伊丹万作「戦争責任者の問題」其の三

だましたりだまされたりする日本人全体。その様相を掘り下げていく過程で、服装について触れられる個所がある。万作自身は病身でもあり、あまり出歩くことはなかったようだが、戦闘帽なるものをかぶらずに外出すると「国賊」かのように見られた、という。


 その本意は「我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々」が「我々を圧迫しつづけた」、その事実と意味を剔出するにある。そこはのちにふれよう。いま興味深いのは服装について万作自身の考えが述べられる個所。戦闘帽の例を出したそのあと。

 
 もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもついて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来の意味に扱つている人間を見ると、かれらは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をしてみせることによつて、自分の立場の保鞏(ほきょう)につとめていたのであろう。
 
 服装の、これほど明確な定義を僕は知らない。しかし、定義があらかじめ伊丹の中にあったというような感じはしない。むしろ、眉を逆立てる様子から遡ってこの定義にたどり着いた、と思える。十三さん幼少の日記へ万作がしるしたコメントが記念館にはある。そこでは注意深く観察することの大事さを簡潔に説いていた。その注意深さが、どうやらここでも発揮されているようなのだ。

 アラン、あるいはヴェイユに通ずるような眼差しがここにありはしないだろうか。アランには、ヴェイユには、万作にはなれなくとも、しかし注意深さは、日々の自省によって鍛えることが出来る。




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by todoroki-tetsu | 2013-11-15 00:36 | 批評系 | Comments(0)

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