吉越浩一郎『ムダな仕事はもう、やめよう!』~ビジネス書×労働の視座について

 珍しくビジネス書系を続ける。しかも吉越さんがらみで。

 『ムダな仕事はもう、やめよう!』、率直なところ、『デッドライン仕事術』、『残業ゼロの仕事術』などを越えるほどの大きなインパクトがあるかといえば、そうでもない。が、「第1章 仕事で幸せになる考え方」「第5章 『仕事の常識』を疑う人が成長する」「第6章 工夫しだいで、仕事力は誰でも高められる」などは前著でも触れられていたこととはいえ、より詳しく展開されているように思われた。

 サブタイトルには「残業するほどヒマじゃない。」とある。こっちをメインタイトルにしてもよかったのではないか、と思うくらいグッとくる。

 そうなのだ。残業=がんばってるなんて時代はとうに終わっている。密度の濃い仕事をして、定時であがり、疲れをその日のうちにとってリフレッシュする。そんな当たり前のことができるようになれば、ずいぶんと職場もスタッフもかわるはずなのだが。

 オフィス仕事を前提にしているので当然書店のような現場で即応用できることは限られる。が、工夫次第でいろいろと真似できることはあるはず。もっと自分の一日の仕事の組み方を見直さなきゃ。まずはそこから、と。

 ところで、こうしたビジネス書と、いわゆる労働問題とをうまく重ね合わせられるような視座はないのだろうか? 業務の効率化はほぼ必然的に人件費削減(≠人員削減、のはずだが、実質は同義か)に結びつく。こうしたことと、雇用のありようの問題とはどう関わってくるのだろうか。

 例えば、僕が職場で何かしらの工夫というか仕事の仕組みを作って、それなりに効率化出来ることが生まれたとする。学生さんのアルバイト=学校を卒業するまで、というスタッフが大多数なので、アルバイトさんについては辞めたら補充採用はしませんよ、というような形にはなり得るだろう。学生さんには申し訳ないが。

 この論法で、正社員や契約社員についても、辞めたら補充採用なし、ということは十分にありうる。こうしたことが積み重なっていった場合、「非正規雇用を正規雇用に」という問題はどうなるのだろうか?

 層というか次元というかレイヤーというか、整理すべきことを整理できずに思いついたままに記してしまっているのだけれども、要するに、なんかこう、例えばこうしたビジネス書を読んでいる時の自分の脳と、例えば「POSSE」を読んでいる時のそれとは、どっか違うような気がするのですね。

 それがいいことなのか悪いことなのかもよく分からず……。

 
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by todoroki-tetsu | 2008-10-13 22:43 | 運動系 | Comments(0)

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