石垣りん「定年」

 派遣切りだとか、リストラだとか、今に始まったこっちゃないのか、それとも今までの延長線上で語ることは出来ないのか、よく分からないまま、漠然とした不安だけが強くなってきている気がする。自分にも、周りのスタッフにも、お客さんにも。

 今日、ある版元の営業さんからちらと「ヨーロッパでは『資本論』ブームらしいですよ」とのお話を伺う。ヨーロッパっていっても広いんだけどなあ、とかいろいろ考えながら、少し興味のある話ではある。
 
 『資本論』については『まんがで読破 資本論』の初速好調なのが気になるところだが、これはまた別途。

 こうしたいわゆる「資本の論理」とか「大企業批判」だとか、そういう話の時には、どうも「敵」がすごく明確に語られてしまう、あるいは結論というか処方箋がもうすでにある、というような語られ方をしてしまうきらいがある。『資本論』にはすでに答えがある、みたいなものいいですね。そりゃ、ヒントは山ほどあるだろうけれども、そうは言ったって100年以上前の本でしょうに……と文句の一つも言いたくなる僕はあまのじゃくなのだろうか。

 そう思ってふと読み返したのが、石垣りんさんの「定年」(『略歴』所収)。

 ある日

 会社がいった。

 「あしたからこなくていいよ」


 人間は黙っていた。
 
 人間には人間のことばしかなかったから。

 
 会社の耳には
 
 会社のことばしか通じなかったから。

 (以下略)
 

 
 
 こんなつぶやきのような言葉から「資本」について考えられるとよいと思うのだけれども。
 
 文学をあまり読まない、なんて言ってちゃいかんなぁ、と思う今日この頃。言葉を、見つけ出していかなくては。
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by todoroki-tetsu | 2008-12-16 23:59 | 批評系 | Comments(0)

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