日記その7

12.帰路
 今朝16日は5:00に目を覚ました。普段とあまり変わらない。福島行きのバスは6:05発。バス停はすぐそこだから十分に間に合う。

 身支度をして、コンビニで珈琲と新聞でも買ってバスを待とうと思ったら、誤算であった。コンビニは7:00からの営業だった。いかん、自分は良くも悪くも自分の日常を基準にここまで持ち込んでいるぞ。そう思いながら駅前には自販機があったかもしれない、と歩いていったが、そこも販売中止であった。水は昨晩のうちに買っておいたのだが、何かこう、甘っちょろいところがやっぱりあるなと反省しながらバスを待つ。

 バスの始発は南相馬市役所前で、既に10人くらいが乗っていた。駅前からは僕とあと一人だけ。途中相馬で数人乗り込んできた程度。

 早くに福島まで戻ってきたのは、郡山まで各駅で行くため。帰りのルートを全く決めていなかったのだが、福島からせめて郡山くらいまでは各駅停車に乗ってみようと思っていた。学生時代は何度か東北本線を各駅停車で往復しているが、以来各駅停車はその地域の生活がモロに形になっているような気がしてどうにも好きなのだ。聴こえてくる何気ない会話なども面白い。

 実際に1時間弱の道中では寝入ってしまったりもしたのだが、「髪を自分で染めている最中に地震にあった先輩の話」で盛り上がる中学生男子を、見るとはなしに見ていた。福島駅で買ってリュックに放り込んでいたままの「福島民報」をひろげ、双葉町元町長の岩本忠夫さんの訃報を知る。『津波と原発』でも『「フクシマ」論』でも言及されていた人だ。

 駅に着き、せっかくなので降りてみようと思った。帰りは新幹線ですぐだ。昨日ホテルで一休みしている最中つけていたテレビで、線量に注意しながら生活を送る家庭のことが報じられていたのをふと思い出したせいもある。もとより注意深く見ていたテレビでもなかったし、手元の地図は南相馬と東北方面とはいえ海側ばかりをクローズアップしたものばかりで、報じられていたのがどこだかはさっぱり判らない。まあ、それでもいいだろう。

 駅前の広場ではなにやらイベントの準備が進んでいる。昨日と変わらず、暑い。再び腕がヒリヒリしてくる。喫茶店で涼もうかと思ったが、ナショナルチェーンばかりで躊躇する。結局足を運んだのはうすい百貨店のジュンク堂であった。本屋という商売柄、当然と言えば当然ではあるが……。思わず数冊買ってしまう。

 だいぶ疲労もたまってきた。昨日はおそらく15キロくらいは歩いているのではなかろうか。早めに帰って明日に備えよう、と11:00ごろに郡山を出る新幹線で帰路についた。朝6:00には南相馬にいたんだな、と思うと遠いようで近いような感覚を覚えたりもする。

 買った本を新幹線の中でパラパラとめくる。買いそびれていた『ドキュメント 雨宮☆革命』と、発売間もない『銀の匙』だ。「必ず誰かが犠牲になる社会は嫌だ」という雨宮さんの言葉。荒川さんが描く、淘汰された鶏を腹におさめるということ。このふたつは、同時に考えなければならないように思えた。

 
13.結び
 結局のところ、僕は何をしに行き、何をなし/なさずに、帰ってきたのか。

 自死を選んだ女性のことは判らない。けれど、自分が見えない/気づかない光景や事柄で苦しい思いをする人が確実にいるのだ、ということを、出来る限り忘れないでいたいと思う。

 自分が情けない人間であることは、身にしみてよく判った。
 
 歩き回ったことで、少しは身体に見たもの、聞いたこと、感じたことを覚えさせることが出来た。ただ字面で何かを知るよりは、忘れにくいと思う。

 今言えるのは、こんな程度だろうか。しかし、何も今日明日で全てがどうこうなるわけじゃない。そう短期にケリがつけば苦労はしない。では、どうするか。

 少なくとも自分がまっとうに生きて行く程度(=大言壮語を徹底的に廃した次元)に必要なことを考えていかなければならない。津波のこと、地震のこと、原発「事故」のこと、原発のこと……それらを時には個別に、時には関連させて考えよう。出来ることなら自分が生き延びることが誰かの何かを奪わずに済むように。

 そして何より、自分の卑小さから、逃げないこと。
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by todoroki-tetsu | 2011-07-16 19:40 | Comments(0)

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