「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その十七

 最終セクション8:「2010年、ニッポンの春」を、いよいよ読み進める。セクション全体の印象は冒頭の段と最後の段に描きこまれる「新緑」で、それが実に清冽なのだけれども、そこに目を奪われてはいけないと言い聞かせる自分がいる。映像を映し出してくれる「カメラ」の位置に注意しながら、読み進める。

 
 ニッポンの四月は、新緑まぶしく、季節が生まれかわるとき。
 
 思考が行き詰まった私は、いま田舎の母屋に逃げ帰っており、義妹が、ポカポカ陽気の縁側で、七ヵ月になる息子岳途(たけと)のオシメ替えをしているのを見つめている。


 実に鮮明な映像がイメージされる。ほんとうに思考が行き詰まったのだろう。そりゃそうだ。新しい等価交換なんて大事(おおごと)に、挑もうとしているのだから。それを少しでも追体験出来ないか。書き手が苦心して紡いできた言葉を何とかしてしっかりと読むことが出来ないか、と読み手もまた、真剣に追って来たのだった。


 この幸福な光景を眺める、笑顔ではあろうがどこか疲れてもいるだろう男が、赤子の小さな爪のかたちの細部に驚いているさま。これ以上でもこれ以下でもない。この描写のもつ意味が何なのか、と探ることにあまり意味はなかろう。呼び起こされる映像イメージ、大人と子ども、子どもの細部の観察と驚き。それだけだ。それだけのことが、たいせつだ。


 赤ん坊の爪に驚いた男は、きっと何気なくついていたのであろうテレビに目をやる。新緑の眩しさは今度は脇から差し込むようになる。映像は部屋の中へと切り替わる。カメラは男の後ろ姿と、その目線の先にあるテレビ画面へと向けられる。棋士・加藤一二三さんが登場する。


 2012年の今となっては忘れ去られていると言えるかもしれないこのニュース。しかし、このニュースから引きこまれる「思考のモード」には、普遍的なものがある。映像は思考の中にもぐりこむ。色彩は徐々に消えていき、加藤棋士の「長考」についての考察へと進む。加藤の「長考」と「神の存在」とが重ねあわされる山口瞳の観戦記が参照されたのち、こう続けられる。


 なるほど長考そのものが「神の存在」だとするなら、私の気は晴れる。なぜなら、考えることは、たたかいの最善手を選ぶことであるが、同時に、迷うことでもあり、その結果、時間切れ投了という幕切れもありうるというのだから。

 
 長考を、例えば「苦しみ」や「哀しみ」に置き換えてみる。その時、人は、何かにふれている。そういう感覚は、おそらく遠い昔からあった。そう思うよりほか仕方がなかったのかもしれない。しかし、それは確かに何かにふれるものであったに違いない。「死者論」としてそれを提示しているのは若松英輔さんである。若松さんの場合は考えることと感じることをかなり厳密に分けておられるのだが、それは今もんだいにすべきことではない。つまり、何かを強いられる、どうしようもないことに遭遇する、その時、何が見られるか、何を感じられるかということだ。「孤独が自問する」(吉本隆明)と言っても同じことだ。


 ハックは、考えた。それが長い時間であったかどうか知らない、と既に補助線は引いておいた。その時にハックに感じ取ることができたものこそがたいせつだった。


 気にかかるのは、「私の気は晴れる」という言い回しだ。それは「唯物論者」であることからくるものであろうか。それとも、今一つ納得は出来ていないが、ひとまずは理解が出来るという意味合いだろうか。あるいは……。僕には判らない。しかし、長考が「神」、あるいは何らかの存在にふれる大きなきっかけであることは確かなことだ。開かれた契機であるのは確かなことだ。


 次の段も、思考の中の話だ。あまり色彩豊かな映像は沸き起こらないが、それでよい。


 私たちの暮らしの圧倒的な部分は、あらかじめ決定されている。

 現実の動かなさを前にして、疲れ果て、途方に暮れる運命にある。

 しかし、ある時期、あるポイントにおいて、私たちが考え抜いた果てに生まれた渾身の一撃が、その決定を留保させ、大きくねじ曲げ、思いもよらなかった方向へとうっちゃる場合がある。すなわち、新しい等価交換のルールの手がかりをつかむ場合がある。

 
 ここまで読み進めてきた者は、改めてかみしめるようにこの結論めいた文章を目にするだろう。もんだいは、この次だ。


 そんな新世界において、私たちの仲間のひとりが、「死」を選ぶということがあるとすれば、世界のなかに豊かなファンタジーがなかったからであり、豊かな物語であっても恐慌的な悲劇にとどまっているからではあるまいか。

 もちろん書き手としての私は、平和な世界であればあるほど暴力の復権あるいは蘇生という「願い」が実現されなければならないことを知っている。ひとびとが――すなわち私が、亡くなったひとの表情や血の匂いを忘れそうになるたびごとに、悲劇の文学は、繰り返し、何度でも描かれなくてはならない。その作業に終わりはない。そうして悲劇に慣れきってしまった私は、ふいに訪れた身近な他人の「死」のリアリズムに打ちのめされたりなんかして、「人間の終わり」は、あらかじめさだめられているのだという大げさな錯覚にとらわれていくのだ。

 なんという恥ずかしい態度であったことか!



 この言葉を、僕は他人が書いたものとは思えない。思ってはいけないと読んでいたうちにそうなったのか、自然とそうなったのかはもはや判らない。書き手と読み手が、ともに言葉に対して開かれている。そういう感覚が生じてくる。確かにこの文章を書いたのは浅尾大輔その人であって僕ではない。しかし、浅尾さんが記した言葉が他人事には思えないのもまた、事実なのであった。「ひとびと」がすなわち書き手の「私」であるならば、「ひとびと」がすなわち読み手の「僕」であると言えない理由はどこにもない。


 もちろん僕は書き手ではない。なので、この文章の中にある「書き手」はおのずと「読み手」と変換される。読み手である僕はいかなる文学を欲しているか。恐慌的な悲劇だけを、求めてはいないか。いや、それにすらいかない、豊かではないもので満足しようとしているのではないのか。「悲劇」に慣れることで、何かを判った気になっちゃいないか。言葉のパッケージであるところの本に囲まれて、知った気になっていて、そのくせ何か大事(おおごと)が起きた時には、「本(屋)なんて……」と思わせぶりな態度をしてみせる。嗚呼、「なんという恥ずかしい態度であったことか!」

 
 いつの間にかカメラは切り替わり、おそらくはさっきと同じ姿勢で坐る男を、後ろから映し出すだろう。その男の姿は、書き手なのか読み手なのか。もはや判然としない……。


 カメラは再び外を映し出す。縁側から覗かれる青葉の葉脈。そこに、「亡くなっていったひとたちの心の優しさと、そのなかで演じられた葛藤のすさまじさ」が重ねあわされていく。基調はやはり新緑だけれど、その下地には、おそらく血の赤や苦しさの黒、切羽つまった白が、塗られているだろう。じっと目を凝らすと、様々な顔が浮かび上がってくるであろう。今の僕には、控訴審に一度も顔を出さない、ある若い男の顔が見える。

 
 私は、いつか、いつの日にか、文学という手法で、追い詰められた彼らが怯え続けた暴力の記憶を新しい物語として――死よりも恐ろしいもの、カネよりも尊いもの、暴力より痛いもの、そうして天国より素晴らしい世界を提示したいと願う。それは、「溜めのない世代」の「弔い合戦」ではあるが、復讐を乗り越える「別次元の均衡」(シモーヌ・ヴェイユ)のはずである。


 もはやこの決意表明は、書き手ひとりのそれでありながらも、そこにとどまりはしない。まずもって同時代の作家、批評家、それに何より読者に、共有されるテーゼであろう。さらに願わくば、次の世代へ。あるいは私たちより前に存在した世代へ(高橋源一郎さんの『「悪」と戦う』が、なぜだか思い起こされる)。


 その共有のされ方は、決して表立つことはない。コミュニケがつくられることもない。けれど、私たちが知らず知らずのうちにたどり着いてしまっているような、あるいは、いつの間にかこうありたいと思う、そういう地平であり、願いである。

 生きられなかったということは、存在しなかったということでは、けっしてない。

 
 この一文に込められた力強さははかりしれない。このあとすぐさま自分の話になるのだが、それは「ひとびと」を媒介とした、あるいは「ひとびと」そのものであるところの「私」であることは、既に見たとおり。


 現代ニッポンにトムとハックが蘇ったとしたら、どんな青年になっただろうかと夢想することがある。

 私たちは、いつでも子どもから生き直すことができる。


 このフィナーレには、この最後のセクション冒頭で挿入された赤子の映像が重ねあわされる。その爪に驚く男の思考は、130年前のアメリカの少年にまで飛んでいくだろう。


 子どもから生き直すこと。それは既に補助線を引いた通り、ひとびと、すなわち書き手にも読み手にも、開かれているものであった。

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 当初数日程度で仕上げるつもりであった感想文だが、気がつけばほぼ一ヶ月が過ぎていた。


 もちろん、かっちりとした下書きを全部準備したわけではないけれども、おおよそのあたりはつけてからはじめたのだったが、読みなおせば読みなおすほど、どんどん思わぬ方向に進んで行った。それが見当違いであるのか、少しは言葉に近づけたのかは、判らない。ハックのように破り捨てるべきものを書いたのではないことを祈っているが、もんだいは、書いてから考えること、あるいは何かを実行することだ。

 
 前にも似たようなことを書いたかもしれないが、繰り返そう。こうした文章と同時代を生きるのは、幸せなことである。
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by todoroki-tetsu | 2012-08-24 00:29 | 批評系 | Comments(0)

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