他者の問いを生きることは出来ない

 論理も何もあるもんか、という気持ちになっている。自棄ではないが、自棄かもしれない。ただ、文章なり考えなりを巧いことまとめようというよりは、破綻していようが何だろうが、自分にとって大切だと思うことを記しておかねばという、そういう気持ちである。


 だったら何もブログなんぞに書かずとも手前一人でノートかなんかに書き殴っとけばそれでよさそうなもんだが、そう思うといつまでたっても筆が進まない。どうにも妙なものだ。この期に及んで助平根性がまだあるようだ。なら、それはそれで致し方ない。

 
 大澤信亮さんの『神的批評』が出て間もない頃に記したエントリの、大して進歩していない続きである。


1.共生と問い

 古い話からはじめる。学生時代の終わりごろだ。ある教育社会学者の記した一文を目にする機会があった。それはゼミ生の卒論の梗概をまとめたような冊子で、先生はその冒頭に少しばかりのエッセイのようなものを寄せておられた。確か98年頃のことだと思う。


 当時、いや厳密にはその少し前からであろう、「共生」という言葉がしばしば用いられた。それは目指すべきもの、望ましいものとして語られていたように記憶している。先生は、その風潮に異を唱えられていた。共生、とは一体何を意味するのか、それを十分に吟味しているか、と。そして言う、「共に生きるとは、問いを共有することでなければならない」と。


 僕は事あるごとにこの言葉を思い出そうとし、また実行しようと努めてきた。しかし、学校を出てからもうじき15年、途はますます遠のいていくばかりのように思える。



2.忘却し、すれ違う

 秋葉原の事件についても、また身近な職場の事柄ひとつも、僕は忘却し、身体感覚を重ねあわせられていない。その度に自分に絶望しながら、しかしそこから何かが得られはしないかともがいてきた。

 
 だが、考えているうちに、ふと不穏な考えが頭をかすめるようになってきた。そしてそれはいつのまにやら僕の頭の片隅にしっかりと居すわり、どうやら、日に日に活気づいているようなのだ。


 ――他者の問いを生きることは出来ない。



3.虚無には陥らず、しかし

 どうせ自分以外は赤の他人なのだから判りあえることなどない、というほど虚無的にはならない。そこまで行きつけるほど自分は強くない。せいぜいのところ控えめな虚無主義、いや、日和見的虚無主義? 今日大千秋楽を迎えた第三舞台の「深呼吸する惑星」に倣って言えば、絶望はするけれどあきらめはしない、というところだろうか。


 人と人とはどこかできっと判りあえる瞬間がある。何か大切なことに向かって思いを重ねあわせることが出来る、そんな瞬間はきっとあるはずだ。それを信じる程度の気持ちはある。けれど、それはほんとうに、ほんとうに難しいことだ。


 その難しさを考えるにつけ、「問いを共にすることは出来る筈だ」と前提するよりもむしろ、「問いを共にすることは出来ない」と前提したほうが、どうやらしっくりくるような気がしてきたのだった。



4.無数の問い、そして敗走

 昨日、ほんのわずかな時間だけ、脱原発世界会議の会場に足を運んだ。実に様々な問題があり、その人なりのアピールがあり、それは固有の問題でもあり、構造の問題でもあるような――そういう何かがひしめいていた。

 
 一筆の署名すらせず、逃げるように会場を去った。昔なら勢いで署名くらい(!)ならとバンバンやったものだけれど。


 多分、僕は気圧されたのだ。この場に集まった方々の、それぞれの現場でやってこられた地道で切実な運動の積み重ねに。例えば古びたライティングボードにはさまれた用紙に署名をすることで、例えばいささか無造作に積み重ねられたチラシを受け取ることで、例えば催しの呼びかけにうなずくことで、そんなことで何かをやった気になってしまいそうな自分を、無意識のうちに想像したのである。


 それは、一般に運動に携わっていない人間が携わっている人に対して感じるコンプレックスであるだけではない。それなら、言葉は悪いがどこでもよい、どこか特定の運動なり集まりなりを自分の居場所と定め、そこで頑張ればよい。僕が感じている手触りはそういうものではない。

 
 何枚もの用紙に署名することは出来る。だが、署名している自分は何なのか。原発に関する問題でもこれだけ数多くある。それは即時廃止か順次廃止かといった方針の違いも含むだろう。何かに具体的に携わった瞬間、何かを取りこぼしてはいないか。いや、取りこぼすだけならまだいい。その問いを、本当に自分のものとして生きていけるのか。

 
 つまるところ、行き着くところはここになる。

 
 ――僕は、何を問うて生きているのか?



5.出会い直す場はどこか

 原発に関するだけでも無数の地域、無数の人々の問いがある。そして、原発以外にも、様々な問題に世の中は溢れている。それらはひょっとすると、一生かかっても解決や追求しきれないことなのかもしれない。


 だからみんなで手を取り合って、というのは悪くない考えだ。連帯という言葉はいかに泥臭く、古めかしく聞こえたとしても、気高い。でも、人と人は意見が食い違うこともあるし、仲間割れもするし、くじけるし、疲れもする。それはいわば当然の成り行きというものだろう。「朝日のような夕日をつれて」冒頭の群唱がすぐさま思い浮かんでくるようだ。


 他者の問いを生きることは出来ない。原理的に無理だというだけでなく、それは倫理であるかもしれない。自分に出来ることは、自分の問いを見定め、生きていくことにしかないのではないか。


 それは利己主義を意味しない。自分が他者との関わりの中で生きていくしかない以上、他者の問いにはむしろ日常的に触れているというべきだ。僕は昨日ものの見事に敗走したわけだが、そこには極めて判りやすい形で数多くの他者が、問いが、あった。しかし、「困難は目の前にいる他者との出会い直しにこそある」(大澤信亮)とするならば、僕が普段日常と感じ、問いのことなど意識していない瞬間にこそ、敗走せんばかりの問いを見出さなければならないはずだ。


 その出会い直しを、僕は自分の職場で試みたいと思う。何をどう問えるかはまだ判らない。けれど、自分が時間の大半を過ごし、食う手立てでもあり、人間関係のほとんどを負っている職場を抜きにしては、あらゆる問題は考えられない。


 少なくとも今の自分の、フィールドだけは定められた。
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by todoroki-tetsu | 2012-01-15 20:42 | Comments(0)

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