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『セメント樽の中の手紙』

 今朝の「毎日」、東京本社版だと5面のなかほどに「発信箱」という欄がある。記事タイトルは「セメント樽と自動車」、記者は西部報道部の福岡賢正さん。


 『セメント樽の中の手紙』というプロレタリア文学の超短編を引きながら、記者が耳にした最近の自動車工場で起きた問題について考える。


 『セメント~』は『小林多喜二と「蟹工船」』に収録されていたと思う。浅尾大輔さんと陣野俊史さんの対談も非常に興味深いのだが、それはひとまずおいておこう。


 89年前のセメント工場でも、今の自動車工場でも、働き手が「使い捨て」にされる状況に変わりないのではないか。「気の遠くなるほどの歳月の間、私たちは一体何をしていたのだろう」と福岡記者は締めくくる。


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 「何をしていたのだろう」という問いに、「自分のやってきたこと」をもって答えられる人はたくさんいるだろう。逆に、「自分がやってきたこと」あるいは「自分がやろうとしたけれど出来なかったこと」、「やってみたけれどダメだったこと」をもって沈黙してしまう人もいるだろう。そして、さかんにここぞとばかりに「たたかい」を叫ぶ人もいるだろう。

 
 では、「こういうこともあるだろう」と、受け流したり忘れようとしたりすることで生き延びようとする人はいないのか? あるいは、怒りは感じつつもそれをどう形にすればいいのだかわからない人はいないか? あるいは、さあ何か自分もしなければと思うものの、「運動」の発する「雰囲気」になじめない人はいないか? それらを全部ひっくるめて、「文学」は何をどう描けるのか? 


 ホンネの「労働」と「生活」を描ききるのは、容易ならざる業であろう。今、どこでどんな文学が生まれているか、僕には分からない。しかし、僕のまだ知らない文学、これから生み出される文学に、尊敬の念を送ることを惜しまない。
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by todoroki-tetsu | 2010-12-28 07:25 | 文学系 | Comments(0)