「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その六

 4:「作品分析――副詞『あらかじめ』の恐怖」を引き続き。


 作品分析においては、岡崎祥久さんの『秒速10センチの越冬』、長嶋有さんの『泣かない女はいない』、伊藤たかみさんの『八月の路上に捨てる』、吉田修一さんの『悪人』の4つの作品が取り上げられる。この分析を引いてしまうのは野暮だ。出来る限り最小限に抑えたいと思う。しかし、どうしても『八月の路上に捨てる』と『悪人』の分析には触れざるを得ない。


 『八月……』で印象的に挿入される「けむりづめ」のエピソード。将棋を解さない僕は、この誰だか偉い人が造り上げたというこの手について、何も言うことが出来ない。しかし、浅尾さんが言うところは、判る。

 
 私の考えでは、詰将棋「けむりづめ」は、自陣の兵隊や馬車、持ち金を失っていく絶望の戦略ではない。そうではなくて、自分が手に持っているものすべてを敵に「贈与」しながら漸進する生き方である。



 そして、ここに最晩年のヴェイユの姿を重ねあわせるところまでは、何とか追うことが出来る。判らないのが次の個所だ。

 
 私は、「けむりづめ」のたたかいやヴェイユの真心と蛮勇に、何者も追いつけないスピードを感じる。否、この世界を成り立たせているルールを根本からひっくり返すような力が宿っているのを見る。


 この文章の後半はどことなく判る。前半が判らない。ヴェイユからは張り詰めた倫理を読みとることが出来るが、そこから「スピード」を感じ取ることが僕にはなかったからだ。僕にとってこの評論の難関のひとつは、この「スピード」を把握できるかどうかにある。資本のスピードについては判った。それに対抗するようなヴェイユに「スピード」を感じ取るとはどういうことか。
 
 
 吉本さんの講演「シモーヌ・ヴェーユの意味」を聴き直してみる。工場生活に入ったころのヴェイユについて語るくだり。引用は『〈信〉の構造 2』に依る。


 へとへとに疲れてなにもかんがえられないというような日々の工場生活について、ヴェーユが感じたことのうち決定的なことがひとつありました。(略)他の労働者とまったくおなじように働いたら、反抗心をもったり、敵愾心を燃えあがらせるというふうになるかなとおもったところ、意外なことに、ぎゅうぎゅうと職制に押さえつけられて、暇もなく製品作りに専念させられてという状態を、素直に受け入れていたとヴェーユは記しています。(略)じぶんはこの抑圧を受け入れ、あたかも古代の奴隷のように嬉々としてこき使われるみたいに、そのことを心で肯定し、受け入れているという精神状態になったということが、じぶんにとって衝撃だったとヴェーユは述べています。



 このようなヴェイユの掴み方を、吉本さんは外側からだけで掴んだものではない、として評価する。この講演ではこの後また別の興味深い論点に話がスライドしていくのだが、ここで「やられたらやり返せ」との関係を考えてみたい。

 
 ついこの間、こんなふうに僕は考えてみていたし、記していた。


 資本の求める「スピード」に、「やられたらやり返す」のが「等価交換としての復讐」である。そう考えてみる。確かに、ストライキはそういうものだ。「そっち(資本)の言うことなんて聞かねぇよ」ということだ。これが生産の暴力のイメージだとしよう。

 
 ひるがえって、資本の求める「スピード」に、「耐え忍ぶ」こと。「流通の暴力」。これにさらされた人間が、「やられたらやり返せ」式に立ちあがることは極めて困難だ。ならばスピードに耐え忍ぼう、その先に「何か」があるはずだと。



 だが、ヴェイユはあきらかに工場労働であって、これ以上にないというくらい生産労働である。だとすれば、生産過程においても、「やられたらやり返せ」が成り立たない領域があるということ。いや、そもそも「やられたらやり返せ」が成り立つのは、まれな場合でしかなかったのではないか。黄金律は厳然と存在し続けている。「しはらったものを/ずっと以前のぶんまでとりかえ」そうとする人のほうがすくないのではないかという疑い。


 ならば、資本の求める「スピード」に耐え忍ぶ。それしかない。いや、耐え忍ぶばかりではなく、「自分が手に持っているものすべてを敵に『贈与』しながら漸進する」。無謀。手前で引けば良いのに。どうすることもできない。耐え忍ぶ。我が身がさらされる資本のスピードの、ほんの少し先に自らを投げ出す。頭一つ前に出す。


 しかし、その時、ヴェイユは、あるいは「ロスジェネ文学」の主人公たちは、怯えているだろうか。否。スピードにさらされ抜いた、その先に開ける地平。スピードを逆手に取る。「この世界を成り立たせているルールを根本からひっくり返すような力」がそこに宿る。

 
 ……だんだんと、心象に近づけてきた気がしてくる。とはいえ、このイメージだけでは「しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる」で済まされてしまいそうな、たいせつではあるけれども、どこかこう、物足りないものに思えてくる。


 『悪人』の分析に学びとることが、ぜひとも必要となってくる。

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 ところで、本論とはそれるかもしれないが、大変に興味深いことがある。先に吉本さんの講演を引用した、その少し先。ヴェイユの体験に対し、吉本さんは自分の体験を対置する。学校出たてで町工場に働きに出て、二日に一回は徹夜でずいぶんとつらかったこと、それで自分は三ヶ月くらいで身体を壊して職場を離れたということ。その体験を振り返った時の言葉は、講演録にはこうある。


 そのときに、ぼく自身はくだらないからね、ヴェーユのように体得しなかったのですが、ヴェーユの〈気づき〉の意味の深さは理解することが出来ます。



 音声には残っていて、講演録には収録されていないくだりが存在する。その部分を再現して埋め込もう。


 そのときに、ぼく自身はくだらないからね、ヴェーユのように体得しなかったのですが、自分は素直になったなあ、とはならなかったんです。あとあとまで僕ね、あいつ、工場のおやじさんとね、町であったらただじゃおかねぇぞと、そういう反抗心を燃やしたんですけどね、ヴェーユの〈気づき〉の意味の深さは理解することが出来ます。

 
 
 吉本さんとヴェイユの岐路はここにある。どちらがいいとか悪いとかではない。「やられたらやり返せ」が吉本さんだ、とは、単純には言いきれないかもしれないが、少なくとも今、この局面ではそうだと言いうる。浅尾さんは、吉本さんが見切りをつけたところに可能性を見る。かつての「論座」での緊張感あふれる「対談」(インタビューなどでは断じてない)を思い起こす。


 わたしたちの文学はいずこにあるか。


 
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by todoroki-tetsu | 2012-07-31 22:48 | 批評系 | Comments(0)

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