。兎に角いま、書く。

 
 慶応義塾大学出版会さんのサイトから、演目を抜き出してみる。

■前半全7回 井筒俊彦 「存在はコトバである」

●「詩と哲学」
 第一回 私の原点―井筒俊彦と小林秀雄(1)
 第二回 井筒俊彦と小林秀雄(2) 
●「コトバの神秘哲学」
 第三回 井筒俊彦と白川静 
 第四回 井筒俊彦と空海 
●「宗教と叡知」
 第五回 井筒俊彦と柳宗悦 
 第六回 井筒俊彦と鈴木大拙/西田幾多郎 
 第七回 聖夜の詩学―ディケンズ・内村鑑三・太宰治(併せて前半のまとめ) 


■後半(全6回)
 地下水脈としての近代日本精神史

 第1回:正統と異端 2月28日(木) 
 第2回:精神と霊性 3月28 日(木) 
 第3回:美と実在 4月25日(木) 
 第4回:詩と哲学 5月23日(木) 
 第5回:啓示と預言 6月27日(木) 
 第6回:時と時間 7月25日(木)


 以上全13回のうち、第三回と第四回の二回欠席。あとは無遅刻ですべてを伺った。なので、自分自身の変化、若松さんと会場との関係の変化といったものは、おおよそ体感していると思う。

  
 最初の二回は、今思い返しても実に沈痛な気持ちで伺い、そして考えていた。自分の抱えている問題が、ひょっとするとここで何か打開できるのではないかという思いと、いや、そもそも自分の問いのたて方が――ということは僕自身の根底がということでもある――根本的に間違っていたのではないかという不安。そんなものがどうしようもなく、ないまぜになっていたのであった。


 そもそも、若松さんとの出会い方において、僕は極めて不真面目である。最初のうちは、「あ、こういう人が出てきたんだな」というほどの受け止めであって、池田晶子さんが苦手な僕は――今読みなおすと違うかもしれないとは思っているけれど――、なんとなく敬遠していたのであった。しかし、本屋という商売柄、何かあるぞこの人は、という感覚は当然あるのであって、しばらくのあいだ若松さんは僕にとって、「自分で読もうとは思わないが、読者をつかむ何かは持っている方だ」という存在であった。


 その認識の変更は、上原專祿に若松さんが言及されてからであった。

  
 その割に大して読み切れてはいないが、僕にとって上原專祿と高島善哉の存在は揺るがし難い巨人として常に僕の脳裏を離れない。このふたりに出会えたことに僕の学生時代の全ての意味があったし、どうにかこうにか今僕が生き延びていられるのは、このふたりのやってきたこと、やろうとしてきたこと、そのおかげであるといっても言い過ぎではない。

 
 高島善哉には弟子がいた。上原專祿は「私には弟子は一人もいない。仏教と世界史の両方が出来なければね」といった趣旨のことを呟いたという。だが、上原の言葉は、弟子であると否とに関わらず、着実に、たとえほんのわずかな人数であっても、後世を生きる者の魂を揺さぶり続けてきたのだ。僕もまた、そうしたひとりである。学生にとっては決して安価ではない著作集を、少しずつ揃えていく。古本屋で単行本を買う。そんなことを少しずつ続けてきた。上原の本だけは、どうしても寝ころんで読むことが出来ないのだ。


 閑話休題。だからこそ、忘却の彼方にある上原に言及した本や著者というのは僕にとってかけがえなく大切な存在だ。若松さんの文章をちゃんと読もう、と思ったのは『魂にふれる』からだ。そうした意味で、僕はたいへんに独善的な読者である。だから、講演に最初に参加した時にも、上原に言及してくれたという僕の一方的かつ不遜な感謝はありつつも、「代官山でどんなイベントをやっているのかな」「若松さんはどんな風にお話をされるのかな」という、半ば野次馬根性なのであった。

 
 それが、第一回で一変した。細かいところは、多分当時のノートを引っ張り出せば再現できるかもしれない。走り書きとはいえ相当な量をメモしたから。しかし、そんなことは問題じゃない。「ここにはなにかある」という衝撃と、その衝撃を受け止めきれていない自分と、その両方に引き裂かれそうになったのだ。


 「誰誰がこう言っている。別の誰誰はこう言っている。そんな比較にどれほどの意味がありますか?」


 そんな主旨のことを、何度も若松さんは繰り返し語る。その意味が、体で判ってきたと思えるのには数カ月を要した。お話を聞き、なるほどと思う。帰る道中考え込みながら代官山駅まで、あるいは渋谷駅まで歩く。ああでもない、こうでもない。そんな自問自答を繰り返すことなく、ただ言葉を味わい、自分の中に沁み入って来るのを待つようになったのはコートを着るような季節になってからだった。


 僕は悪筆だが、速記的にメモし、それをテープ起こしのように再現することにかけては少し自信がある。だから、どんな講演でも、比較的よくノートを取る。だが、ここしばらくの若松さんの講演では、せいぜい1頁程度しかノートを取らなかった。若松さんが紹介される言葉、つまり、若松さんを通じてその場に現象する「叡智」そのものと、触れることが大事なのだし、またそれでじゅうぶんなのだ、ということに身体の感覚として気づいていったからだ。「感じる」ことの大切さを若松さんは繰り返し説く。僕にとってそれは、こういうこととして具現化されたのである。

 
 ある時期、若松さんの講演を聞いた帰りにはずいぶんと謙虚な心持になっているのに、なぜ次の日仕事に戻ると謙虚さを忘れてしまうのだろう、と少し悩んだ時もあった。メンターとしてではなく――僕は若松さんの「信者」ではないし、誰ひとりとしてそうあってはなるまい、と思う――、一般的な意味で「他者」なくして自己認識はない、というほどの意味に解していたのであったが、もっと大きな「叡智」に日常的に触れる/触れ得る自分に気づくことの方が大切だ、と実感を込めて思えるようになってきたのが、先月の講演の帰り道なのだった。


 僕にとってこの連続講演のあった1年少々の時間は、連なることに大きな意味があった。一回きりであって一回きりではない。壊して一から創るものと、連続するもの。それらを成り立たせる、大きな何ものか。ポーの世界?

  
 みなさん自身が書くということが大事なんです、若松さんはそうおっしゃった。日々何かにふれている自分に気づく、その体験を書く。それがどんなものになるのか、想像できない。けれど、「筆と爆裂弾とは紙一重」(二葉亭四迷)というのは、そういうことかもしれない。

 
 どんな言葉を、僕は刻みつけていけるだろうか。


追記

 上原專祿著作集版の『死者・生者』、出版社在庫を代官山蔦屋さんは全て仕入れたという。目の前で何冊も売れていったのを目の当たりにして、覚えず目頭が熱くなった。こんな日が来るとは。こんな光景を見ることが出来るとは。

 
 今も残っているかどうかしらない。しかし、古本屋でもしばらく見かけぬように思う。入手の機会はそうあるまい。ちょっとでも興味を持たれた方はぜひ、蔦屋さんに問い合わせてみて頂きたいと思う。断じて損はしない。
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by todoroki-tetsu | 2013-07-26 22:05 | 批評系 | Comments(0)

「読み方」の問題――若松英輔・大澤信亮の言葉から考える

 若松英輔さんが、先日の講演の中で、小林秀雄や井筒俊彦の様々な文章を紹介しながらおっしゃっていたことの意味を考えている。


 それは、「小林や井筒の言葉を比喩として読んではならない。その通りに読めばよい」ということだ。「まず感じ取ること。文学や宗教はその後にある」とも言われていたように思う。多少表現を変えながらも、繰り返し繰り返し言われたことであった。

 
 言葉を正確には再現できていないかもしれない。自分のとっていたメモは走り書きに過ぎて自分でもよく判読できない。ゆくゆくは書籍になるそうだから、正確さはその時にゆだねよう。生身で同じ場所にいながら、そうしたことがどうにも僕自身に引っかかった、その確かさだけがさしあたっては重要だ。


 思いつくままに、参照項をあげていってみる。結論など早々出せるもんかと開き直る。ただ、考えていくうちに思い当たる言葉をひっぱりだし、そしてまた考える。その繰り返しだ。


 中島岳志さんとの対談の中で、大澤信亮さんが述べた言葉(『世界が決壊するまえに言葉を紡ぐ』、P.126-7)。

 たとえば、目の前の現実をじっと見つめる時、ここにあるもの(コーヒーカップを指して)が言葉なのか、物質なのか僕にはわからないんです。
 
 単純にカップという物質がぽつんとあるわけではなくて、言葉を使ったさまざまな交渉の果てにカップが今ここにあるわけじゃないですか。

 さまざまな言語的関係が練り上げられていく中で、ここにある現実ができあがっているとしたら、この目の前の現実も簡単に物質とは言えない。


 「言葉の二重構造」と名付けられたセクションにおいて、小林秀雄の「感想」の話題を中島さんがふったのに対し、「言葉と実践を分けないで生きた人間」としてのキリストを提示し、応答するところの言葉。このある種の踏み越え加減がスリリングで印象深い。たいせつなことが言われているという気はする。しかし、理解は出来ていない。そりゃあれこれ何かを引っ張り出して言葉をつぎはぎすることくらいなら出来る。けれど、それをしたところで何の意味があろう。

 
 そうなると、やはりここは言葉どおりに読むしかない。繰り返し読むしかない。言葉にふれる時に、確かにこういうことは、ある。


 ちなみに、この対談は、大澤さんが「月の爆撃機」(ザ・ブルーハーツ)にふれて締めくくられる(P.144)。

 で、月明かりは何だろうと思った時に、僕は言葉だと思うんです。友だちも、恋人も、誰の声も入れない自分のなかにも、つねにすでに、言葉という他者だけは入っている。

 この他者を通していかに自己を開けるか。ここに自由や平等を考える鍵があると思います。




 言葉と実践(あるいは現実)、自己と他者と言葉との関係。

 
 ここでいう「他者」は何なのか。一対一で対峙する他者、吉本さん流に言えば「個体と他の個体との関係する世界」=「二人の世界というモデル」(講演「宗教と自立」)の話なのか、それとも「集団性のなかにおける個体の世界」=「三人の世界」(同)の話なのかは判らない。いや、ひょっとすると「個体としての個体の世界」=「ひとりの世界というモデル」(同)なのかもしれない。けれど、閉じられた中での話でないことだけは言えると思う。これらみっつの世界を貫く、あるいは横断する、そんなイメージは得ることが出来る。さらに言えば、やや「三人の世界」に近いように思える。

 
 お前がそう思うからそうなんだろう、と言われればそれまでだ。「自由」「平等」といった社会的な文脈で使われる述語に引っ張られているだけではないのか、と言われればそれまでだ。しかし、「ひとりの世界」でも「ふたりの世界」でもいいし、それらを往復してもいいのだけれども、とにもかくにも突き詰めて突き詰めていった末に差しこんでくる月明かりがあるとして。その月明かりに照らされた自分はどこへ行こうというのか。誰に対して何を為そうというのか。自己を開くとは、再び他者との関係性を結び直すことに他ならないのではないか。だとしたら、個別具体的な「二人の世界」で自己を開いたとしても、それはもはや「二人の世界」だけの話ではありえず、「三人の世界」へも波及していくものではないのか。


 言葉に出会うことと、出会ってからのこと。確かにこの二つは異なる次元にあるのかもしれない。しかし、そうした「時系列」だけの問題だろうか。


 ついこの間、上原專祿の『死者・正者』の山場のひとつ、「誓願論」をTWITTERで読み直していたのだが、その際僕はこんなことをメモしている。


 しかし、「目の前にいる他者」が歴史上の人物であれ現世の者であれ彼岸の者であれ、そうした存在と自分自身との関係はどうだろう。そこには何か共通して目指すべきものや、両者をとりまくものがありはしないか。二人の閉じられた関係ではなく、三者の開かれた関係。 #shisha_seija



 上原と妻はおそらく釈尊―日蓮を媒介とし、その関係は「共闘」である。ともに第三者に向けて対峙する。「死者と生きるとは、死者の思い出に閉じこもることではない。今を、生きることだ。今を生き抜いて、新しい歴史を刻むことだ」(若松英輔『魂にふれる』P.20)。 #shisha_seija


 
 まだまだ考えなければならない。
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by todoroki-tetsu | 2012-06-26 00:52 | Comments(0)

開沼博『「フクシマ」論』を読んで――その一

 もう何冊目になるのか数えようともしていないtwitter読書、開沼博さんの『「フクシマ」論』にした。タグは #fukushimaron 。日本語のタグも使えるようになったと知ったのは読み始めてからだった。

 出た当初は「フクシマ」というカタカナ表記がどうにも気に入らず、手に取る気にならなかった。しかし、やはり何かしら自分も足を運ばなければならないと感じて、『津波と原発』とともにしょうがなく購入したというのが正直なところ(ついでながら、佐野眞一さんも僕はあまり好んで読まないほうである)。

 ところが読み始めるとこれが意外に面白く、荒削りな部分ももちろんあるだろうが、問題意識の塊がぶつけられてくるようで非常にスリリングであり、また自分自身の考えていることなどとあわせてハッとさせられるところも多くあった。個別にはtwitterで記したので、論点を絞って自分なりの感想を記すことにしたい。


1.「内へのコロナイゼーション」
 P.325-8に整理された記述があるが、全篇を貫き通しているといってよい。用語にかかわる部分だけ引いておくと、「ここでいう『コロナイゼーション』とは、成長に不可欠な種々の資源や経済格差を求めて『植民地化』を進めていく過程」(P.326)である。

 1945年までの対外膨張的な植民地主義が、国内に向かって行く過程。その中に福島が、いや「地方」があった、ということ。これは極めて重要である。読みながら上原專祿を常に想起していたのだが、あらためて上原自身の言うところを引いておきたい。著作集14巻『国民形成の教育』に収録された1963年の講演録、「民族の歴史的課題と国民教育の任務」から。

 ところで、現在、日本には、今私が申しましたような地域認識の方法とはたいへん違った地域認識の方法というものが、権力、独占資本の側で形成されていると思うのです。それはどういうことかというと、地域における産業、地域における教育、別の言葉でいえば、「生活」の実際というものに即して、産業の問題や、教育の問題を考えてみて、そのような諸問題の有機的な複合物として、日本全体の産業や教育の問題を具体的に考えて、問題の解決をはかるのではなくて、中央の権力、その権力をバックにしている独占資本、そういうものの利益を追求していくという角度から地域を眺めて、地域というものを、そのような権力や独占資本の利益を実現していくための手段にしていこうとする、そういう見方や考え方のことです。こういう見方や考え方のもとでは、地位のもっている問題の具体性、問題の現実性というものはかえりみられないことになり、地域というものは、中央にとっての、利益追求の手段としてのたんなる「地方」というものに抽象化される。つまり、中央の権力や独占資本の考えていることは、地域を地方化していこうとすることなのです。(P.353)


 『「フクシマ」論』の見地からすれば、おそらくこうした物言いは地域の側の「能動性」を見ていないという点で批判の対象となるだろう。私もそう思う。しかし、そう簡単に切り捨てられそうにもない。汲みとれる何かがまだ、ある。
 
 地域は、日本民族の生活、日本民族の仕事がそこで具体的にいとなまれ、具体的に展開される場であると考えられます。地域の問題はその意味において、ことごとく民族の問題であると言ってよい、と思うのであります。(P.359)


 地域の問題は民族の問題である。では、民族の問題とは何か。それはとりもなおさず平和の問題であり、独立の問題である……そのように論は進んでいく。上原は別のところで、①平和の問題、②独立の問題、③民主化の問題、④貧困の問題の4つを「現代」の課題として捉え、さらにその中でも②独立の問題に課題を凝集させる認識を示している(「民族の独立と国民教育の課題」、P.39-61)。

 地域の問題から民族の問題、そして独立の問題へ……荒削りな連想ではあるが、ここからより具体的なイメージをつかみ取ることは出来ないだろうか。すぐさま思い浮かぶのは『吉里吉里人』だが、ここでは廃する。今一度、上原の言葉に耳を傾ける。

 全人類の問題というのは大げさだ、というかも知れませんが、人類中のある部分が他の部分を抑圧している、そのことをもって、そういう事実をそのままにしておいて、人間が人間を人間らしく扱っていく人類社会ができつつあるのだと、どうして言えるか。(略)これは抑圧されている側の問題でありうるだけでなくて、意識的、無意識的に抑圧をしつつある、独立をさせない、自由を与えない、平等の状態を与えないでいる、そういう人たちにとっても問題なのであって、そういう独立しない国々、自由や平等が享受できない国々、そういう人たちというものを、この世界に存在させておいて、人間の尊厳などということが、人類の尊厳などということが、どうして言えるのか、人間は人間の尊厳ということを、皮肉でもなく、反語でもなく言えるような、そういう現実になりうるためには、どうすればよいかという、全人類的な問題であって、そのような問題が地域において具体的な形をとって出てきているのだと思うのであります。(P.370)


 ここでさらなる補助線を引く。雨宮処凛さんのいう「必ず誰かが犠牲になる社会は嫌だ」(『ドキュメント 雨宮☆革命』)。

 誰かに抑圧される、誰かの犠牲になるのも嫌だし、誰かを抑圧し、誰かを犠牲にするのも嫌だ――そう考えてみた時、果たして「フクシマ」は自分にとってどのような課題と認識されるか。

 おそらく、労働・職場の問題と言う観点は外せないだろう。twitterで僕はこう記した。

 朝鮮人労働者の証言とその後追いはさらに続く。「植民地的主体性」を持った人物=京大出の朝鮮人に行わせた「統治」(P.339-342)。ここでもまた自分の職場のことが思い起こされる。契約スタッフの一部を「主体化」させ「統治」することは僕の日常としてある


 ひょっとするともっとシンプルに考えてもいいのかもしれない。が、課題は何重にも複合しているようにも思える。が、「内なるコロナイゼーション」と自分自身が無縁でないことだけは、おそらく真実だろう。
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by todoroki-tetsu | 2011-08-19 10:09 | 業界 | Comments(0)

上原專祿『増補改訂版 世界史における現代のアジア』

 ずっと懸案であったことのひとつだった。上原專祿の『増補改訂版 世界史における現代のアジア』(「著作集」13巻、評論社)をtwitterで何とか読み終えた。ハッシュタグは #uehara_asia とした。


 前々から上原を一度はやってみようとは思っていた。でも畏れ多いような気もして敬遠していた。たいがい僕はねっ転がって本を読むことが多いのだが、上原の本だけはきちっと机に向かって読む。なぜだか自分でもわからない。


 いっとう最初にはじめたのは今年の1/15。どうやら当時の時事問題の何かに思うところがあったらしい。おぼえていない。たぶん、独立とは何か、みたいなことを考えていたような気がする。少しだけ進めて、長らく中断。ちゃんとやり直さなければ、と思ったのは中島岳志さんの『秋葉原事件』を読み進めていた時。自分の中で、何かの問題に接した時の態度なり方法論なりといったものを、鍛え直す必要があると感じたから。

 
 というわけで実際に読み進めていた最近では、もっぱら上原の方法論・認識論に重点を置いた読み方となった。典型的にそのあたりが現れたツイートを編集の上再掲する。

 「私たちは日本の全体を動かす力がないのであろうか」(P.237)と問いかける。世界や日本を動かしているのは超越的存在ではなく、人間ではないか、と上原は訴える。当然ここは上原が受けている日蓮の影響を無視できない。重要な部分。


 「世界の動きや日本の動きに自分だけが圏外に立って、偉い人がやってくれるだろうという気持ちであるならば、それは政治の実際の動き方を知らないことになる」(P.239)。卑下もせずうぬぼれもせず、「淡々とした人間の一人、日本人の一人」という意識が欲しい、と。


 「その意識に立つと、自分の生活や仕事に関心を持つのと、少なくとも同じ度合いで、日本の動きや世界の動きを問題にせざるを得ない気持ちになるであろう」(P.239)。そうは出来ていない自分のことはとりあえず棚に上げておくとして(忘れはしない)、ひとまず頷く。


「自分の生活というものは、家庭や職場を中心とする場合でも、いつでも世界や日本の問題が集約されたかたちでそこに問題になって来ているのであって、世界や日本の動きと関係のない自分だけの生活や仕事というものは絶対にあり得ない」(P.239)。全面的に賛成。


 「極端にいえば、自分の仕事や、自分の生活というものは、世界ならびに日本の問題の非常に具体的なかたまりなのだ」(P.239)。頭に叩き込んでおこう。ここで上田耕一郎ではなく、あえて浅尾大輔さんの言葉をメモ的に記しておきたい。「働く人の根は、家族や家庭にはなく、職場にあるのです」と今は閉じられたご自身のブログのコメント欄に浅尾さんは記しておられる。ずっと気になっている。上原の文脈とは少しずれようが、手放せない言葉。


 「世界と日本と自己を一緒につかみ、同時に認識し、統一的に生きていこうとすると、そこに生活の重量感といううものをだれでも感じるであろう。気楽に生きるためには、職場の全体、仕事の全体がどうなっていようと、自分に与えられた仕事をどうするかということだけを考えてほかのことは考えない方がよい。いわんや日本の社会の全体や人類の未来などについては一切考えない方がよい。ところで、こうした考え方だと、気楽に生きていくことは出来るが、一人の人間がそのような生き方をすると、その当人の分まで背負い込んで心配しなければならない別の個人が必要になってくる。(略)こういうことに気がつくと、重くてもやはり世界、日本のことを考えてみる必要が起こってくる。それは一種の道義的責任みたいな問題ではないかと思う」(P.240-1)

 この部分は難しい。世界と日本の問題の「具体的なかたまり」として自分の仕事や生活を認識するか、という問題と、誰がそれを担うのかという問題。確かに「道義」だろう。では、その「道義」が通用しない/させない場合ははたして? 難しい。だが、「荷物は好きでも嫌いでも存在する。これを一緒になってになっていける仕組と雰囲気と各個人の考え方が出て来れば、楽にやれる。同じ方向に皆が協力して担って行けば重くあっても快い」(P.241)というのは理解できる。


 「自分の仕事や自分の生活を考えるのと、最少限同じ度合で世界の動きと日本の動きについて考えてみると、両者の間には内的連関があるだけではなく、それ以上に同じ問題の両側面にほかならないものであり、同時に自分自身の問題であることがわかるのである」(P.241)


 
 「具体的なかたまり」として自分の仕事や生活を認識する。このことの重要性は判る。ここは全面的に賛成でもあり、実践すべく心がけたい。だが、それは「道義」だろうか? 話の通用する奴には通用するかもしれないが、通用しない奴には通用しないのではないのか? 

 
 日蓮か親鸞か? とどっちもよく知らないくせに、そんな思いを抱きながら読み進めていたのでもあった。自ら悟りを啓かんがごとく己自身と日本と世界を統一的に把握しようとする試みを、まっとうに検証するにはその対極の親鸞をぶつけて考えてみるしかないのではないか、と。今到底出来ることではないし、見当違いかもしれないが、じっくりと考えてみたい。

 
 さて、「具体的なかたまり」として自分の仕事や生活を認識するというのは、はたしてどういうことか。「具体的なかたまり」はまさに具体的なのであって、そこからは多種多様なものを引き出すことが出来るだろう。上原はそこに世界史認識と、主体性とでもいうべきものを常に打ち込んでいる。その両者なくしては上原のような認識は成り立ち得まい。そこをもっと突き詰めたいという気持ちと、方法論を借りてもう少し別のアプローチができないものか、という思いとが錯綜する。上原の他の著作もこのように進めていきたいと思うものの、社会科学のモロの古典にまでさかのぼろうと考えてもいる。そろそろ助走に取り掛かる。


 方法論にばかりこだわっているが、実際そうでもあり、またそこに逃げているのだという気もしている。お前は何をやるつもりなのだ? という問いに具体的に応えていかねばならないのだろう。
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by todoroki-tetsu | 2011-07-02 22:28 | 業界 | Comments(0)