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「争点」について

 今朝(11/25)の「毎日」一面の見出しには、「争点づくり懸命 14政党乱立 戸惑う有権者」とある。


 見出しだけ見て「なんじゃこりゃ」と思った。争点なんていくらもあるじゃねぇか、と。ったくだから「大新聞」はよぉ、と朝っぱらから毒づいてしまったが、よく読んでみると、ここでいう「争点」と僕の思う「争点」が違うのだな、ということに気づく。


 衆院選(12月4日公示、16日投開票)へ向け14政党が乱立し、有権者側から「何を基準に投票すればいいのか分からない」と戸惑う声が出る中、各党は争点づくりに懸命になっている。


 
 この一文は善意にも悪意にも取れる。しかしその前に、僕自身の立場をはっきりさせておこう。


 消費税増税には反対だし、原発はなるべくはやくなくしたい。それでもどうにかこうにかやっていける道があるはずだと思う。米軍基地も要らない。自衛隊が即不要だとまでは思わない。TPPはよく判らない。生活保護バッシングはおかしい。日本国憲法を改正する必要は感じない。それに何より、日々正社員として働いているなかで、非正規雇用を、使い捨てのような労働のありようを、改めたいと強く願う。お前は正社員だからいいだろうというもんだいでは、ない。もう、持たないのだ。これらをトータルで託せる人と勢力に、僕は投票する。政治が変わり労働法制が変われば、明らかに職場は変わるのだから。

 
 さて、このように考える僕であるから、「争点」をわざわざ「つくる」なんていうのはちゃんちゃらおかしいやい、ということになる。だって、すでに争点はいくらもあるのだから。それをわざわざ「争点づくり」なんていうのはゴマカシじゃないのか。これが悪意のある読み方。

 
 翻って善意のある読み方は、ここでいう「争点」は庶民の生活や国政上・外交上の大きな問題をさておいた、政局・選挙運動レベルでのきわめて卑小な「争点」と考える、そういう読み方である。会社組織とはいえ生身の人間が書いているわけだから、本気で思っているのか、お仕事で書いているのか、何かをこっそりと込めようとしているのか、そのいずれかであるだろう。が、そこまでの忖度は不要か。


 「何を基準に投票すればいいのか分からない」。怖い言葉だ。明らかに他者を評論する言葉である。新聞記事なのだからしょうがないとはいえ、「お前はどうなんだ」と思わず語気を強めてしまいそうになる。これがいちゃもんなのは判っている。少なくともこの言葉を額面通りに受け取るのはやめにしたい。読者としてのそれが最低限のたしなみというものだろう。


 僕に言わせれば基準ははっきりしているのが今回の選挙だが、「これはいいけどここがちょっと……」「そもそも投票しても無駄」とか、そういうふうに思っている人が少なからずいることは想像できないわけじゃない。しかし、だからこそ、じゃあ、自分はどうなんだと自問し、自分自身の答えを見つけて行くほかないじゃないか。自分はこう思っている、ということを括弧に入れてさも得意げに言葉を振り回すことだけはやめにしたい。選挙は論評するもんじゃない。自分が主体的に関わっていくものなのだから。


 それにしても、「民主」「自民公明」「第三局」「既成政党」という意味不明な区分はなんとかならぬものか。こうした枠組みを最初にはめてしまうから、「争点づくり」なんてよく判んないことになるのではないのか。「『政局』で本は売れない」と僕は以前記しておいたが、そういう本が売れないような論調ではなく、新聞にはガンガンに争点を突き付けていってほしいと思っている。

 
 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-25 20:47 | 運動系 | Comments(0)

「カネと命の交換」

 いやだってば。酒を飲んで真面目な話をするのは好きじゃねぇんだよ。……ああ、そう。そうですか。んじゃあまあいいけどね、どうなっても知らんよ。

 
 じゃあ言うけどさ、脱だか反だかどっちでもいいんだが、原発はおかしいとか止めたいとか、いろんな主張の違いはあるにせよ、とにかく原発に反対する側とざっくりしとこうか、僕も一応考え方としてはそちらのほうだと思っているんだけれどもね。そうした側がいのちを大事にするというか、したいと考えている立場だということ、それは確かにその通りだとは思うんだ。間違いはない。


 じゃあ、原発を推進する側はどうかってことになる。推進を言う人はじゃあみんな命を大事にしていないのか、という話なのよ、考えてるのは。いやだからさ。「命を大切に思うなら原発反対になるはずだ」っていうのはちょっと待とうよ。「はず」って危険だよ。人間として、とか、福島の人のことを、とか、実際に20キロ圏の近くに行くと、とか、そうしたことは申し訳ないけどちょっと脇に置かせてくれよ。正しくないってわけじゃない。正しいと思うよ。けどさ、僕もあなたも福島の人ではないでしょう。それで東京にいて電力を消費している。待った待った、「だからこそのその責任を自分たちが」というのは判るよ。それは僕も正しいと思ってるんだってば。けど、ちょっとその手前で考えたいのよ。ええいもう、この一杯もらうよ。


 ええと。そう。確かにね、もうなんだか勝手に安倍政権になったつもりなんだか知らんけど、それで電力会社の株が上がったとか、そういう話はなんか変だなとは思う。でも、それはそれとして後にしよう。そう、考えたいのはね、「カネと命の交換」っていう、鎌田慧さんの言葉なんだ。「カネと命の交換」、公害や原発と引き換えの経済成長、そういうことだと思うのね。どっちを選ぶの、と。この対比がすごく大事なのは間違いない。


 だけどさ、じゃあ原発を再稼働したいと思っている人が、じゃあカネよりも命が大事と思っているか、っていうと、必ずしもそうじゃない気がするんだわ。いやだから落ち着いて聞けってばさ。確かにね、確信犯的にやっている連中は少なくない。腹黒いうさんくさい連中は絶対にいる。そいつらは確かに「金の亡者だ」みたいな批判をしても、かなりの程度当てはまると思うのね。


 でもさ、そいつらの中のどこかに、あるいは確信犯じゃなくても素朴に考えている人ならなおさらだと思うんだけどさ、「電力ないとやっぱ困るでしょう」とか「景気がよくなんないとしんどいよ」とか、そういうのがあると思うのね。それってさ、命を大事にしていない、っていうこととはちょっと違う気がするんだわ。

 
 ……そう。もちろんもちろん。ほんの少し足を運んだだけでかえって失礼かもしれないけれど、やっぱり実際に荒れほうだいの田んぼだったり、子どもの姿のない町並みとか、錆びたレールとか、そういうのを見ると、原発さえなけりゃあと思うし、おかしいと思う。ふざけんなよ、誰のせいだよ、と。その「誰」の中に、いくばくかは自分もやっぱり入ってる。それを棚上げにして誰が悪いというだけじゃ駄目だよとは思う。確かに僕も告訴人になる書類は事務局に送ったけどね。それではいおしまいじゃないものね。でもさ、その後ろめたさって何なんだろうね。後ろめたさは後ろめたさのままであり続けるんだろうか。


 話がそれていったかな。……ああそうそう、原発推進イコール命を大事にしてないとかカネの亡者みたいな言い方がどうかって話だったね。話変わるようで申し訳ないけどね、こないださ、すげぇ久々に実家に戻ったの。離れみたいにして90歳のばあちゃんが住んでんだけどね、まあ元気は元気なんだけどさ、キッチンがオール電化になってんのよ。子どもたち、叔父や叔母やなんかがよってたかってそうしたらしい。もう簡単な調理くらいしかばあちゃんはしてないんだけど、それみてやっぱり安心はしたのよ。どこまで安全かはしらないよ。けど、やっぱり安心したというのは僕にとっての事実なんだ。そうするとさ、いや、判ってる、それと発電の比率とかコストとかっていうのは直結しないのは判ってる、けどさ、そういう電力による安心みたいなことっていうのはさ、いくら代わりのやり方がいくらあるといってもね、厳然としてやっぱりあるんだなと思ったの、自分の中に。


 それをイデオロギーだとかまやかしだとか、真実は云々とかっていってもね、それだけで通用しないんじゃないか。……判った。通用しないは言い過ぎだね。通用しない場合もある、と言い換えよう。噛み合わない、って言ってもいいかな。そういうことはあるよね。つまり、原発推進=命よりカネが大事、っていう確信犯は別として、命を守るためにある程度は原発も必要なんじゃないの、っていう思いは、けっこうあるんじゃないか。少なくともそういう思いに、「カネか命か」という二者択一は通用しないよね。「命のために電力要るじゃん」で終っちゃう。


  何かこうね、不安とか漠然とした疑問とか、そういうものに寄り添うような言葉じゃないと、いかんと思うんだ。で、そうした言葉っていうのは、何より自分自身の中をしっかりくぐりぬけたというか、うまく言えないけど、そういうものだと思うのね。ゆらぎとか、ためらいとか、そうしたものが含まれた言葉。「指示表出」先にありきじゃないと思うんだわ。あくまで「自己表出」じゃないと、結局のところ響かない気がする。自分が聞く立場になった時にはそうだからかもしれないけど。


 結局ね、こたえられてないと思うんだいまだに。ええと、あの、小学生の手紙。ゆうだい君、そうだ、『「僕のお父さんは東電の社員です」』って本になった、あれ。みんなで議論しましょう、みたいなことで結んでいたと思うんだけど、確かにいろんな議論はこの1年半以上であったと思う。けど、あの男の子が提起したかった次元で自分たちは話を出来ているんだろうかねぇ、と。……判らんよもう。


 ダメだ。もう限界。続きは素面の時にしよう。俺もちょっと整理しないといかん。経営からすりゃあカネにとにかくしなきゃいかんという発想があるだろうけど、そうした発想に通底するものは自分の中にありそうだ、とか、「他者」って何、とかさ。ああそう、肝腎の「カネと命の交換」の話がどっかにいっちまった。自分が思ってる以上に内面化しちゃってんじゃないのか、ってことなの。新自由主義とか自己責任と一緒にね。いやとにかくこれでおしまいにしよう。グダグダになっちまってすまん。お水いっぱい頼む。
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by todoroki-tetsu | 2012-11-22 12:46 | 批評系 | Comments(0)

選挙と書店員

 ずいぶんと慌ただしいことになってきた。都知事選が急に決まったかと思えば、次には総選挙。かねてから、景気回復のためには総選挙だろうと思ってきた。それで何が変わるかどうかは判らんが、少なくとも何かを変えるきっかけがないことには商環境は膠着するばかりだ。

 
 紙か電子か、などという問いにどこまで意味があるか知らない。ただ、顧客の求めるものを提供すること、それを維持できる仕組みを作ること、その仕組みでみんながそれなりにメシを食っていけること、そのことだけが重要だ。そうしてみると、いずれにしたって、コンテンツを購入する個人顧客のふところがあったかいものかお寒いものか、が書店員にとって極めて重要であることにかわりはない。


 その意味では、いま本を買って下さる顧客の生活がこれ以上しんどくならないように、本代を削らずに済むような社会になること。さらに言えば、いままで本には手が回らなかったという方が、「まあ、月に1冊くらい単行本を買ってもいいかな」と思ってもらえるような状況になることが、重要だ。もちろん商売人であるから、いかなる商環境であれ努力はするし、それが現状不足している部分があることも承知はしている。個人消費が上向けばおのずと本の売上が上がるなどと楽観はしていない。しかし、選挙の際にそのような思いを込めて個人として投票するのは問題あるまい。


 さて、その選挙である。選挙の結果を受けて諸般の経済状況が変化する、そこに期待するというのは何も書店に関わらず、小売全般に当てはまる問題であろう。書店の場合にはその業種特有の条件が付加される。つまり、選挙関連本というやつだ。近年政治がらみでえらいこと売れたので記憶しているのは、オバマ大統領の初当選の時だが、それもすぐさま大量の類書が出てお互いを食いつぶしてしまった。


 まあ、それはいい。問題は、いまだ。いまを、どうするか。


 経験則上、「政局」で本は売れない。もちろん、僕は僕の勤めている店のことしか実感としては判らないから、普遍化するつもりはない。しかし、誰と誰だどうくっつくだの離れただのというのは、本の売れ行きにほとんど影響しない。存外そんな評論家めいたものは売れやしない(関係者が組織的な購入をすることはあり得るだろうが)。その結果として何がどう変わるか、その具体的な手掛かりを指し示すものでない限り、たいしたセールスになりはしない。書店の棚を一時的に食いつぶしてはいおしまいだ。

 
 要するに、個別具体的な政策であり、論点である。これが明確にならないと、本は売れないのだ。この間のいわゆる「第三極」報道で気にかかるのは、そこだ。第三極の是非を云々するのは商売人の立場ではない。しかし、誰と誰がどうしたこうしたじゃあ本は売れないんだよなあ、という危機感だけは抱いている。


 投票まで4週間。単行本で新たなものが出ることは期待していないし、やっつけ仕事になるならやめたほうがいい。速報は新聞・雑誌がやればいい。ならば、いままで出ている本、いわゆる既刊本をうまく演出していくしかない。

 
 TPP、消費税、社会保障、原発、選挙制度、米軍(基地)、領土、民主主義、憲法、労働、生活保護……問題は無数にある。そして、これに関する本はすでにそれなりの数出てもいる。これをどう活かすかが、書店員の腕の見せどころだろう。政治家の顔がバーンと出るような本はとりあえずいい。「人」では売れないから。立場の違いはもちろんあっていい。というより、なきゃ始まらない。反対でも賛成でも、ガンガンに論争が起きなくちゃならない。

 
 しかし、反対のシンパ、賛成のシンパだけが買うような本は、よくもわるくも数が見えてしまうので面白くない。論争が発展していけば、相手の言うことを論破しようと違う意見の本も読むだろう。その問題に興味のない人でも、とにかく読んでみようかと手に取るだろう。


 以前、社会運動に関する本を念頭において、ある種のモデルを考えてみた。三人のモデルである。ここで記した考え方は、変更する必要が今もないと思っている。


 まっとうな議論が起きれば、本は売れる。そのようにして本が売れる社会は、少なくとも悪い社会ではない。これは、僕は確信だ。その確信をいかに形に出来るか。コーナーのためのブックリスト作りを、急ピッチで進めているところである。
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by todoroki-tetsu | 2012-11-19 09:38 | 業界 | Comments(0)

寺めぐりなど

 京都に行く時にはほぼ必ずといっていいほど龍安寺の石庭に立ち寄っていた。見るたんびに違ったような、しかし同じような心持がして何とも言えない。が、最近はサボることがしばしば。喫茶店めぐりに時間を取るようになったということもある。今回もまたサボった。

  
 何の下調べもしちゃあいないし、紅葉には早すぎるのだとも行ってから気づいたような次第だが、まあ、特別拝観シーズンでもあるようだからと久々にお寺さんなどをまわってみる。

 
 久々に天龍寺に行ってみようと最寄り駅からとぼとぼ歩く。途中こじゃれた古本屋さんなどを見かけるとつい覗きこんでしまう。職業なんだか趣味なんだか判らない。紅葉前とはいえ休日のせいかえらい人手。天龍寺には入る気が急に失せ、塔頭であるところの弘源寺と宝厳院にのみ立ち寄ることにする。

 
 維新の折の刀傷。それそのものはどうでもいいが、寺というのはそういう場所であったのだということはどことなく面白い。何らかの決起、その際に集う場所。単に京都に寺が多いということでは説明できなさそうな気がする。場、ということ。

 
 基本的には枯山水を無性に好む。しかし、そもそも久々に天龍寺へと思い立ったのは池を見るのもよいだろうな、という気分になったからであった。宝厳院・獅子吼の庭はじゅうぶんその気分を満たしてくれる。排された巨岩、おもしろくつくられた水流、一面の苔を見つつ、何を思ってこのような配置をしたのかと考えてみるが、結論はない。


 市中に入ってからひと息をつく。必ず行く喫茶店のいくつかをはしごしたのち、これまた必ず足を運ぶ一乗寺は恵文社さんへ。なぜか単行本で買い漏らしていた、茨木のり子さんの『寸志』を求める。「この失敗にもかかわらず」は、やはり詩集らしい質感で読みたいと思ったのだった。

 
 とっぷりと夜は更けている。ちょっと調べてみると曼殊院はそうそうに夜間拝観をやっているそうな。歩いて歩けぬ距離でもなかろう。カロリー消費のためだと思ってあるきはじめたはいいが、坂を登っていく段になって急に後悔してしまう。汗みずくになってひっそりとたたずむ門跡にようようたどり着く。

 
 随分前に一度だけ来たような心持もする、よく覚えていない。さすがに門跡、天皇と縁もゆかりも深いゆえか、色んなところに由緒を感ずる。ライトアップされた枯山水を眺めるというのはいかにも現代的であって、さて、往時の人がそのような楽しみ方をしたのかは知らない。楽しんで見たのか、何らかの修業的な意味合いもあって表されたのであろう世界観をありがたいと思って見たのか。いずれにせよ、美しい。芯に沁み入ってくるような冷たさは、さっきかいた汗が冷えたからだけでもあるまい。開け放された板張りの廊下にたたずみ、山からひたひたと迫ってくる冷気。無音だが、音が聞こえてくるような冷たさ。


 我に返って立ちあがる。日々の手入れがあって今があるわけで、そっくり昔日のままというわけではあるまい。が、何かが伝わっている、遺されている、生き延びている。そう感じる。生きながらえさせたのは何であっただろう、とふと思う。天皇家か時の権力か。生き延びている何ものかは確かにある。しかし、それは何ものかをして生かさんと思わしめる、そういうものではなかったか。同じことを逆から言えば、それを生かそうと思う人がいたからこそではないか。美しさを感じるというのは、そういうことなのではあるまいか。ただ、眺める。触れる。そこからつかみ、つかまれる何ものか。

 
 さすがに帰りはタクシーに頼ることにした。出町柳まで走ってもらう。一番最初、意識して学生時代に京都に来た時には、故あって深夜この界隈から清水寺あたりまで歩き、戻ってきたことがある。もう20年近く前の話だ。その時の記憶のせいかどうか、とにかくこの鴨川沿いというのは好きな場所なのだ。


 一夜明けてさあ、どうしようと考える。高田渡信者としてはベタであれ何であれ、イノダの本店は欠かせない。一日のプランをどうしよう、とまずは早くからあいていそうな六波羅蜜寺へと向かってみる。ここもはじめてのところ。


 地下鉄に乗っている道中、昨日いずれかのお寺でもらってきた「正しい坐禅の組み方」なるパンフを読む。「坐禅をする時、目は開いています」とあるのが面白い。「菩薩の半眼」というのだそうだ。「目を閉じると消極的になり、余計な妄想がわいてきますので、閉じないで下さい」。なるほどそういうものかと妙に納得してしまう。


 六波羅蜜寺に向かったのは、早くからあいているというだけでなく、辰年にしか見られないというご本尊が拝めるとガイドブックに書いてあったから。あまり仏像には興味があるほうじゃない。物珍しさのほうが勝る。しかし、いざお参りをしてみると、何とも言えぬ表情がある。作った人は何を思ってこのような表情を形にしたのだろう。思ってやれることなのか、何かに突き動かされたか。それはそれでたいへんに興味深いけれども、それをまた拝んだ無数の人々が今までにあった。単にありがたいからか。たまにしか見られぬからか。そういうこともあるだろう。しかし、そうでないこともありはしないか。いかなる動機からであれ、その前にたたずむことで、ほんの一瞬であったとしても、何か背筋が伸びるような、心の底から自然に頭を下げ手をあわせる、そういう出会い。作り手の出会いであるだけでなく、今までにこの場で手をあわせてきた無数の人々との、出会い。


 続いて向かったのは泉涌寺。東福寺だけにしようかどうしようか駅を降りて迷うものの、ええい、ここまで来たんだとやや遠い方の泉涌寺から先にする。二度目だが、以前の記憶というのはすっかり忘れているもので、昨晩に続きふうふうと山道を登っていく。まあ、覚えていたら止めていたかも知れないので結果よしだ。


 まったく意識していないかった。ここもまた天皇家にゆかりある寺であった。仏教と天皇。宗教と権力。まあ、そういうものだろう。由緒正しいと誰が決めるのか知らぬが、そうして遺されてきた貴重なものは確かにある。しかし、と思う。やはり、偉い人だけがそれをあがめたてまつった、それだけのことであれば、何百年、下手すりゃ千年の単位で遺りはしない。そこに価値を、惹かれるものを、大切だと思わせるものを、感じ取ることのできる生身の人間が居続けたのだ。


 「千年に一度の出来ごとには、千年を超える思想だ」。そう大澤信亮さんの声が聞こえてくる(「出日本記」。「群像」2012年5月号)。ならば、千年を超える思想――それは庭や仏像や書や画や言葉によってあらわされる――、そうしたものがたかだか数十年、よくもって百年程度の生身の人間に宿るということ、これは不思議という他はない。なるほど宿るのは千年に一人の人間かもしれない。けれど、その思想を、数十年の寿命しか持ち合わせていない人間たちが、何世代にもわたって紡いできたのだ。その力は何か。また、その力を認知できるというのはどういうことか。


 たとえその認知が誤解であったとしても、それによって生き延びる/生き延びさせることが出来たなら、それは少なくとも偽物ではない。若松英輔さんがしばしば強調する「誤読」とはそうしたものだと、勝手に感じて納得している。


 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-16 22:04 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十七)

 共産党が偉いともなんとも思わない。偉い部分は確かにある。そのうちのひとつは、意固地なまでに名前を変えないことであるが、そのことは今の本題ではない。


 誰が偉いとか指導と非指導とか前衛と大衆とかマヌーバだのフラクションだの中央だの末端だの、そんなことはすべて取っ払う。どうだっていいそんなことは。ただ、ある問題に対して気づく。意見を述べる。働きかける。運動をする。理論を知っていた、蓄積があった。そんなこともどうだっていい。みんなに関わる問題がそうやって発見されたなら、別に誰がどうしたとか関係ない。権威なぞ知ったこっちゃない。


 極めて乱暴に、そんな風にいろんなものをぶち壊した上で、考える。校長が、共産党に訴えるという気持ちで思いを吐露するということを。そして、それを受け取るであろう共産党員か、それに近しい旧友のことを。


 校長のいわんとすることは、ぐうの音も出ないほど正しい。それはもとから校長自身の考えていたところもあったろうが、しかし、共産党のものいいに対して「それはおかしい」と思う、そうした思いから固まっていたものも少なからずあるだろう。共産党がこう言った、そのことで初めて自分の中で明確に形になるもの。文章を読むむころ、絵を見ること、それら全部ひっくるめて、やはり他者との出会いによってしかそのような明確化はあり得ない。

 
 ところで、そのようにして形になったものは、往々にしてそのきっかけとなったものへと向かう。「共産党が先きへ先きへと指導せぬのが悪い」。しかも、だ。校長はただ議論を弄んだのではない。学生時代の来歴から今の中学生と接しながら3人の子供を抱え、さらに3人の子供を抱える妹のことを考え、顔をいたく傷つけて帰って来た部下であり理解者である若い教師のことを思い、そして坐りだこのついた妻のことを考え、そしてわずか五勺の酒に酔うのである。校長の言葉はそのまま「訴え」であり「叫び」に他ならない。

 
 では、それに対してこの手紙を受け取った旧友は、何と答え=応えられただろうと考える。おおよそ、こうした場合に考えられる態度はいくつかの型を想定できる。第一に、政治的に論破すること。いや、そうじゃない。君の言っていることはまちがっている。実際にはこういうことだ。だからこちらが正しい。この正しさを判ってほしい。だから僕にしたがうべきだ。第二に、相手の言うことを受け入れること。君の言うとおりだ。まったくそのとおりだ。そうなるように、いっしょに頑張ろう。だから君も僕と同じ陣営に入らないか。


 しかし、第三の型がある。ただ、相手の言うことに耳を傾けることだ。うなずくことは出来るかもしれない。しかし、応答すべき何ものも持ち合わせていない、というそのことを、深くかみしめること。応答なんて出来やしないことを、ほんとうに心の底から理解すること。杉田俊介さんのいう「失語」とは、こうしたものであるまいか。


 第一や第二の型では、けっして「五勺の酒」という作品は出来やしない。失語した/させられた経験を、深く自らに刻み込まない限り、こんな作品は生まれやしない。ならば、失語なくこの作品を読むことは、ありえぬのではないか。失語の先にあるものをつかまえることが果たして出来るか。何度でも何度でも、ここに立ち返ろう。


 ……尽きせぬことばかりだが、ひとまずここで区切りとする。
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by todoroki-tetsu | 2012-11-14 22:21 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十六)

 もうほとんど終りに近づいてきた。ここで少しばかり振り返っておきたい。


 当初は運動を意識しながら読み始めたことは記しておいた。今こうした作品を生み出さなければならんのではないかということも。それについて、思い起こされる光景がある。いずれもこの間の反原発にかかわる場面だ。


 あれはたしか経産省前だった。記憶が混同されていなければ、今年の2月20日だ。夕方から夜にかけての抗議行動。色んな人がマイクを持ってアピールをされる。この時は非常にテンションが高いというか、ぶっちゃけて言えばかなり粗く強い言葉が続いていた。役人は人殺しだくらいの言葉は平気で飛び交っていた。

 
 そうした怒りは、まっとうなものだと思う。そこまで言わせるものは何なのかという思いで聞きつつ、しかし、やっぱり厳しいなと感じていた。いきおい中心に行くというよりは、少し離れて眺めるということになる。僕はテントの前あたりに立っていて、そこいらに掲示されているいろんなものを見るとはなしに見るなど、していた。


 気づくと、なんだか尋常ではない雰囲気の女性が近くに立っている。声をあげて泣きださんがばかりの様子。この方も色んな思いがあるのだろう。切ないものだ、と勝手に思っていたらいきなり声をかけられる。「あれはどういう人たちなんですか」。答えるべき何ものも持ち合わせていない僕は言葉に詰まった。


 テントでよくお見かけする方が様子を察したのか、すぐにやってきた(お名前は知らないが、よくお見かけする中年の男性の方だ。別の時には抗議行動に難癖をつけてきたよっぱらいを丁寧に対応しておられた。敬服するほかはない)。女性とのお話を始めたので、それを横で聞くのも失礼かとその場を離れた。

 
 何分くらいたったかは知らない。またテント近くに戻ってくると件の女性はいない。カンパついでに先ほどの男性にそれとなく伺ってみると、どうやらこういうことだったらしい。

 
 その女性は福島だか仙台だかのご出身で、立場や具体的なことは判らないが、霞が関で勤めておられる方なのだそうだ。やはり色んな思いがあって、意を決して仕事の後にやってきたが、かなり厳しい言葉で当局を非難している言葉を耳にし、当惑した、と。

 
 普段テントにおられるその方から見ても、やはりその日はいつになく言葉のテンションは激しい日だったようで、「僕らはとにかく言葉でお願いしていくほかはない」ということを基調にしつつ、お話を受け止め、応じられたようだった。


 こうして再現してみて、この微妙なニュアンスとでもいうべきものを記しきっている自信はない。そう間もない時にtwitterでメモしておいた以下のような言葉の方が適切だろうか。


 言葉が「敵」ではなく、味方かは判らないが少なくとも中間地帯にある人を「誤爆」する光景を目撃する。誤爆させた人をどうこういう資格はない。他ならぬ僕自身が、今まで何度となくそうしたことをしてきたのだから。しかし、切ない。 

 
 そもそもかかる言葉を発せしめたのは何であったのか。個人と個人の関係に落とし込むだけでは足りない。そうした表現をとらざるを得ない必然があったのだから。しかし、その必然が共有されない他者はどうすればいいのか。関係を一過性にしないように、と考えるのはひとつのヒントになるかもしれない


 もうひとつの光景。これはもはや具体的にどこでどう見たかは定かではない。ひょっとすると、ネットや何かでの書き込みとごっちゃになっていて、自分の中で区別がつかなくなっているかもしれない。

 
 それは、原発を推進しようという人々、再稼働に賛成しようという人々の中にたたずむ、子どもを抱いた女性の光景だ。子どもをベビーカーにのせていたのか、抱きかかえていたのか、あるはそのそれぞれであったのか、もはや判らない。しかし、その女性の表情は切実だ。ダルな感じで「サーヨークー、デーテーケー」というのとは訳が違う。


 反原発を表す言葉の中で、こうした光景は再現できなければならないと思う。そしてそう思う僕自身が、たとえ僕の力では及ぶべくもないことであっても、努力しなければならない。意図して挑発する意味での「誰かがやってくれよ」が、言葉のうわっつらとしてのみしか許容されないものとして。自分が出来ないのは判っている、ならばせめて可能性だけでも探りたい。


 ――いずれの光景も女性に関係しているというのは、おそらく僕のジェンダー観と無関係ではあるまい。坐りだこへのまなざしに共鳴するものとも連なるだろう。が、それが何だかは判らない。開き直るつもりもない。ジェンダーに関わる領域とそうでない領域が混在しているのを自認することまでしか今のところは出来ない。他者の力が必要だ――


 「五勺の酒」から、では何を引き出し得るか。「批判的な意見も柔軟に取り入れてすごいですね中野さんは」、ということではもちろんない。そんな程度であれば、僕の心は惹かれはしない。「共産党に近しいながら批判する人の思いを内在化している」。少し近づいてきた気がするが、足りない。「共産党だろうがなかろうが、まっとうな庶民感覚を描いた」。これも悪くはないが、やはり不十分だ。


  「死者をおそったそのものに君自身どう対したかしらべずには決して死者を誇るな」。この言葉を念頭に置いて、以下を読む。「出征」の「征」を「ゆく」と読ませてくれといった国語教師、すなわち校長のもっともよき理解者であるところのこの教師・梅本が戦地から帰ってくる。出征前の美男ではない。「耳は耳たぶ二つともなし、鼻は突出部がなくなってじかに孔だけあり、くちびるは歯ぐきすれすれの線まで取れたという形で帰ってきた」。


 梅本と話すのは、彼の家族以外は天下に僕ひとりだ。僕が困るのは、相手の目だけ見てでなければ話ができぬことだ。耳や口はまだいい、鼻の部分へ目をやるまいとするのは僕としてひととおりならぬ努力が要る。美男美女でないからよくはわからぬが、僕は美男美女としての彼ら二人のこと、特に細君のほうを考えてその言いようのない惨酷に目の前が暗くなる思いをする。とにかくにも惨酷だ。よし子のことを考え、考えることをよし子に気の毒と思いつつ、玉木がこんなで帰らなかったのをいいことだったとさえ思うことがよくある。そうして、死んだほうがよかったと考えるような人が日本でどれだけあるかと考えて心が落ちこみそうになることがある。それは、梅本の細君が梅本をいやになることがありはしまいかと懸念するというようなことではない。不穏当な言葉をいとわねば、梅本夫人における梅本の美しい肉体の破壊が、よし子の出版のことで玉木を悲しむなんどより、どれだけ深刻かはかり知れぬ気がすることがあるということだ。どうか共産党よ。このことを知っていてくれと叫びたくなることがあるということだ。実際ただ、天皇と天皇制とまで行かねばすべてを取りあつかう条件が出来ぬのだ。


 死者をおそったそのものが、梅本に、妹のよし子に、そして自分自身に、ひたひたと迫ってくる。その何ものかに真っ向から立ち向かうべき共産党が、ちゃんと向き合っていない。気づいているのは自分だけか。とぜねがら酒飲め。「このことを知っていてくれと叫びたくなる」。

 
 その叫びが直接天皇にではなく共産党に向かうのは、なぜか。そのような認識を校長にもたらすきっかけが共産党にあったからに他ならぬ。敵か味方か、批判か反批判かという外面の下にあるもの。上っ面ではない、共闘への欲求。傷つけながら惹かれあう何ものか。

 
 ここから、「予め自分の中にあるもの」と「他者と出会うことによって内部からうまれくるもの」との関係を引き出すことができる。これは、「運動」あるいは「問題」を考えるにあたって外せない関係だ。


 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-12 11:45 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十五)

 前回、敵対し合う関係に終止符を打つのが死者であり、それに通ずる言葉である、と記した。終止符というのは正しくないかもしれない。その関係性はうわべはたしかに終るだろうが、内実としては、ともに手を携えて別の次元に行くというのでなくてはなるまい。どうあっても他者の力は必要なのだが、生きているものどうしの一対一すなわち「二人の次元」のみならず、実はすでにそこに三人目の他者=死者の存在が、ありはしないか。

 
 一般的に言って、人の死なない日は一日たりとてない。同時に、人の生まれない日も。毎日どこかで誰かが死に、誰かが生まれる。そんなものだと斜に構える前にやはり感じなくてはならないのは、あの時あっという間に、あるいはあの時から苦しい時間を経て、命を落とした方がおられるということ。あの時から継続している苦しさになお、さらされている人が少なからずおられるということ。そして生き延びることが出来た方々も、間近で失われた命を見てこられたのだということ。そういうことを前に、何かが僕に言えるなんていうのは驕り以外の何ものでもない。「五勺の酒」いうところを聞こう。

 
 何よりもあれを止めてくれ。圧迫されたとか。拷問されたとか。虐殺されたとか。それはほんとうだ。僕でさえ見聞きした。しかし君自身は生きているのだことを忘れないでくれ。生きている人よ、虐殺された人をかつぐな。生きていること、生きのびられたことをよろこべよ。そうして、国民が国民的に殺され拷問されたことを忘れぬでくれ。このことを考えてみてくれ。たくさんのわる気のない青年が、こちらから拷問し、暴行し、虐殺しさえしたのだということを。彼らのあるものは、この辺でもあった、国内ででさえ、工場近くの村むすめたちに集団的に暴行したのだ。暴行される域を越えて、自分から暴行するところまで追われ暴行されたのだ。いま生きて、君らの話を演壇の下から聞いている青年ら、彼らは、殺されなかったということそれ一つでいま生きてるのだ。たくさんの人が殺されるのを見てきた。たくさんの仲間の死骸を捨ててきた。場合いかんでは殺しさえして生きのびてきたのだ。そのことを知り、しかも彼らには、彼らを正しく支える精神の柱が与えられていなかったのだことをよく知ってくれ。死者をおそったそのものに君自身どう対したかをしらべずには決して死者を誇るな。


 戦争、それにともなう圧迫や弾圧。それらからの解放。そうした文脈と2011年3月から顕在化したもろもろのもんだいを、安易に結びつけることは無意味だ。けれど、死者にたいする態度は、十二分に学ぶことができる。

 
 命を失った人は、身近な人には何かしら語りかけるような、そんなことがあるかもしれない。そうした臨在はあるだろう。僕は直接よく見知った人を失ってはいない。そんな時に、どういう態度をとるべきか。


 「死者をおそったそのものに君自身どう対したかしらべずには決して死者を誇るな」。


 地震や津波に、どう対したかと言われると答えに窮する。けれど、万が一そうしたことが起きた時のために、予めの準備をしていたか。個人としての備えを言うのではない。社会としての備え。地震や津波だけが死者を襲ったのでは、おそらくはない。そして起きた後にどのような対応が社会として、政治として為し得たか、あるいは為し得なかったか。そして、原発事故とその対応……。

 
 そうしたことを、自分なりに引き付ける努力をまったくしなかったわけじゃない。しかし、根本的に欠けていたのは、それらを「死者をおそったそのもの」として捉えること、そして自分自身が「どう対したか」をしらべる姿勢だ。ここを棚あげしてしまってただの懺悔に終ってしまったら、何の意味もない。若松英輔さんの言われること(「死者がひらく、生者の生き方」、『死者との対話』)が、じわじわと効いてくる。

 
 が、ここは「五勺の酒」に話を戻そう。
 

 そもそもこの作品を書きながら読み始めた当初は、「運動」のド真ん中にあった中野重治が何故こうした作品を書き得たのか、こうした作品が今においてなお生み出されなければならないのではないか、そういう思いがあった。それは今も変わらない。けれど繰り返し繰り返し読むうちに、そういう気負いは自分の中で鳴りを潜めていくのが判る。自分がこの作品から何を得られるか。どこに沈黙を強いられるか。


 「死者をおそったそのものに君自身どう対したかしらべずには決して死者を誇るな」。


 この一文が自分に突き付けられる。なぜ突き付けられると感じるかを考えていくことが、中野が造形した校長の心情へ連なっていく道ではあるまいか。その道の先には中野その人がいる。中野その人の向こうには、その時代に生きていた人と死者とが、同時にいたに違いない。


 そこに触れたい。その触れた手で、いま現在をつかみなおしたいのだ。



 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-11 21:29 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十四)

 「僕らはだまされている。そして共産主義者たちがだまさせている。これが僕個人のいつわらぬ感じです」と記した校長は、「なぜ」という問いを具体例をいくつもあげて問うていく。共産党、あるいは共産主義者に対する疑問。怒りもあるかもしれない。どれひとつとってもまっとうなことだ。だが、この執拗さは何によって生ずるのだろうか。


 新人会に拒絶され、さびしい思いを抱き、しかしながら子どもたちの前青春期を守ろうと軍人教官とやりあい、妻の坐りだこを慈しみ、わずか五勺の酒にクダをまきつつ、子どもの、あるいは未来への、未練を認める。手紙を誰にあてたかは知らない。共産党員か、それに近しい人なのだろう。

 
 運動あるいは何らかの問題に具体的に関わっている人に対し、それに比較的近しいと自覚している人が、その自覚の故に厳しいことをぶつけるということは、ありふれた光景だ。ある時は突き付け、ある時は突き付けられ、そんなことに心底疲れてしまった僕には、それをありふれた光景だということだけしかもはや残されていない。


 突き付ける側に立つ時、それが悪しき「評論家」でないならば、一定の自負のもとに何かを突き付けているわけだ。自分ならこうやる、自分はこうやっている、お前のやり方はダメだ、お前は判っていない、オレハオマエノシンパナノダゾ……。もんだいはふたつある。


 ひとつは、善意であれ悪意であれ、こうした批判の中には、もちろんのことながら相当程度の正しさが含まれているということ。


 なぜ共産主義者が、むかしその運動が思想運動といわれたことがあったのを忘れたかのように、国民の思想的啓蒙の仕事を原論の稀釈にこんなにまだまかしているだろう。


 共産主義者に対して、これほどまでに手痛い、まっとうすぎるほどまっとうな批判があるか。政治か文学か、という問いのたて方がどれほど有効か知らない。けれどおそらくこうした批判に、政治では答えられぬだろうと予想はできる。政治的な正しさでは解決しない何ものかが執拗さとなって現れる、そのように思えてならぬ。何を思って中野重治はこれをえぐり出したか。批評家に任せる。ただ僕は驚嘆するだけだ。


 もうひとつのもんだいは、果たして突き付ける側は、共産党や共産主義者が存在していなかったあるいは何かを言ったりやったりしていなかった場合には、自分自身の意見を自覚していたのか。誰かが何かを言ったりやったりした時はじめて、自分の中の何かが駆動する、そんなことがありはしないか。


 僕はいつか『アカハタ』でメカケのことを読んだ。事がらは忘れたが、メカケにたいする軽蔑の気味がその文にあった。メカケを軽蔑せよ。それは軽蔑されるべきだ。しかし共産主義者よ、メカケが一人のこらず女だったこと、弱い性だったことを思い出してくれ。女でも金持ちはメカケにならなかったことを思い出してくれ。美しい、たのしい肉体、彼女らはそれ一つをつかうほか生きる手段がなかったのだ。メカケをメカケ所有者から切りはなさぬで考えてくれ。しかしメカケ持ちについてさえ考えてくれ。家とその法とが、そんなことでやっと恋を恋として変則に成り立たしたこともあったろうことを考えてくれ。


 メカケにたいして、メカケ持ちにたいして、このような見識を予め校長が持っていたか。こうも具体的になったのは『アカハタ』の一文を見てからであろうことは想像に難くない。だから共産主義者の存在は有意義だとか、そんなことを言いたいんじゃない。おそらくもっと普遍的なことだ。どっちが偉くてどっちが正しいとか、そういう次元じゃないことをイメージしている。以前にも引いたが、今一度。


 たとえば僕にとって、文章を書くことで生きると覚悟した人は、たとえ主義主張が敵対していても、その人がいなければ空間が成立しないという意味では否応なく味方でもあるわけです。そのように敵対性を回転させるものが資本のなかにある。


 大澤信亮さんの言葉だ。この言葉は「資本」あるいは「市場」を巡ってのもの。天皇制、家、あるいは民族道徳がもんだいとなる「五勺の酒」に、そのまま引き寄せるのは強引に過ぎる。けれど、何かが通じている。メカケを軽蔑した『アカハタ』と、いやそうじゃない、じっさいのところをもっとよく見てくれと切々と訴えかける校長との関係。野合でも慣れ合いでもつぶし合いでも相互無視でもない関係。物騒なことを言えば、生かしながら殺しあい、殺し合いながら生かす、そんな関係。

 
 そんな関係がもし成り立つとするならば、両者を紡ぐものは何であるか。資本なり天皇制なりはハードとしてある。しかし、執拗さはそれらによって解決することはないだろう。永遠のたたかいが繰り広げられる。それに終止符を打つプログラム――それは死者であり、それに通ずる言葉である。



 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-09 23:11 | 批評系 | Comments(0)

断想以前


 墓参の衝動にたえかねる、というのが我ながらよく判らない。だったらせめて生きている人間を、いまともにいる人間を、その衝動と同じくらい大切にせよ。理屈では判るが、それ以上に墓石の前に手をあわせたいとはやる気持ちは抑えられない。

  * * * * * * *

 墓参には欠かさず携えるマルボロを、忘れる。いつも墓参前に立ち寄るコンビニに入るまでは覚えていた。出た時にはすっかり忘れて、寺門前で思い出したものの、まあいいやと開き直る。たぶんこれが二回目だ。いつも線香代わりだと墓前で喫むのがならいだが、僕には成分が強すぎてくらくらしてしまう。落ち着いて話すにはないほうがいい、と生きている側で勝手に理屈をつける。奴がどう思っているか知らない。

  * * * * * * *

 手は合わせるし花も線香も人並みには供える。いざ墓と向き合ってみると、存外言葉は出てこないものだ。それでいいかも知れない、というよりほかにどうしようもない。よく判らない時間が過ぎる。何か話たいことがもっとあったはずなのだが、とも思う。不思議なものだ。それで自分の衝動がひとまずは落ち着いたのは、たんに形だけのことでもないだろう。

  * * * * * * *

 墓参せずとも会えているのかもしれない。さりとてここで向き合うことが意味のないことだとも思わない。いにしえの人々は様々な儀式や手順を踏んで魂と、神と、そしておそらくは死者に、触れあった。ならば、現代に生きる我々も、まったく何の準備や儀式もなしに死者と出会うことは出来ないというものではないか。一定の修練をしていれば別かもしれない。

  * * * * * * *

 形式的なことばかりまねてもしょうがない。自分の心の準備を整える、そういうことであればおそらくなんでもよいのだろう。自己啓発というのはそもそも宗教、特にキリスト教から出たものだと聞いたことがある。間違っているかしらん。が、なるほどそうだと思わせるものはある。自分なりのやり方を見つけること。騙されないように、騙さないように。誤らないように、誤らせないように。

  * * * * * * *

 そろそろ辞去しようかという時、次はマルボロを忘れずに持ってくるから、まあひとつ今日は勘弁してくれやと軽い気持ちで声をかける。おまえと俺の仲だとまでは言わないが。ふと最後に病室で見た顔を思い出す。そういやあの時も「また来るからな」と僕は言ったはずだ。それが生前交わした最後の言葉であった。ある時期まではその言葉に対する罪悪感めいたものが墓参には付きまとっていた。今でもないとは言わない。けれど、随分と肩の力は抜けるようになってきた。今回は特にそうだ。「また来るからな」、その言葉はまちがっていない。そう素直に言える。奴が何か言ってきても「だから来たじゃないか」と軽口をたたけそうな気がする。不遜だろうか。

  * * * * * * *

 いよいよ帰る時、墓周りを片づけながら、雑談めくように「そういやさ、最近小林秀雄を読んでんだよ」と言いかけて、口をつぐんではたと気づく。あの時は奴のほうがおそらく色んな本を読んでいたろう。特に、何も奴とだけではないけれども、いろんな連中が競い合うようにマルクスだのエンゲルスだのレーニンだのを読み漁ってもいて、マルクスとエンゲルスはおそらく僕よりもあいつのほうが読んでいた。レーニンはたぶん五分だ。いや、それも負けていたか。しかし、小林秀雄はお互いに見向きもしなかった筈だ。僕はあれこれあって今小林秀雄を面白いと思って読んでいる。別段マルクスだのなんだのが面白くなくなったということではないが、少なくともあいつは生きて小林秀雄を読むことはなかった。それは、どちらがいいとか悪いとか、幸か不幸かとか、そういうことじゃない。ただ、そういうふうに時間は過ぎて行く。ただ、それだけのことだ。
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by todoroki-tetsu | 2012-11-05 21:18 | 批評系 | Comments(0)

中野重治「五勺の酒」について(その十三)

 校長の「問題は共産党だ」という物言いの裏には、共産党をとっぱらっても残るものがある。そこをつかみたい。逆を言えば、残るものがなきゃその物言いはダメだということにもなる。だが。


 去年の八月十五日僕はぼんぼんといって泣いた。あのとき泣いたもののうちいちばん泣いた一人が僕だろう。僕はかずかずの犯した罪が洗われて行く気がして泣けたのだ。あのとき僕は決してだまされたとは思わなかった。しかしあれからあと、毎日のようにだまされているという感じで生きてきた。元旦詔勅はわけても惨酷だった。僕らはだまされている。そして共産主義者たちがだまさせている。これが僕個人のいつわらぬ感じです。


 さすがにこれは言い過ぎ/言われ過ぎの感がする。もちろん、当時の様々な言説を調べているわけではない。そこは専門家に任せる。しかし、単純に考えて、共産主義者に非はないとはいわないが、総体として力を有していたのは誰だったのか、そこを問わずして何故共産主義者が非難されねばならないか。


 ここでもまた、共産主義者を現在活発に活動している特定個人や運動体に置き換えてみようか。政治なり社会なりに何らかの問題がある。それに対して「否」と声をあげる。上げ方にもやり方にもいろいろとあるだろう。けれど、問題の主たる責任は現行の体制を推進してきた側にあるのであって、「否」と声をあげた側ではない。にも関わらず非難の声は、しばしば「否」と声をあげた者に向かう。それは例えば「寝た子をおこすな」という変化にたいする忌避であり、「そんなやり方ではだめだ」という評論もしくは否定によって自己の存在を知らしめるような精神構造として顕在化する。

 
 ――中島みゆきさんの「世情」が流れ出す。

 
 さらに難しいのは、「否」と声をあげた者には主たる責任はもちろんないわけだが、問題と状況によっては、やはり何らかの責任を背負っているという自覚にたどり着くことがしばしばである(例:「チッソは私であった」)。これは自らの主体性を突き詰め、また失われた何ものか――多くの場合には死者であろう――と向き合う時に出てくる自覚といえよう。濃淡はあれ、こうした自分自身への問いがなければ、やはり言葉は浮いてしまうだろう。「否」と声をあげた者への非難には、時としてまっとうな批判=批評が含まれるのである。


 おそらくどこまでいっても、こうした構図は変わらない。危険だが、吉本さんの講演「喩としての聖書」を手がかりに、参照項として下記をあげておかねばなるまい。
 

 そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって言った、「ああ、神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ、十字架からおりてきて自分を救え」。祭司長たちも同じように、律法学者たちと一緒になって、かわるがわる嘲弄して言った、「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。イスラエルの王キリスト、いま十字架からおりてみるがよい。それを見たら信じよう」。また、一緒に十字架につけられた者たちも、イエスをののしった。


 「マルコによる福音書」15章。「正しい者、聖なる者は迫害される。よって迫害される者は正しい」という構図をここから引っ張り出したいのではない。イエスの中に自分を見たければどうぞご勝手に。僕は「他人を救ったように自分を救え」と嘲弄する、通りかかった者たちの中に自分を見る。いいことを言っている奴に、「じゃあお前これはどうなんだ」と突き付けてやりたくなる気持ち。それはどうしようもなくあるものなのだ。


 そうだ。どうしようもなくあるものだからこそ、共産主義者を現在ある何ものかに置換してもすぐさま通用するのだ。共産党だ運動だという話に限ったこっちゃないのだ。そうしたことが作品として遺されていることにより、読む者は自分の気持ちを再発見し、孤独から逃れることが出来るのと同時に、問い直す契機を得る。

 
 ここからの数頁が、「五勺の酒」のヤマ場となってくる。
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by todoroki-tetsu | 2012-11-03 06:20 | 批評系 | Comments(0)