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就職内定率(続き)

 就職内定率がひどく悪いことに関わって書いたのだが、自分でまとめきれずに後味の悪さが残っている。要するに、立ち位置がはっきりしていない、ということなのだろう。


 別に大上段に政策だの制度だのを述べる準備はない。それは専門家に任せればよい。自分自身も乗っかってきた「新卒重視」の仕組みも相対化すべきなのだろうが、では、自分がどうすればいいのかはよく分からない。新卒採用をやめてアルバイトや契約社員でこれはと思う人を随時採用したらいいんじゃないか、などと自分の会社については思うけれど、制度的な問題だけでなく、実際契約社員で優れているからと言って正社員としてそのまま出来るかどうかという問題はあるように思われて、結局職務と職位の関係をもっと考えなきゃ先に進めないのかな、と思ったりもする。


 しかし、学生の就職活動の長期化、あるいはその苦労や負担の深刻化についてだけは、「何とかしないとだめだ」とは言えるし、言わなければならないと思う。なぜか。学生の本分は勉強であるから。


 古めかしい理由かもしれないが、そうなのだ。勉強の内容はなんでもいい。就職活動に今事実上1年かかっているのだろうから、やはりせめて半年前後に収めるようにしたい。その分専門でも教養でもなんでもいい、勉強して欲しい。真面目に講義に出るばかりが勉強ではないと思うが、そこは問わないでおこう。


 学生であるうちに学生でしか出来ないことをもっと追究してもらうことを基礎として、働いてからもっと面白いことをやってほしい。僕は採用担当者ではないけれども、新しく入ってくる人を迎えるに際しては、それだけの度量を持とうと思う。就職活動の長期化でいい人材が入ってきたとも思えないが、短期化になって「即戦力」じゃない人だらけになっても文句は言わない。じっくり育てましょう。

  
 インターンシップだとかも受け入れを何度もやっているが、これもご時世だと思いながら、頭の片隅で「この時間を読書に費やしてくれればなあ」といつも思う。


 学生が勉強するのは学生自身のためではない。その知識を学校以外の場で活かすために勉強してもらうのである。それが、学費の社会負担を正当化する理屈である。かつて学費負担の軽減を学生自治会で訴えた身としては、ここを譲るわけにはいかない。さらにいえば、学校での勉強は、むしろ、企業に直結しないようなことのほうが、いい。書店勤めは雑学がモノを言う場合があるからよけいにそう思うのかもしれないが、4年程度でこじゃれたマーケティング用語を振り回すような奴よりは、土器を探して穴ばっかり掘ってましたみたいな奴のほうがよっぽどのび代がある。いや、別にカタカナ語を振り回すのが悪いわけじゃない。が、それ以外の世界をどれだけ持っているか、が面白い仕事が出来るかどうかのカギなのだ。


 働いてから身につける知識は山ほどある。だからこそ、そうではない知識を学生時代に身につけることに専心して欲しい。それを可能にする制度や仕組みがどんなものかは分からないが、少なくとも、今よりは学生の負担が少なくなるような制度や仕組みが望ましいと言うことは出来る。


 これを、学生の心理負担を増大させずに(「そんなこと言われたって……」と学生さんは思うだろう。正しい)、なおかつ言いっぱなしではなくするためにはどうするか。一日の大半をすごす「職場」での自分の言動を、問い直すことになるのだろう。
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by todoroki-tetsu | 2010-11-20 10:01 | 業界 | Comments(0)

就職内定率

 大学生の10/1現在の就職内定率が、57.6%であるという。この数字がどういうことなのか。大変だろうなとはもちろん思う。でも、その大変さはどういうものだろう。自分が就職活動をしていた98年の数字と比較してみる。当時も氷河期と言われてはいたのだが……と思って調べてみると、73.6%だった。


 就職内定率、というのが少しまだピンとこないのだが――学生時代にはよく「(有効)求人倍率」といったような言葉を耳にしていた気がする――、しかし、この数字だけ見る限り、「俺の時よりも相当に大変だぞ」という気がしてくる。

 
 98年に就職活動をやっていたということは99年4月から働き始めたということなのだけれど、この時は就職協定が廃止されてまだ2年目だった。就職協定のことを学生アルバイトさんに話すとみな一様に、驚く。就職活動は大学4年の春(5/1だったか?)からだったし、秋(11/1)には終わった。実際はどうか知らないが、一応そうなっていたのだ。


 協定廃止2年目の僕の頃は、たしか早いところで99年新卒対象の一次試験や説明会などが98年の3月くらいにあったんじゃなかったかな、と記憶する。間違っているかもしれない。が、少なくとも4月は説明会だの何だので忙しかったのは間違いない。おかげで新年度最初のゼミに我々上級生(僕は5年生だった……)が皆出られず、ゼミ新入生であるところの3年生を迎える大事な時になんだ! と先生にお叱りを頂いたことを覚えている。早い連中は6月になる前か、なってすぐくらいにもう内定が出ていたのではないか。

 
 僕は7月の半ばくらいに内定が出た。遅いほうであった、仲間内の男子学生の中では。それまで別段思ってもいなかったが、人間不安になると考えがすさむ。「俺は1年留年したとはいえそこそこの学校なのに」(!)とか、「なんで男なのに決まらないんだ」(!)とか、そういうことを考えたりして、またそうしたことを考える自分が嫌になるという自家中毒に陥ったりもして。そのくせ、自分が内定を取ったあとに出かけた時、まだリクルートスーツで歩いている女子学生を見て「大変だな」と思ったことを覚えている。自分がリクルートスーツを着ていた時には目に入らなかったのだが。多分、自分は自分の身を守るためなら何でもやるタイプなんだろうな、と思った。だからそんな目に合わないような平和な世の中がいいな、と身勝手なことを思ったし、今でもそう思っている節がある。


 もうひとつ嫌だったこと。PHSを持っていたのだが、交通費がかさみにかさんで、手放した。つまり、電話は部屋の固定しかない。面接までいった会社がいくつかあったのだが、その結果は電話で来る。部屋にいても落ち着かない。電話が鳴った、と思ったら、院進学に向け勉強中の知人からだった。「○○君は内定出たらしいけど、どうなの」、と。知人は何も僕を焦らせようとしたのではない。本気で心配してくれていた。しかし、僕にはそれを受け止めるだけの余裕はなかった。「どんどん先を越されている……」という思いが先行した。かといって、ここでキレたらそれこそ人としておしまいだろう、でも……となんだか訳が分からなくなって、電話が終わった後もどよんとした気持ちになった。人を信用できない自分が嫌だったのかもしれない。


 自分というものを基本的には信用していないのはこのあたりでの経験によるように思う。


 うちの店にも学生アルバイトさんはいっぱいいて、なんだか先輩面して「頑張れよ」みたいなことを思ったりもするが、口にはなるべくしないようにしているし、極力就職活動そのものの話題には触れないようにしている。下手なことを言って余計に苦しい思いはさせたくないから。


 就職活動がどうあるべきか、なんてことは申し訳ないが僕には分からない。が、自分の経験を「今となってはいい思い出だ」とは10年たった今でもまだ思えないのだ。恥ずかしい話だが、いまだに何ヶ月かにいっぺんは「就職先がない、どうしよう」と夢で見てうろたえて目が覚めるのだ。


 自分自身への警戒心を忘れない、という意味では確かによい経験ではあったけれども、それはあくまで僕個人のものであって、他者がそうであるとは決して言えない性質のものだ。


 どんなことにも、それをそれなりに乗り越えられる人はいるし、乗り越えられない人もいる。せめて、いろんな道ややり方があればいいのにとも思うのだが。
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by todoroki-tetsu | 2010-11-17 22:17 | 業界 | Comments(0)

無題

 浅尾大輔さんの評論、「かつて、ぶどう園で起きたこと――等価交換としての文学(ファンタジー)」(「モンキービジネス」VOL.10)をこの間断続的に、しかし何度か読み返していて、初読時などには少し記したこともあったのだが、いざ向き合おうとするととたんに言葉に詰まる。


 「4 作品分析――副詞『あらかじめ』の恐怖」は、「流通過程」(『資本論』が意識される)における労働と暴力にさらされる「ロスジェネ文学」における主人公の姿を、「あらかじめ」という副詞に託して追っていく。


 このセクションの前置きで浅尾さんはこう述べる。


 「彼ら(「ロスジェネ文学」の主人公たち)は、流通過程でふたたび過酷な労働と暴力に出会う。彼らは、それを逆らえない必然として一身に引き受けている。そうして密かに傷つき、悲しみに暮れて、ひとり声を殺して泣いているのだ」(P.285)


 
 「資本論幻想」と浅尾さんがよぶ、「剰余価値G´の『山分け』、すなわち平等な分配があり得る」というファンタジーに比べ、「ロスジェネ文学」は深いリアリズムを有している、そうした記述を引き継いでの言葉である。


 「密かに傷つき、悲しみに暮れて、ひとり声を殺して泣いている」というのは、一体誰のことだろうか。いや、そう言える資格のあるのは一体誰だろうか。


 「労働力の再生産過程から排除された者」(P.304)は確かにそう言える資格があるだろう。自ら言うか言わないかは別として。非正規雇用の労働者もまたそう言えるだろう。では、正社員はどうだろう。確かに16時間/日とか、それ以上の時間働かされたり、入社1年程度ですぐ店長にさせられて責任ばかり負わされるとか、そうした正社員は「ひとり声を殺して泣いている」と言えるだろう。繰り返すが、自ら言うか言わないかは別である。


 そこまでではない、という正社員もいるだろうと思うのだ。というより、自分がそうだ。最大働いてもだいたい14時間/日程度だし、持ち帰りの仕事も休日出勤もあるが、しかし、一応は週休二日である。学校歴コンプレックスを感じない程度の学校を出て、35歳、手取りで残業代こみ25万前後/月は、一人でやっていくには不自由しない。


 たぶん、こういう輩が一番性質が悪いのではないかと思うのだ。そして、何かを記すことで免罪符を得たようになる自分が、あさましいと思うのだ。しかし、その「性質の悪さ」や「あさましさ」の正体はいったい何なのか、それを解剖したいという気持ちもあって、結局のところわけがわからなくなって。


 あさましさついでにヴェイユを持ち出したりなんぞもしてみる。


 工場から多くの悪が来た、そしてこの悪を工場の中で改めなければならない。それは困難ではあるがおそらく不可能ではない。まず技術者その他専門家たちが、物を造ることだけでなく人間を破壊しないことを十分に望むことが必要であろう。人間を従順なものにするのでもなく、幸福にするのでさえもなく、ただ単にかれらの中の誰にも品位を下げるよう強制しないことである

    ――シモーヌ・ヴェイユ「工場生活の経験」(『労働と人生についての省察』、p.253)



 「品位を下げるよう強制しないこと」なら出来るかもしれない、などと甘い考えは持つな、と自分を戒める。


 自分の労働と生活に向き合うのは、難しい……。
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by todoroki-tetsu | 2010-11-15 23:37 | 批評系 | Comments(0)

「自分だけはけっして疑わない自己絶対化」

 大澤信亮さんの『神的批評』を読み進めている。


 そのうち、「柄谷行人論」において、初出時との異同に気がついた。もちろん、単行本の差異の加筆修正はよくあることだろうし、元来そうしたところに気付く性格では僕はない。


 しかし、「おっ」と思ったのだった、ここだけは。具体的に挙げてみる。「新潮」2008年11月号のP.264と、『神的批評』のp.72である。柄谷さんが「強い視差」を強調していることについてのべた一連のパラグラフ。


 だがさらに踏み込もう。かりに「強い視差」が生じても、それが自己を含めた関係全体への問いに至らず、単に一過的な不快としてやり過ごされる場合もある。(中略)対象化した自己の記述に夢中になり、それを行う「私」への問いが消える光景もありふれている。戦後の吉本隆明がそうであったように、単に「すべてを疑う」という決意――と言いつつ疑っている自分だけはけっして疑わない自己絶対化――に行き着くこともある。ならば(以下略)
                                    「新潮」2008年11月号P.264



 だがさらに踏み込もう。かりに「強い視差」が生じても、それが自己を含めた関係全体への問いに至らず、単に一過的な不快としてやり過ごされる場合もある。(中略)対象化した自己の記述に夢中になり、それを行う「私」への問いが消える光景もありふれている。単に「すべてを疑う」という決意――と言いつつ疑っている自分だけはけっして疑わない自己絶対化――に行き着くこともある。ならば(以下略)
                                             『神的批評』p.72



 異同はただひとつ、「戦後の吉本隆明がそうであったように」という一文の有無である。

  
 単行本でこの部分が削除されたのはどういうことだろうか? この挑戦的な単行本において、何らかの「遠慮」が働いているとは思われない。ここには著者の認識の変化があるのではないかと思う。


 この一文にこだわるのは、僕が吉本さんを理解する上での大いに手がかりにしからだ。つまり、吉本隆明という人を「単に『すべてを疑う』という決意――と言いつつ疑っている自分だけはけっして疑わない自己絶対化に行き着」いた人として見ることで、一見難解な言葉を理解することが出来るように思われたからだ。あ、この人は思想家というよりは徹頭徹尾詩人なのだな、とは『詩とは何か』を読んで抱いた感想だったが、詩人であることが彼の思想をどのように規定しているのかは分からなかった。「関係の絶対性」を鋭く突いた「マチウ書試論」は好きな著作のひとつだが、「では、自分はどうすればいいんだろう」と思った時、「あんたほどには強くはなれねぇよ」という気持ちもあったのだった。


 「自分だけはけっして疑わない自己絶対化」という表現を、そうしたもやもや感を一挙に吹き飛ばしてくれるものとして僕は受け止めた。この言葉によって吉本さんの言葉も相対化出来る気がした。もちろん、その相対化というのはけなすような意味でもなく軽んじるということでもなく、変に有り難がるんではなくまっとうに受け止めてみるために必要な過程というほどのことである。事実、吉本さんを好きか嫌いかと言われれば何とも言えないが、「すげぇな」とは思う。何か大それたことをやろうというんじゃなしに、普通に働いてメシを食って寝て遊んで、それでいて世の中のことを偉い人に騙されない程度に理解して生きていく、という意味では必要にして十分だと思う。これはすごいことだ。「立って半畳寝て一畳」の思想である。


 さて、ではなぜこの一文が単行本では削られたのか、ということだ。全体の行論には大きな影響はないとも思われるので、さしてこだわる必要はないのかもしれない。が、突っ込んでもみたい。「戦後の吉本隆明」は「自分だけはけっして疑わない自己絶対化」をしていなかったと認識が変化したのか、あるいは、「自分だけはけっして疑わない自己絶対化」は何も吉本さんに限った話ではない、と考えられたのか、そのいずれかではないかと愚考するのだが、どうだろう?


 細かいところにこだわる性格ではないのに、こうやってどうにも疑問が沸き起こる。異議、という意味での疑問ではなく、自分の中に折り返していくような、そういう意味での。町田康さんが指摘するごとく、まさに「困ったことである」。
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by todoroki-tetsu | 2010-11-08 00:04 | 批評系 | Comments(0)

学費と教育の自由

 これも、学生時代のある冬の話。10数年前のこと。


 私学の学生自治会の、ビラまきのお手伝いに行ったことがある。学費値上げ反対の署名を集めるためだったと思う。休み時間にホールだの広場的なところにいる学生に声をかけて署名を集めるのチームと、同じく休み時間に各教室にビラをまくのチームとに分かれた記憶がある。個別に声をかけるのが苦手な僕はビラまきチームに回った。


 ビラをまいて、まだ教官が来るまでに時間がありそうな時は少しばかり教室の前で演説(?)めいたことをして、「次の休み時間、△△で署名を集めていますのでぜひ」みたいなことをやった。

 
 40~50人くらいの教室、学生は半分くらいといったところだろうか。ビラをまき終えてから教壇の横で話を始めた。私学も国公立も年々学費が上がっている、というようなことを説明した後、「せめてアルバイトしながら通えるくらいの学費にしましょう。そのためには私学助成金を含め、もっと国が予算を出すべきです。そのためにぜひ署名を」みたいな言葉で締めた。


 聞いているという感じもしないが、かといって強烈な拒否反応をされたわけでもない。まあ、こんなもんだろう、と思って教室を出ようとすると教官が入口に立っていた。チャイムがもうなっていたらしい。


 「失礼しました!」と足早に去ろうとすると、「ちょっと待った」と教官に呼び止められた。当時で50代くらいだろうか、男性である。


 「国が私学に予算を出すってことはだな、国家による教育の統制ってことにつながるんだぞ。自治会だか何だか知らんが、教育の自由ってのをお前はどう考えてるんだ」

 
 怒鳴るというわけではない。どちらかというと、教え諭すような口調でさらにこう続いた。


 「自由は規制されちゃならんのだよ。規制緩和っていうのはそのためにあるんだ」


 まずい、と思った。このペースで「スコラ」をやっても噛み合わないと思った。とっさに、


 「僕は学生自治会なんで学生の生活の立場で考えてます。とにかく今の学費じゃ学生も親もやっていけないので、それを何とかしたい、その一点です」

 
 と言った。この言葉に嘘はなかった。


 「そうか。生活ということか……」

 
 とちょっと先方が落ち着いたと思われるころ合いで再度


 「失礼しました!」


 と教室を逃げるようにして去った。


 学生自治会の人間としては間違っていなかったろう。だが、明らかに噛み合ってはいない。噛み合わせる必要があったのかも、今となっては分からない。


 新自由主義という言葉が、今ほど定着していなかった頃の、昔話。いつの間にか「悪者」になってしまった新自由主義や自己責任論を、僕はそうたやすく批判しきれるものだろうか、とたまに思うのはこの時の経験のせいかもしれない。


 
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by todoroki-tetsu | 2010-11-03 20:50 | Comments(0)