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2012・8・23の各紙朝刊、別名「『運動』もしくは『問題』について」(その四)

 2012年8月23日の朝刊のうち、「朝日」「東京」「毎日」が残っている。わりあいに原発には批判的なような気がするが、もんだいはそこではない。自分と同じ意見を見出して一時の慰めを求めるのは、たいせつなことではあるが、今の僕にとってはさして重要ではない。


 「朝日」は比較的多くの紙面を割いているように見受けられる。会見要旨も載せているし、同時刻に官邸前で呼応するような行動があったことも記している。3面にはこうある。


 約束の時間は20分たらず。首相の発言が長引かないよう、会話を避けることを事前に打ち合わせた。「これは陳情でも交渉でもない。『官邸内抗議』だ」。笑顔なし、握手なしという方針も確認した。


 なるほどやはりそうであったか、とひとり合点する。ぶあいそだとかしゃべりすぎとかいった感想は、この方針の前では消し飛ぶであろう。しかし、一方で、「少しでも悪いように思わせてしまったら人が離れてしまうんじゃないか」という危惧、あるいはそのような危惧を抱く人を代弁しているかのように語る人が、たえることはない。それはそういうもんだろう、という開き直りが必要だと感じると同時に、ここに何かがやはりありそうな気もする。それはおそらく運動というか、力学では説明しきれないものであるようにも思える。


 社説では「開かれた政治の一歩に」と大見出し。「読売」との対象を為す。先に参照した記事もそうであったが、「民主主義」という言葉が目立つように見える。なるほど、民主主義の問題といわれれば、そうかもしれない。そうでないと思えば、そうではないとも言えよう。


 様々な思いや意見を、一つの色に塗ることは出来ない。そんな感覚がある。ひとりひとりが、様々な色彩を帯びている。一色ではない。点描からなるような、多様なひとつひとつの色の点が無数に個人を織りなす。その個人が無数の点となり、一幅の大画をなすだろう。その大画がひとつの色調を帯びるとして見ようではないか。為された作品は上から単色で塗りつぶしたような色合いではなく、無数のグラデーションを交えた、しかしそれでいてひとつといえるような、そういう色調であるだろう。


 その色彩を、視ること。目を、凝らすこと。
 

 
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by todoroki-tetsu | 2012-08-28 21:01 | 運動系 | Comments(0)

2012・8・27「毎日」夕刊

 8月23日の新聞のことがまだ終わっていないのだけれども、今日のことは今日記そう。


 「毎日」の今日8月27日の夕刊1面には「1年半ぶり 校舎に歓声」とある。椅子をもってにこやかに廊下を歩く小学生の笑顔の眩しいこと。


 職場で、ネット上ですでに読んではいたし、写真も観た。ああ、広野町といえば、この2月に足を運んだところではないか。強風の中、ガタガタと震えながら遅れに遅れた列車を待ったことが思い起こされる。地図を調べてみる。中学校までは行ったのだが、今回再開されたという広野小はもう少し山側のようだ。


 子どもの姿が見えない町は、さびしい。子どもたちのいる町は、にぎやかだ。けれど……。


 記事によると、「多くの児童生徒は県内外に避難したままで、戻ったのは在籍数の2割前後」とある。人数で言えば「小学生65人」「中学生31人」だそうだ。


 今回投稿した子どもやその家族も、避難したままの方々も、それぞれの思いがあるのだろう。9面の中尾卓英さんの署名記事はその葛藤をみごとに描写されている。


 「安全」というものが、こんなにも得難いものであるということを。そして、何と多くの「分断」が生じてしまったのか、その重さを。僕が思い知るということは出来ない。そんな失礼な真似は出来ない。ただ、想像する。そして、出来る限り、争わなくていいものどうしが争わなくていい日々がくることを、今を生きることが未来を生きることに繋がるような、そういう生き延び方をひとりでも多くの人が出来るようになればいい、と願う。願う資格すら、ないかもしれないが、それならせめて、そういう大変さを抱えざるを得なかった人のことを、忘れないように努力しよう。


 棄民、という言葉が時折頭をよぎる。誰かを見捨てる社会や国において、自分がいつ見捨てられるかどうかは知れたものではない。いつ何時……という不安。そうした不安を「こっちだって大変なんだ」というようにして他者と自分を切り離そうとすることも出来る。「自分の感ずる不安と、ひょっとすると重なりあう部分があるかもしれない」と想像することも出来る。

 
 出来得る限り、後者の途を選ぶようでありたい。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-27 23:49 | 運動系 | Comments(0)

2012・8・23の各紙朝刊、別名「『運動』もしくは『問題』について」(その三)

 2012年8月23日の「読売」朝刊で、僕がもっとも強い反応を示したのは「編集手帳」であった。落語「百年目」を下敷きに、原発の「かけがえのなさ」を語る。着想と構成はなるほどそれなりのものだろうが、さて、「百年目」はそのように解釈出来る噺であるだろうか。


 この演目は、桂米朝師をして「もっとも難しい」と言わしめた噺であり、演じ手にもよるだろうがやはり名作であり、大作である。笑いの大きな噺ではなく、商家を舞台に人情の機微が語られる、そんな趣だ。以下、米朝師の口演を念頭に置いて思考を進めていくが、僕は何度となく繰り返し聞いてきたし、商人のはしくれとして同師の「千両みかん」同様、ことあるごとに手がかりを求めてきた噺でもある。


 商家の番頭が、丁稚や若い衆に手厳しい叱言を口にする場面が幕あきだ。ずいぶんと厳しい、杓子定規に見える番頭。その実はなかなかに粋でお茶屋遊びは手慣れたもの。その筋ではなかなかに人気のある様子だが、旦那にバレてはいけないと用意は周到。得意先を回るという口実で脱け出した番頭は、舟遊びを兼ねた花見へと、たいこもちともども繰り出していく。


 酒も入り、興に乗った番頭だが、ふと花見の先で旦那と出くわしてしまう。あわてて店に帰った番頭は「頭が痛い」と早々に床に入る。旦那が帰ってくるのはそのあとだが、番頭の様子を聞いてかえって気遣いを見せる。


 この一晩の番頭の苦悩。もうじきのれん分けであるというのにえらい失態をしてしまった。どんなお叱りをうけるか判らない。逃げ出してしまおうか。いや、ひょっとすると許してくれるかもしれない。いやいや……と一晩まんじりともせずに過ごす。


 翌朝一番の描写は、冒頭の小言との対比と相まってなんともいえないおかしみがある。口演に譲ろう。


 さて、いよいよ旦那から呼び出しがくる。


 どんな小言が出てくるかと身構えている番頭。「お前さん、『だんな』という言葉がどこから出てくるか、知ってなはるか」と、先だって寺方から聞いたという話を聞かせる旦那。


 ここの部分を「編集手帳」は取ってきているのだが、簡単に記しておくと、赤栴檀(しゃくせんだん)という立派な木があるが、その周りには南縁草という汚い草が生える。これを刈り取ってしまうと、赤栴檀は枯れてしまう。南縁草は赤栴檀の枝からこぼれ落ちる露を得て生息し、枯れた南縁草は赤栴檀にとってまたとない肥やしとなる。寺と檀家はこのようなものだ。赤栴檀の「だん」と南縁草の「な」で「だんな」という……。


 旦那が赤栴檀だとすれば、南縁草は番頭。しかし、「店に出ればお前さんが赤栴檀じゃ。赤栴檀はえらい馬力じゃが、周りの南縁草がちょっとぐんにゃりしていやせんかいな」と、人をつかう難しさに思いをよせつつ、番頭にやわらかく教え諭す。自分にとっての南縁草である番頭に何かあっては、自分自身も困るのだから、と添えながら。


 柔和に見える旦那だが、厳しさはもちろんある。かたいばかりと思っていた番頭の見事な遊びっぷり。どこかで無理をしていやせんかと帳簿を全て自分で調べ、不正なことは何もないと確認する。自分の稼ぎで遊ぶのに何の遠慮があるか、商人はこういう時にカネの使い負けはするな、とむしろ発破をかける。
 

 ほかにも織りなすエピソードが多いが、ひとまずはこんなところで十分だ。


 目先のこと、あるいは見た目で、何かを切り捨てると、予期せぬことが起きる。ムードに流されるな、ということ? まあ、「編集手帳」の言いたいことはそんなことだろう。が、「百年目」そのものに、赤栴檀を「日本経済」とし、南縁草を「原発」と解釈するような、そういう余地はあるだろうか。


 赤栴檀は立派な香木であり、南縁草にも露を落とす。見栄えのしない南縁草はその露で生き、枯れて赤栴檀の肥しとなる。これはある種完成された関係性である。卑小な意味での「持ちつ持たれつ」ではない、もっと大きな、いかにも仏教らしいおおらかさが伝わってくる。それを語る旦那の器の大きさもまた素晴らしい。


 では、こうした完成された関係性が、日本経済と原発にはあるのだろうか。二百万人の雇用が云々、と編集手帳にはある。しかし僕は、「百年目」で旦那に感じ取ることの出来たスケールの大きさを、ここから読みとることは出来ない。恫喝にしか読むことが出来ない。


 確かに、原発にかかわる雇用の問題はある。それを否定しないし、そこが僕の「弱さ」でもあることは記しておいた。それを主張するのはいい。しかし、どうしても、その主張が「百年目」の世界とは重なり合わないのだ。強烈な違和感をぬぐい去ることが出来ない。
 

 赤栴檀と南縁草の喩は、旦那自身が我が身に置き換え、そして「店に出ればおまえさんがしゃくせんだんじゃ」と諭したもの。ここではお坊さんのお話を、我とわが身に引き寄せて考えているわけだ。しかも、南縁草は別の人から見れば栴檀でもあるのだ。そのような関係性を忘れてはこの噺は台無しなのだ。


 日本経済を栴檀とし、原発を南縁草とする、その趣向を考えだした当人は、コラムの中のいったいどこにいるのか。ほんとうにこの噺を聞いたのだろうか。回数ではない。何を思ってこの噺を聞いたのだろうかといぶかる。

 
 何かを言おうとするとき、様々な物語などに仮託することはあっていいし、どんどんやられてしかるべきだ。「誤読」は意義のあることだ。しかし、それにはおのずと限度と言うものがある。人間の噺であるところの「百年目」を、原発擁護に用いようとすることじたいが無理なのだ。

 
 もしどうしても「百年目」の世界観を引き付けたいのであれば、番頭を教え諭す、「店に出ればお前さんが赤栴檀じゃ」という言い方。この論法を原発に当てはめるしか術はない。原発はなるほど「日本経済」なるものの中心にいる者、電力会社の役員クラス、それらと利益を共にする者にとっては、南縁草でしかないかもしれない。だがしかし、原発の、その地理的な意味での周りで働き、生活する者にとっては赤栴檀なのだ。この連関の中に、自分自身を置いてみようと努力するしかない。

 
 何重もの下請けと、被ばく労働で成り立つ赤栴檀が、果たして露を落としていると言えるか。カネという露は確かに落とすだろう。しかし、それはほんの一部ではないのか。むしろ落とす露を最小限にして、「えらい馬力」を誇っているのだけではないのか。このままだと、赤栴檀=原発は枯れてしまいますよ。あくまで露を最小限にしか落とさないとするなら、南縁草はいつかは枯れる。いや、それ以前に、南縁草は生えなくなるでしょう。そのような教え諭しも一言添えておこう。

 
 これを「編集手帳」の失業者数云々と同じ「恫喝」と読まれては困る。「百年目」の眼目は、赤栴檀でもあり南縁草でもある立場、この二重性にある。この二重性を自覚してはじめて噺が生きてくる。自分だけが安全圏にいるかのような「日本経済」(を語る人間)に、「百年目」を借りる資格はない。


 原発を維持する側なら「このままだとよくない」と締めればよい。原発に反対するなら「そんな赤栴檀ならいらない」と言い放てばよい。

 
 ほんとうに原発を維持したいと思っているのなら、更に加えてどうしても「百年目」の世界観を借りたいなら、以上のような論法以外にはありえない。さらに言えば、下請け構造と被ばく労働という人の問題、そしておそらくは地域の貧困という問題を含まないあらゆる論法はダメなのだ。


 それは、原発に反対する場合にも言えることだろう。さてどうするか。ここが僕の弱点でもあることを繰り返し記しておく。



 
 
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by todoroki-tetsu | 2012-08-27 10:25 | 運動系 | Comments(0)

2012・8・23の各紙朝刊、別名「『運動』もしくは『問題』について」(その二)

 2012年8月23日付の各紙朝刊を引き続き読んでいる。


 「読売」では「悪い前例」(3面)という言葉が用いられているのが象徴的に思われる。社説も「禍根残す面会パフォーマンス」とある。この社説にも2面の政治部次長署名記事にも大阪市長の同じコメントが引かれているのは何か意味ありげだが、そこに深入りするつもりはない。


 社説の最後はこう記されている。

 首相の判断で原発を再稼働させたことで、電力危機が回避されたのである。引き続き現実的なエネルギー政策を推進すべきだ。


 ここでいう「電力危機」とはなんだろうか。電力が不足するかしないか、という意味だろうか。それとも、電力会社の「経営」の危機だろうか。

 
 原子力発電所が再稼働されたのち、火力発電所を止める余裕が出来たと聞く。今この時点でどの程度の火力発電所が止まり、また稼働しているのか、僕は知らない。が、「電力危機」という言葉の内容ははっきりさせてほしい、と思う。


 電力の不足も電力会社の経営も、どちらも結局同じ「危機」でしょう、という意見や考え方があったとすれば、それに対して僕は否と答えるほかはない。別々の問題を一緒くたにしちゃいけない、という単純な理由による。もちろん、別々の問題が考え抜かれた末に、ひとつの問題として観念されることはあり得るだろう。しかし、まだその時ではないように僕には思える。


 もうひとつ判らないことがある。ここでいう「現実的」というのは何のことか。僕にとっての現実は、繰り返すが、子どもの姿の見えない町の様子であり、閉じられて久しいと思しきスーパーであり、錆びついたレールの映像である。少なくとも、これを塗り替えなければならないような「現実」を、この文章から感じ取ることは僕には出来なかった。


 政治部次長署名記事のタイトルは、「『声なき声』に耳を傾けよ」とある。官邸前に集まるひとびとを「声ある声」とし、「声なき声」を称揚するのは、やはりひとつの立場であるだろう。原子力発電、という問題に対するスタンスであるだけでなく、こうした直接行動に対するまなざしがあぶり出される。


 逆に問われるのは、自分(たち)が賛意を表するような事柄に対し直接行動がなされた時に、同じ立場からものが言えるかということだ。原発再稼働を求める人びとが20万人集まり、その結果首相が会おうとなった時、同じように「『声なき声』に耳を傾けよ」と言えなければ嘘だ。
 

 「賛成か反対かも大事だが、外部から論評するのか、それとも、自らの内部をえぐるものとしてとらえられているかどうか。そのほうが、はるかにたいせつだ」。そう僕は何度でも繰り返す。自分の内部をえぐるとは、他者の声にどう向き合うか、という問題であるだろう。他者を利用してもならないし、他者に利用されてもならない。


 しかし、この日の「読売」で、僕がもっとも強い反応を示したのは「編集手帳」であった。項を改める。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-26 14:39 | 運動系 | Comments(0)

2012・8・23の各紙朝刊、別名「『運動』もしくは『問題』について」

 原発に反対する側の人々と首相が会見をした、その翌日に様々な新聞を買い求めた。普段購読しているものとあわせ、8/23付の「毎日」「産経」「読売」「日経」「朝日」「東京」朝刊を手元にそろえる。


 前日に久々にアルコールを入れたせいか、えらく体調が悪い。とにもかくにも新聞は買ったものの、仕事も仕事でそれなりにあるものだから、ようやく新聞を少し落ち着いて眺められたのは夕方、遅い時間の一服とも取り損ねた休憩ともいえないような時であった。


 どの新聞がどれだけ報道しているか、どんな論調で記しているかをもって何かを言おうとする気はない。色んな人や立場の、その一端を知る。自分とあっているかどうかが問題ではない。記された言葉や写真に、自分は何を思うのか。それが問題である。


 順不同に新聞をひろげる。「日経」3面では、パブリックコメントの報道と重ねあわせ、「意識調査出そろう」と見出しをつける。材料はそろった、ということなのだろう。35面社会面では、「団体側」が不信の声を募らせた、とする。


 「産経」3面では、比較的大きな、横長の写真を見る。前首相が現首相と並んでいるように見える。この配置が何を意味するのかは判らない。斜め後ろから「反原発連合」の面々の後頭部が映る。名前が判るのは学者さんだけだ。この方も含め、官邸前では何度かお見かけしたことがある。何かが繋がったという感覚がある。外と内が、ほんの一瞬かもしれないが、繋がったという感覚。


 同紙の「主張」は明快、「ブレずに再稼働を進めよ」とある。「首相が安易な脱原発に与する姿勢を見せなかったのは当然」であり、「『原発ゼロ』を選んだ人たちは現実を直視しているのだろうか」と問う。もちろん、「不安や不信を払拭する安全対策を強めていく必要がある」との文言は忘れられていない。

 
 僕はこの意見に与するものではない。けれど、原発にさして反対とは思っていないならば、そう違和感なく受け取ることが出来るだろうと思われる。反対する意見からは様々なことが言えるだろう。その逆もまた然り。


 さて、ではなぜ僕は「この意見に与するものではない」と思っているのか。そこをもう少し考えてみる。


 僕は恥ずかしい話だが、シーベルトもベクレルも判らない。線量をはかったことはないし、はかろうとも積極的には思わない。食べ物も、自分が食べる分には気にしない。自分なりの節電はやっているが、それがどれほど影響のあることなのかも判らない。要するに、知識はないと言っていい。


 原爆―核実験からくる、様々なイメージは多少持ち合わせている。それと同じようなものが日本の各地にあるではないか、と言い放ったアーティストは、僕が心から尊敬する人のひとりである。その影響は、僕にとっては馬鹿にならないほどの大きさがある。


 しかし、現実に即そう。多くの人が口にする、原子力発電所が爆発したという映像を、僕は目にしていない。自分が具体的に逃げるか逃げないかという問題はさておき、比較的早くから――記憶ほど信用できないものはないが、しかしそれが確かならば、遅くとも2011年3月21日までにはそうしたことを僕は職場でしゃべっている――「原発さえなけりゃあここまでのおおごとにはならなかったろうに……」とは思っていた。


 これは裏を返せば、もし万が一原子力発電所が、あの地震と津波でも持ちこたえていたならば、漠然とした「ヤバいな」「出来ることならなくしたほうがよいのだが……」という程度の感想であったということだ。これを弱さというなら認めるし、継続している弱さである。


 しかし、一方で、「事故ったらこんなに取り返しのつかないことになるんだ」という怖さは、確実に刻まれている。それは、子どもの姿の見えない町の様子であり、閉じられて久しいと思しきスーパーであり、錆びついたレールの映像として僕の中にある。とんでもないことが起きたのだし、それは継続しているのだということ。


 怖さと同時に、疑問がある。なぜ再稼働をしなければならないのか。上述したような弱さを持つ僕は、百歩譲って、あの原子力発電所の事故を、せいぜい数日で完全に収束しえた組織や人がいたのであれば、再稼働を言い、実行する資格があるとも思う。賛成するかは別として、資格はあるだろう。


 そんな資格を有する人が、誰かいるだろうか。いないだろう。いないなら、やっちゃいけない。根本的な不信が、ここにある。どうにも信用ならんぞ、と思う。たためもせん風呂敷を拡げるな、と思う。うさんくさいと思う。


 そうした不信に近い疑問と同時に、僕のところにまで着実に忍び寄ってくる問題がある。放射性物質だけではない。労働の問題である。原発労働について、既に為されていた仕事が掘り起こされ、更新されていることから僕が知り得たことのひとつは、何重もの下請け構造があるということ。もうひとつは、原子力発電所が、生身の人間の被ばく労働で成り立っているということ。


 同じ労働者として連帯を……などときれいごとは言わないし、言えない。けれど、何かがおかしいと感じる。そのおかしさを、つかめそうでいてつかめない。だから、「原発でメシを食っている労働者や町の旅館はどうなる」と言われてしまうと言葉に詰まる。それがあたかも当事者を代弁するかのようにいう奴なら何とでも言い返してやるが、当事者自身に言われたら、何も言えやしない。そうした人にとっては、官邸前に行く僕のような人間は、遠いところで勝手に騒いで食いぶちを奪おうとしている奴だと思われるかもしれない。

 
 そうではないのだ、といいたい。けれど、それを言うだけの根拠も自信もない。低級な「嘘」はいくらでも吐くことが出来るだろう。そうしたくなければ、黙るしかない。「でも……」と言おうとしても、あとが続かない。


 そんなことを考えていくと、ある思いにぶち当たる。あなたと僕は、そもそも争わなければならないものどうしであるだろうか。あなたは僕の敵ではないし、あなたの敵は僕であってほしくない。敵の敵は味方、などといいたいのではない。あなたと僕に越え難い溝があるのなら、その溝について考えよう。その溝はいつ、どのように、誰がつくったのか。あなたも僕も、その溝をつくるのに少しばかり加担しているのかもしれない。それならそれも受け入れた上で考えよう。

 
 もしあなたと僕が、争う必要もないことで争っているのなら、そんな馬鹿らしいことはないじゃないか。


 「人間なら判るはずだ」なんていうような言い方はしない。人間でないような真似をするもの、それこそが人間であるからだ。ほんとうに偶然に、震災直後に手に取り、祈るようにして読んだ渡辺一夫の言葉は、今もなお僕にとって大きな指針であるのだった。

 
 そこから、さらに思考は進む。あなたと僕のあいだには、ただ何らかによって出来あがった溝があるだけだとしたら。あなたと僕を隔てるものは、強固に見えて、実はひょっとすると取っ払えるものかもしれないとしたら。

 
 あなたの問題と僕の問題は、固有でありつつも共通していると言える、そういう瞬間が訪れるのではないか。いや、実は既にそのようなものとしてあるものが、ただ僕たちの目にはそう映っていないというだけではないのか。この手触りを確かめることが、改めて「運動」なり「問題」なりを再考する目的となる。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-26 02:19 | 運動系 | Comments(0)

「2012・8・22、14:00-14:30」あるいは序論

 僕は本屋に勤めているが、今の仕事は裏方仕事で、表には出ない。バックヤードで本を運んだり、事務処理をやったりする。パソコンに向かうことも多い。データをチェックしたり、ネットでニュース速報をチェックしたり、時として、仕事をしているフリをしてだけのこともある。


 ネットのニュースの類を、そう使いこなせちゃいないけれど、わりあいにこまめに見ていることは確かだ。そんな普段通りの時間が過ぎていた8・22の水曜日の午後のことを記しておきたい。


 別に狙ったわけではない。たまたま、14:00少し前に「首相、反原発団体と会見」(精確な文言は忘れた)といったヘッドラインが目に入ってきた。ああ、今日だったか。延期になったという話は覚えている。なんだか今日になったという話を昨日見た気もする。


 最近金曜日には仕事の都合で官邸に行っていない。忙しくてデモも行っていない。どちらも、ここ一ヶ月くらいのことだが、もう、うすぼんやりとしているのかもしれない。自分の感覚に、キレがなくなっている気もしてくる。


 中継されるという。さすがに勤務時間中に動画を見るのははばかられる。たとえ音を消しても。しかし、それまで何の気にもしてなかったクセに、いざいまやっているとなると気になってしょうがない。僕の目にした記事の下の方には、TWITTER検索に飛ぶような画面があって、「会見」と「反原発」だったか、ふたつくらいのキーワード検索の結果が見られるようになっていた。


 様々な言葉が流れてくる。「誰誰がいる」「なんであいつが」「頑張れ」……。


 それらの言葉を、精確にはきっと誰かが調べているに違いないし、多分、何かの方法で再現することも出来るだろう。検索キーワードを変えればもっと色んな事が見えてくるに違いない。しかし、職場で、こっそりと、目を離さずに見ている僕には、わりあいに「離れた」距離からの言葉が多く流れているように思えた。

 
 「会見の最中は冷房を切れ」「しゃべりすぎ」「首相に話させろ」「茶番」「ガス抜き」「変な前例をつくるな」「態度が悪い」「国民なんてお前が言うな」「頬杖つくな」「感情的」……。

 
 悪意もあるだろう。善意もあるだろう。軽い気持ちで記された言葉もあれば、考え抜いた言葉もあるだろう。


 それらの言葉を見ながら、会見の場でどんなことが話されているのか、想像していた。ひとりひとりが、どんな顔でいるのか、思い描こうとしていた。頷かなかった首相の顔は、想像できた。他の皆さんの顔は判らない。激情に駆られた人もいるかもしれない。グッとおさえた人もいるかもしれない。


 その時の映像や言葉は、ちょっと調べれば精確に追うことが出来るだろう。けれど、今僕がしたいのはそんなことじゃない。そんな万人にとってたいせつなことをやるにふさわしい人は山ほどいるだろう。

 職場のパソコンを、いつのまにか食い入るように見ていた僕は、画面に流れる言葉を読みながら、いったい何を見ていたのか? 考える価値があるのはここだ。


 どんな人が会見の場に臨んだのか知らない。学者さんもいたようだし、おそらくはデモや官邸前でお見かけしたような人もいるのだろう。面識はない。けれど、この場に臨むまでのあいだ、相当な準備をしてきたに違いない。全ての中継を入れたのは画期的なことだろう。これは首相側にとって不利なだけではない。原発に反対する側(「反原連」という言葉はどうもしっくりこない。その理由はどこかで述べる)にとっても不利なのだ。オープンにすれば、自分たちのアラだって見せてしまうのだから。


 それでもなお、あの場を「開かれた」ものにしようとした努力に、まずもって深い敬意を表したい。野次馬的なコメントを見ながらまず思ったのは、そういうことだった。


 「一方的にしゃべりすぎ」という反応についても、これはやはり何らかの作戦というか、意図があったのだろうと想像するのは自然であった。20分という決められた枠、そこで主導権を握るにはどうするか。先手を打て。兎に角訴えよう。予め用意してあった文書を読み上げたのか、考えた上で放たれた言葉だったのか、いったいどういう言葉だったのか、僕は知らない。けれどその時、あの場に臨んだ皆さんは、自分自身であると同時に他の誰かでもある、そんな言葉を発していたという感覚だけが鮮明だ。


 感情的だと嗤うことは出来る。そんなものはかえってマイナスだということも出来る。それらは、一面では事実だろう。否定はしない。では聞こう。主義主張の違いはさておく。お前に代弁されたくはない、という気持ちもさておこう。そういう人は自分にとって切実な問題に置き換えてくれればよい。何かをほんとうに訴えようとして、「偉い人」に対峙したことはあるか。その場にはいない、おおぜいの人の思いや声を、託されてやってきたことはあるか。その時、お前はどのように振舞い得たか。「ここにバラがある。踊れ」。

 
 僕は、ある。妙に声が上ずってしまったこともある。変に卑屈になってしまったこともある。兎に角強気に出ようと虚勢を張ったこともある。いずれも、心底緊張することであった。僕には、彼女/彼らを嗤うことは出来ない。遠いところから何かを言うことは出来ない。代弁という表現もしっくりこない。ただ、その人の口から発してはいるが、その人だけのものだとは言えない、そういう言葉は確かに、ある。


 結果として10分おして終ったその会見の、終盤近くから、少しずつ会見に臨んだ皆さんへの「お疲れさまでした」「ありがとう」といった言葉が目立ったようだ。そうした人はツィートしている暇もなく、真剣に見入っていたに違いない。

 
 しかし、賛成すなわち善ではない。考えようによっては、より一層危険であろう。賛成か反対かも大事だが、外部から論評するのか、それとも、自らの内部をえぐるものとしてとらえられているかどうか。そのほうが、はるかにたいせつだと僕には思われる。
  
 
 何度となく考えては挫折し、少し進んでは立ち止まりしてきた「運動」あるいは「問題」について、ふたたび挑戦しようとしている、これはその矢先のことであった。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-25 00:28 | 運動系 | Comments(0)

「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その十七

 最終セクション8:「2010年、ニッポンの春」を、いよいよ読み進める。セクション全体の印象は冒頭の段と最後の段に描きこまれる「新緑」で、それが実に清冽なのだけれども、そこに目を奪われてはいけないと言い聞かせる自分がいる。映像を映し出してくれる「カメラ」の位置に注意しながら、読み進める。

 
 ニッポンの四月は、新緑まぶしく、季節が生まれかわるとき。
 
 思考が行き詰まった私は、いま田舎の母屋に逃げ帰っており、義妹が、ポカポカ陽気の縁側で、七ヵ月になる息子岳途(たけと)のオシメ替えをしているのを見つめている。


 実に鮮明な映像がイメージされる。ほんとうに思考が行き詰まったのだろう。そりゃそうだ。新しい等価交換なんて大事(おおごと)に、挑もうとしているのだから。それを少しでも追体験出来ないか。書き手が苦心して紡いできた言葉を何とかしてしっかりと読むことが出来ないか、と読み手もまた、真剣に追って来たのだった。


 この幸福な光景を眺める、笑顔ではあろうがどこか疲れてもいるだろう男が、赤子の小さな爪のかたちの細部に驚いているさま。これ以上でもこれ以下でもない。この描写のもつ意味が何なのか、と探ることにあまり意味はなかろう。呼び起こされる映像イメージ、大人と子ども、子どもの細部の観察と驚き。それだけだ。それだけのことが、たいせつだ。


 赤ん坊の爪に驚いた男は、きっと何気なくついていたのであろうテレビに目をやる。新緑の眩しさは今度は脇から差し込むようになる。映像は部屋の中へと切り替わる。カメラは男の後ろ姿と、その目線の先にあるテレビ画面へと向けられる。棋士・加藤一二三さんが登場する。


 2012年の今となっては忘れ去られていると言えるかもしれないこのニュース。しかし、このニュースから引きこまれる「思考のモード」には、普遍的なものがある。映像は思考の中にもぐりこむ。色彩は徐々に消えていき、加藤棋士の「長考」についての考察へと進む。加藤の「長考」と「神の存在」とが重ねあわされる山口瞳の観戦記が参照されたのち、こう続けられる。


 なるほど長考そのものが「神の存在」だとするなら、私の気は晴れる。なぜなら、考えることは、たたかいの最善手を選ぶことであるが、同時に、迷うことでもあり、その結果、時間切れ投了という幕切れもありうるというのだから。

 
 長考を、例えば「苦しみ」や「哀しみ」に置き換えてみる。その時、人は、何かにふれている。そういう感覚は、おそらく遠い昔からあった。そう思うよりほか仕方がなかったのかもしれない。しかし、それは確かに何かにふれるものであったに違いない。「死者論」としてそれを提示しているのは若松英輔さんである。若松さんの場合は考えることと感じることをかなり厳密に分けておられるのだが、それは今もんだいにすべきことではない。つまり、何かを強いられる、どうしようもないことに遭遇する、その時、何が見られるか、何を感じられるかということだ。「孤独が自問する」(吉本隆明)と言っても同じことだ。


 ハックは、考えた。それが長い時間であったかどうか知らない、と既に補助線は引いておいた。その時にハックに感じ取ることができたものこそがたいせつだった。


 気にかかるのは、「私の気は晴れる」という言い回しだ。それは「唯物論者」であることからくるものであろうか。それとも、今一つ納得は出来ていないが、ひとまずは理解が出来るという意味合いだろうか。あるいは……。僕には判らない。しかし、長考が「神」、あるいは何らかの存在にふれる大きなきっかけであることは確かなことだ。開かれた契機であるのは確かなことだ。


 次の段も、思考の中の話だ。あまり色彩豊かな映像は沸き起こらないが、それでよい。


 私たちの暮らしの圧倒的な部分は、あらかじめ決定されている。

 現実の動かなさを前にして、疲れ果て、途方に暮れる運命にある。

 しかし、ある時期、あるポイントにおいて、私たちが考え抜いた果てに生まれた渾身の一撃が、その決定を留保させ、大きくねじ曲げ、思いもよらなかった方向へとうっちゃる場合がある。すなわち、新しい等価交換のルールの手がかりをつかむ場合がある。

 
 ここまで読み進めてきた者は、改めてかみしめるようにこの結論めいた文章を目にするだろう。もんだいは、この次だ。


 そんな新世界において、私たちの仲間のひとりが、「死」を選ぶということがあるとすれば、世界のなかに豊かなファンタジーがなかったからであり、豊かな物語であっても恐慌的な悲劇にとどまっているからではあるまいか。

 もちろん書き手としての私は、平和な世界であればあるほど暴力の復権あるいは蘇生という「願い」が実現されなければならないことを知っている。ひとびとが――すなわち私が、亡くなったひとの表情や血の匂いを忘れそうになるたびごとに、悲劇の文学は、繰り返し、何度でも描かれなくてはならない。その作業に終わりはない。そうして悲劇に慣れきってしまった私は、ふいに訪れた身近な他人の「死」のリアリズムに打ちのめされたりなんかして、「人間の終わり」は、あらかじめさだめられているのだという大げさな錯覚にとらわれていくのだ。

 なんという恥ずかしい態度であったことか!



 この言葉を、僕は他人が書いたものとは思えない。思ってはいけないと読んでいたうちにそうなったのか、自然とそうなったのかはもはや判らない。書き手と読み手が、ともに言葉に対して開かれている。そういう感覚が生じてくる。確かにこの文章を書いたのは浅尾大輔その人であって僕ではない。しかし、浅尾さんが記した言葉が他人事には思えないのもまた、事実なのであった。「ひとびと」がすなわち書き手の「私」であるならば、「ひとびと」がすなわち読み手の「僕」であると言えない理由はどこにもない。


 もちろん僕は書き手ではない。なので、この文章の中にある「書き手」はおのずと「読み手」と変換される。読み手である僕はいかなる文学を欲しているか。恐慌的な悲劇だけを、求めてはいないか。いや、それにすらいかない、豊かではないもので満足しようとしているのではないのか。「悲劇」に慣れることで、何かを判った気になっちゃいないか。言葉のパッケージであるところの本に囲まれて、知った気になっていて、そのくせ何か大事(おおごと)が起きた時には、「本(屋)なんて……」と思わせぶりな態度をしてみせる。嗚呼、「なんという恥ずかしい態度であったことか!」

 
 いつの間にかカメラは切り替わり、おそらくはさっきと同じ姿勢で坐る男を、後ろから映し出すだろう。その男の姿は、書き手なのか読み手なのか。もはや判然としない……。


 カメラは再び外を映し出す。縁側から覗かれる青葉の葉脈。そこに、「亡くなっていったひとたちの心の優しさと、そのなかで演じられた葛藤のすさまじさ」が重ねあわされていく。基調はやはり新緑だけれど、その下地には、おそらく血の赤や苦しさの黒、切羽つまった白が、塗られているだろう。じっと目を凝らすと、様々な顔が浮かび上がってくるであろう。今の僕には、控訴審に一度も顔を出さない、ある若い男の顔が見える。

 
 私は、いつか、いつの日にか、文学という手法で、追い詰められた彼らが怯え続けた暴力の記憶を新しい物語として――死よりも恐ろしいもの、カネよりも尊いもの、暴力より痛いもの、そうして天国より素晴らしい世界を提示したいと願う。それは、「溜めのない世代」の「弔い合戦」ではあるが、復讐を乗り越える「別次元の均衡」(シモーヌ・ヴェイユ)のはずである。


 もはやこの決意表明は、書き手ひとりのそれでありながらも、そこにとどまりはしない。まずもって同時代の作家、批評家、それに何より読者に、共有されるテーゼであろう。さらに願わくば、次の世代へ。あるいは私たちより前に存在した世代へ(高橋源一郎さんの『「悪」と戦う』が、なぜだか思い起こされる)。


 その共有のされ方は、決して表立つことはない。コミュニケがつくられることもない。けれど、私たちが知らず知らずのうちにたどり着いてしまっているような、あるいは、いつの間にかこうありたいと思う、そういう地平であり、願いである。

 生きられなかったということは、存在しなかったということでは、けっしてない。

 
 この一文に込められた力強さははかりしれない。このあとすぐさま自分の話になるのだが、それは「ひとびと」を媒介とした、あるいは「ひとびと」そのものであるところの「私」であることは、既に見たとおり。


 現代ニッポンにトムとハックが蘇ったとしたら、どんな青年になっただろうかと夢想することがある。

 私たちは、いつでも子どもから生き直すことができる。


 このフィナーレには、この最後のセクション冒頭で挿入された赤子の映像が重ねあわされる。その爪に驚く男の思考は、130年前のアメリカの少年にまで飛んでいくだろう。


 子どもから生き直すこと。それは既に補助線を引いた通り、ひとびと、すなわち書き手にも読み手にも、開かれているものであった。

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 当初数日程度で仕上げるつもりであった感想文だが、気がつけばほぼ一ヶ月が過ぎていた。


 もちろん、かっちりとした下書きを全部準備したわけではないけれども、おおよそのあたりはつけてからはじめたのだったが、読みなおせば読みなおすほど、どんどん思わぬ方向に進んで行った。それが見当違いであるのか、少しは言葉に近づけたのかは、判らない。ハックのように破り捨てるべきものを書いたのではないことを祈っているが、もんだいは、書いてから考えること、あるいは何かを実行することだ。

 
 前にも似たようなことを書いたかもしれないが、繰り返そう。こうした文章と同時代を生きるのは、幸せなことである。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-24 00:29 | 批評系 | Comments(0)

「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その十六

 「かつて、ぶどう園で起きたこと」、最終セクション8:「2010年、ニッポンの春」に入る前に、もう少し逡巡というか、補助線を引いておこうと思う。

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 ハックルベリ・フィンが、「よし、それなら、オレは地獄に行こう」(角川文庫版、大久保博訳、第31章)と決意をした、その過程について考えてみる。


 ジムが捕まった詳細を、軽妙な嘘を交えながら聞きだしたハックは、筏の中の小屋で考える。ジムはせめてなら故郷に返してやりたい、いやそれはミス・ワトソンの怒りを招くだろう、さて……。逡巡するうちに、「おいらは突然、ハッと気がついた。この世にはプロヴィデンス(神さま)のはっきりとした手があって、それがオレの頬をピシャッと叩いたんだ」。恐ろしくなって震えるハックは、祈ろうと試みるが、うまくいかない。「人は、ウソを祈ることはできねぇ」ことに気づく。


 そこでハックが思いついたのは、手紙を書くことだった。「おいらの気持ちは、そう考えたとたんに、羽根のように軽くなった」。しかし、ワトソンさんへジムの居場所を知らせるその手紙を書き終えて、ハックは再び考える。思い起こされるのはジムとの楽しい思い出だ。「今ではおいらがたった一人の友だちだ」と言ってくれたジム。

 
 考えながら「ヒョイとあたりを見まわ」すと、さっき自分の書いた手紙が目に入る。再び手に取る。「体はブルブルと震え」る。そうして「心の中で」、「よし、それなら、オレは地獄に行こう」と口にする。「恐ろしい考え」であり、「恐ろしい言葉」だとハックは自覚している。その上で、「口から出たままにしておいた」。ここまでくれば、あとはハックの本領発揮、いかにジムを取り返すか、その算段に奔走することになる。


 さて、この過程から、何を学びとることが出来るだろう。


 第一に、「人は、ウソを祈ることはできねぇ」ということ。数々の嘘を「吐く」ハックでも、嘘を「祈る」ことは出来ない。ここに少年らしい潔さを見ることは不当ではない。嘘は吐いてもいい、でも、嘘を祈っちゃいけない。ここでの祈りは、信仰を持たない人間の無礼を承知で言わせてもらえば、「集中」(大江健三郎)なり、他の言葉で置き換えてもいいだろう。ほんとうにここぞという時、何が大切なのか。ハックはそこを考えようとしている。実際、体が言うことを聞かないというのが象徴的だ。この正直さは、少年固有のものだろうか。いつの間にか失われているように思えるとするならば、それはただの思い込みではないのか。


 第二に、ハックが取った手段が「書く」ことであったということ。心の中での問答。口にして祈ることが出来ない困難。その代わりに、手紙を書いてみたのだった。口にすることが出来ない言葉も書くことなら出来る、と見ることも出来るし、考えるために書く、と見ることも出来る。どちらもたいせつな見方だ。書いてみなければ決断出来なかったのだ、ということも出来るだろう。「読むために書く」「書きながら読む」という感覚と共にある今の僕には、とにかくハックが書いてみたということに、限りない敬慕の念を覚える。


 第三に、口には出来なかったが書いてみることが出来た言葉と、ジムとの思い出との対比。どれくらいの時間を掛けたのか知らない。けれど、少年にとっては決して短絡的なものではなかっただろう。たとえ短い時間であったとしても、その密度において。その末の、決断。書いた言葉をハックは破り捨てた。その時に心の中で発した「恐ろしい考え」と「言葉」を、「口から出たままにしておいた」。これもまた、潔い。書いた言葉は、それはもちろん強制された言葉ではなく、ハックが今までに受けてきた教育だったり説教だったりであるだろう。ある程度は内面化もしていたろう。それを書くことで外部化し、そして、捨てる。新たな決意に向かう。ハックが再びこのように迷うことがあるかどうか、知らない。しかし、少年時代にこうした時間をかけて考えた末にひとつの決断をしたという経験は、長い人生のどこかに影響しないはずはない。


 ハックの物語、そして特にこの部分が、文学者のみならず多くの読者がどのように読んできたのか、僕は知らないし、別段研究するつもりもない。しかし、何度か繰り返し読んでみて感じるのは、ハックの正直さと潔さだ。ハックは何も難しいことをしていない。ただ自分に正直に考え、震え、書き、思いだし、そして決断した。誰もがやろうとすればやれないことではない。ただ正直でありさえすれば。その正直さがいかにも少年時代に特有のものであったとしても。


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 「叡智の扉は万人にひらかれている」――そんなような言葉を若松英輔さんの講演で耳にした。ここだけ取り出すと何のこっちゃと思われるかもしれないが、若松さんの講演や書いたものに少しでも触れられた方は、さほど違和感なくこの言葉を感じ取ることができるだろうと思う。


 僕は、叡智をハックに置き換えることに、ためらわない。


 ……ここまで考えてようやく、浅尾評論に入っていくことが出来る。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-23 21:39 | 批評系 | Comments(0)

「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その十五

 浅尾大輔さんの評論「かつて、ぶどう園で起きたこと」(「モンキービジネス」第10号所収)も、残すところあと1セクションとなった。


 この清冽で気高いセクションを、読みながら書く/書きながら読む、その前に、今一度最初から読んでみる。


 読み遺していることはいくらもある。聖書に関する記述は特に鬼門のようだ。「悔い改めた盗賊」のイメージは、確かにヴェイユとも重なるだろうことは理屈では何となく判るのだが、感じ取るまでにはいかない。ヴェイユとスピードとの関係も、ひとまずは僕なりには考えてみたけれども、どうもまだ無理からに理屈で納得しようとしたきらいがある。

 
 ……まあ、いいだろう。おそらく長く付き合うテキストだ。今いっぺんに判ろうとする必要もない。職場で何気ない会話を交わしている時に、あるいは何かに切羽詰まった時に、あるいはあやうく転落しそうなホームを歩く時にふと、思い起こすだろうから。頑張って考えることはたいせつだが、背伸びをしたところでしょうがない。


 さて、もういっぺん最初に立ち返ると、改めていっとう最初のセクションの存在感が際立つように思われる。

 
 「ロスジェネ文学」とは、「溜めのない世代」の物語で、おそらく「神を待ちのぞむ」。すなわち、若者たちの貧しさと不当に損なわれているという心象のスケッチは、この世界が――私たち人間こそが、もっとも信じるに値しない被造物であるという疑念をもたらして、ふたたび「神の問題」と向き合わせる。



 「私たち人間こそが、もっとも信じるに値しない被造物であるという疑念」。これは「嘘」という言葉でなんどか言い表されてきたことであった。同時に「嘘」における可能性もまた同時に、見据えられた。


 ふと、思う。浅尾さんは、文学者として、「人間」を信じてはいないのではないか。いや、「人間」の「理想化」を徹底して排除しようとしているのではないか。


 実は当初、この評論の最後のセクションから得られる色鮮やかな緑のイメージを手がかりに、大江健三郎さんが講演・評論の場でしばしば表明する「人間」への全幅の信頼と重ね合わせて、この感想文を締めくくろうかと漠然と考えていたのだった。しかし、読み進めるにつれ、そしていよいよ最後のセクションに入ろうとするにあたって、いや、そうした心象ではどうにも読み誤っているのではないかという気がしてくるのだった。

  
 なぜか、鈴木邦男さんの言葉が思い出される。「左翼は人間を理想化しすぎる。だからこそ反動も大きい。人間なんてもともとダメなもんでしょう」といったようなことを、5/13のシンポジウム「当事者が語る連合赤軍」で語っておられたのだった。

 
 平等な分配がありうる、という「希望」の型を「資本論幻想」と名付け、「人間という変数の閾値が少しも勘定に入っていない」と批判し、「主人公たちが人間の連帯を安易に信じていない」ことをもって「ロスジェネ文学」を高く評価する浅尾さんの言葉は、この鈴木さんの言葉とそうかけ離れた位置にあるとは思えない。


 しかし、ここで僕は安易に「右」だの「左」だのと結びつけたり持ち上げたり腐したりするつもりはない。もうひとつの参照項が同時に思い起こされるからだ。

 
 「ロスジェネ」創刊号に、萱野稔人さんが寄せた小論「なぜ私はサヨクなのか」は、今読み返しても十二分に面白い。萱野さんはこう述べておられる(同書P.62-3)。

 
 左翼はけっして人びとの実存の問題や価値観に――左翼の立場から――口をはさんではならない。もっというなら、人間の意識から問題をたてないという左翼の方法からいけば、そもそも左翼が生き方とか、生存の美学といったものを教えることは無理というものだろう。

 (略)

 ……生き方や実存の問題は左翼の守備範囲とはまったく異なるオーダーにあるのだ。だから左翼も、左翼じゃない人も、左翼の問題圏とは別のところで、それぞれ生き方を学び、生きるうえでのよろこびや倫理を確立し、実存の問題を解決しなくてはならないのである。

  

 そう、「ロスジェネ」は、「右と左は手を結べるか」のキャッチコピーで世に出たのだった。手を結んだその先にあるだろうものを、編集長自らが指ししめしているというのは深読みに過ぎようか。
 
 
 さらに連想は飛ぶ。参照すべきは大江さんというよりも、「人間古今東西チョボチョボや」と言った小田実さんではないのか。「『身銭を切る』ことから」より(『世直しの倫理と論理』、下巻、P.214)。


 問題は、人間はインチキである、自分をふくめてふつうの人間はインチキさにおいても徹底し得ないほどインチキであるとみきわめておいて、そこで開きなおるのではなく、さて、そこで、どうするのか、ということだと思うのです。

 
 この文章が浅尾評論の中にあっても違和感はあるまい。


 人間を理想化しない。実存や生き方に左翼の立場から口をさしはさまない。とすると、小田実―浅尾大輔というラインはおのずと引かれるように思われる。浅尾さんが長篇小説を物した時、それは『HIROSHIMA』のような作品であるかもしれない、と夢想する。


 ところで、「神の問題」と向き合うとはどういうことだろうか。そのたいせつな手がかりは、最後の最後で触れられることだろう。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-20 23:09 | 批評系 | Comments(0)

「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その十四

 7:「『あらかじめ』に逆らう」を引き続き。


 私たちに忍び寄る「あらかじめ」に対し、「嘘」をもって逆らう。「やられたらやり返せ」ではない世界へ、「新しい交換形態」へ。では、嘘をつけるというのはどういうことか、主体は誰か、という思いを重ねながら読み進めてきたのだった。

 
 何を守るのか。誰を生かすのか。そして、誰と共に……。そうした視点が、ぜひとも必要に思われる。 


 「仲間」という言葉だが、「ヤンキー」をめぐる言説(「分析」とか「論」とか名付け得る状況なのか、僕には判らない)などを考え合わせると、少しばかり用法に注意せにゃあいかんという気がしてくる。言葉だけが先行しないように注意しておこう――ついでながら記しておくと、「ヤンキー文学」なるジャンルが成立するとした場合、その中には浅尾さんの「家畜の朝」は必ず含まれなければなるまい、と思っている――。


 ヴェイユの根は、おそらくアメリカの少年たちにも共有されている。しかし彼らの場合は、「嘘」の花の大輪を咲かせることによって、お互いを励まし合えたのだと指摘できる。


 前にも引いた部分だが、この一文にある「彼ら」や「お互い」という言葉に見合うような存在と関係性を、ひとまずは「仲間」と考えたい。そこに、いわば決まり文句に過ぎない「本当にみなさんのものである」というハックの言葉から得られるイメージを付け加えよう。

 
 閉じた「仲間」ではないのだ、ということだ。それは「仲間」と自称する自分たちのあいだだけでなく、仲間を外から見る場合にも、「あいつら」と「自分」は違うという目で見ないように努めるということだ。


 そのように考えた上で、このセクションの最後に記されるトムの物語について読み進めてみる。

 
 「復讐」に燃えさかるインジャン・ジョーと、「誰が外にいて、自分が囚われの身から解放されるのを待っていてくれるか」をわかっているトムの対比は見事だ。ジョーにあってトムにないもの。しかし、浅尾さんの注記を忘れないでおこう。


 しかしそれ(=トムをとりまく「外部」の寛容)さえも、トムの「嘘」と等価交換されたものだということも忘れるべきではない。



 不穏な影が、僕の脳裏をかすめる。してみると、「嘘」もまた、「能力」であるのか、と。生き延びるための「スキル」であって、それなしにはうまくいかないどころか、「うまくいかなくても仕方がない」「努力しなかったのだから報いは受けて当然」と思われるような、そういう「能力」「スキル」が増えるだけではないのか……。

 
 故のない被害妄想であろうか。僕の感じる不安を、理屈で説得してもらえるならこんなありがたいことはない。しかし、いかなる理屈であれ、不安を忘れることはあっても、根源を断ち切ることは出来まい。おそらく、先に見たような意味での「仲間」を常時意識し、それと照らし合わせて考えていくこと以外に、不穏な影を解消する道はないのだ。

 
 決意だの覚悟だの実行だのに感銘を受けるのは、悪いことじゃない。だけれど、それは何を守るのか。誰を生かすのか。そして、誰と共に。自分の読み方がたとえ誤読にしか過ぎないとしても、そこにこだわること。たたかいや威勢のよさに「だけ」酔いしれるな、と自分に言い聞かせよう。


 物語の最後に、執拗に描かれたインジャン・ジョーの苦悶は、トウェインなりの旧世界への葬送であったにちがいない。すなわち「等価交換としての復讐」を超える世界の開示――新しい交換過程に貫かれた世界へのいざないである。


 「新しい交換過程に貫かれた世界」は、どこかに扉が隠されていて、そこを見つけさえすれば、あける方法さえ分かれば、すぐさまバラ色の世界がひろがるといったものではない。その世界は、おそらく今自分のいる世界と違ったところはほとんどないだろう。ほんのちょっとしたことが、違うだけのことだ。少なくとも同時代を生きる私たちにとって、一夜明けての劇的の変化なんてことはそうそう、ない。

 
 そのほんのちょっとしたこと、そのきっかけはそこかしこにあって、それをどうこうするのは自分たち次第なのだ。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-19 13:04 | 批評系 | Comments(0)