本山美彦×萱野稔人『金融危機の資本論』

いわゆる金融恐慌ものが書店店頭ではにぎやかで、『世界金融危機』はまだ売れ続けているし、ガルブレイスも『大暴落1929』と『バブルの物語』によってはやくも「復権」した感がある。これらと並列していいのかは分からないが、中谷巌さんの『資本主義はなぜ自壊したのか』も一時品切れを起こしてしまった。

 この機会に経済の話とか政策の話とか国家の話とか、そんなところが盛り上がればいいな、と思いつつ、しかしじゃあどうやって生活していくか、ということを考えるとすると節約くらいしかとりあえずは思いつかない。なんかこう、自分自身の身のまわりのことと、大きな話がうまいぐあいに接続されればよい、と思う。どっちが主でどっちが従というんじゃなくて。
 
 学術書も読み物も大変に増えたが、格好の見取り図を示しているのは本山美彦さんと萱野稔人さんの対談『金融危機の資本論』だろう。ある地方銀行に勤めている先輩の話を思い出した。彼が就職したのは確か1996年なのだが、勤めはじめて数年後にお会いした時に「就職してからお金を貸すほうじゃなくて回収ばっかり」と言っていたのを思い出す。部署が違うとかそういうことじゃなくて、銀行本来の仕事が出来ていない、という意味合いだったと思う。

 銀行の役割とは? みたいな話はそれはそれでいろいろあるんだろうけれども、なぜ、今のようになったのか、について本山さんが大変分かりやすく語って下さっていて、そこに萱野さんの国家論というか権力論の知見が組み合わさり、大変に面白い。

 P.147~P.150、「金融は国家から独立したものなのか?」と小見出しのついた対話がある。白眉であろう。「市場」と「国家」について、またそれらをこの間の経済学や人文学はどう捉え(そこなって)きたか、についての真摯な問いかけがある。「論争よ、おこれ」と声を大にして言いたい。そうすれば本が売れる、という商人としての勘定はもちろん、ある。が、同時にそれで様々な問題が議論され、深まっていけばこんないいことはない、とも思う。

 今起こっていることは何なんだろう? という思いに真正面から答えてくれる好著。
[PR]

by todoroki-tetsu | 2009-01-19 22:44 | 業界 | Comments(0)

<< 『森林と人間』をビジネス書として読む ベルク@朝日新聞 >>