中野重治「五勺の酒」について(その六)

 暁天動員から引き起こされたイメージは、今一度憲法の集会に重ねられる。今度は集会から帰る人々、その先にあるものへと。


 憲法のことがあったのではなかったかのような顔で、そこへ集まったのが憲法のためだったことも、いま憲法で鳩が飛んだことも皆なかったことかのようなふうで散って行く人びとのわが家と、天皇皇后両陛下のかえって行くわが家と、家の大きさでなく、すこしおそくなれば出もせぬ追剥ぎに顎を引いて気をつっぱってとっとと急いで行く、電灯が切れて蝋燭がないような細かい板がこい区切り、そこで、買物ぶくろをほうりだして、スカーツをまくって、ふくれなかったかどうか向う脛を親ゆびの腹で押してみてほっとひと息つく娘たち、おやじたちと、あれから馬車で砂利みちをきしって行って、松の木のむこうへ見えなくなって、玄関、敷台をとおって奥へはいって、街のひびきも人間の声も聞えなくなったところで、生活がこだまを呼びださぬところまで引きこんで顔を見合わしてほっとひと息つける天皇たちと、わが家の感じ方、その何にほっとするかでの皮膚感覚の人間的なちがい、それをこそ、共産党が、国民に、しかし感覚的に教えべきものではないだろうか。


 一文である。長い一文のなかにあふれる日常の描写。そのまなざし庶民に対してのみならず、天皇にも均等に向けられる。

 
 「出もせぬ追剥ぎに顎を引いて気をつっぱってとっとと急いで行く」姿を、中野は日常生活においても注意さえすれば見えたろう。いや、すでにおのずと眼に入るようになっていたというのが正しいか。そのような意味で「松の木のむこう」を見ることはできない。しかし、想像することはできる。眼の前に見えるものを注意深く見た。そうした眼そのものを得たい、と僕は記したが、その眼に、中野重治はどこまでも忠実だ。

 
 ふと、忌野清志郎訳の「アイ・シャル・ビー・リリースト」の歌詞が頭をよぎる。自分は自由に動き、見たものを歌うだけだ、と。眼に見えたものは、言葉になるだろう。そこに苦闘がある。葛藤がある。眼に忠実な言葉、言葉に忠実な態度。


 じつはこうした眼を持つことは、元来難しいことではない。そう考えてみる。例えばこの長い一文を取ってみて、すぐさま天皇制批判だとか、共産党の指導がどうだとか、さらには共産党のやり方のまずさを内側から批判したとか、そうしたことはぜんぶとっぱらって読む。そうすると、誰かの言った何かに依るのではなく、自分で見て考え、それを何とか言葉にしたり出来なかったりする、そうしたごく普通の人間の姿が浮かび上がってくるように思われる。


 人間が、人間をただ見つめようとしている。ただそれだけのことだとしたら、それは何と得難く、尊いものであるか。もしそれが自分にできない/できていないのだとするならば、人間を人間でなくする何ものかに、僕自身がむしばまれていることを意味する。


 政治的な、あるいは運動の、ある次元や局面においては、数の論理が最優先される。数は力だ。この際かまうものか。寄せ集めでも鵜呑みにするでもなんでもいいや。じっさい、言われてなるほどその通りだと思ってものを言ったり動いたりする場合もある。それをきっかけに自分で考えることだって少なからずある。いきおいにのってしまった。それもよかろう。あるいは、そうしたものを「ノリ」と感じ、反発することだってあるだろう。お祭り騒ぎじゃないぞ。もっと他にも考えなきゃいかんことがあるだろう。思慮が足りない。いや、政治か文学か、という問いを適当にアレンジしてしまってもんだいそのものを突き崩すのだと意気込むことだってある。

 
 呼びかけた側に立ったことも呼びかけられる側に立ったことも反対する側に立ったこともある。いや、日常的にそうなのだ。ある問題ではこの立場であり、べつの問題ではあの立場であり……そうしたものとして僕たちの労働と生活はある。たのしさとさびしさは隣合わせ。この当たり前すぎる事実を突き付けられた時、見失っているかもしれない何かを発見する。それは、己と他者とを同時に貫くものであるはずだ。


 校長の独白に戻れば、それは「何にほっとするかでの皮膚感覚の人間的なちがい」ということになる。階級・階層・制度・社会……そんな用語に頼らず(しかしそんな用語の必要性は十分に意識しながら)、もっと自分自身に、人間のひとりである自分自身に掘り下げて行って他者と通底するものをつかむとするならば、「何にほっとするか」というのは極めて普遍的な定義となる。

 
  
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by todoroki-tetsu | 2012-10-13 09:58 | 批評系 | Comments(0)

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