『吉本隆明 自著を語る』

 仕事上、吉本隆明さんのことを知らなくてはいけなくなった。

 90年代半ばに学生時代を過ごした者としては、吉本さんといえばなんとなくオウムの時に何か言っていたな、というくらいしか記憶にない(あ、これはもちろん僕が不勉強だったからです)。周りでも多少は読んでいる人はいたけれど、名前はもちろん知っておかなくちゃいけないが、それ以上ではない、みたいな雰囲気だった。まあ、あくまで狭い狭い僕の周りで、というだけですが。

 ちゃんと読んだのは洋泉社MC新書で復活した『甦るヴェイユ』のみ(このMC新書のシリーズは実に素晴らしい。渡辺京二さんの『神風連とその時代』もたまげたが、何よりうれしかったのは安丸良夫さんの『日本ナショナリズムの前夜』の復活)。

 休みなのをいいことに、あわてて近所の図書館に走る。借りた本は身に付かない、といったようなことが古市幸雄さんの『「1日30分」を続けなさい!』に書かれていたような気がするが、背に腹はかえられぬ。数冊を借りて早速読み始める。

 『吉本隆明 自著を語る』が面白い。僕のような吉本素人には最高の手引きである。インタヴュアーは渋谷陽一さん。「インタヴュアー あとがき」にはこうある。

「読者として吉本隆明の著作と向きあって30年以上になるが未だに多くの本は難解であり、吉本思想の十分の一も理解できていない自覚がある。しかし、(中略)僕らは、その難解な論理を理解できなくても、吉本隆明を感じることができ、その感じたことにより人生を決定されるような影響を受けてきたのだ。その一般的な読者の視点からインタヴューし、著作を振り返ることによって、読者にとっての吉本隆明を浮かびあがらすことが出来るのではと考えたのである」(p.212)

 きっと、多少なりとも吉本さんを読んだ人を読者としてイメージされていたのだと思うけれど、渋谷さんの質問は僕のような素人のツボにいちいちはまって、すんなり入ってくる。詩人から評論家へ、という流れ(「第一章 『固有時との対話』『転位のための十篇』」)だとか、いわゆる戦争責任についてなぜ独自のスタンス――少なくとも僕にはそう見えていた――をとりえたのか(「第三章 『高村光太郎』」)など。もちろん、分かった気になっただけであって、ちゃんと勉強しなければとも思う。

 渋谷さんは僕の親に近い世代である。その世代に与えた影響がこれほど大きかったとすれば、案外色んなところでそれとは知らずに影響を受けているのかもしれない。

 またひとつ、世界が広がった。
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by todoroki-tetsu | 2008-05-08 21:24 | 業界 | Comments(0)

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