郡山の朝

 郡山は以前一度だけ降りたことがあったが、それは夏の昼間の話。風の強い冬の夜、ただただ宿へと一直線に進む。風呂で身体を温め、早々に寝床に就く。

 
 翌朝、のんびり起きてテレビなんぞを見る。普段テレビを見ないので「カーネーション」の流れが全く判らない。有働さんはいい笑顔だ。

 
 あとは東京に帰るだけなのだ。新幹線を使えば大宮まで1時間、つごう2時間少々で家には帰ることが出来る。近いものだと思う。だからどうした、と自分の中のもうひとりがすぐさまつっかかってくる。面倒なのでそのままやり過ごす。

 
 調べてみると駅にほど近いところに、自分が会員証を持っているネットカフェがあった。少しばかり仕事もあるので、珈琲を飲みながらメールでもうつことにしよう。ゴミの散らばるエレベータで受け付けフロアまで上がる。ごく普通のリクライニング席をお願いする。ブースが比較的広いのがありがたい。


 案件をふたつみっつばかり片付け、ちょっと時間が余ったので何の気なしにネットをガチャガチャいじる。杉田俊介さんがtwitter(@sssugita)で、ご覧になられた映画のことを中心に久々に連投されているのを拝見する。そういえば、夏に南相馬に行った時にも、その前後で杉田さんのtwitterを拝見したなと思いだす。偶然だなあと勝手に思い込む。その連投の中で、特に考えさせられたのは2/12、23:02の時刻が付された下記。


 「9・11」は映画的想像力を逆用した。私たちはテレビ・ネット動画・映画その他で「3・11」をほどほどに消費し、楽しみ、道徳感情を自慰的に満足させた。ほどほどに。これは当たり前の欲望だ。私もそうだ。ならばせめて、その暴力性を「映画として」問い直す。勿論これはデフォルトに過ぎない。



 「道徳感情を自慰的に満足」させている、まさにその行程の途中の郡山でこの言葉を読んでいる自分は何なのか。杉田さんはかかる欲望を「暴力性」という言葉でも表現しておられる。そしてそのような欲望の自己認識と問いなおしは、「デフォルトに過ぎない」のだ。語っておられる題材は映画であるけれども、この問いはおそらく映画にとどまるようなものではない。


 ……「デフォルト」にすら到らないところで、僕はうろうろしているだけなのかもしれない。だがしかし、僕は自分の職場で、自分の生活で、僕の問いを生きるしかない。称揚も卑下も無意味。ただ、手前で考え抜くしかないのだ。


 ところで、『福島からあなたへ』において、武藤さんは「私たちとつながってください」(P.22)と述べた。「どうか福島を忘れないでください」ともおっしゃった(P.24)。僕はこの言葉を前にし、躊躇する。


 「つながってください」という呼びかけには、いつかきっと自分のことしか考えずに振り払うであろう自分が容易に想像できてしまう。「忘れないでください」という呼びかけには、ありとあらゆるたいせつなことを忘れてきた自分が対置される。


 確かに武藤さんの言葉は大切だし、やはり自分も出来る限り応じたいと思う。けれど、それに応じるというのはほんとうにはどういうことなのか。自分に「出来ること」だけでいいのか――課題の大きさ・深刻さを基準にするのか、自分自身の状況を基準にするのか、というある種の普遍的な問題。「意義と任務」の問題と言いたくばそれもよかろう――。「忘れない」とはどういうことか。時折思い出すようなことでも「忘れない」と言いうるのか。

 
 もちろん、これらは武藤さんに対して問いかけるべき問題ではなく、その言葉に触れている僕が、他ならぬ僕自身に向けて投げかける問いである。


 呼びかける側/呼びかけられる側との分断は、悪意からも善意からも、意図してでも無意識であっても、容易に出来る。都市部で住む人が、自然の中でなるべく電気やガスを使わず暮そうとしている人に対して「違い」を見出すことはたやすい。あなたとわたしを切り離してしまえば、心理的にはずいぶんと楽になる。


 「あれは他人に問題であって自分には関係がない」というように使うことも出来るし、ある程度関わろうと思っている場合でも、「他人の問題に関わっている他人であるところの自分」、という立ち位置を確保してしまえば気が楽だ。「自由な意思は撰択するからだ」(吉本隆明、『マチウ書試論』)と皮肉気に言葉を吐いてしまえ。さすれば呼びかけに応ずるも応じないもすべては自分次第となるだろう。自分の立ち位置は常に安全圏だ。

 
 そのような安全圏から武藤さんの言葉を読みむことは、それこそ「暴力性」のある「欲望」でしかあるまい。タイトルが示す「あなた」が、他ならぬ自分自身であるとして読むならば、どうあっても自分自身の問いの中に武藤さんの言葉を埋め込んでいかなくてはなるまい。
 

 そこまで考えてみてふと時計を見ると、10:00に近くなっている。そろそろ腰を上げよう。郡山のジュンクさんが開く時間だ。
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by todoroki-tetsu | 2012-02-17 13:52 | Comments(0)

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