秋葉原の事件・爆笑問題太田さんのコメント

 今しがた、爆笑問題の太田さんがTBSラジオ(日曜サンデー)で秋葉原で先週起きた事件について20分弱、しゃべり続けていた。

 「自分の中にある怪物」と「それを冷静に見ている自分」との関係、人とつながっていなかったのではなくて自分の中でつながっていなかったのではないか、など、興味深いコメントだった。

 その中で、ケータイサイトでの「ノーリアクション」という問題に触れたくだりにハッとさせられた。太田さんの発言をかいつまんで記す。テープにとったわけではないので、微妙な違いはあるかもしれない。あらかじめ御寛恕願います。

 「ノーリアクションなんて当たり前だ。芸人としてもそういったことはいっぱいあるし、例えば信仰している人を考えてみよう。神様からのリアクションなんてありゃしない。そればかりか災害まで降りかかる。それでも祈る。そうした苦しみの中で生きている人がいるということを想像することが出来れば、自分の苦しみが自分だけじゃない、と想像できれば、もっと違ったかもしれない」。

 また、「こんなことがおきて、これはどうだとかあれはどうだ、とか今いえる訳がない。え、ちょっと待って、考えさせて、というしかないし、それが正しいと思う」とも。

 連想することが二つ。

 ひとつは、秋葉原の事件が、若い人、例えば今20歳の人、あるいはもっと若い人がどう見ているのか、あるいはどのようにこれから捉えていくのか、ということ。
  
 もうひとつは、太田さんが信仰にふれたくだりから、大澤信亮さんの小説「左翼のどこが間違っているのか?」とヨブ記を想起したということ。これについては以前少し記したけれども、「苦しみ」をどう捉えるのか? という問題(こんな単調な言葉でしか僕は記せない)。浅尾大輔さんのブログでもほんの少し触れられている。杉田さんの『無能力批評』にもつながるイメージだろうか、とも思う。

 もちろん、被害にあわれた方、そのご家族や友人・知人の方の無念さははかりしれないだろう、と思う。通り一遍のことを言うのはかえって失礼かもしれないが、被害にあわれた方のことをも記さないわけにはいかない。何であんな目にあわなきゃいけなかったのか。こんな理不尽な話はありえない。

 こんな時、本屋は何をすべきだろうか?
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by todoroki-tetsu | 2008-06-15 13:57 | 業界 | Comments(0)

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