「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その十一

  6:「ヴェイユが拒絶したアメリカ」は、引き続き第二幕の助走である。徐々に身体を温め、いよいよラストスパートをかけようという、その手前である。


 思考の枠を、労働力が消費されていく過程から「神の問題」へと広げていった思想家のうちで、シモーヌ・ヴェイユは、私にとって詰め将棋「けむりづめ」を実践したひとであり、現代に復活した「悔い改めた盗賊」であり、ぶどう園の農民労働者であった。

 そうして彼女は、事実上、アメリカを拒否したひとでもある。

 アメリカを拒否したという意味は、私の考えでは、アメリカにこそ、ヴェイユなるものを延命させるものがあったということである。


 ヴェイユには墓のにおいがする、といったのはバタイユであったそうだ(吉本隆明講演「シモーヌ・ヴェーユの意味」)。死の影は確かに付きまとうように思われる。この評論でしばしば触れられるヴェイユもまた、かずかずの重要な言葉を残しつつも、死の影からは逃れ得ぬ。そう、「あらかじめ」定められているものとしてそれはある。人は誰しも死ぬものだ、という意味ではない。「最後の被救済者」すなわち、もっとも長く苦しむ者としてのヴェイユ。


 その死を、取り返そうという。ヴェイユを、延命させようという。いや、正確に書かれた言葉に従おう。「ヴェイユなるもの」。失われたものは二度ともとには戻らないかもしれない。しかし、それが悲劇であるならば、繰り返さないことは出来るかもしれない……。

 
 ここで唐突に、次のようなセリフが僕の中に響いてくる。それを言ったのはトボ助であった(木下順二、「神と人とのあいだ――夏・南方のローマンス」)。


 取り返しのつかないこと――でも、その取り返しのつかないことをあたしは取り返そうと思うんだな


 この言葉を受けるのにもっとも適切なのは、「はぁいッ、でも……、そんな闘争、出来るかしら」(「猫寿司真鶴本店」)であるだろう。気負いも不安も、ありのままがここにある。それでもなお、取り返しのつかないことを取り返そう、と。

 
 いよいよ、ハックルベリ・フィンに教えを請う時がやってくる。



  
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by todoroki-tetsu | 2012-08-10 01:20 | 批評系 | Comments(0)

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