秋葉原の事件に寄せるでもなく

 2年ほど前に起きた秋葉原の事件、公判が進んでいるという。


 忘れてしまったというほどでもないが、別段常時気にしていたわけでもない。失礼な話かもしれないが、まあ、そういうもんだろう。


 直接被害にあった方やその身近な人はもちろんのこと、そうでなくともずっと気にかけている人もいるのだろう。そういう人たちがいる中で、ことさらに何か言葉を記すのはおこがましいような気もする。


 誰かがかつて言ったことでなるほどと思ったこともあった。怒りを感じたこともあったかもしれない。この機会に読み返してみようと思ったけれど、やめた。「一夜漬け」のようで気が引ける。丹念に、そして真摯に追い続け考え続けている人に基本的にはゆだねよう。


 それでも、なにかもやもやした気持ちが残る。なぜだかは分からない。分からないことがそう簡単に分かるはずもない。頓挫、いや破綻ははじめっから明らかだとしても、しかしちょっと努力をしてみたい。


________________


1.
 新宿駅を朝な夕なに使っている。一日の仕事を終えた帰りがけ、地下に降りて東口改札を通りホームに向かうまでの間、無性にいらつく時がある。酔いどれ、女性と見れば声をかける野郎ども、喧嘩しているんだかじゃれ合っているんだか分からない連中、奇声をあげる集団、目がいっちまってる男や女……誰かれかまわず痛めつけてやろう、と。


2.
 ちょっとでも絡まれたりしたらこれ幸い。接近戦に持ち込もう。まずは腹に数発、野郎なら股ぐらを握りつぶす。頭突きで顔面を撃ち、さらに腹に数回膝ケリをいれる。相手の力を多少弱めた段階で右手の親指と中指で渾身の力を込めてこめかみをつぶすように握りこむ。本屋だから握力だけはある。つっころばしてうつぶせにし、腕をねじり上げて折ってしまう寸前までもっていくのもいい。ひじのあたりのツボと手首を折り曲げるように固めれば当面腕一本程度使いものにならないくらいに痛めつけることは出来るだろう。抵抗の気力を無くしたらとどめをさすようにさらに脇腹にケリをいれてみよう。顔面は見た目にダメージが大きいので激しい攻撃は避けたいが、いきおいでやってしまうかもしれない。手加減をしなければ、素手でもひとりくらいは殺せるだろう。そんなことを数十秒の間に考える。知らぬうちに右手はアイアンクローの形で力をみなぎらせている。握力が途切れた時に妄想は終る。気づくと顎が少しばかりしびれていたりもする。


3.
 手を出したことは今のところない。絡まれかけたことはある。が、ここで我慢するほうが大人(!)、と避けた。自分の狂暴さを怖がってというのではない気がする。単に、臆病なだけだろう。


4.
 こういう想像をする時には、決まって自分が加害者だ。自分が例えばちょっとしたことで絡まれたり、あるいは前触れなく殴りかかられたりするということは想像しない。不思議なことではある。


5.
 暴力と殺意は同じなのか違うのか。難問かもしれない。が、殺意は暴力の延長線でしか今の自分には想像できない。


6.
 いつの時期からか、何かのきっかけさえあれば自分は誰かを平気で殺すことができるだろう、と考えている。それはひとつの自分なりの抑止力にもなっているのだが、果たして、本当に、心の底から人を殺そうと思って実行しかけたことがあったのか、と振り返ってみる。

 
7.
 本当に生身の人間一人を殺そうと、念じるだけではなくて手をかけようとしたことはあったか? 一度だけ、ある。自分自身に対してだ。


8.
 殺意はなぜ他者に向かわなかったのか? と考えなおしてみるのは意味のあることかもしれないが、少々しゃらくさい。未遂にすらたどりつけなかった自分をそれなりに肯定してもいるし、生きていくことは大事なことだし、ある種のユマニズムに敬意を抱いてもいるけれども、暴力とは決して無縁な自分ではない以上、えらそうなことは言えたものではない。でも、口先だけは立派なことをたまには言ってみたりもする。


9.
 殺される側/殺す側、があるとして。殺す側の自分を想像する場合のほうが多い気がどうもする。社会とか世間とか国家とか制度とか考え出せば、どうも殺される側のほうにいるかもしれないと思う時もある。「客観的には」そっちのほうが正しいのかもしれない。でも、生身でぶつかりあうような時、自分にとって現実味があるのは殺す側の自分のようなのだ。


10.
 「一日の仕事を終えた帰りがけ」に、殺意につながるものと思えるようないらつきを覚える、と。ここからはじめた。朝も同じ場所を通るのだが、そのようないらつきを覚えることはない。だるさはよく感じるが、暴力的ではない。時間帯のせいだけではどうもないように思える。仕事と暴力の関係が、自分のなかでは非常に近い気がする。

________________



 まずはこんな風に考えてみる。自分自身の暴力性というか殺意というか、そうしたものからはじめてみたいと思った。


 ……続けられれば続けたい。
[PR]

by todoroki-tetsu | 2010-07-06 23:51 | Comments(0)

<< 秋葉原の事件に寄せるでもなく―... 国会前のある日 >>