「かつて、ぶどう園で起きたこと」再読その四

 3:「アメリカ経営哲学による黄金律の発見」の書きだしは、


 「ロスジェネ文学」の主人公は、みんな真面目で、かつナイーブときている。


 との一文である。この主人公像は、「やられたらやり返せ」的な主人公、「等価交換としての復讐」をしでかすような主人公に対置される。


 「泣かない女はいない」の印象的な場面を引いたのちに、浅尾さんは述べる。


 私たちの上の世代――たたかう労働者たちがあみ出した「やられたらやり返す」という哲学は、ここでは跡形もなく消え失せている。

 生産と流通の暴力は、同工異曲なのであろうか?



 「哲学」に下線を勝手に引いた。これがこの章のタイトルにもある「経営哲学」と対比されるものであろう。しかし、経営哲学の話に入る前に、貴重な経験が語られる。「江戸時代の下町で活躍する剣豪小説」を昼休みに読んでいた、そのことで「協調性に欠けるため」と解雇された労働者Aのこと。そのAを除いたすべての同僚が、会社の切り崩しにあい、「休憩中の読書はいたしません」「Aは頑固者なので会社から追い出して下さい」と嘆願書を出したということ。


 おのれの身に引きつけてみて、職場でかかる状況が発生した折、僕は自分で何かを貫くことが出来るか、まったく自信がない。そのことは10年余の正社員生活でいやというほど身にしみている。ほんのちょっとした「物言い」「ロジック」で、いかようにも敵と味方に分けることは出来てしまう……。


 本文に戻ろう。ルポルタージュ『大搾取!』を引きつつ、浅尾さんはアメリカ資本の発見した「黄金律」にたどり着く。


 不況のたびに不死鳥のように蘇る、あの、経営哲学とやらは着実に進化し続けて、ようやく「怯えた労働者はよく働く」という黄金律へとたどり着いた。


 なるほどビル・ゲイツ『思考スピードの経営』(2000)は、企業の情報伝達インフラを人間の神経系統にたとえて、究極のコスト削減をしようと力説した経営指南の書だが、実際、彼の予言通りの世界が築かれつつある。ただし、この大著では「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」(「マタイ伝」)という、働くことへの忠誠(モラル)には一行もふれられていない。

 そう、それはひどく時間のかかることだから!



 「スピード」もしくは「時間」について触れる、これがおそらく最初の個所である。「経営(哲学)」が求める、コスト削減としてのスピード化。これは「流通過程における在庫の管理や輸送の経費を限りなくゼロにしたいという自然な欲望」に起因するものだ。この欲望の主語は「(アメリカ)資本」である。そこでは「働くことへの忠誠(モラル)」は「ひどく時間のかかる」ものとして斥けられる。


 黄金律=「怯えた労働者はよく働く」。資本の求めるスピードの達成のためには「働くことへの忠誠(モラル)」は要らない、ということ。


 ここまでは、判る。論旨が判るという意味で、判る。もんだいは、次の記述だ。


 私の考えでは、黄金律は、天地開びゃくの第一日目から存在しており、私たち人間の目に見えなかっただけである。だからイエスは、あらかじめおっしゃられたのだ――「しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる」と。



 『大搾取!』で紹介されている実態や、ゲイツのような考え方に対して、かつてあったろう「労働」の、人間らしさとでもいうべきものを対比することは、極めて重要なことであるが、ひょとするとたやすいかもしれない。そもそも「黄金律」なんてはじめからあったじゃないか、と言い切るよりは。

 
 なぜ「黄金律」は覆い隠され、いや覆い隠そうと、してきたのか? 自分の日々の労働とあわせて様々なイメージを膨らませるものであるが、今はすこしその衝動を抑えよう。「スピード」あるいは「時間」について、もう少しだけ考えておきたい。


 資本の求める「スピード」に、「やられたらやり返す」のが「等価交換としての復讐」である。そう考えてみる。確かに、ストライキはそういうものだ。「そっち(資本)の言うことなんて聞かねぇよ」ということだ。これが生産の暴力のイメージだとしよう。

 
 ひるがえって、資本の求める「スピード」に、「耐え忍ぶ」こと。「流通の暴力」。これにさらされた人間が、「やられたらやり返せ」式に立ちあがることは極めて困難だ。ならばスピードに耐え忍ぼう、その先に「何か」があるはずだと。


 「内破」という言葉がふと、頭をよぎる。が、浅尾さんの言葉に立ち返っておくことがたいせつだ。


 「ロスジェネ文学」の主人公は、みんな真面目で、かつナイーブときている。

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by todoroki-tetsu | 2012-07-29 11:25 | 批評系 | Comments(0)

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