杉田俊介『無能力批評』読了

 読みかけの本をすべてほったらかして、杉田さんの『無能力批評』を一気読みする。

 そうそうさらっと読める本ではなかったし、また、そんな読み方を許さない「何か」がある。

 それは、杉田さん自身が「この少し奇妙bizzareな本」(あとがき)と記しておられるように、構成といい文体といい、決して整然としていない――いやむしろ、混沌とした一冊だから、なのかもしれない。

 反貧困たすけあいネットワーク、青い芝、バートルビー、『ジョジョ』、『寄生獣』、『ナウシカ』、カント、ブランショ、フーコー、スピノザ、デリダ、マルクス、橋川文三、立岩真也、小泉義之、東浩紀、非モテ、田中美津、森岡正博、宇多田ヒカル、あんぱんまん、宮澤賢治……。

 読後、順不同にパッと思いつくだけでもこれだけのキーワードが出てくる。これが混沌でなくてなんであろう。しかし、それが「無能力批評」という目で見ると幾重にも錯綜しながらつながっていくのである(もちろん、まだ一度しか読んでいないので、自信を持っては言い切れないが、そういう手触りは、ある)。

 僕はこの『無能力批評』を、「現代批評界至高の『奇書』」と銘打ってみたい――もっとも、「現代批評界」なんて言葉があるのかは知らないが。

 「奇書」とは「構想がずば抜けておもしろく、他に比べものの無い本」(「新明解」第5版)のことだそうだが、この「奇」に「奇妙bizzare」の「奇」を重ねたい。

 一読して高山宏さんの博覧強記自由闊達ぶりをどこか髣髴とさせるようにも思うが、杉田さんの筆はより重く、生々しい。

 生身のからだの息遣いや匂い――それは望ましいもの、微笑ましいもの、かぐわしいものとしてというよりも、望ましくないもの、忌み嫌われるもの、臭いものとして立ち現れる――から決して離れることなく、そこにこだわり続けることから生まれるであろう「何か」。

 もう少し考えてみたい。

 いや、本屋勤め人としては何かいいPOPのネタが拾えないかという目で(も)読んでいたつもりなのだが、そんなことにかまってられずに没頭してしまった。ああもうどうPOPを書けばいいのだ!? と悩むが、こういう悩みは、嫌いではない。

 
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by todoroki-tetsu | 2008-05-22 00:16 | 業界 | Comments(0)

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