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柄谷行人『トランスクリティーク』読了

 twitter読書はこれで5回目になるのか、今回は柄谷行人さんの『トランスクリティーク』。ハッシュタグは #KarataniTCとした。

 面白かった。実に面白かった。よく分からないなあ、と思うところは少なくなかったけれど、カントの読み方はもちろん、マルクスの読み方にも新鮮な驚きを感じた。長い間「食わず嫌い」でほとんど読んでいなかったのだが、ああなるほど「ハマる」人が多いわけだと実感した。改めて、大澤信亮さんの「柄谷行人論」(「新潮」2008年11月号)を本棚からひっぱりだしてみようかとも思う。

 難しいことは間違いないのだけれど、吉本さんの『最後の親鸞』や山城むつみさんの『文学のプログラム』の時に比べると、「つぶやき」というかメモというか、そうした行為はやりやすかった。なんでだろう?

 
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by todoroki-tetsu | 2010-04-10 08:00 | Comments(0)

伊集院光『のはなし』文庫版の心意気

 すごいことだ、と改めて手にとって感じた。伊集院光さんの『のはなし』の文庫版、「イヌの巻」と「キジの巻」のことである。もともとは単行本1冊、文庫化に当たって2冊になった。

 ラジオで、文庫版特典として写真を入れる、その苦労について語っておられたのは聞いていた。が、実際に手に取ってみるとその苦労っぷりの「半端なさ」がひしひしと伝わってくる。おもしろ写真を何年も前から撮りためていることのすごさ、またそのセレクトの苦労など、心の底から笑うことだけでしか応えることしか出来ないのだけれど、伊集院さんの「笑い」への執念みたいなものを感じる。ある意味でクソ真面目な「理論」をこねくりまわすことよりも何倍も難しいことだと思う。だって、いくら頑張っていても、歯を食いしばっている姿を見せては「笑い」は取れないから。その意味では商人としても笑っているだけではなくて大いに勉強させてもらわねば、と思う。いかにお客様に喜んでもらえるか、あるいはどうしたらカネを払ってもいいと思ってもらえるか、そしてそれをなすためには普段というか日常で何を意識しているかが大事、という意味では通じるものがあるように思えてならない。

 もうひとつ、出版社さんからの事前情報で「イヌの巻」「キジの巻」というタイトルになっているのは知っていた。実際に並べてみてこのタイトルのつけ方はよいなと思った。佐藤優さんが「左」「右」なんてつけたのは、「上」「下」とか「1」「2」だと「上」「1」しか買わないから、という工夫だと聞いたことがある。今回はどなたの発案なのか分からないが、「どっちも買わなきゃ」という気にはなる。それだけではなく、「イヌの巻」の巻末には「なかがきいち」、「キジの巻」の巻頭には「なかがきに」が配置され、もしどちらかしか買っていなかったとしたら「もうかたっぽ買わなきゃ」とおのずとなるのである。あざといと思われる方もいるかもしれない、が、これまた考えられた工夫だなと思う。

 自分が面白いと思うものをどうやって人に伝えるか……そのために考え抜いて作られた2冊。頑張って売ろう。
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by todoroki-tetsu | 2010-04-07 22:58 | Comments(0)

大澤信亮「批評と殺生――北大路魯山人」

 無謀なことなのは分かっている。おそるおそる記さざるを得ない。大澤信亮さんの「批評と殺生――北大路魯山人」(「新潮」2010年4月号)の読後感である。

 勉強になることは山ほどあるのだが、引用は一点に絞る。

 「自らを問わせるものだけが『他者』なのだ。/困難は目の前にいる他者との出会い直しにこそある」

 文意をどこまで読み取れているのかまったく自信はないが、もっともハッとしたのがこの箇所だった。自分を主語にして「他者」を考える際と同時に、自分は誰かの「他者」になりうるだろうか? とも考えた。

 今、僕はそのままいるだけで誰かにとっての「他者」ではあるだろう。そのままでも良くも悪くも何かを誰かに「問わせ」ているのかもしれない。

 そういうことなんだろうか、ここで書かれているのは……。

 何度読んでももっとも気にかかったのはこの一文で、能動的に誰かの「他者」になることは可能だろうか、などと考えてみたりもしたのだ。

 しかし、引用した一文は、「自然の他者性」について考察している一連の文章の中にある。そのことの意味を、まだつかみかねているのだが、人間同士の関係だけでしか僕はまだ到底考えられていないことは間違いがない。書かれている言葉に何かを思い、それを記そうとすると、いや、そんなことは大澤さんにはもうすべて分かっていて、全部分かった上で絞り出されているという気がしてくる。

 ちょっと途方もない気になってきた。一体、「読む」ということは何なんだろう?
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by todoroki-tetsu | 2010-04-07 14:13 | 批評系 | Comments(0)