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「ジョジョ」を読む

 仕事が忙しいんだか忙しくないんだか、よく分からない。読み進めなければ、と思っている石田忠さんの『反原爆』(未來社)とか、トリートさんの『グラウンド・ゼロを書く―日本文学と原爆』とか、杉田さんの「ロスジェネ芸術論」を(1)から読み返そうとか、あれこれ考えてはいるが、どうも気が乗らないでいる。


 原爆のことや戦争のこと、あれこれ報道はあった。が、その報道に接する読者としての自分自身の準備に何か足りないものがある気がして。さりとて腰を据えようという気になりきれていないのは暑さのせいにとりあえずしておいて。


 この10日ばかり、ずっと『ジョジョの奇妙な冒険』を読んでいた。文庫版全50巻のほう。少し前に全部読み終えた。「part6 ストーンオーシャン」までということになる。世代としてはモロなのだが、あまりちゃんと読んでいなかったし、なにせ高校生の終わりごろに大島弓子先生の作品に衝撃を受けてこのかた、「線の多い」絵柄の漫画はなんとなく敬遠していたのであった。

 
 文庫版の2巻目くらいからようやく絵柄に慣れてきて、読むスピードは加速していく。いわゆる少年漫画の王道というのだろうか、やっぱり面白いな、と思った。あらためて、この膨大なストーリーの中で「マックイイーン」に着目した「無能ノート」(『無能力批評』)の慧眼を思う。
 

 読みながら、「杜王町」を舞台とした「part4 ダイヤモンドは砕けない」あたりからだろうか、「『世界』を創ること」について頭の片隅で考えていた。僕は文学というものが(いや、「も」というのが正しい)分からない。「(F+f)」(夏目漱石)なんて目にしたところで「はぁ?」というだけである。が、自分の観察や想像力を、絵や言葉で、ひとつの「世界」として表現したい/出来る、というのはとてつもなくすごいことだな、と思ったのだ。

 
 世界観やストーリー、またキャラクターの姿やせりふによって、読者が現実の中で励まされることはあると思う。そのメッセージを受け取る力が読み手にも必要なのは言うまでもないことだが。「ジョジョ」には「成長」とか「正義」とか「希望」とかがド正面から描かれている。爽快かつ明確なメッセージだ。いわば「大きな世界」である。

 
 ここで妄想する。では、ここまで明確なメッセージがないような描写でも何らかの力をもつ場合があるのはどうしてだろう? 

 
 自分のさして豊富ではない読書体験を翻ってみるに、明確なメッセージに引き付けられる(例:漫画版『ナウシカ』)ことがほとんどであるにも関わらず、そうでない部分も確かにあるのだ。不思議なことである。


 たとえば。宮沢賢治「猫の事務所」で描かれる「かま猫」の悲劇。べんとう箱をとってやろうとして誤解される。こういうことはあるよな、と思う。誤解される側としてもする側としても。たとえ獅子の登場という明確なメッセージがなくても、あるいは「かま猫に同情します」といってくれる「ぼく」がいなくても、この描写は印象深く残るだろう。


 あるいは「銀河鉄道の夜」の、「(ああほんたうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだらうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろさうに談してゐるし僕はほんたうにつらいなあ。)」。さそりと神の問答を経て「どこまでもどこまでも一緒に行かう」という言葉によって打ち消されたとしても、ジョバンニの感じたような「つらさ」は、やはり印象深く残るのだ。

 
 これらは「ジョジョ」ほどの壮大さがある「世界」ではない。「銀河鉄道の夜」は別の意味で壮大だが、僕が今引いた部分はけっして大きなものではない。これらはいわば「小さな世界」である。


 自分の感情や思いがあって、それは何か身近な他者とは共有できないものであったとしよう。でも、作品の、たとえ何気ない描写――小さな世界であっても、そこに自分の感情に触れるものがあるとすれば、少なくともその感情は自分一人だけが持っているのではない、ということが分かる。実際に描写した作者がいるのだから。そこに「孤独」から逃れる、少なくともそのきっかけは見つけ出せるはずなのだ。ほんのささいな描写であっても、いや、大小に関わらず「世界」が成り立っていれば、結果として人を救うことが出来るかもしれない。ひょっとすると、文学というのはそういう力のことを指すのだろうか。


 もちろん、これは作者だけの問題ではない、読者の問題でもある。次の言葉を、ふと思い出す。
 

 文句なしにいい作品というのは、そこに表現されている心の動きや人間関係というのが、俺だけにしかわからない、と読者に思わせる作品です。この人の書く、こういうことは俺だけにしかわからない、と思わせたら、それは第一級の作家だと思います
                               吉本隆明、『真贋』、P65-66



 読者の立場になってこの言葉を考える。「こういうことは俺だけにしかわからない」と「思えたら」、「第一級」とまではいわずともそれなりの「読者」になっているとはいえないだろうか? 自分自身の経験や感情――ライフヒストリーといってもいいかもしれない――、それらを背負った上で自分自身をたたきこむように、自分の「世界」を全力でさらけだしながら作品の「世界」にぶつけることが出来れば、少なくとも「消費」だけしている次元にはいない。そんな風に考えてみることが出来ないか。


 もうひとつ、手がかりになりそうな言葉をあげておく。


 重要なのは何回読んだか、どれくらい読み込んだかという問いではない。「読む」ときわれわれは実際には何をやっているのかという問いである
 山城むつみ、「小林批評のクリティカル・ポイント」、『文学のプログラム』所収、P.49



 あらら。ジョジョの話からずいぶん遠くなってしまった(笑)。なんでこうなったんだろう? まあ、いいや。自分への宿題みたいなものとしておこう。


 宿題ついでに、ちゃんと読みたいと今考えているものを、冒頭にあげたもののほかに2点メモしておこう。


・伊東祐吏さんの『戦後論

 恥ずかしながらノーチェックだった。今日の「毎日」で取り上げられているので初めて知った。「自分たちが戦争をした事実をごまかしているから、議論を生産的に積み重ねられず、右派は正当化ばかり、左派は批判ばかり。戦争経験を引き継ぐといっても、受け手の心に届かない議論になっています」というコメントが実に気にかかる。


・陣野俊史さんの『「その後」の戦争小説論』

 「すばる」に連載中。こま切れにしか読んでいないが、先日連載第一回を図書館で読んだ。なんでもっと早くにちゃんと読んでおかなかったんだろう、という後悔はさておき、これはじっくりしっかり読みたい。


 
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by todoroki-tetsu | 2010-08-20 00:03 | Comments(0)

〈加害者意識化した被害者意識〉

 杉田俊介さんの「ロスジェネ芸術論(3)」を読む。二読したものの、安易に感想を記すのは気が引ける。そりゃそうだ、「君の暴力を前に本稿は長い中断に陥った、と前回述べた。その先で何が書けるのか、わからなかった」と杉田さんが記す、その「長い中断」の間、僕は事件のことを直接には思い起こしていなかったのだから。その時間の意味は、読者としてもやはり考えなくてはという気がする。


――「ここで考えたいのは、僕のように、事件当時は少しは考えた気もするが、時が経てば忘れているような、そういう人間のことだ」と以前記した。そう記した僕も、一方では事件から受けた印象を自分なりの問いに「変換」して断続的に考えてきたと言えなくはない、とは思う。このへんのことについては別の機会に記してみたい――


 浅尾大輔さんの評論「かつて、ぶどう園で起きたこと」とのシンクロを感じたのは一読の後。気のせいか、たまたま比較的最近読んだからというだけなのか。


 二読の後、スッとは頭に入ってこず、どういうことなのだろうと考えさせられる言葉にあらためて、気づく。〈加害者意識化した被害者意識〉という言葉である。まだまだ読み返さなければならないのだが、一方的な「読者特権」(?)を利用し、連想した自分の経験を述べてみる。


 学生時代、フェミニズムをかじろうとしたことがある。その経緯はここでは記さないが、様々な局面で、いや全局面でというべきなのか、女性(とここではあえてひとくくりにする)が遭遇している困難があるということ、そのとば口に少しだけ、触れた。


 じゃあ、男性(とここでもあえてひとくくりしておこう)であるお前=自分はどうなんだ、という問いはすぐに跳ね返ってくる。間接的に、いや、無意識のうちに直接的に加害者になっているだろう自分はなんなんだ。答えを見つけられぬまま、ジェンダー概念なら少し展望が見いだせるかと思った時もあったけれど、結局何も出来ずに挫折した。


 挫折の過程をたどっていく際、不穏な考えが頭をよぎった。「自分も何かの被害者であったなら、力強い言葉と立ち位置を確保できるかもしれない」。差別を、被害を、語り、えぐる言葉は、「加害者」の立場性を問い切れぬまま「被害者」のことを考えようとしていた僕にはとても強く、圧倒的に正しいもの映った。不遜を承知で言うが、「あこがれ」(!)すら、感じていたのだ。


 それは、恐ろしい考えだと思った。あいまいな卒論を書いて、僕は逃げ出した。


 今となっては、「被害者」が言葉を獲得していくまでの困難への想像が決定的に欠けていたし、だからこそまたそこに見出しうるであろう展望をつかみ損ねたのだろうなとも思う。あの時逃げ出していなければ、別の展望を持ったかもしれない。しかし、逃げ出さずに落ち切るところまで挫折していたら? 強い言葉を、明確な自分の言葉を求めて、さりとて「被害者」という「立場」も獲得できずに悶々としていたら? あとはもうより直接的な「加害者」になるしかなくなるのではないか……。


 後知恵を交えながら過去のことを思い出したりもしたのだが、記憶が呼び覚まされたのはしばらく前に読んだ対談集『フェミニズムは誰のもの?』による。ここでの森岡正博さんの言葉(杉田さんとの対談)に、共感するなどとは失礼かもしれないが、しかし、何か突き刺さるものを感じたのは事実。

 たとえば最近の二十代三十代の若い男性で、ジェンダーに関心を持っている人たちに話を聞くと、「本当は男より女のほうが得してるんじゃないか」という発想が結構あると思います。そういう感覚は我々にはあまりない。我々は「なんだかんだ言っても男が得してきた」に違いない、と反射的に思ってしまう。そこには世代間断絶がある。だからこそ、期待している部分があるんです。
                        『フェミニズムは誰のもの』、人文書院、p.148-9



 こんなことを想起しながら、もう一度読み返してみることにする。
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by todoroki-tetsu | 2010-08-09 22:20 | Comments(0)

「殺される」ことについて――その二

 「自分が殺されるのはいやな癖に、他人を殺す側になることは想像できる、というのはどういうことだろう?」と昨日記した。今日はここからはじめてみる。

________________


1.
 すんでのところを生きのびた苦しい体験を有するのであれば、その痛みから殺されることを想像することは出来るかもしれない。が、僕は今までのところ幸運にも実際にそんな大変な目にあったことはない。自分で自分を殺そうと思った、その体験だけしかない。が、これは主体的な選択であって突然他者からもたらされるようなものではなかった。もちろん、そこに至るまでには様々な他者が介在してはいるが、何かひどいめにあったとかいうのではなく、こうありたい・あるべきと思い描く自分がそうでない自分を肯定できなかった、という側面が強い。


2.
 ならばもう少し他人にやさしい人間になっていてもよさそうなものだが、そうはなっていないのが何とも情けない。ここは最近真面目に考えなければならないと思っている。


3.
 さて、殺される、というのは明らかに受動的な行為である。何らかの決意や思想でもって何かのために身をささげるということはある。どこまでがはたして自己決定といえるのかという問題はここでは問わず、何かしらの自らの意図や覚悟があったものは主体的行為として考えることとしよう。


4.
 もし他者に身をささげようと考えていた人がいたとしても、それは「誰でもよかった」というような殺され方で満足が出来るだろうか? 身をささげようとなんて考えもしない僕だが、仮にそういう決意をしたとしても、せめて世の中の誰か一人くらいを助けられるような殺され方ならば少しはお役に立てるのか? などとと思う。「誰でもよかった」なんてたまったもんじゃない。

 やっぱり殺されるのはいやだ。


5.
 しかし、もう一度立ち返る。「自分が殺されるのはいやな癖に、他人を殺す側になることは想像できる、というのはどういうことだろう?」

 殺されるのはいやだ、というのは、自分の殺されない状態が肯定出来ているからである、というように考えてみる(A)。もうひとつには、殺すことを想像するのなら、自分が殺されることも想像しなければならない、というように考えてみる(B)。


6. 
(A)殺されるのがいやなのは、自分の殺されない状態が肯定出来ているからである 

 「別段日々の生活が満ち足りて仕事にも満足していて友達もたくさんいてあるいはパートナーがいて……なんてことは一切ありゃしないのだが、それなりになんとかやっている(と思いこんでいる)生活が、無意味に奪われるのはいやだ。いや、意味があってもいやだ。」と昨日記した。思い込んでいるんだかなんだか知らんけれども、とにかくそれなりに生きている日々を、僕は肯定出来ている。そこは、間違いない。だから、「殺される」のはいやなのだ。

 では、それなりに生きている日々を肯定出来なかったとしたらどうか? 運よく正社員であること、そこそこに職場に居場所があること、非社交性の塊だけれどもそれでも多少の他者とのつながりがあること(こう考えてみると本当に有難いことだ)……。もちろん、自分なりに考えたりしてきた/いることの積み重ねもないとはいわないけれども、制度的なことや他者の存在、そんなことが重なって、そこそこに肯定が出来る条件が、今の僕にはある。でも、ひとつひとつが崩れていったらどうだろう? 

 確かに今は正社員だ。手取りで年収は300万を少し切る。貯金はわずかしかないが、借金はない。恵まれているといえばいえる。が、斜陽産業のこの業界、いつ会社から何を言われるか、また会社そのものがどうなるか分からない。そうなったら職は見つかるだろうか。『ブルーカラー・ブルース』の転職の描写が思い浮かぶ……。うまくいかなかったら、きっと「自己責任」なのだろう。「自己責任」と「自己中心」との境目はどこにある?

 自分が生きていることを肯定出来ないからといって他者を殺していいとは思わない。当たり前だ。ただ、生きていることを肯定出来なければ、他者が生きていることを肯定的にとらえる、その想像力は貧弱になっていくような気が、僕はする。


7.
(B)殺すことを想像するのなら、自分が殺されることも想像しなければならない

 これは論理的に考えればそうなる、というだけのことなのかもしれない。自分だけに他者を殺す特権があるわけではない。冷静に考えると、そうなるような気がする。少なくとも、自分の想像力をそのようなものとして鍛えることは、困難だが不可能ではない気がする。井上ひさしさんの『ムサシ』めいてくる。それもよかろう。あるいは、大澤信亮さんの次の言葉を頭の片隅においておくのもよいかもしれない。

 たとえば、イエスは、姦淫を犯した女を石で打とうとする民衆に対し、「石を投げるな」とは言わなかった。「投げる資格がある者は投げよ」と言ったのだ。個体の内部に攻撃性を折り返し、自らへの問いを喚起させるこの力こそが、普遍宗教の本質である。
                      (「柄谷行人論」、「新潮」2008年11月号、P.276)



________________


 まだまだ不十分だが、読者としてひとまずここまでの準備をした上で、杉田俊介さんの「『ロスジェネ芸術論』(3)――加藤智大の暴力(その二)」(『すばる』、2010年9月号)を読み始めることにしよう。
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by todoroki-tetsu | 2010-08-06 23:44 | Comments(0)

「殺される」ことについて


「誰かを殺さなくてもいい。殺されることもない。普通に生きられる。そんな人々が『なぜ人を殺してはいけないのか』というオシャベリに興じる。耐えがたい光景です。むしろ、問いは逆です。無力な者は論理的にも倫理的にも他者を殺してよい、にもかかわらず、かれらのほとんどは誰も殺さない。……ぼくらにかろうじてできるのは、かれらが『殺してもいい、にもかかわらず殺さない』でいる日々の実践の謎から無限に何かを学ぶくらいではないか
(『無能力批評』、P.53-54、下線部は実際には傍点)



 杉田俊介さんが赤木智弘さんへの手紙の形式をとって記した、「誰に赤木智弘氏をひっぱたけるのか?」の中の一文である。


 古い話で恐縮だが、秋葉原の事件のほぼ直後、言っていることに一番「なるほど」と感じたのは赤木智弘さんの言葉だった。その時の赤木さんのブログ記事はこちら。その後意見が変わっているのかどうかは存じ上げぬけれど、事件とご自身との接点というか立ち位置を明確にされたのがしっくりきたんだろうと思う。


 杉田さんの言葉と赤木さんの主張を並列することが妥当なのかどうか分からないけれど、「読者」として勝手な読み方が許されるとするならば、どちらも「人を殺してはいけない」という一言でだけ語ろうとはしていない、という点で共通していると言える。杉田さんは「人を殺してはいけない」という言葉を見事に逆転させた。赤木さんは、事件加害者よりも年長の言論人であることをもって、自分が殺されうる可能性も含めて「責任」がある、と明言した。いずれも、人は人を殺し/殺されうることを直視した上で記された、重い言葉だと思う。

 
 では、「読者」としてはこうした言葉をどう読むべきだろうか? 好き勝手に読んでよい。「消費」してよい。そう思う。正しい読み方なんてありゃしない。でも、殺すこと/殺されることを心底見据えた上で出た言葉であるならば、そしてそこに何かしら感ずるところがあるのであれば、書き手の思いを少しでも想像してみようとするのは悪いことではないだろう。


 そこで、こう考えてみる。自分は人を殺し、あるいは人に殺されるということを、どうイメージしているのか、と。自分のイメージを拡げることで書き手が記した言葉の意味を自分なりに引きつけてみたい。人を殺す側に立ったときのイメージについては記してみたことがあるので、殺される側になった時のことを想像してみる。
 
 
 色んな場合があるだろうけれども、仮に、何にも悪くはないのにいきなり路上でナイフで刺されたことを想像してみる。驚きが先か痛みが先か。痛いのは御免だ。なぜ自分が? 命乞いで助かるならなんでもするだろう。たぶん、泣く。大声で叫ぶかもしれない。恨みと未練と疑問が駆け巡るだろう。やり返そうとする気持ちも失われていくかもしれない。いや、考える場合じゃなくてただ痛みにもがき苦しんでいるだけかもしれない。即死ならいいなんて訳がない、そもそもなぜいきなり人生が奪われなきゃいかんのだ……。

 
 ダメだ、やっぱり僕は殺されるのは御免だ。どうしてもいやだ。別段日々の生活が満ち足りて仕事にも満足していて友達もたくさんいてあるいはパートナーがいて……なんてことは一切ありゃしないのだが、それなりになんとかやっている(と思いこんでいる)生活が、無意味に奪われるのはいやだ。いや、意味があってもいやだ。


 自分が殺されるのはいやな癖に、他人を殺す側になることは想像できる、というのはどういうことだろう? たぶん、ここのあたりを考えないことには「批評」の言葉の理解には近づけない気がどうもしてきた。


 「泥沼」にまた入り込みそうだ。
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by todoroki-tetsu | 2010-08-05 22:37 | Comments(0)

「27歳」と「自己中心」

 今日の「毎日」夕刊、1面中ほどの右わきにある「近事片々」が目に留まる。

――どうでもいいことだが、ある時から「毎日」は折り目に記事がかかるようになってしまったなあ。そのぶん文字が大きくなった気がするので、「行って来い」でOKではあるが――

 秋葉原無差別殺傷事件の被告とウィルス作成容疑者、どちらも27歳。「底なしの『自己中心』の闇」とする。

 単なるタイミングなのか、同い年だからなのか、「自己中心」という共通点が見えたのか、僕には分からない。こうした短いコラムは特にある種の「技巧」が必要なのだろうと想像してみると、鋭い洞察のようなものは、ひょっとするとさしてないのかもしれない。

 ふたつのことが思い浮かんだ。


 ひとつめ。27歳という年齢について。1982年か83年生まれということになるのだろうが、秋葉原の事件の後、女性契約スタッフとの雑談で、こんなことを言っていたのを思い出す。

 「私、(秋葉原事件の被告と)同い年なんです。同年代は事件起こす人が多いんです。酒鬼薔薇事件もそうだし、佐賀のバスジャックもそう」

 その彼女は、別のある時、確か独自のブックフェア企画の相談を、これまた雑談まじりにやっていた時にこんな風なことをつぶやいた。

 「私たちの世代には(問題意識とか)なんにもないんです」

 いずれも会話の流れの言葉であり、特に後者は企画する際の意図とか問題意識とか、そういったことについてやりとりしていた中でのことなので――しかも僕は一応上司である――、そのあたりは差っ引かなきゃいけないかもしれない。彼女は文学畑であり、よく本も読んでいるし、僕などから見ると非常にセンスのいいセレクトをやる、目的意識的なスタッフである。その彼女の口から「(問題意識とか)なんにもないんです」という言葉が出たことに、ずっと引っかかっている。

――ちょっと気になって確認したのだが、今朝ちらと書いた高橋優さんも、プロフィールを拝見すると1983年生まれだった。もちろん、偶然である――

 特定の世代や年号にあまり意味はない、という気もする。僕は1975年生まれだが、きっと事件を起こしている人も少なくないだろう(とはいえ、パッと今思い出せないことも確かだが)。ただ、色々と立場の違いはあるだろうけれども、1995年をひとつの共通の体験として認識は出来る世代として特徴づけられる何かがあるのかもしれない、とは思う時がある。随分前、1970年代生まれの著者の本だけを並べてみたことがあったが、75年以降の生まれの人の書いたものは何かちょっと「かげり」とか「暗さ」といったものが垣間見えたような気がしたものだ。

 僕よりも若い世代で何が起きているのか知りたい、と別段切に願っているわけでもないし、努力もしてはいない。ただ、「自分とは違う」という思いだけが自分の中にあるのではない。まどろっこしい言い方だが、そういう感覚は少しばかり、ある。


 ふたつめ。「自己中心」という言葉について。「自己チュー」「自己チュウ」とも表記されるのと同義と思われるのだが、この言葉がいつ頃から使われ始めたのか、よく分からない。学生時代麻雀をやる連中がよく口にはしていた気もするが、今のような意味ではなかったように思う。

 「自己中心」……なるほどそうかもしれない。「他人に迷惑をかけるな」といった意味であればそれはその通りだと思う。パソコンが動かなくなりゃ当然相当に面倒くさいことになるし、ましてや車ではねられたり刺されたりするなんて、やった本人がどういう思いであれ、まっぴらごめんだ。
  
 しかし……。

 本当に、本気で、異常でもなんでもなく、素直に(!)、「他人」のことをまったく想像出来なかったのだとしたら、どうだろう? もちろん、それによって罪が軽くなるわけでもなんでもないけれども。

 大澤真幸さんが「への疎外」とからめて秋葉原の事件を論じていたのを思い出す。正直なところ、以前読んだ時でも今でも、どうにもピンとこないのだけれども、再チャレンジする価値はありそうだ。
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by todoroki-tetsu | 2010-08-04 22:09 | Comments(0)

「素晴らしき日常」が素晴らしい

 テレビは基本的に見ない。AMラジオ中心の生活。好きな番組はいくつかあるが、音楽系の番組はさほど聞かないため、いわゆる新曲というのは非常に触れる機会が少ない。

 伊集院光さんの番組は毎回欠かさず録音して聴いている。ここでかかる新曲が数少ない僕の情報源なのだが、先々週の放送だったかで聴いて思わず「おっ」と思ったのが、こちら。高橋優さんの「素晴らしき日常」。




 
 高橋優さんというお名前をはじめて知った。岡崎京子さんの『リバーズ・エッジ』で先駆的かつ先鋭的に描かれた世界が、ここに直結しているのかどうか知らない――それは批評家の仕事に委ねよう――。けれど、つながりを感じる。

 久々にCDを買おうかな。
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by todoroki-tetsu | 2010-08-04 05:33 | Comments(0)

「負い目」と原爆と戦争と

 今朝の「毎日」3面、「火論」なる欄に「『それから』の空白」という短い記事を見つける。コラムといったほうがよいのか。専門編集委員玉木研二さんの筆による。


 「原爆後」の被爆者の生活を、「それから」という言葉を手掛かりに想いをはせる内容。長崎の被爆者、永坂昭さんのことが具体的には取り上げられている。


 記事にはこんな一節がある。


 生き残った負い目というものがある。これも被爆生存者が多く語ることだ。
 永坂さんはあの日爆心地付近をさまよった。傷つき渇いた人々は水を求めた。うつぶせのやけどの女性に「連れて行って」と助けを求められたが、永坂さんは無言で去った。不明の母らのことで頭はいっぱいだったという。このことを永坂さんは終生悔いた。語ると涙声になった。



 今少しずつ、石田忠さん編著の『反原爆』(未来社)を読み返している(twitterでのタグは #hangenbaku)。「負い目」の問題もこれから出てくるはずだ。


 どうすれば現在に引きつけることができるだろうか、と思いながら読んでいる。たとえ「年中行事」であったとしても、8月がそのきっかけになればいい、ないよりはマシだと思いながら、それでもどうやってそこから前に進むことができるのか、と考える。


――余談だが、先日読んだ山上たつひこさんの「十二因縁暴徒犯罪ニ関スル書類編冊」(『神代の国にて』所収)に、「年中行事化」する終戦特集についてボヤく記者が登場しているのに、素直に驚いてしまった。発表は1972年である――


 被爆者が、あるいは戦争体験者が、その体験をどう受け止めながら、それでも生きのびてきたのか。その過程に、「平和」な時代を生きている人間が学びうるのは何か。


 いや、そもそも「平和」なのか? と問うておくことは重要だ。確かに、70年ほど前のような形での「戦争」はなかったかもしれない。しかし、年間自殺者が3万人を超すようになってもう10年くらいは経過するのではないか。もちろん、それ以前にも自ら命を絶った人は2万人ほどはいたわけであるから一概には言えないが、広島・長崎の原爆で亡くなった人と同じくらいの数の人が、この10年で自ら死を選んだわけである。


 「ゆるやかな」内戦が、着実に進行しているのではないか? 「日常化した戦争」が、ここにありはしないか? だとしたら、かつてあった戦争の体験について考えることは、現在の「平和」をいかに生きるかという問いに、実は密接につながっているとはいえないか?


 もちろん、これはいわば情勢認識の問題であって、いや、それすらでもまだなくて、単なる粗削りなイメージにしか過ぎない。この認識がはたして妥当なのかどうかはまだ、よく分からない。


 しかし、情勢認識を保留したとしても、戦争の体験から学びうることはあるだろう。永坂さんの「負い目」は確かに原爆という空前の体験によるものだ。けれども、程度の差はあれ、例えば仕事の場でも何らかの「負い目」を感じるような局面が、現在を生きる僕にも、ある。だとしたら、「負い目」と向き合った被爆者の体験から学びうるものが何かあるはずだ。そんな風に、思う。
  
 
 こんなことを書いていると、ふと思い出してしまった。タイマーズの名曲である。



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by todoroki-tetsu | 2010-08-03 06:44 | Comments(0)