中島岳志『秋葉原事件』を読んで(その二)

 続けざまに感想を書き散らす。


3.「代替可能なリアル、代替不可能なウェブ」
 p.149にある言葉だ。読んでいけば「そういうこともありうるかもしれない」と思えてくる。

 彼はリアルな世界でいろんなことから逃げてきた。しかし、新たな職場である程度は適応できる程度の能力はあった。確かに厄介でキレやすい存在ではあったろうけれど。

 すぐさまこう思う。リアルの世界で逃げて新たな場を見つける力を、なぜウェブの世界でも生かせなかったのだろう、と。迷惑行為ともとれることや自虐ネタを繰り出す以外の、何か別の方法を模索出来なかったのか、と。

 しかし、それは短絡にすぎる。中島さんは、「『ネタ』を繰り出す『ベタ』な自分への承認こそ、彼の生を支える重要な要素だった」(p.148)と記しておられる。

 そう思っている以上、もはや他者からは何も言えない。そんな思いと、でもやっぱり……という思いとが読みながら、また読み終えても、錯綜している。

 まず、リアルとウェブの区別をいったん自分の中で切り離してみる。どちらも優劣のつけがたい居場所であると考える。「物質的条件」は確かに職場にあるだろうが、それだけで生きているわけでは当然ないのだから。どちらも等価だ、といささか乱暴にいったんは決めつけてみよう。


4.「友達がいるのに孤独だった」
 その上で、「友達がいるのに孤独だった」(p.230)とはどういうことか、と想像してみる。

 事件から一週間後、僕はたまたまラジオで太田光さんの言葉を耳にした

 
 孤独なのは決して自分だけではない、そんなメッセージを、彼が、どこかからか受け取ることが出来ていれば、あそこまでのことはひょっとすると起きなかったかもしれない。それは何も聖書などという大層なものでなくてもよいだろう。彼が好きだったというアニメのほとんどを僕は知らない。そこにメッセージどんなメッセージがあったのか、あるいはなかったのか、も判らない。

 私事ではあるが、僕は『銀河鉄道の夜』に幾度となく救われた。それは、小学生の時の本当に偶然の出会いに端を発している。

(ああほんたうにどこまでもどこまでも僕といっしょに行くひとはないだらうか。カムパネルラだってあんな女の子とおもしろさうに談してゐるし僕はほんたうにつらいなあ)


 だからどうというわけではない。けれど、自分と同じような寂しさを感じる瞬間が他の人にもあるのだということ。それを知るだけで、「涙を拭くハンカチ」(鴻上尚史『リレイヤーⅢ』)にはなる。
 
 しかし、それでもやっぱり傷つけること/傷つけられることは、ある。それはつらいことだ。本当に自分にとって必要だと思われる言葉を発した時、他ならぬその言葉が、かけがえのない他者を傷つけてしまうことが、ある。その逆ももちろん、ある。
 
 僕自身、そうした傷つけあいの中から関係性を作りだしていくことができた経験が、ほとんどない。悔やんでも悔やみきれないと思いつつ、それならそれでしょうがないか、とあきらめてもいる。

 あきらめられるのは、ジョバンニの言葉を「ハンカチ」に出来るからだけでなく、「やり直し」がひょっとすると出来るかもしれない、とどこかで信じているからでもある。「やり直し」というイメージを抱いたのはそのせいかもしれない。該当する部分を再掲する。

 中島岳志さんの『秋葉原事件』(朝日新聞出版)、第3章「掲示板と旅」に入る。「加藤が望んだ環境は、特定少数の人間の中で、彼が彼として認識されることだった。ネット上のハンドルネームによって『特定された存在』であることが重要だった」(p.97)。ここはキーポイント。


 ふと第2章の終り近い部分を思い起こす。「家族のやり直し」を考えていた時のこと。時系列は前後するのだが、この「やり直し」と、特定少数間でのコミュニケーションにこだわった彼の姿がなんとなくダブってくるように思われる。何かをやり直し、あるいは取り戻そうとしていた?



5.「やり直し」と「明日なき我等」
 そしてこの「やり直し」をイメージする際、ある曲がずっと頭の中で鳴り響いていた。中島みゆきさんの「明日なき我等」である。アルバム収録版もよいが、「夜会VOL.10 海嘯」のものが素晴らしい。

 歌詞をご覧いただければ判るように、明日への希望を歌ったものでは決してない。むしろ、絶望だといってよい。それでもなお……そこに哀しみがある。だけど、その哀しみを突き放すことはしないし、出来ない。そんな風に聴こえる。

 そう、どこかで「自己と対峙」(『秋葉原事件』、p.228)しなければならないのだ。でも、それはいっぺんに、一気にでなくていい。少しずつでいいじゃないか。

 しかし、そんな思いは見事に、完膚なきまでに打ち砕かれる。twitterでも記したけれども、「バンプ・オブ・チキンの『ギルド』」(p.191-194)のセクションがこの核心をついている。ぜひとも多くの方に読んでいただきたいと改めて切望する。


6.補助線、そして再び……
 
 読めば読むほど、考えれば考えるほど、判らなくなってくる。そして僕のような素人が「判らない」などと記してみたところで失われた命、傷つけられた方の心と体が元に戻ることはない。それでもなお、わかりやすい言葉で言い切れない何かがあるという思いがぬぐえない。

 唐突な補助線を引いてみる。


 数えて「四万二千三百余りなんありける」京の死者の腐臭は、御所の中にも当然達していた筈である。しかし、如何なる意味においても、現実は芸術に反映することがなかった。長明のように生者の眼によって現実が直視されることがなかった。何故か? 現実を拒否し、伝統を憧憬することのみが芸術だったからである。
                          堀田善衛『方丈記私記』(ちくま文庫)、P.218


 もちろん彼はまったく現実から遊離したわけでなく、現実の延長線上で「ネタ」を繰り出していた。その意味ではこの補助線は的外れだろう。しかし、拒否することもまた現実に対する態度であると考えてみたらどうか? 「死者の腐臭」という生生しい現実を拒否する芸術のことを考えれば、彼の「文学」は十分ありうると思わせる。いや、中途半端だとすら思えてくる。

 そう、彼はもっと現実を拒否する「文学」を突き進むことも出来たかもしれない。誤解を恐れずに言えば、「妄想」の世界に生きることも出来たのではないか。しかし、そうするにはあまりに彼は自分の「生身の肉体」にこだわっていたように思う。リアルでもウェブでも「人格」は使い分けられるが、肉体はひとつしかない。ある種の「恐慌」を連想する。


 ここで問いは再び最初に立ち返る。

 彼は何を、どのように食っていたのか?

 食うための糧を得る「職場」は、彼にとってどのようなものであったのか?

 この二つを自分自身にたたき込みながら考えるしか、今のところ僕には道がなさそうである。
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by todoroki-tetsu | 2011-05-21 23:40 | Comments(0)

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