カテゴリ:運動系( 29 )

ベルク「War is over」問題について

 東京を離れてしばらく経つ。もちろん、最近の動向は肌感覚ではわからない。


 TWITTERでなんとなく見ていると、どうやら「War is over」という貼り紙か何かに対し、オーナー・ルミネに「政治的だ」という意見を寄せた人がいるらしい。


 すぐさま感じたことなどはあれこれあるんだが、これは少し考えなければと思った。


 「War is over」という言葉が政治的だとは思わない。それを掲げてなぜ悪いのか。がんばれベルク……それくらいのことはすぐ言えるし、それは本音でもある。しかし。


 僕は小売業の人間である。日々、とは言わないが、いろんなご意見を頂くことが少なくない。接客サービスなど基本的かつ小売業共通の事柄もあれば、どの本がどう置かれているか/いないか、など、非常にデリケートな問題まで多岐にわたる。明らかにこちらに非があるものもある、そうとも必ずしも言えないなと考え込んでしまうものもある。


 オーナーとか、本社がからむと、一応何かしらの回答をしなければならない。こんなもの無視してしまえ、というものも中にはある。しかし、そうともいえないはざまであれこれ悩むことも多々あるのである。


 そうしたことを当事者として経験している身として、ただのベルクファンとして言いたいことを言うだけでいいのか、それはかえってご迷惑をおかけすることになりはしないか、自己満足にすぎないのではないか。そんなことを考えていた。


 今朝、ようやく時間ができたので、ひとまずルミネさんにメールした。この数日文面を考えていたのだが、基本は「何か言われたからには何か対応しなければ、というのはわかる。けれど、本件はテナント任せにしてしまえ、ベルクとベルクファンならうまくやる、「ご意見承りました」くらいでとどめておくのが最良でしょう、という趣旨。
 

 ルミネさんに味方になってくれとはいわないが、少なくとも敵でさえなければなんとかなる、という思い。オーナーがこうした態度さえ取ってくれれば、顧客との関係がしっかりできているお店はどうとでもできる、と考えたのだった。


 事態は収束するのかしないのか、いまだにはっきりしないようだが、まとまらないながらふたつのことを考える。


 ひとつめ。ずいぶんといやな世の中になったが、何かしなければいかんな、ということ。少し話が変わるが、日清のCMで起用した女性タレントさんについてクレームが入り、打ち切りになったことがあった。これについて小田島隆さんが「打ち切りにしたのはあまりよくない。クレーマーをつけあがらせるだけ」という趣旨のことをお話しされていた(TBSラジオ「たまむすび」)。

 
 店が気に入らなければ行かなければいいだけのことで、実はそうして顧客が離れるのが商売人としてのダメージは大きい。しかし、それでは承認欲求が満たされぬのだろう、だからいきおいこんで何かを言ってきたのではないかと思われる。朝日新聞に出稿する出版社さんにいちいちご意見ファックス送る心性とさほど変わるまい。ならば無視するに限る。とはいえ、そうもいかない仕組みになっている会社も少なくない。ならば、と思い、放っておいてほしいとオーナーに意見を送ることで何か間接的にでもお役に立てれば。


 ふたつめ。ベルクさんに任せれば大丈夫、という信頼感。僕がただの顧客であるだけなく、こうした信頼感を持つにいたった一件がある。


 2009年1月のベルク通信が見られる。ここに迫川さんの「私の表現者会議」という一文がある。

 
 これだけ今見返しても、何のことやらと思われるだろう。ここに書かれている展示の状況を端的に言えば、「壁一面にメモがやたらベタベタ貼りまくられている状況」であった。たしかに見栄えは悪いといえば悪かった。この時は二日とあけずに通っていた時期だったが、ある時随分と展示が整理されたと記憶している。あれは
何だったんだろうな、と思っていたところに拝見したのが上記ベルク通信だった。

 
 僕はただの書店員だが、著者さんの様々な思いにぶつかることもある。一緒にやれることもあればやれないこともある。ほかのお客さんとの兼ね合いとか、いろんなことを考える。うまく折り合いを付けられるとき、そうでないとき、いろいろある。そうしたはざまの苦悩を率直に記されたこの文章に触れ、あ、この方は心底信頼できる、と思ったのだった。この思いは今なお変わらない。


 だからこそ、ベルクさん自身が判断・実行する環境であってほしい、と思う。なるべく足手まといになることなく、もしお役に立てることが出来れば、と思っている。
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by todoroki-tetsu | 2016-05-18 13:34 | 運動系 | Comments(0)

「争点」について

 今朝(11/25)の「毎日」一面の見出しには、「争点づくり懸命 14政党乱立 戸惑う有権者」とある。


 見出しだけ見て「なんじゃこりゃ」と思った。争点なんていくらもあるじゃねぇか、と。ったくだから「大新聞」はよぉ、と朝っぱらから毒づいてしまったが、よく読んでみると、ここでいう「争点」と僕の思う「争点」が違うのだな、ということに気づく。


 衆院選(12月4日公示、16日投開票)へ向け14政党が乱立し、有権者側から「何を基準に投票すればいいのか分からない」と戸惑う声が出る中、各党は争点づくりに懸命になっている。


 
 この一文は善意にも悪意にも取れる。しかしその前に、僕自身の立場をはっきりさせておこう。


 消費税増税には反対だし、原発はなるべくはやくなくしたい。それでもどうにかこうにかやっていける道があるはずだと思う。米軍基地も要らない。自衛隊が即不要だとまでは思わない。TPPはよく判らない。生活保護バッシングはおかしい。日本国憲法を改正する必要は感じない。それに何より、日々正社員として働いているなかで、非正規雇用を、使い捨てのような労働のありようを、改めたいと強く願う。お前は正社員だからいいだろうというもんだいでは、ない。もう、持たないのだ。これらをトータルで託せる人と勢力に、僕は投票する。政治が変わり労働法制が変われば、明らかに職場は変わるのだから。

 
 さて、このように考える僕であるから、「争点」をわざわざ「つくる」なんていうのはちゃんちゃらおかしいやい、ということになる。だって、すでに争点はいくらもあるのだから。それをわざわざ「争点づくり」なんていうのはゴマカシじゃないのか。これが悪意のある読み方。

 
 翻って善意のある読み方は、ここでいう「争点」は庶民の生活や国政上・外交上の大きな問題をさておいた、政局・選挙運動レベルでのきわめて卑小な「争点」と考える、そういう読み方である。会社組織とはいえ生身の人間が書いているわけだから、本気で思っているのか、お仕事で書いているのか、何かをこっそりと込めようとしているのか、そのいずれかであるだろう。が、そこまでの忖度は不要か。


 「何を基準に投票すればいいのか分からない」。怖い言葉だ。明らかに他者を評論する言葉である。新聞記事なのだからしょうがないとはいえ、「お前はどうなんだ」と思わず語気を強めてしまいそうになる。これがいちゃもんなのは判っている。少なくともこの言葉を額面通りに受け取るのはやめにしたい。読者としてのそれが最低限のたしなみというものだろう。


 僕に言わせれば基準ははっきりしているのが今回の選挙だが、「これはいいけどここがちょっと……」「そもそも投票しても無駄」とか、そういうふうに思っている人が少なからずいることは想像できないわけじゃない。しかし、だからこそ、じゃあ、自分はどうなんだと自問し、自分自身の答えを見つけて行くほかないじゃないか。自分はこう思っている、ということを括弧に入れてさも得意げに言葉を振り回すことだけはやめにしたい。選挙は論評するもんじゃない。自分が主体的に関わっていくものなのだから。


 それにしても、「民主」「自民公明」「第三局」「既成政党」という意味不明な区分はなんとかならぬものか。こうした枠組みを最初にはめてしまうから、「争点づくり」なんてよく判んないことになるのではないのか。「『政局』で本は売れない」と僕は以前記しておいたが、そういう本が売れないような論調ではなく、新聞にはガンガンに争点を突き付けていってほしいと思っている。

 
 
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by todoroki-tetsu | 2012-11-25 20:47 | 運動系 | Comments(0)

イベント:「2012年脱原発デモ その後の展開」

 イベントとしての『脱原発とデモ―そして、民主主義』といおうか。昨日高円寺で行われた、鎌田慧さん・松本哉さん・雨宮処凛さんのお話について。「読書人」ならびに筑摩書房さんのサイトでものちのち紹介されるそうだ。


 先ほどまじまじと、執筆者名がデザインされた本の表紙を見ていて気づいたのだが、「原発いらない福島の女たち」をのぞき、年長者から順に配置されているようだ。三人のお話の中でも鎌田さんがしばしば「若い人たち」と言われ、松本さんに話を振っておられたのがよく判る。ここが、もんだいだ。


 こういう場に出てくる年長者というのはわりあいにいけすかないタイプの人が多いものだが、鎌田さんは違う。今までに何度かお話を聞いていてその安心感はあった。「旧い運動がもたもたしている間に、若い人たちが素早く新しい運動をやってくれた」みたいなことをおっしゃっていて、その口ぶりは自分たちは自分たちでやれることはやるけれども、若い人を含めた他の人のやっていることも応援したいという気持ちがある、そんな風に感じたのだった。

 
 その上で記すわけだが、もう若くはないのだ。松本さんは僕よりひとつ上の1974年生まれ。確かに1938年生まれの鎌田さんから見れば若い。けれど、30代の半ばを過ぎた。数年前、どこかで東浩紀さんが、正確な文言は忘れたけれども「僕ももう38ですよ。若いもの扱いされるけど、もうそんな歳じゃないです」といった発言をされていたのを思い出した。


 何かしらものを書いたりしたものが商業流通に乗るためには一定の経験や実績が必要で、その意味では20代やせいぜい30歳ちょっとくらいまでの人の言葉が、本になりにくいのはよく判る。もう少し時が経てば変わるのか、どうか。しかしなぜだか最近、持たねぇぞこのままじゃ、という想いにかられる時がある。「毎日」での丹念な連載「リアル30’」が単行本になるようだが、内輪話で終わるでなく、他の世代といかにうまくやっていけるかと考えるのはほんとうに難しい。明らかに制度の問題はデカいのだが、それだけでもやはりなかろう。うまく言えないが、このへんの問題は色んなところで今しばらく出てくるような気がする。


 3・11以前と以後をつなぐもの。諸悪の根源としての「派遣法」、それに対抗する様々なプレカリアート運動、生活保護の問題、被災地での雇用と生活……。「カネと命の交換」と鎌田さんが指摘した、その言葉に収斂していくように思われる。

 
 だが、会社勤めで商いをしている僕は、「カネと命の交換」の論理が思いのほか自分の中に沁み込んでいることを徐々に自覚している。こうして出かけてイベントの場で話を聞いて溜飲を下げるだけではだめだということを知っている。さりとて、本は商品ではない、などとたわけたことをぬかすつもりもありゃしない。さあ、どうするか。


 しばしば雨宮さんが言われたように「いがみあう必要のない人たちどうしがいがみあっている、そうさせられていること」への疑念、あるいは怒り。そうしたことさえ忘れなければ、何か見えてくるものがあるかもしれない。


 
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by todoroki-tetsu | 2012-10-29 21:16 | 運動系 | Comments(0)

本としての『脱原発とデモ―そして、民主主義』

 正直なところ本じたいにあまり興味はなく、ただ、昨日28日に行われた鎌田慧さん・松本哉さん・雨宮処凛さんのお話は聴きたいと思った。聴くからには事前に読んでおかねば失礼だ。前日からあわてて購入し、開演前には読了した。イベントについては別に書こう。まずは、本としての『脱原発とデモ―そして、民主主義』について。


 本じたいにあまり興味がない、というのはほんとうに実感としてある。もともと運動系の書籍には一定の距離を置くようにしている。近親憎悪というと失礼か。自分が多少なりとも一参加者として関わる運動ならなおさらだ。処世術という側面は無論ある。が、それ以上に、「手前の感覚で下手に盛り上がってはまずいんじゃないか」という自制が過剰に働くのだ。それは、けっして悪いことではない。もはや、若くないのだから。この点はイベントについて述べる時に触れる。


 各々の方が各々に書いておられており、それに対しての感想を少々記してみたいのだが、まず先にひとつだけ気になることを記しておきたい。p.170だ。

 
 小見出しには「5.ポリフォニーの行方」とある。本文には「多声音楽」というルビなし表記(同頁)と「ポリフォニー」(P.171)という表記が見られる。表記のゆれも気になるが、それ以上に気になるのは、ポリフォニーという言葉はこういう文脈で用いられる時、注釈もルビも何もなく「多声音楽」と等号で結びつけられるほど一般的で知られた用語なのかどうか、ということだ。

 
 運動の文脈におけるポリフォニーという言葉は、すぐさま小田実さんを想起させるだろう。俺は判っているぜと言いたいのじゃない。多少の予備知識が、ひょっとすると求められる用語なんじゃないのかという疑念である。誰に向けて届けるのか。用語を使うなとは言わない。本文の「多声音楽」のところに「ポリフォニー」とルビを打てばそれで済む。それだけのことだ。それだけのことが、なぜ見落とされるのか。こうしたところが気にかかるのだ。繰り返す。誰に向けて届けるのか。もちろん、僕の感覚が間違っているのなら素直に引き下がるつもりだ。


 さて、本そのものに触れていこう。やはり自分が読む手を止めてしまうのは、こうした個所である。感想の総論としてまずここから。


 原発の問題は、確実にそれが、ある人々に過酷な負担を押しつけることです。いくら大多数の人がそのことによって恩恵を受けるとしても、決してこのような非民主的な技術の存在を認めることができません。
                                           毛利嘉孝(P.39)


 泣き寝入りだけはしたくないって部分は強い。あまりにも理不尽、不条理を押し付けられている人たちがたくさんいるわけじゃないですか。それはもう間違いなく明日の僕たちの姿ですもんね。
                                           山本太郎(P.58)


 これらを念頭において「原発いらない福島の女たち」としてまとめられた言葉(P.132-6)を読むとき、僕は沈黙を強いられる。ちょっとやそっとデモに加わったくらいで、やった気になるなよと思う(自分に対して、だ)。福島原発告訴団についても。ならばもう、考え続けるしかないのだ。

 
 次いで各論的に三点ほど。第一に、鎌田慧さんのエッセイから(P.85)。

 
 原発推進派が反対運動に追い詰められてもちだしてきた論理は、「カネと命の交換」である。原発に反対すると、食えなくなるぞ。公害企業への逆戻りである。70年代の公害反対のスローガンは、「公害の空の下のビフテキよりも青空の下でのおにぎり」などだった。死に至る繁栄よりも、身丈にあった経済生活を、である。


 「公害の空の下のビフテキよりも青空の下でのおにぎり」。なんとも素敵なフレーズではないか。そうした蓄積を、この社会というのは持っていたんだなと思う。そんなに昔の話じゃない。自分の親よりは上かもしれないが、せいぜい祖父母くらいまでさかのぼればじゅうぶんだ。山下陽光さんが「抵抗の発明者を発見しまくりたい」(P.30)と述べておられるのに共感をおぼえもする。「カネと命の交換」に関しては、生活保護の問題をつなげていたイベントでの雨宮さんの発言ともかかわってくるのでそこに譲ろう。


 第二に、さて、抵抗の蓄積を発見し、それを掘り起こし、活かす。実践する。ここで重要なのは松本哉さんの発言だ(P.126)。

 
 革命後の世界を先にやっちゃったほうがいいんだ、みたいなことを言ってると、けっこう真面目な人からは共産主義革命ですか? 社会主義? 民主主義革命ですか? とか聞かれるんですよ。そういうことを質問する時点で人任せだと思うんですよ。


 自分たちでやるということの大切さやおもしろさ。おそらくはむずかしさを十分に体験した上でやっておられる松本さんが言うその言葉を、「消費」せずに受け止めたい。「消費」するのはかんたんだ。適度に礼賛するか、あるいは、適当に自分自身の理屈を構成するピースにしちまえばよい。

 
 まず、自分たちでやっちまおうという精神はまっとうなものだと思う(卑近な例だが、職場でもある程度そうした精神であれこれをやっちまえと思って好き勝手やることがある。引き際は見定めるが)。真面目な人からの質問を「人任せ」とするのも小気味よい。自分でやれよ、と。そこは大変に共感する。

 
 だが、背後からそっと忍び寄るのは、中野重治「五勺の酒」を読む中で判らなかった部分、すなわち義理の弟へのわびと天皇の満州皇帝へのわびとが分かちがたく結びつく部分だ。僕がこの部分が判らないままなのは、松本さん的な考え方を多少なりともしているからだと思うのだ。天皇は天皇、国家は国家、自分は自分。自分たちでやろうじゃないか、と。それが理由で「五勺の酒」が判らないなら、致し方ないかもしれないとも思う。

 
 けれど、実のところはどうか。ひょっとすると否が応でも考えたり何かを要求されたりしてしまうんじゃないのか。そうしたことがいつかやってくるのではないか。そんな思いに囚われる。たとえそんな時でも、おそらく松本さんは動じないだろう。松本さんの言葉を消費せずに受け止めようとするなら、自分もまたそうであらねばならない、いや少なくとも努力はし続けなきゃいけない。


 第三に、田中優子さんのエッセイをあげておきたい。田中さんの文章を、あまりまとめて読んだことはないのだが、このエッセイは鬼気迫るものを感じる。次の部分は、この本の中で僕がもっとも惹かれた個所(P.151)。

 
 近代で一揆に近いものを見せたのは、チッソ株主総会(1970年・大阪)における水俣の人々であった。彼らは巡礼の白装束に笠をつけ、手に鈴を持って社長を取り囲んだ。神意ならぬ亡くなった方々の魂によって個々の利害を超え、一揆してテロル(恐怖)の存在となったのだ。水俣闘争から多くの文化が生まれたのは、理不尽への真の怒りと、死を見つめるまなざしがあったからである。


 この記述の少し後にある、「デモは怒りの表現であり、求めずにはいられない要求をもっているのだから、明るく楽しいはずがないのだ」(P.151)という言葉に対しては、そういうデモもあるし、そうでないデモもあるのでは……、と及び腰にしか答えられない。だが、「神意ならぬ亡くなった方々の魂によって個々の利害を超え」「理不尽への真の怒りと、死を見つめるまなざし」という言葉の前にはぐうの音も出ない。

 
 若松英輔さんが『魂にふれる』や、『死者との対話』などで繰り返し「死者論」を強調されていることの意味は、ここにつながってくるような気がしてならない。
 

 最後に補足的に二点ばかり。ひとつめは、サブタイトルにある「民主主義」。民主主義の問題といえばそうなんだろうけれども、何かこう、釈然としないものが残る。民主主義という言葉の定義の問題かもしれないし、民主主義の問題という側面があることも疑わない。しかし……。上原專祿は「独立」といった。そのことが気になっている。

 ふたつめ。これがほんとうに最後。武藤類子さんの昨年9月のスピーチがおさめられている。『福島からあなたへ』で収録されたのと同じ内容。これはこれでありだろうからケチをつけるつもりはない。しかし、いざ武藤さんの言葉に触れたいと思った時、文字の組み方・写真の配置に細心の注意が払われた『福島からあなたへ』が、ちゃんと作られていてよかったな、と思った。
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by todoroki-tetsu | 2012-10-29 19:40 | 運動系 | Comments(0)

福島原発告訴団

 福島原発告訴団の告訴人になるための書類送付と手続きを終えた。サイトには丁寧にやり方も書かれているのでたいへんに助かる。


 15日までというので焦っていたが、〆切が延びたと聞いてもういっぺん自分なりに考えて、やはり名を連ねようと決めた。しかし、告訴団の先頭に立つ方々、事務局はじめ支える皆さんに比べれば、特段何かをした気にもならないし、なってはならない。

 
 なぜ告訴人の一人になろうとしたか。よい意味でも悪い意味でも、「何かをしたい」「しなきゃ」という思いはある。自己慰撫という側面は明らかにあるだろう。否定しないし、それでいいという開き直りも少しはある。


 その上で、少し整理して考えてみると、当事者性を自覚したい、という思いが見えてくる。他人事ではなく、実名をさらしてハンコまで押して文書を送るのだから、それなりに緊張もするし、またその行く末も気になる。何かはやったぞ、という言い訳にしかならないかもしれないが、それでもやはり。覚悟を形にしたいという気持ち。


 しかし同時に、委任状の内容全てに同意しているかというと、別段そういうわけでもない。反対はないのだが、それだけでは足りぬというか、自分なりに補足した上で賛同した、という感触。誰か悪い奴がいる。それがそのままになっていたらおかしい。それは悪い奴を懲らしめなければならないというだけでなく、悪い奴をそのままにしている社会の一員ではありたくないということ。


 人間を人間たらしめるのは、あやまりをなかったことにすることではない。あやまりをあやまりとして明らかにし、それを繰り返さないように努力すること。そのような社会の一員でありたいということ。それは震災後、飢えたかのように読んだ渡辺一夫から学んだことでもある。

 
 誰かをやっつけて溜飲を下げたいのではないのだ、と自分に言い聞かせる。これはそうして溜飲を下げたいという自分の欲望とのたたかいだ。運動、法廷闘争の局面ではこんなものいいは通用すまいし、それでいい。けれど、自分にとってはたいせつな思いであり、陳述書にもそんなことを書いてみたりした。一万人にならんかというのだ、いろんなものいいがあってよかろう、と手前で勝手に結論をつけている。


 こうした機会をつくってくれた告訴団の皆さんに感謝したい。だがしかし、まだまだ、これからだ。


 
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by todoroki-tetsu | 2012-10-26 10:39 | 運動系 | Comments(0)

台風の近づく夜

 雨音が強くなっては落ち着き、落ち着いたかと思えばまた強くなる。妙な夜だ。


 早々に店を引き上げた僕は、だるい足をとぼとぼ引きずりながら携帯をのぞく。沖縄でどうやら大きなことが起きているらしい。たいへんなことだと思う。「何かしなければならないのではないか」と思う。「何かしたい」のではないようだが、その違いはよく判らない。そう思った次の瞬間には、はやく風呂に入りたいと思っている。


 そんなもんだと開き直るでもなく、かといって妙に真面目くさるのでもなく、自分の生活と仕事とが、例えば沖縄で今奮闘しておられる方々を、少なくとも邪魔するようなものでないようにしたい。何かをやること、参加することはもちろんたいせつで、そのたいせつさはぐうの音も出ないほど正しくてたいせつなことだけれど。

 
 連帯なんてそう気軽に言えるもんじゃない。少なくとも今の僕にとっては。しかし、そう言い得る人がいることを僕は否定しない。問題も課題も無数にあって、それぞれがどれもたいせつで切実で、そのすべてに連帯出来ればそんな素敵なことはない。

 
 何かに連帯し、何かに連帯しない。だとしたら、その境目はどこにあるのだろう。知らないか知っているかの違いか。無知は罪だ。そうかもしれない。けれど、ほんとうにその人とそのライフ・ヒストリーを、心の底から理解することなんてできるのだろうか。

 
 出来るかどうかは判らない。しかし、おそらくもしそれが可能になるとしたならば、自分自身の内部に深く潜り込んで行くほかはないのではないか。その内部から、自分と地域や社会との関係を、上原專祿の言葉を借りるなら、「地域(職場)―日本―世界」の関係を、体得する経験なくして、他者との連帯はあり得ないのではあるまいか。


 沖縄の問題を、僕はまったくとは言わないが、数冊の本を読んだ程度の記憶しかない。しかし、それらの本よりも、わずかな海外生活の中で体感した「外国の基地をおくのはどう考えてもおかしい」という感覚のほうが、たしかな手がかりになるだろう。

 
 外国の基地に反対する人間を排除するのは、何ものであるか。


 その何ものかが守っているのは何か。


 その何ものかの影を、僕は例えば国会前で、東電前で、経産省前で見たのではなかったか。

 
 「口をついて出てくる言葉は、『私たちをばかにするな』『私たちの命を奪うな』です」。2011年9月に武藤類子さんはそう言った(『福島からあなたへ』)。

 
 私たちをばかにする何ものか。命を奪う何ものか。

 
 それが具体的な個人なのか制度なのか社会なのか国家なのか、僕にははっきりとしたことは言えない。仮に国家だとして、それがいくら強大な官僚機構であったとしても、少なくとも政治家は投票でしか選べないはずだ。仮にも20年近く有権者である以上、国家のせいだというのはよいとして、それだけで済まされるものではあるまい。

 
 マルチイシューかシングルイシューかという問いのたて方そのものが、僕にとってはどうでもいいことだ。あくまで僕にとっては、であって、それがたいせつだと思う人を否定したり批判するつもりはない。ただ、自分が問題をつかみ/つかまれていれば、それで十分だ。

 
 僕自身がその内部に入り込み、特定の個人なり制度なり社会なり国家なりとの関係をひとつひとつていねいに検証する作業を省いてはならない。もちろん、それは何かをやりながら出来ることでもあるだろう。何もしない理由にするつもりもない。

 
 ゆるやかに、でもしっかりと、お互いをつなぎ合わせるものを握りしめたいと思うのだ。 
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by todoroki-tetsu | 2012-09-30 20:14 | 運動系 | Comments(0)

2012・9・9 オスプレイ反対国会包囲行動

 9月9日は重陽の節句。ああ、月餅を食べる日だな。卵の入ったやつはあまり得手じゃなかったなあ、などとぼんやりしていた休日だった。いや、午後から仕事を控えてはいたのだが。

 
 TWITTERを眺めていると、どうやら今日国会前で何かあるらしい。オスプレイ反対の沖縄での集会に呼応する試みのようだ。昼ごろには終るそうだから、仕事には間に合う。さて……と逡巡しながら、結局のところ出かけることにした。


 11:00頃から始まるようだったのだが、ぐずぐずしていたせいで、また最寄駅の判断を間違えたせいで少しばかり遅れて霞が関界隈にたどり着く。えらいこと日差しがきつい。日比谷公園のほうから経産省のあたりへ、ここまでくればおおよそ勝手が判る。坂を上っていくとずいぶんと大きな声が響いてくる。国会前の声がここまで響いてくるか、すごいなあ、と思っていたが、なんだか様子が違う。ぶっちゃけていえば、ガラがあまりよくない。ずいぶんと感極まっているだろうか、と思っていたら、いわゆる右翼と思しき人々であった。いわゆる国会前庭のあたりになろうか。


 僕が近づいたころにはマイクアピールはやんでいて、何だかお巡りさんたちともめているようだった。お巡りさんは、僕の見た範囲では、しっかりと交通整理をしようと奮闘しておられた。反原発にかかわる行動に際しても、ああ、よくやってもらっているなあと思う時と、「何もそんな権柄づくじゃなくてもいいじゃんか」と思う時とがあるのだけれど、今回は明らかに前者。警察をなめちゃいかんことくらい判っているが、まっとうな交通整理をしてもらっているのはそれとして最低限の敬意は表すべきだろう。そう思ったので、この日は見かけるお巡りさんになるべく「お疲れ様です」とか「ありがとうございます」くらいは言うようにしていた。若いお巡りさんなんかだとはにかんでくれたりしてなかなか好感が持てたし、ずいぶん年配のお巡りさんはえらくびっくりした様子でもあった。


 この右翼と思しき皆さんが何をどう主張されていたのか知らない。だいたい外国の基地を許していることが独立国家としておかしいのであって、同じくオスプレイ反対を叫んでいたのであればよいのだが……。のぼりだかプラカードに「日教組」の文字を見つけ、さて、日教組がどうしたという主張なのだろうな、と思ったものの、ここで時間を食うわけにもいかない。国会前へ前へと進んで行く。

 
 オスプレイ反対、基地反対に交じって、原子力規制委員会人事案反対の署名を集めている人なども結構いて、ああ、マルチイシューというのはこういうことか、と思う。いいとも悪いとも思わない。こういうことが「あり」な場なんだろうな、というただそれだけのこと。「あり」の場もあれば、「なし」の場があっていい。どちらを選ぶかは好みの問題だろうし、別にどっちかでなきゃいけないなんて事もないだろう。色んな場がありゃいいだけのことだ。

 
 憲政記念館のあたりにまで人が伸びていたのが11:40頃であったろうか。そこまで言ってから国会前のド正面に戻ってきた。参加者はどんどん増えてくるようだ。マイクアピールやシュプレヒコールも断続的に行われる。シュプレヒコールは、反原発の最近のものに比べればやや間延びした印象を受けるが、これはこれありなのだろう。僕は音楽のことなどさっぱり判らないが、詳しい人は何かこうした違いについて語ってくれるだろうか。


 ドラム隊の皆さんもいる。反原発で見かけたような方もおられるようだ。そういえば、参加者と思しき中にも官邸前で見かけた顔もあるし、スタッフと思しき人の中にも見かけた顔があった。顔は知っているが、名前も知らなければ口を聞いたこともない。こんなことで「連帯」を感じるほど僕も若くはない。けれど、やはり何かを感じることは事実ではある。


 国会前の、ちょっとした石垣のあたりに腰掛ける。そろそろ手をつないで国会を包囲しよう、という時間らしい。手はつなげないな、と思った。こっ恥ずかしいやい、という思いももちろんある。それ以上に、数年前の記憶が、僕を思いとどまらせる。

 
 2年ほど前、ひとりで議員会館前に立ったことがある。時は鳩山内閣、普天間の問題がクローズアップされた頃のこと。その時のことは当時記しておいた。が、この時には書かなかった/書けなかったことがある。


 この前後に、何度か僕は国会前に行っている。官邸前の要請行動も何度か行った。もっともこれは半ば野次馬のようだった。きっちりとプラカードを持って立ったのはこの一回きりだったのだけれど、何か意思表示は出来ないものかと、あてもなくうろうろと何度もしたのであった。


 この頃、TWITTERで知った、ある人の行動が気にかかっていた。この方の提起は、国会の近くで意思表示をしましょう、黄色の布を持ちましょう、別に何をするでもなく……そうしたものであった。ひとりでも出来る、静かにでも出来る、そうしたことだった。


 ひとりでもできることをまずはやってみよう、と思っていた当時の僕には(今もあんまり変わっていないつもりだ)、非常に共感というか、尊敬できる提案だった。

 
 何度か国会前をうろついた時に、果たしてその人はいた。やや大きめの黄色の布を、ひざかけのようにだっかショールのようにしてだか、とにかく体にやんわりと身につけ、坐って本を読んでおられた。その時僕も確か黄色のTシャツを身に着けていた(そうだ、駒込のどぅたっちで残り少なかった在庫を買い求めたのだ)。

 
 あなたの提起と行動に敬意を表します、そうしたことを何とか伝えたいと思ったのだけれど、出来なかった。しばらく逡巡したのち、逃げるようにその場を去った。気後れしたというのももちろんあるけれど、僕のような沖縄に一度も行ったこともなければにわかに何か行動しようとあがくような人間が果たして何を言えようか。いや、頭ではそうした人間が何らかの意志表示をすることが大事なのだと、理屈では、理論では、判っている。けれど、何も言えやしなかった。しかし、その時のその人のたたずまいは、どこか凛としていて、おそらく人間の気高さとか美しさというものを具体的に挙げてみろと問われるならば、この光景を僕は挙げることだろう。


 その時その人がたたずんでいたのが、ちょうどいま僕の腰掛けている場所のあたりであった。あれから自分は何をやってきたか、あるいはやってこなかったか。そんな思いにとらわれると腰がなかなか上がらない。ここまで来て「人間の鎖」に参加しないのはよくないだろうとは思う。けれど、駄目なのだ。


 さあ、では僕は何しにここに来たのだろう。結局見たいものをしか見ず、聞きたいものしか聞かぬ、そのためにか。あるいは何かを見、何かを聞く、その自分自身を認識するためにか。政治的社会的主張は、ある。確かに、ある。それを踏まえた、いわば「メタ」ともいうべき視座が獲得できないものだろうか。


 初手から破たんしそうな問いに、どうやら掴まれている。
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by todoroki-tetsu | 2012-09-18 00:05 | 運動系 | Comments(0)

2012・8・23の各紙朝刊、別名「『運動』もしくは『問題』について」(その六)

 最後は「毎日」となった。もはや何を意味する日付か忘れかけているが、備忘として記しておくと、8月22日に行われた、原発に反対する人々と首相との会談に関して各紙において報じられた、その日付である

 
 1面、飼手勇介記者の署名記事では、「命基準で政策を作ってほしい」とのコメントが引かれる。写真の上には「命基準で政策を」とのキャッチと、「安全性確認した」とのキャッチを対比させる。


 ああ、ここがたいせつなのだなあ、と思うのと同時に、「では電力を必要としている『弱者』はどうなる」との声が、僕の耳にははっきりと聞きとることができる。一方で、「病気や障碍をもった人間をダシにするな」という「当事者」――それがどの程度の比重を占めるのか僕は知らない――の声も聞こえる。勿論、原発現場やその周囲で生きる糧を得ている皆さんや、ごく一部の幹部を除く東電の一般社員の皆さんはどう思うだろうとも考える。東電前での抗議を避けるようにしていた、東電のスタッフと思しき女性の姿をまざまざと思い起こす


 連想は広がる。いつかどこかで、デモだったか官邸前だったか経産省前だったかは覚えていない、その時に聞こえた声が蘇る。「原発に反対するのは命が大切だから。私の命も、あなたの命も守りたい」と、そう呼びかけた声は、確かに説得力があった。


 色んな困難が今もあるし、これからもある。漫画版ナウシカのラストシーンがこのようなセリフで結ばれていたことが思い出される。


 さあ みんな、

 出発しましょう。どんなに苦しくても、

 生きねば……………………


 こうした思いをまったくもって無にするかのような意見を、同紙は見事に伝えている。笈田直樹記者、小山由宇記者、宮島寛記者による3面の記事は、いわゆる財界の認識をよく伝える。「原発ゼロ」に懸念を示す様々なコメントを紹介した上で、記事はこう続ける。

 
 しかし経済界の危機意識は政権には届いていない。枝野幸男経産相は7日、「経済界を特別扱いするつもりはない」と発言。日商がやく一カ月前から要請していた岡村会頭の首相面会も、反原発派の市民団体との面会後まで待たされた。「雇用を守り多額の税金を納めているのは我々企業。市民団体と同じ扱いだとは笑止千万」(運輸会社首脳)との批判が渦巻く。


 この「運輸会社首脳」がどこのだれだかは知らない。知っていれば、出来る限り利用しないようにしてやろうとは思うが、ここでの本題は、よくぞここまでの報道をしてくれたということにある。


 「命基準」と、この運輸会社首脳の認識の、なんとかけ離れていることか! 心の底からの怒り。もちろん、正社員である僕は「会社」の論理、「決算書」の理屈に流されがちな自分をよく自覚している。だからこそ、こうした言葉にふれることが大事なのだ。生身の人間をそのままにして扱うことのできない理屈を、その醜悪さを、自らの内にもあるのだとえぐりながら、何度でも、何度でも、思い起こそう。

 
 「礼賛」と某週刊誌が揶揄したベ平連、その中心であった小田実さんの言葉が蘇る。前にも引いたことがあるが、好きな箇所なので再び引こう。『世直しの倫理と論理 上』だ。


 ごく普通の生活をしている人間にとっては、カラー・テレビにさけるカネは二万円しかない(当時)、ならば企業に対して二万円でカラー・テレビを作れ、と要求していくのはどうか、そんな風に小田さんは言う。そこに続く個所。


 「それはムチャや、と企業――全企業が言うでしょう。言うにきまっている。そんな勝手な値段をつけて。その悲鳴には、次のように答えてやればよろしい。何がムチャや。おまえのほうかて、これまで(ボクらに何の相談もしないで)勝手に十万円という値段をつけて来たやないか。(中略)おたくの都合は企業の都合や。ボクらのは、『人間の都合』や」(p.151 下線部は本文では傍点)


 この「おたくの都合は企業の都合や。ボクらのは、『人間の都合』や」という言葉が、たまらなく好きだし、好きだからこそ、毎日毎日多くの時間を過ごしている職場で、働きながらどれだけこの言葉を思い起こすことができるかがカギだと思われる。


 運動が、職場と無関係にあるのではいけない。かといって、職場でやたらと運動をするのが正しいとも思わない。このあたりが難しく、しかし、他ならぬ僕自身が向き合わなければならん課題でもある。


 最後のつけたしのようで申し訳ないが、この3面の記事にも会談趣旨が掲載されている。この団体側発言冒頭に「いつかもっと大規模に国民の声を直接聴いて頂きたいが、①(以下略)」と記されている。細かいことのようだが、こういう言葉を拾うのは素晴らしい。「東京」が「通過点」と強調したのと同じことを、別の面から、さりげなくふれたのだろう。


 真摯なまなざしが、ある。「見ている」と、思う。そうして記された言葉を、自分もまた読む。その向こうにあるもの、いや、向こうにあると思えるものを手がかりに自分自身に読みを折り返す、そのように読み、書き、考えていこう。
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by todoroki-tetsu | 2012-09-05 21:14 | 運動系 | Comments(0)

2012・8・23の各紙朝刊、別名「『運動』もしくは『問題』について」(その四)

 2012年8月23日の朝刊のうち、「朝日」「東京」「毎日」が残っている。わりあいに原発には批判的なような気がするが、もんだいはそこではない。自分と同じ意見を見出して一時の慰めを求めるのは、たいせつなことではあるが、今の僕にとってはさして重要ではない。


 「朝日」は比較的多くの紙面を割いているように見受けられる。会見要旨も載せているし、同時刻に官邸前で呼応するような行動があったことも記している。3面にはこうある。


 約束の時間は20分たらず。首相の発言が長引かないよう、会話を避けることを事前に打ち合わせた。「これは陳情でも交渉でもない。『官邸内抗議』だ」。笑顔なし、握手なしという方針も確認した。


 なるほどやはりそうであったか、とひとり合点する。ぶあいそだとかしゃべりすぎとかいった感想は、この方針の前では消し飛ぶであろう。しかし、一方で、「少しでも悪いように思わせてしまったら人が離れてしまうんじゃないか」という危惧、あるいはそのような危惧を抱く人を代弁しているかのように語る人が、たえることはない。それはそういうもんだろう、という開き直りが必要だと感じると同時に、ここに何かがやはりありそうな気もする。それはおそらく運動というか、力学では説明しきれないものであるようにも思える。


 社説では「開かれた政治の一歩に」と大見出し。「読売」との対象を為す。先に参照した記事もそうであったが、「民主主義」という言葉が目立つように見える。なるほど、民主主義の問題といわれれば、そうかもしれない。そうでないと思えば、そうではないとも言えよう。


 様々な思いや意見を、一つの色に塗ることは出来ない。そんな感覚がある。ひとりひとりが、様々な色彩を帯びている。一色ではない。点描からなるような、多様なひとつひとつの色の点が無数に個人を織りなす。その個人が無数の点となり、一幅の大画をなすだろう。その大画がひとつの色調を帯びるとして見ようではないか。為された作品は上から単色で塗りつぶしたような色合いではなく、無数のグラデーションを交えた、しかしそれでいてひとつといえるような、そういう色調であるだろう。


 その色彩を、視ること。目を、凝らすこと。
 

 
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by todoroki-tetsu | 2012-08-28 21:01 | 運動系 | Comments(0)

2012・8・27「毎日」夕刊

 8月23日の新聞のことがまだ終わっていないのだけれども、今日のことは今日記そう。


 「毎日」の今日8月27日の夕刊1面には「1年半ぶり 校舎に歓声」とある。椅子をもってにこやかに廊下を歩く小学生の笑顔の眩しいこと。


 職場で、ネット上ですでに読んではいたし、写真も観た。ああ、広野町といえば、この2月に足を運んだところではないか。強風の中、ガタガタと震えながら遅れに遅れた列車を待ったことが思い起こされる。地図を調べてみる。中学校までは行ったのだが、今回再開されたという広野小はもう少し山側のようだ。


 子どもの姿が見えない町は、さびしい。子どもたちのいる町は、にぎやかだ。けれど……。


 記事によると、「多くの児童生徒は県内外に避難したままで、戻ったのは在籍数の2割前後」とある。人数で言えば「小学生65人」「中学生31人」だそうだ。


 今回投稿した子どもやその家族も、避難したままの方々も、それぞれの思いがあるのだろう。9面の中尾卓英さんの署名記事はその葛藤をみごとに描写されている。


 「安全」というものが、こんなにも得難いものであるということを。そして、何と多くの「分断」が生じてしまったのか、その重さを。僕が思い知るということは出来ない。そんな失礼な真似は出来ない。ただ、想像する。そして、出来る限り、争わなくていいものどうしが争わなくていい日々がくることを、今を生きることが未来を生きることに繋がるような、そういう生き延び方をひとりでも多くの人が出来るようになればいい、と願う。願う資格すら、ないかもしれないが、それならせめて、そういう大変さを抱えざるを得なかった人のことを、忘れないように努力しよう。


 棄民、という言葉が時折頭をよぎる。誰かを見捨てる社会や国において、自分がいつ見捨てられるかどうかは知れたものではない。いつ何時……という不安。そうした不安を「こっちだって大変なんだ」というようにして他者と自分を切り離そうとすることも出来る。「自分の感ずる不安と、ひょっとすると重なりあう部分があるかもしれない」と想像することも出来る。

 
 出来得る限り、後者の途を選ぶようでありたい。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-27 23:49 | 運動系 | Comments(0)