『はだしのゲン』について

 にわかに話題となっている『はだしのゲン』について、書く。


 閲覧制限には違和感があるし、どこぞの大臣の発言とやらもどうかと思う。とはいえ、小学生の時にむさぼるように読んだ、いわば読者としての感覚と、長じて書店員としてメシを喰っている今の感覚と、その両方を記さなければ嘘だと思う。なので、書く。
 
 
 表現の自由だとか、あるいは閲覧制限にいたる教育の「自治」に関する問題――僕にとって「教育基本法」とはただひとつしかあり得ぬ――について、詳しく書こうとは思わない。論ぜられるほど得手ではないし、それは専門家がやればよろしい。素人の僕がどこまで何を考えられるかが大事だと開き直る。


 さて、昔話から入る。1975年生まれの僕は、1985年3月まで北海道にいた。通っていた小学校の図書室には汐文社の『はだしのゲン』があった。最初のきっかけが何だったかは判らない。

 
 汐文社さんのサイトで初刷を見てみる。コミック版第1巻は1975年、第2巻は1984年、第3巻は1983年となっている。何かで前後したのだろうか。そこはどうでもいい。ちょうど僕が小学2年-3年くらいのときに第1巻以降の何巻かが出版されたということだろう。アニメ映画のポスターも見た気がする。


 とにかく、何かのきっかけで、ゲンが注目された時期だったのだろう。そこにちょうど僕たちの世代があった。図書室で過ごす時間が授業として組み込まれていたが、その時だけでなく休み時間でも、図書室に行っては読んでいた。たぶん僕が北海道にいたころには4巻くらいまでしか図書室にはなかったように記憶している。

 
 クラスのみんながみんな読んでいたわけではない。しかし、僕の周りの何人かは読んでいた。何人かで一緒に読んでいたような気もする。原爆投下直後の描写をこわいものみたさで読んでいたのは間違いない。ある種怪談のような受け止めだったかもしれない。しかし同時に、「戦争」ってなんだろう、核兵器とは何か、そういう漠然とした問いを抱いたのも事実である。


 小学4年になる時、四国に移った。その学校の図書室にゲンがあったかは覚えていない。かわりと言っては何だが、小学校の近くでもあり祖母宅の近くでもあった市立図書館にはゲンがあった。この時は6巻か7巻くらいまであった気がする。これまた、読んだ。中沢さんの他のマンガもほかにあって、これまた汐文社さんのサイトで確認すると、『ゲキの河』は記憶がある。ほかにも何冊かは読んだはずだ。


 これまた、僕だけが孤立して読んでいた記憶はない。クラス全員とは言わぬが、何人かとはゲンの話をしていた記憶がある。


 80年代半ばとは、そういう時代だったのかもしれない。是非も分析も知らぬ。僕はそのような時代を生きてきたのだろうと確認しているだけだ。


 こんなこともあった。これは大学に入ってからだが、同級生や2年上の先輩たちと話している時、80年代半ば、すなわち僕たちが小学校中高学年の時、終末論や核についての話などが妙なリアリティを持って派なされたのは何だろうね、と話題になったのは記憶している。その時の結論は覚えていない。これは90年代半ばの話であった。

 
 もうひとつ、個人的な体験を記しておかねばならない。ゲンの父親のことだ。最終的にはグダグダになってしまったが、自分の父親はある程度の時期まで旧社会党支持であった。ゲンを読んでいた時期に、戦争について何かを僕が尋ねたことがある。なぜそうなったのかは覚えていない。その時の父親の答えは「戦争は人殺しが正当化される。それは、よくないことだ」というものであった。

 
 戦争に反対した人間がどうなるか。ゲンの父はなぜボコボコにされたか。それらが重ね合わさって僕にはそら恐ろしく感じられた。その感覚は、今もどこかに残っている。


 ここまで記せば、閲覧制限に対して僕がどのような立場をとるべきかは明らかである。だが、そこには現在に対する内省が欠けているように思われる。どうあっても、書店員という仕事でメシを喰っている自分を考えなくてはならんのだ。
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by todoroki-tetsu | 2013-08-22 09:32 | 批評系 | Comments(0)

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