2012・3・25-26、あるいは久々の外出

 このところ仕事がどうにも忙しく、またそれを格好の言い訳にもしていて、あまり出歩かないでいた。


 昨日3/25(日)は、久々にtwitterデモに参加させて頂いた。させて頂く、という表現は好きではないのだが、昨日の心持を表現すると、なんとなくこうなる。


 14:00にデモは宮下公園を出ると聞いていた。ちょっぴり遅れたが、ちょうど出発するところだった。いつも、といっても数回だけれども、出発前から隊列に加わるのははじめてのこと。最後尾あたりにそこはかとなくもぐりこむ。


 コースはおそらく今までとさほど変わっていないと思う。まずは渋谷をぐるぐると回っていく。やっぱりスタッフの方はごみ袋を持って沿道に目に着くゴミを極力拾っていらしたりして、今回もやはり頭が下がる。僕は例によって何も持たず、口を開くこともなく、ただ一緒に歩くだけだ。


 歩き始めて間もないころ、割り箸を軸にした小さなフラッグを差し出され、思わず受け取る。「割ったら片方をお友達とかに渡せますよ」と言われる。なるほど面白い趣向だ、でも渡せる友達はいなさそうだと一人で苦笑いをする。


 天気がよいせいか、ただ歩くだけでもなかなかに気持ちのいいものだ。シュプレヒコールは、僕のいた場所から聞き取れたのはほぼ、「原発いらない」「子どもを守れ」だったと思う。スタッフの方だろうか、女性の方がメガホンを取ったとき「子どもを守ろう」と表現されたのは興味深く思った。この点については以前にも記したことがある。

 
 今回は、以前に比べてお子さん連れの方が目立つように思ったのは気のせいだろうか。いきおいカメラは子どもたちに向けられる。いいことなのか悪いことなのか、よく判らない。

 
 途中おまわりさんには結構せきたてられた。交差点やなんかでは「車の方が待って下さっています」なんてよく言われた。デモのスタッフさんがそんな風に言うのは判るのだが、おまわりさんはずいぶんと車にやさしいのだな、とちょっとひねくれてみた。が、例えば自分が仕事中でデモの隊列に遭遇した場合、どこまで落ち着いて待てるだろうか。

 
 急かされたように思えるが、終わってみると正味歩いた時間は1時間半と少々。まあ、こんなものなのかなと思った。


 明けて今日3/26(月)、そうたいした距離でもないはずなのに足全体に心地よい適度の疲労感が残る。仕事は午後からなのでゆっくり寝ていたいと思うのだが、そうもしてはいられない。参院議員会館に足を運ぼうと思ったのだ。

 
 3/25(日)の夜、twitter経由で「3/26 ~@ 全国 オンナ・ハケンの乱 緊急行動の呼びかけ」を知った。別に何が出来るわけでもないし、自分がどこまで何を知っているかと言われるとお寒い限りではある。それになにより、男性(異性愛)・正社員である自分が、ほんとうにぎりぎりのところで、何を、どう出来るのか、それだけの覚悟があるのか。しかし、そうはいっても知らなきゃ何も始まらんのだし、足を運べるのなら運んだほうがよい。それは自分が何を出来るかというよりも、自分が何を出来ないのかを知るために必要なことだ、そう考えた。


 参院議員会館前に着いた時には既にある程度の方々がいて、順繰りにマイクを回してアピールをしていたり、ビラを手渡したりしておられた。何らかの届け出は出されているのだろう、特におまわりさんがすぐ近くに控えているというふうでもない。


 マイクを通じて語られるお話を、遠すぎるでもなく近すぎるでもない距離から、聞いていた。女性もいたし、男性もいた。近づくには僕には不適切なように思えたし、かといってすぐその場を離れるのも違う気がした。

 
 語られたお話を、恥ずかしながら僕はよく覚えていない。けれど、参考人招致もないなんて、どうにも人をバカにしているやり方だ、と思った。よほど人目をはばかりたいのだろう。明日の審議が具体的にどのように進められるのか、意図的にこそこそやろうとしている人、だんまりを決め込む人、どうにかしようとしている人、それらをちゃんと見極めたいと思う。

 
 何人かのお話を伺いながら、「ある程度熟練した多くの非正規スタッフ」「未熟練で少数の正社員」という構図の中で、誰も幸せになれない状況のことを考えていた。同じ職場で、同じ仕事をしていて、ただ身分が違うだけで安定性も賃金も異なる。こんな状況は、やっぱりおかしい。僕は一応下級の管理職として、そうしたことに関わる様々な人間関係の調整をやらなくてはならないのだが、それもまた大変なことなのだ。ずいぶん俗な言い方になるが、なんかこう、みんなで心底楽しく職場のみんなで酒を呑めない感じなのだ。これが正社員としての僕の、率直な実感である。甘っちょろいことを言っているのかもしれない。だったらもっと他に何かやることがあるはずだ、と言われればそれまでだ。

 
 そんなことを考えながら、マイクアピールが途切れたタイミングで離脱した。時間が迫ってきていた。地下鉄を待つ間、仕事先に一度連絡を入れたら、予定が変更になったという。ぽっかりと少し空いた時間で、こんどは東電本店に向かうことにした。お昼ぐらいに何か行動があると、これまたtwitterで見かけた記憶があったのだ。


 以前にデモで通った記憶を頼りに適当な駅で降りると、ものの見事に間違えた。それでもガード脇に沿っててくてく歩くとなんとかたどり着いた。東電の前の歩道で横断幕やプラカードを持ってのマイクアピール。さっきまでいた参院議員会館の皆さんと、人数はさして変わらないと思うのだが、まわりにいるおまわりさんにやら公安さんやらの数がえらいことになっている。アピールをしているみなさんの3倍近く、というのは多分大げさではない。報道腕章をつけた方々も複数見かけた。

 
 場所の違いはあるだろう。問題の性格の違いもあるだろう。どちらも、とても大切な問題だと思う。それぞれを取り囲む人の違いは、象徴的に思える。けれど、それがどんな象徴なのかはよく判らない。


 僕はここでも、少し離れた場所、正確には横断歩道を挟んだ東電に向かってアピールをしておられる方々の、さらに後方の歩道に突っ立っていた。ここからだと横断歩道を渡る人、東電から出てくる人(ちょうどお昼時だった)も、おまわりさんも公安さんもすべて目に入る。そして、大きな白い東電の本店も。この中に、ひょっとすると「ゆうだい君」(『僕のお父さんは東電の社員です』)のお父さんがいるのかもしれないな、と思っていた。意図して何かを隠そうとした人もいるだろうし、開き直った人もいるだろう。こんなはずじゃなかった、と思っている人もいるかもしれない。敵といえる人もいるだろうし、そうでない人もいるだろう。文字通り、みんなをすべてつらぬく言葉はないか。


 ふと気付くと僕の後ろに女性が立っていた。話を聞こうと立ち止まっているのだろうか、と思ったが、そうではなかった。彼女は信号が青に変わるとそそくさと横断歩道を渡り、東電の中に入っていった。職員の方なのだろう。ふだんはきっとごく普通に、交差点で信号を待つに違いない。しかし、そこにはマイクアピールをしている人たちがいる。たぶん、その近くで立ち止まりたくはなかったのだろう。自分が彼女なら、やはりそうしたと思う。


 要望書を手渡そうとしているところで、僕の方の時間が切れた。もう仕事にいかなくちゃいけない。その場を離れたとたん、僕の頭は仕事の段取りでいっぱいになっていた。
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by todoroki-tetsu | 2012-03-26 22:44 | Comments(0)

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