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吉本隆明×糸井重里

別段、たかだか本屋の一店員が今年を回顧したところで何のことはないのだけれど、「すげえや」と思ったのは、なんといっても『吉本隆明の声と言葉。』と『吉本隆明 五十度の講演』でありましょう。

 吉本隆明さん自身のすごさというものもあると思うけれども、吉本さんの思索をちゃんと多くの人に届けるような形にし、なおかつそれを商売として成り立たせるというのは並大抵のことではない。糸井さんという人は、すごい。

 吉本さんは80歳を過ぎているし、糸井さんも還暦である。が、お二人とも何ともお若い。「ほぼ日」でもまた吉本さんと糸井さんとのお話がアップされている。お二人とも言っていること、考えていることが実に若々しい。確かにお姿としてみると吉本さんは大分年輪を重ねているわけだけれども、お二人とも実年齢よりは20歳くらい若く感じる。こうした人生の先達がいるということは頼もしい――もっともそうやって年齢を重ねていけるほどの条件が今、危ういのではある。一応は今のところ正社員である自分が言うと怒られるかもしれないが――。

 この秋から冬にかけて吉本さんの単行本が複数出たけれども、やはり糸井さんというか「ほぼ日」さんで作り出し「追い風」が出版を後押ししたことは間違いないし、既刊本も含めやはりよく売れている。いわゆる「吉本読み」ではない人が確実に手に取っていると言える。「吉本市場」(これは間違いなく人文・社会市場のある一定部分を占める)を「ほぼ日」さんが広げてくれた、という感触が現場としては、ある。

 「ほぼ日」さんのおかげで吉本さんの既刊本が売れるようになったことには、ただただ感謝。恩恵を受けた書店と出版社は少なくないのではないか。僕はMP3版で聴いているが、「ほぼ日」さんのやってくださったことに対して、ちゃんとお金が入るようにしなくちゃ仁義に反するな、と個人的には思っている。実際聴いてみると面白いし、費用対効果は抜群に高い。

 「ほぼ日」さんの売り方を見ながら、人文・社会書の売り方というのは、もっともっと考える余地があるような気がしている。それが何なのかは、まだよく分からないのだけれど。
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by todoroki-tetsu | 2008-12-29 08:19 | 批評系 | Comments(0)

『まんがで読破 資本論』

 快進撃を続けるイースト・プレスさんの「まんがで読破」シリーズ。『資本論』がとうとう出た。

 よくまあこんな風にアレンジしたなあ、というのが第一の感想。すごい着想だと思う。しばしば『資本論』は一番最初が難しく、そこを通り越すと徐々に面白くなってくるなどと言われ、その例として第一巻第八章「労働日」が挙げられたりするけれども、まさにここに焦点を当てた、という感じ。たぶん定義的なものをすっとばして『資本論』について語ろうとするならば、そうしたことになるんだろうと思う。

 『資本論』に至るまでの道筋というのは色々あるんだろうと思う。極めて教科書的(?)にいえば『空想から科学へ』『賃金・価格・利潤』『反デューリング論』といった順なのだろうけれども、実は、『
イギリスにおける労働者階級の状態』が一番なんじゃないだろうか、という気がこれを読んでみて強く感じたこと。

 要するに、『資本論』は、実態を掘り下げていったわけで、理論が先にあったわけではない……と書くとちょっと誤解を招くかもしれないが、でも、必ずしも間違いというわけでもあるまい。スミスまで遡ることを強調していたのは高島善哉であったかと記憶する(『マルクスとヴェーバー』)。それはそれで一つの途だが、複数あるであろう『資本論』へと至る途を、追体験しようという試みが重要なのかもしれない。

 見田石介さんの名著、『資本論の方法』(最初は弘文堂、その後大月書店発行の著作集に収録)の復刊なんて話が出てくると面白いとも思うのだが。
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by todoroki-tetsu | 2008-12-21 01:26 | 業界 | Comments(0)

河上肇『貧乏物語』

 どうせだったら現代語訳にした方がいいのでは? いや、漱石だって現代仮名遣いにすれば十分通じるではないか、などと入荷した本を前にしばし考え込んでしまった。河上肇の『貧乏物語』である。

 まだ読み終えていないので詳細は避けるが、少なくとも岩波文庫版よりは字も大きいし読みやすく、手に取りやすくなっているのは確かではある。期せずして湯浅誠さんの『反貧困』が大佛次郎論壇賞を受賞した直後でもあり、タイムリーでもある。ちょっと仕掛けてみようと思う。

 序の中には、孔子の「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」を引いた上で記した、こんな文章がある。

 「一部の経済学者は、いわゆる物質的文明の進歩――富の増殖――のみをもって文明の尺度となすの傾きあれども、余はできうるだけ多数の人が道を聞くに至ることをもってのみ、真実の意味における文明の進歩と信ずる」
(P.5)

 社会科学者、経世済民の学たる経済学者のこの気概に、今なお学ぶべきことは多いだろう。石川啄木から丹念に大正をつなげてみてもよいかもしれない。上原專祿『大正研究』なども興味あるところである。

 『イギリスにおける労働者階級の状態』なんかも、そのうち新訳で出たりするのだろうか……。新しけりゃいいってもんでもないけれども、話題になってまっとうに見直されるのであれば、それはそれで歓迎すべきことではある。
 
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by todoroki-tetsu | 2008-12-18 00:35 | 業界 | Comments(0)

石垣りん「定年」

 派遣切りだとか、リストラだとか、今に始まったこっちゃないのか、それとも今までの延長線上で語ることは出来ないのか、よく分からないまま、漠然とした不安だけが強くなってきている気がする。自分にも、周りのスタッフにも、お客さんにも。

 今日、ある版元の営業さんからちらと「ヨーロッパでは『資本論』ブームらしいですよ」とのお話を伺う。ヨーロッパっていっても広いんだけどなあ、とかいろいろ考えながら、少し興味のある話ではある。
 
 『資本論』については『まんがで読破 資本論』の初速好調なのが気になるところだが、これはまた別途。

 こうしたいわゆる「資本の論理」とか「大企業批判」だとか、そういう話の時には、どうも「敵」がすごく明確に語られてしまう、あるいは結論というか処方箋がもうすでにある、というような語られ方をしてしまうきらいがある。『資本論』にはすでに答えがある、みたいなものいいですね。そりゃ、ヒントは山ほどあるだろうけれども、そうは言ったって100年以上前の本でしょうに……と文句の一つも言いたくなる僕はあまのじゃくなのだろうか。

 そう思ってふと読み返したのが、石垣りんさんの「定年」(『略歴』所収)。

 ある日

 会社がいった。

 「あしたからこなくていいよ」


 人間は黙っていた。
 
 人間には人間のことばしかなかったから。

 
 会社の耳には
 
 会社のことばしか通じなかったから。

 (以下略)
 

 
 
 こんなつぶやきのような言葉から「資本」について考えられるとよいと思うのだけれども。
 
 文学をあまり読まない、なんて言ってちゃいかんなぁ、と思う今日この頃。言葉を、見つけ出していかなくては。
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by todoroki-tetsu | 2008-12-16 23:59 | 批評系 | Comments(0)

加藤周一さんを追悼す

 大変失礼かもしれないが、万が一お亡くなりになることがあったら何かやらなきゃいけないな、と何年も前から思っていた。

 しかし、いざ、という時になってみると、POPが書けない。加藤さんから学んだこと、加藤さんがおっしゃっていたことがどれだけ自分の励みになったか、と思うと、言葉にしようにもどうにも寂しさがつきまとい、どうにも言葉が出なかった。それでもかろうじて書くだけは書いたのだけれども。

 高校時代、論文対策の大義名分で何度も読み返した「夕陽妄語」。さっぱり分からないが、とんでもなく博識な人というのはいるものだなあ、と思っていた。ちゃんと読んだのはたぶん学生時代の『羊の歌』が最初。精神の気高さ、とでもいうようなものを感じたのと同時に、さて、自分はどうだろう、と自信を無くした(?)覚えがある。

 強烈に印象に残ったのは、『「戦争と知識人」を読む』。この年1999年、国旗国歌法その他いろいろなことがあった年だったせいもあって、何を手掛かりにして考えればよいのか、そんな思いとあいまって、繰り返し読んだ。

 そこからさらに遡って『日本文学史序説』に進んでさらに衝撃を受ける。もし未読の方は『「日本文学史序説」補講』から入るとよいかもしれない。加藤さんの明晰な問題意識と方法論に圧倒された。

 同時に、いわゆる「左翼」というか、リベラルに属する方だったと思うのだけれども、加藤さんのの日本の古典・伝統に対する造詣の深さは、自分自身の右翼/左翼観の狭さを見事に打ち砕いてくれた。「万葉集」をろくに読まないで日本の伝統を――肯定にせよ否定にせよ――語るような人を信用しなくなったし、もちろん自分も読まなきゃと思って読んだ。加藤さんに出会わなかったら、日本の古典に対するある種のアレルギーを今なお払拭出来ていなかったかもしれない。
 
 他にもいっぱいあるのだが、加藤さんのようなタイプの知識人はもう出ないのだろうか、と思うと、本当にさびしい。うまく言えないのだけれども、加藤周一さんを通じて、僕は日本を好きになれたと思うし、加藤さんと同じ時代の空気を吸えたことを幸福に思う。
 
 ご冥福を心よりお祈りいたします。
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by todoroki-tetsu | 2008-12-14 00:47 | 批評系 | Comments(0)