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楳図かずお『14歳』

 先ごろ完全版といえる全4巻が完結した。4巻目には楳図先生書き下ろしが加えられているという以上、文庫版は持ってはいるが買わないわけにはいかない。


 いやはやもうすごい迫力であった。なぜこの人はこんな絵を描けるのだろう、と何とも幼稚だがしかし誰しもが抱くであろう感想を強く持ち直す。

 
 1990年連載開始当初はまだ僕は中学生で、クラスに好きな奴がいて回し読みさせてもらっていた。けれどしばらくブランクが僕にはあって、連載終了の1995年よりまだずっと後だと思う、通読したのは。


 今回読み直してみて、あのラストの意味が、ああ、こうならざるを得ないのだな、と切迫感とともに感じることが出来たのだが、そこに到るまでのいくつかを拾ってみる。


 2巻の終りの方におさめられる「ざんげ」というエピソード。地球をいためつけてしまったことへの後悔を各国首脳が語る場面。日本国総理はこう語る。


 かつて日本は世界中から嫌われたことがあった!! けれど日本はいくら考えてもそのわけがわからなかった!!

 日本の政治家が法律と金の二つしか、物を考える時のモノサシを持たなかったからだと気がついたのは、東京大地震で何もかも潰れた後のことだった!! 何一つ、残しておくべき芸術が無かったことに気がついた。けれども再度日本は同じことを繰り返した。以前にもまして大発展をとげた……何かを忘れたままで!!

 だが、その時にやっと気がついた。わたし達が忘れていたものはもう一つのモノサシ、“美意識”というモノサシだったということを!

 わたし達は常に、法律とお金というモノサシ以上に、美意識というモノサシを持つべきだった!!

 美意識の伴わない法律はうそだ!! 美意識の伴わないお金は悪だ!! 美意識の伴わない科学は破壊だ!! 美意識を伴わない学問はクズだ!!


 美意識を、何かに置き換えてもよい。ここで思わず人間と言いそうになってしまうが、少し危険がある。美意識を伴わぬ法律やお金に、人間ほど左右される存在もまたないのだから。じじつ楳図先生はこれでもかというくらい人間の醜さを描き込む。

 
 ストーリーが少し進むと、「もの」とよばれるクローン=人工人間が誕生するシーンになる。この商品化を迫る人物が吐く台詞。


 クローン人間を商品として売り出すなんて、かつてあったでしょうか!? いや、かつて人間を奴隷として売買したころがありました。人間は本質的に人間を商品として扱うことを夢みていたにちがいない。 

 
 こういうところからカントを理解しようとするのはよくないことだろうか。しかし、「人間は本質的に人間を商品として扱うことを夢みていたにちがいない」という断言は恐ろしい。ずっと隠していたものを暴かれてぐうの音も出ない、そういう心境。

 
 「もの(人工人間)」による殺人プロレス、そのおぞましい光景に熱中する大人たち。しかし、画面を通じて呼びかけられ、反応する未来の担い手たる子どもたちの姿。『漂流教室』を例に出すまでもなく、なんとこう子どもたちのひたむきさ(醜さも当然に含まれる)がいたく迫ってくることか。大詰めに近いところで子どもたちのリーダー、アメリカはこう呼びかける。


 たとえどんな破滅がやって来ても、ぼくは破滅を信じない!! 

 なぜなら、身を滅ぼすのが目的で生まれてきた生物は、この世のどこにもいないからだっ!!

 ぼく達は生きるんだ!! そして進化するんだ!!

 ぼく達は神に進化しよう!! 生きて神になるんだ!! 
 
 そして、この世の不幸を一掃しよう!! 地球を緑に変えよう!!

 
 生きることへのひたむきさ。神の観念……どうにも批評を読む自分への問いが重なってくるようで仕方がないのである。

by todoroki-tetsu | 2012-12-24 22:40

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