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伊丹万作「戦争責任者の問題」其の三

だましたりだまされたりする日本人全体。その様相を掘り下げていく過程で、服装について触れられる個所がある。万作自身は病身でもあり、あまり出歩くことはなかったようだが、戦闘帽なるものをかぶらずに外出すると「国賊」かのように見られた、という。


 その本意は「我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々」が「我々を圧迫しつづけた」、その事実と意味を剔出するにある。そこはのちにふれよう。いま興味深いのは服装について万作自身の考えが述べられる個所。戦闘帽の例を出したそのあと。

 
 もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもついて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、かれらは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をしてみせることによつて、自分の立場の保鞏(ほきょう)につとめていたのであろう。
 
 服装の、これほど明確な定義を僕は知らない。しかし、定義があらかじめ伊丹の中にあったというような感じはしない。むしろ、眉を逆立てる様子から遡ってこの定義にたどり着いた、と思える。十三さん幼少の日記へ万作がしるしたコメントが記念館にはある。そこでは注意深く観察することの大事さを簡潔に説いていた。その注意深さが、どうやらここでも発揮されているようなのだ。

 アラン、あるいはヴェイユに通ずるような眼差しがここにありはしないだろうか。アランには、ヴェイユには、万作にはなれなくとも、しかし注意深さは、日々の自省によって鍛えることが出来る。




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by todoroki-tetsu | 2013-11-15 00:36 | 批評系 | Comments(0)

平成23年(う)第1051号

 「東京地裁 平成20年合(わ)第491号」から、「東京高裁 平成23年(う)第1051号」と変わったその事件の、判決の場に、立ち会うことは出来なかった。


 何となく、抽選に外れるだろうという気はしていた。前がそうだったのだから。妙に早く着いてしまったことといい、目が離せない批評文を手にしていたことといい、どうにも符丁があうのだった。寒い季節か暑い季節か、並んだのが左か右か、そんな程度の違いでしかない。1年半前に手にしていたのは大澤信亮さんの「復活の批評」であり、昨日手にしていたのは小林秀雄さんの『感想』であったが、これはあるいは大きな違いかもしれない。

 
 してみると、いかに忘れっぽい僕でも、多少なりとも身体感覚でこの事件を、裁判を、記憶にとどめていたということか。その時見ようとしていた何かというよりも、何かを見ようとしていた自分のことを、思い出すのかもしれない。

 
 高裁での公判は、一度だけ傍聴することが出来た。被告が出てこない、というのはあり得る話なのだろうか、というのが大きな疑問であった。いったい、何をしたいのだろう、と思った。

 
 「死刑が確定したとしても、執行まで時間はある。人間として成長してほしい」(2012.9.13「毎日」)と、重傷を負ってもなおそうしたことを語る方の思いが、届くのか届かないのか、僕には判らない。届いてほしいとも届くべきだと思う資格は僕にはない。ただ、考え続けるだけだ。


 これでおしまいということでは、おそらくない。さらに何かが続くのか、そう遠くないうちに刑が確定し、執行されたとしても、被害者にあわれて生きのびる方々の、あるいは亡くなられた方のご遺族の、あるいは加害者の身の回りの方々も、日々の生活はめぐってくる。

 
 そうした時代と社会に、僕自身もまた生きているわけなのだが、忘れっぽいが、たまに思い出したように何かを考えたふうになったりもして、時として偉そうに、時としてしおらしくもなる。こういう手合いが一番性質が悪いのだ、とこれももう何度か記したことのような気がする。


 忘れない、などと言うことは出来ない。努力する、ということは出来るが、どうにもおさまりが悪い。自分自身の問いとして据えられなければ駄目なのだ。回り回ってその手がかりがつかめるかもしれないという、そういう感触だけはようやくおぼろげながら立ち現われてきた。


 事件当初の2008年初夏以降、2年ほど僕は事件を忘却していたといっていい。ふとしたきっかけがあって、忘れていたことに気づかされたのだが、しばらくの間は、「では、いかに応答すべきか」と考えていたといっていい。「じゃあ、どうすればいいのだろう/どうすべきなのだろう、自分は」というわけだ。しかし、こうした考え方は、知らず知らずのうちに、他者を傷つけるものでもあった。自らの膿を切り裂くつもりの刃が、覚えず他者を傷つける。そうして傷つけてしまった他者は、だいたいにおいて、傷つけてはいけないような人々であったのだ。


 応答しようなどと考えるのが間違っていた。そのことに気づくまでにまた随分と時間を要した。「問い」それ自身にのたうちまわること。答えを出そうとあせるのは逃避以外の何物でもない。


 もっと早くにヴェイユを読み返すべきであった。僕にとっての「真空」は、おそらくここに存する。真空に、耐えなければならない。しかし、恩寵を期待してはならないと言い聞かせる。


 そこまで行き着いた時にはじめて僕は、「君が死ぬのを悔むような社会を僕はつくりたい」(中島岳志さん、2012.9.13「朝日」)という言葉とまっとうに対峙できるだろう。今はまだ、まだまだだ。
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by todoroki-tetsu | 2012-09-13 23:16 | 批評系 | Comments(0)

「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その十一

  6:「ヴェイユが拒絶したアメリカ」は、引き続き第二幕の助走である。徐々に身体を温め、いよいよラストスパートをかけようという、その手前である。


 思考の枠を、労働力が消費されていく過程から「神の問題」へと広げていった思想家のうちで、シモーヌ・ヴェイユは、私にとって詰め将棋「けむりづめ」を実践したひとであり、現代に復活した「悔い改めた盗賊」であり、ぶどう園の農民労働者であった。

 そうして彼女は、事実上、アメリカを拒否したひとでもある。

 アメリカを拒否したという意味は、私の考えでは、アメリカにこそ、ヴェイユなるものを延命させるものがあったということである。


 ヴェイユには墓のにおいがする、といったのはバタイユであったそうだ(吉本隆明講演「シモーヌ・ヴェーユの意味」)。死の影は確かに付きまとうように思われる。この評論でしばしば触れられるヴェイユもまた、かずかずの重要な言葉を残しつつも、死の影からは逃れ得ぬ。そう、「あらかじめ」定められているものとしてそれはある。人は誰しも死ぬものだ、という意味ではない。「最後の被救済者」すなわち、もっとも長く苦しむ者としてのヴェイユ。


 その死を、取り返そうという。ヴェイユを、延命させようという。いや、正確に書かれた言葉に従おう。「ヴェイユなるもの」。失われたものは二度ともとには戻らないかもしれない。しかし、それが悲劇であるならば、繰り返さないことは出来るかもしれない……。

 
 ここで唐突に、次のようなセリフが僕の中に響いてくる。それを言ったのはトボ助であった(木下順二、「神と人とのあいだ――夏・南方のローマンス」)。


 取り返しのつかないこと――でも、その取り返しのつかないことをあたしは取り返そうと思うんだな


 この言葉を受けるのにもっとも適切なのは、「はぁいッ、でも……、そんな闘争、出来るかしら」(「猫寿司真鶴本店」)であるだろう。気負いも不安も、ありのままがここにある。それでもなお、取り返しのつかないことを取り返そう、と。

 
 いよいよ、ハックルベリ・フィンに教えを請う時がやってくる。



  
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by todoroki-tetsu | 2012-08-10 01:20 | 批評系 | Comments(0)

「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その九

 5:「かつて、ぶどう園で起きたこと」に、引き続き呻吟している。結局のところ、自分の国語力の貧弱を露呈させるだけなのかもしれない。とにかくやってみる。


 まず、このセクションからえられる心象のおおきな部分が、「殺人」であることから考えてみる。前のセクションで吉田修一さんの『悪人』を取り上げており、その流れからみると不自然ではない。

 
 遠い昔、「神の一撃」によって繰り出された殺人ビリヤードの玉突きが、人類の全歴史を貫いて、ニッポンの九州北部という荒廃した地方都市において、たまさかスパークしたというような、そんな「畏怖」である。



 このような壮大なさかのぼり方をしておられるため、「いまから二千年ほど前、イスラエル地方で起きたぶどう園連続殺傷事件は、……」という記述から始まっても、そのこと自体には大きな違和感がない。


 しかし、なぜ「殺人」にふれられなければならなかったか。もう少し考えてみる。

 
 4:「作品分析――副詞『あらかじめ』の恐怖」に挙げられた作品のうち、殺人事件が中心に据えられているのは『悪人』だけである。言い換えれば、「ロスジェネ文学」の分析は、殺人を伴う作品によって締めくくられる。わたしたちの日々の労働や生活の中で、おそらく最悪の事態のひとつとして考えられる殺人。それは殺すことも殺されることも含むものだ。


 ほんとうに希望をつかもうとするのなら、どうしてもこのイメージが、「殺す」「殺される」ということについて真正面から向き合うことが、必要である。この評論では一切触れることがないが、しかし、浅尾さんの頭の片隅では、秋葉原の連続殺傷事件が去らないであろう。同時代の読み手も、また。もちろん、この事件だけでなく、ありとあらゆる怒りや悲しみ、暴力が視野に入れられていることが、知られるのでもあるが。


 さて、殺人のイメージをどこまでさかのぼるか。そう考えた時に、おそらく書き手の中心にあったのは、聖書より先にヴェイユであったろうと思われる。吉本さんの言葉を借りれば、「疾く死なばや」の境地に行き着いたヴェイユ、工場の、ぶどう園の労働に身を投げ出したヴェイユ。資本あるいは労働と、死が重なりあう心象。『悪人』―ヴェイユへ、そして聖書における「ぶどう園」の物語へとたどり着く。


 したがって、「ぶどう園」の物語は、死⇔殺人のイメージと、資本⇔労働のイメージの双方が重なりあわされなければならない。どちらか一方ではダメなのだ。重なり合ってはじめて意味を持つのである。この二つが重なった時、マタイ伝のぶどう園エピソードから引き出される「この最後の者にも」(ラスキン)あるいは「遅れた者が勝ちになる」(井上ひさし、湯浅誠)といったタイプの展望――こうした展望の「型」はたいせつだとは強調しておく――は、跡形もなく消え失せる。殺人は、他ならぬぶどう園で起きたではないか、と。


 そこから何を引き出すことが出来るのか。書き手と読み手とが立っている場所がここである。


 では、ふたつのぶどう園の挿話の重なり合うさまを、みていこう。聖書そのものに当たってみる。まずは、マルコ伝第12章。高校時代にもらった日本聖書協会発行の、旧約・新約のまとまった一冊本が手元にあるのでここから。


 ある人がぶどう園を造り、垣をめぐらし、また酒ぶねの穴を掘り、やぐらを立て、それを農夫たちに貸して、旅に出かけた。
 季節になったので、農夫たちのところへ、ひとりの僕を送って、ぶどう園の収穫の分け前を取り立てさせようとした。
 すると、彼らはその僕をつかまえて、袋だたきにし、から手で帰らせた。
 また他の僕を送ったが、その頭をなぐって侮辱した。
 そこでまた他の者を送ったが、今度はそれを殺してしまった。そのほか、なお大ぜいの者を送ったが、彼らを打ったり、殺したりした。
 ここに、もうひとりの者がいた。それは彼の愛子であった。自分の子は敬ってくれるだろうと思って、最後に彼をつかわした。
 すると、農夫たちは『あれはあと取りだ。さあ、これを殺してしまおう。そうしたら、その財産はわれわれのものになるのだ』と話し合い、
 彼をつかまえて殺し、ぶどう園の外に投げ捨てた。
 このぶどう園の主人は、どうするだろうか。彼は出てきて、農夫たちを殺し、ぶどう園を他の人々に与えるであろう。



 連続殺傷というにふさわしい「事件」である。では、そのぶどう園の内実はいかなるものであったのか。浅尾さんの現場検証はマタイ伝第20章によるものと考えてよい。


 天国は、ある家の主人が、自分のぶどう園に労働者を雇うために、夜が明けると同時に、出かけていくようなものである。
 彼は労働者たちと、一日一デナリの約束をして、彼らをぶどう園に送った。
 それから九時ごろに出て行って、他の人々が市場で何もせずに立っているのを見た。
 そして、その人たちに言った、『あなたがたも、ぶどう園にいきなさい。相当な賃銀を払うから』。
 そこで、彼らは出かけて行った。主人はまた、十二時ごろと三時ごろとに出て行って、同じようにした。
 五時ごろまた出て行くと、まだ立っている人々を見たので、彼らに言った、『なぜ、何もしないで、一日中ここに立っていたのか』。
 彼らが『だれもわたしたちを雇ってくれませんから』と答えたので、その人々に言った、『あなたがたも、ぶどう園に行きなさい』。
 さて、夕方になって、ぶどう園の主人は管理人に言った、『労働者たちを呼びなさい。そして、最後にきた人々からはじめて順々に最初にきた人々にわたるように、賃銀を払ってやりなさい』。
 そこで、五時ごろに雇われた人々がきて、それぞれ一デナリずつもらった。
 ところが、最初の人がきて、もっと多くもらえるだろうと思っていたのに、彼らも一デナリずつもらっただけであった。
 もらったとき、家の主人にむかって不平をもらして、
 言った、『この最後の者たちは一時間しか働かなかったのに、あなたは一日じゅう、労苦と暑さを辛抱したわたしたちと同じ扱いをなさいました』。
 そこで彼はそのひとりに応えて言った、『友よ、わたしはあなたに不正をしてはいない。あなたはわたしと一デナリの約束をしたではないか。
 自分の賃銀をもらって行きなさい。わたしは、この最後の者にもあなたと同様に払ってやりたいのだ。
 自分の物を自分がしたいようにするのは、当りまえではないか。それともわたしが気前よくしているので、ねたましく思うのか』。
 このように、あとの者は先になり、先の者はあとになるであろう。



 ぶどう園=天国あるいは「悔い改められた世界」、という理解でまず間違いはあるまい。ここで、登場人物を整理してみる。

 
 マルコ伝においては、「主人(不在地主)――その使い――農園の農夫たち」が登場する。農夫たちは農園を守るために使いをなぐったり殺したりするが、そんなことをした結果、主人(不在地主)に殺される運命にある。主に農園とその外部の話であり、殺人が起きるのは農園の内部ではない。

 
 マタイ伝においては、農園の内部が語られる。「主人―管理人―雇われ人」が登場するが、管理人の出番は少ない。主人は自ら市場に出かけて積極的に雇用をはかる。この内部では、さきの者の不平はあるが、そこから殺人にまで至ることはない。すくなくとも記述の中では。

 
 マルコ伝の主人と、マタイ伝の主人は、同一人物ではない、と考えてみる。そうすると、登場人物は次のように整理される。

 
 「マルコ伝の主人(不在地主)――その使い――【マタイ伝の主人―管理人―雇われ人】」


 こう考えると、マタイ伝の主人以下管理人と農夫が、よってたかって不在地主の使いをなぐり、殺したことになる。自分たちの収穫と「奇妙な労使関係」を守るために。それはゆくゆく、マルコ伝の主人(不在地主)によって斥けられるものであるが。


 しかし、どちらも同じぶどう園なのだと考えてみた場合、主人が違うと考えるのは不自然だとも言える。どちらも「天国」なのだから、と考える。すると、マルコ伝の主人(不在地主)は、マタイ伝の主人と同一人物であり、ある時はぶどう園を離れて使いをやり、ある時には自ら農夫を雇いに行く。使いをないがしろにした=ぶどう園の収穫をひとり占めしようとした場合にはその農夫たちを殺し、自らがぶどう園にいる時には「自分の物を自分がしたいようにするのは、当りまえではないか」とうそぶく。


 次第に「主人」の姿には「資本」が、暴力が、重なり合ってくる。ヴェイユの言葉が、いや、ここでヴェイユの言葉を引く浅尾さんの心象が、少しずつひらかれていく。

 
 彼女(ヴェイユ)は、持病の頭痛に苦しみながらも、屈強な農夫と同じだけの労働を成し遂げたあと、農民哲学者ティボンに次のように語っている。

 「ある日、わたしは、自分で気づかないうちに、死んでしまって、地獄に落ちたのではないか、地獄とは、永遠にぶどう摘みをするところではないかなんて思ったことがありますの……」

 ヴェイユのようなひとこそが地獄に落ち、最後の被救済者となる。

 そう、「ぶどうの房を引っぱったりすれば、ぶどうの粒はみな地面に落っこちてしまう」。

 すなわち私たちは、ぶどう園における連続殺人事件から「あとの者は先になり、先の者はあとになる」という、世界が滅びる際のルールを導き出すことができる。

 
 
 救いのイメージではないということ。「世界が滅びる際のルール」が記されているのだということ。だが、続く次の一連の文章で、再び路頭に迷いそうになる。


 しかし、私の考えでは、この、ぶどう園での殺人事件から真逆の「誤読」――すなわち剰余価値の誕生と、人間が内在する労働は他者のそれと比較不能であるという「誤読」をともに導き出すことができる。さらに換言すれば、資本の暴力(本源的蓄積)の起源と、それを克服する新しい等価交換の世界が、あらかじめ、ぶどう園において存在しており、そこで殺人がおきたという「発見」である。悔い改められた世界は「滅びの世界」であり、「コミュニズム」などと名付けることは出来ないが、とどのつまり両者は呉越同舟/同工異曲なのではあるまいか。


 「あとの者は先になり、先の者はあとになる」を、「世界が滅びる際のルール」とする点ですでに独創性が十二分に発揮されているように思えるのだが、読む者に息もつかせず言葉は続いていく。真逆の誤読、とは、滅びのイメージとは違うということだと強引に解釈しよう。


 「剰余価値の誕生」――「資本の暴力(本源的蓄積)」。マタイ伝で描かれる、12時間労働した者と1時間労働した者との賃金の話。両者が同じ程度の「低さ」にとどまっていれば、剰余価値はここから生まれよう。あるいは、マルコ伝による、不在地主として暮していけることをもって剰余価値の誕生としてもいいのかもしれないが、これはいささかこじつけがすぎようか。


 「人間が内在する労働は他者のそれと比較不能」――「新しい等価交換」。同じくマタイ伝で描かれる、12時間労働した者と1時間労働した者との賃金の話。労働時間は違うが対価は同じ。なぜなら、その両者は比較できないから。この論法は、判る気がする。マルコ伝からは、不在地主がどの程度の「収穫の分け前」を求めたのかが判らないため、いかにも考えようがない。


 ここでマルコ伝とマタイ伝に再びさかのぼったのは、「資本の暴力(本源的蓄積)の起源と、それを克服する新しい等価交換の世界が、あらかじめ、ぶどう園において存在しており、そこで殺人がおきたという『発見』である」という一文を理解するためである。


 殺人現場はどこなのか? 


 ぶどう園とその外部か、それともぶどう園の内部か。マルコ伝では、不在地主が分け前を求めた、その時に殺人が起きているのを見た。しかるに、ここで披歴される「誤読」は、殺人の描かれないマタイ伝に主に依拠しているように思える。ここが、判らない。判らないのだけれども、この誤読を覆すほどの「物証」も、僕にはないのである。「判らないが、何かを感じる」と繰り返し述べてきたが、ここはそうした手触りの典型の個所である。しかし、ひとつ言えるとしたら、「収穫をひとり占めしようとすること」(マルコ伝)、「一日じゅう働いた対価に対して他者と比較をして文句を言うこと」(マタイ伝)はともに、主人の意に沿おうとしないという点で共通しているということ。その時の最悪の事態として、殺人(殺すことも殺されることも)があるということ。


 しかし、「ヴェイユのようなひとこそが地獄に落ち、最後の被救済者となる」以上、たとえ主人の意に沿って働いたとはいえ、最後の最後には救われるのかもしれないけれども、そこに至るまでには繰り返し繰り返し地獄の苦しみを経験しなければならない。


 暗澹たる気持ちが、沸き起こってくる。そりゃあ「ラジオ体操の歌」なんて耳にしちゃあいられないはずだ。


 この手の判らなさがもうひとつある。「とどのつまり両者は呉越同舟/同工異曲なのではあるまいか」という一文。ここでの「両者」は何と何なのか。「悔い改められた世界」と「滅びの世界」と読むべきか、「悔い改められた世界」=「滅びの世界」と「コミュニズム」と読むべきか。あるいは……。しかし、ここも判らないが、感じ取ることは出来る。要するに、一見「展望」や「救い」のように見えるところに、そんなものはありゃあしないのだということだ。


 がんじがらめの、それこそ文字通り「あらかじめ」の、救いようのなさが読む者を覆う。はっきり言ってしまえば、「嫌な感じ」である。だが、ここを通り抜けないかぎり、いつわりの希望で日々を慰安するだけなのだろう。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-06 12:01 | 批評系 | Comments(0)