伊丹万作の直筆

 偶然といえば偶然か。松山に伊丹十三記念館があるというのは知っていたが、場所はよく調べていなかった。ぶらぶら近所を自転車で徘徊していて発見。なんだこんなに近かったのか、もっとはよう来りゃよかった、と思いながら中に入る。

 
 中には妙な人だかりがあって、ああ、観光コースになっているんだろう、団体さんでもきてるのかなと何の気なしに目をやると、宮本信子さんがお見えになる日だったようだ。あわててグッズを買ってサインを頂こう、というようなミーハー根性はさらさらない、というより気恥かしい。遠目で落ち着いたたたずまいを拝見しながら展示室に足を踏み入れる。


 しかしこういっちゃなんだが、伊丹さんにそう大きな思い入れがあるというほどではない。映画も全部見てるわけではないし、エッセイを読破しているわけでもない。大江健三郎さんを介して、漠然とした畏敬の念を感じているというのが偽らざるところだ。


 だが、伊丹万作は、僕にとっては別格である。渡辺一夫や上原專祿といった人と同じ位置にある。福岡の古書店で手を出そうか迷っているうちに売れてしまい、何年も経ってから吉祥寺「百年」で邂逅した「伊丹万作全集」は、それらの人の著作と共に本棚にある。


 「演技指導論草案」を手にしたきっかけが何だったのかは覚えていない。大江さんの作品の中で、宮沢賢治「農民芸術概論綱要」とからめて論じられた個所があったはずだが、それ以前に意識している筈だ。三上満さんあたりがどっかでふれておられたのかもしれない。佐藤忠雄さんの注釈のようなエピソード集のような岩波現代文庫も、しばしば読み返したものである。何かあった時に立ち返る文章の一つがこれである。

 
 その「草案」の、それまた草稿になるのだろう、病床で綴られた伊丹万作の直筆が、企画展で展示されている。何度も繰り返して読んできた言葉の、その生まれた時の姿がここにある。そう思うとなんともいえない感動がある。


 手を動かして書き留めた言葉、身体性そのものとしての言葉、伊丹万作という特定個人にどこからか宿った言葉が、形となった瞬間。その瞬間から長い時を経て、私たちもその言葉にふれることが出来るということ。


 なんだか井上ひさしさんの「きらめく星座」みたいな話だが、しかし、これはある種の奇蹟であろう。奇蹟は日常に満ち溢れているがゆえに気づきにくい。そんなことを思わせてくれる展示であった。
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by todoroki-tetsu | 2013-10-03 01:28 | 文学系 | Comments(0)

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