選挙と書店員

 ずいぶんと慌ただしいことになってきた。都知事選が急に決まったかと思えば、次には総選挙。かねてから、景気回復のためには総選挙だろうと思ってきた。それで何が変わるかどうかは判らんが、少なくとも何かを変えるきっかけがないことには商環境は膠着するばかりだ。

 
 紙か電子か、などという問いにどこまで意味があるか知らない。ただ、顧客の求めるものを提供すること、それを維持できる仕組みを作ること、その仕組みでみんながそれなりにメシを食っていけること、そのことだけが重要だ。そうしてみると、いずれにしたって、コンテンツを購入する個人顧客のふところがあったかいものかお寒いものか、が書店員にとって極めて重要であることにかわりはない。


 その意味では、いま本を買って下さる顧客の生活がこれ以上しんどくならないように、本代を削らずに済むような社会になること。さらに言えば、いままで本には手が回らなかったという方が、「まあ、月に1冊くらい単行本を買ってもいいかな」と思ってもらえるような状況になることが、重要だ。もちろん商売人であるから、いかなる商環境であれ努力はするし、それが現状不足している部分があることも承知はしている。個人消費が上向けばおのずと本の売上が上がるなどと楽観はしていない。しかし、選挙の際にそのような思いを込めて個人として投票するのは問題あるまい。


 さて、その選挙である。選挙の結果を受けて諸般の経済状況が変化する、そこに期待するというのは何も書店に関わらず、小売全般に当てはまる問題であろう。書店の場合にはその業種特有の条件が付加される。つまり、選挙関連本というやつだ。近年政治がらみでえらいこと売れたので記憶しているのは、オバマ大統領の初当選の時だが、それもすぐさま大量の類書が出てお互いを食いつぶしてしまった。


 まあ、それはいい。問題は、いまだ。いまを、どうするか。


 経験則上、「政局」で本は売れない。もちろん、僕は僕の勤めている店のことしか実感としては判らないから、普遍化するつもりはない。しかし、誰と誰だどうくっつくだの離れただのというのは、本の売れ行きにほとんど影響しない。存外そんな評論家めいたものは売れやしない(関係者が組織的な購入をすることはあり得るだろうが)。その結果として何がどう変わるか、その具体的な手掛かりを指し示すものでない限り、たいしたセールスになりはしない。書店の棚を一時的に食いつぶしてはいおしまいだ。

 
 要するに、個別具体的な政策であり、論点である。これが明確にならないと、本は売れないのだ。この間のいわゆる「第三極」報道で気にかかるのは、そこだ。第三極の是非を云々するのは商売人の立場ではない。しかし、誰と誰がどうしたこうしたじゃあ本は売れないんだよなあ、という危機感だけは抱いている。


 投票まで4週間。単行本で新たなものが出ることは期待していないし、やっつけ仕事になるならやめたほうがいい。速報は新聞・雑誌がやればいい。ならば、いままで出ている本、いわゆる既刊本をうまく演出していくしかない。

 
 TPP、消費税、社会保障、原発、選挙制度、米軍(基地)、領土、民主主義、憲法、労働、生活保護……問題は無数にある。そして、これに関する本はすでにそれなりの数出てもいる。これをどう活かすかが、書店員の腕の見せどころだろう。政治家の顔がバーンと出るような本はとりあえずいい。「人」では売れないから。立場の違いはもちろんあっていい。というより、なきゃ始まらない。反対でも賛成でも、ガンガンに論争が起きなくちゃならない。

 
 しかし、反対のシンパ、賛成のシンパだけが買うような本は、よくもわるくも数が見えてしまうので面白くない。論争が発展していけば、相手の言うことを論破しようと違う意見の本も読むだろう。その問題に興味のない人でも、とにかく読んでみようかと手に取るだろう。


 以前、社会運動に関する本を念頭において、ある種のモデルを考えてみた。三人のモデルである。ここで記した考え方は、変更する必要が今もないと思っている。


 まっとうな議論が起きれば、本は売れる。そのようにして本が売れる社会は、少なくとも悪い社会ではない。これは、僕は確信だ。その確信をいかに形に出来るか。コーナーのためのブックリスト作りを、急ピッチで進めているところである。
[PR]

by todoroki-tetsu | 2012-11-19 09:38 | 業界 | Comments(0)

<< 「カネと命の交換」 寺めぐりなど >>